5-2

 俺が図書管理室のドアを開けると、待っていましたと言わんばかりの笑顔で釘笠が出迎えた。

「やあ! 待っていたぞ。少年! きっと来てくれると・・・・・・・・・・・・」

 釘笠は教室じゃ絶対にあり得ないテンションを披露したが、それはすぐに手を離した風船の様にどこかへと消えてしまった。

 俺の隣では美鈴が首を傾げた。

「少年? ・・・・・・なんだか慣れ慣れしいなあ」

 美鈴が鞄のチャックをじりじりと開ける。

 それを見て釘笠の額には汗が流れた。

 俺は腕を引っ張られ、教室の隅へ連れて行かれる。

 そこでコソコソと釘笠は抗議した。

「き、聞いてないぞ。谷田さんが来るなんて・・・・・・」

「言ってないからな。いいだろ別に。女子なんだから」

「わ、わたしはああいう可愛いタイプの女子が苦手なんだ。ほら、こう、華があるだろ? 見てると自分が惨めになるんだ。自分が同じ女なのか怪しくなってくる」

「それは同感だ。お前は間違いなく男よりにできてる。まさか本当に男じゃないよな?」

「・・・・・・見てみるか?」

「いや、遠慮する」

 俺は即答した。

「少しは悩め! 失礼だぞ!」

「あいにく俺はお前を女としてカウントしてないんでね」

 釘笠はむっとして自分の体を見る。

「こ、これでもスタイルは良い方だと思ってるんだがな。胸だってFカップあるし」

「・・・・・・聞きたくなかった。ていうか腕をはなせ」

 俺は釘笠が腕を放すの確認するとそのまま頭を軽く殴った。

「痛いっ! なにするんだっ!?」

 頭を両手で押さえながら目に涙を浮かべる釘笠。

 俺は気にせずに睨んだ。

「お前、神村に姉貴の事バラしただろ? おまけになんだ姫騎士って? あんな特殊性癖なゲテモノものを布教するな!」

「だって・・・・・・、ネットで使えるって評判だったから・・・・・・」

 釘笠は人差し指をちょんちょんと合わせた。

「・・・・・・・・・・・・お前、まさか、あれで・・・・・・・・・・・・」

 俺は流石にひいて釘笠から一歩離れた。

 釘笠はすぐさま否定した。

「違う! わたしは断じて触手に全身の自由を奪われながら我慢できずに感じちゃうような趣味はない! あれはただ資料の一部だ。クリエイターたるもの世の中の動向には常に目を向けなければならないからな!」

「お前が目を向けるべきは現実だよ」

「そんな意味のないものは見ない!」

 はっきりとそう言い切る釘笠に俺はどこか清々しさすら感じた。

 こんなアホじゃないとエロゲなんて作れないのかもしれない。

 堂々とそう言ってのけた後、釘笠は花がしおれたようにしゅんとした。

「・・・・・・まあ、真澄さんの件は悪かった・・・・・・。同い年の女子と話すなんて滅多にないから自分でも何を話したのかあまり覚えてないんだ。それに神村さんってオタク女と一番離れた所にいる人だと思っていたら、実はアニメが好きだと知って舞い上がってしまった。あんな美人に同じ趣味があると言われたら浮き足立ってしまうに決まってるじゃないか」

「意味が分からん。なんでそれであんなエロゲを薦めるんだよ。開き直るのもいい加減にしろ」

 俺はもう一発ぽこりと殴った。

「痛い! 暴力はやめろ! わたしは女だぞ!」

「普通の女は触手が出てくるエロゲなんかしない。というかエロゲなんかしないよ(多分)。さらに言えば、俺はお前を人とすら見てないからな」

「無礼だな! 誰がメスブタだ!」

「そこまでは言ってねえよ」

 俺と釘笠が言い合っていると、後ろにいた美鈴がにっこりと笑って鞄から包丁を出した。

「へえ。二人って仲いいんだね。ねえ、釘笠さん?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・すいません。わたしはメスブタです」

 釘笠はガタガタと震え、涙目で謝った。

 どうやら本当に美鈴が弱点らしい。いいことを知った。

「まあ、落ち着けって」

 俺は美鈴の手にそっと触れた。

「うん♪ 涼ちゃんがそう言うなら」

 すると美鈴は可愛らしく笑い、包丁を戻した。

 まったく、いつかは止めさせないと警察に捕まってしまう。

 そうしたら警察が危険だ。

 小学校の時からそれとなく言ってるんだけど。

 持ってると落ち着くんだ♪ らしい。

 やれやれと思った時だった。

 背後で微かな音がした。

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