4-13

 ゲームや趣味の話で盛り上がり、神村と美鈴が帰ったのは夜の9時だった。

 姉貴の進言で俺は神村を近くのバス停まで送る事にした。

 美鈴はついて来たそうにしていたが、親の許可が取れずに渋々断念していた。

「涼ちゃん。なにがあってもスマホの電源は切らないでね?」

 意味不明な要求だったが、俺がバッテリーが切れない限りは大丈夫と言うと、美鈴は少し安心した様子だった。

「心配しなくても大丈夫だから」

 神村は苦笑しながらそう告げると、美鈴はすぐそこの家に帰っていった。

 バス停に向う間、神村の表情は明るかった。

 正直安心する。

 嫌われる覚悟で色々言ったけど、本当にそうなると気分は良くない。

 姉貴のお陰だなと思った矢先、元はと言えば姉貴のせいじゃねえかと気付いて首を横に振った。

 そんな俺を見て神村は不思議そうにした。

「どうしたの?」

「いや、危うく姉貴に借りを作るところだったのを回避した」

「なにそれ?」

 神村は呆れたように笑った。

 こうやって笑うと可愛いのにな。もうちょっと融通が利く性格ならいいんだけど。

 でも、こだわりってあった方が良いんだろうな。

 そんな事を思っていると、神村はぎこちなく前を向いた。

「・・・・・・ごめんね。その、なぎささんを悪く言っちゃって」

「別にいいよ。神村は間違ってないからな。実際姉貴の仕事は日陰の仕事だ。普通の人が見れば顔をしかめるのも無理ない。俺だって最初はそうだった」

「かもしれないけど・・・・・・。ごめん。あたし全然分かってないで否定しちゃった。それってやっぱり良くないことだから謝ってるの」

 神村はしゅんとして俯いた。

 俺はなんだか笑えてきた。こんな風に謝られるなんて思ってなかったからだ。

「神村って変に真面目だよな。俺より姉貴に言ってやったら喜ぶのに」

 すると神村はむっとした。

「変にってなによ? 真面目だ、でいいでしょ? もうっ、中杉って素直じゃないよね」

「誰でもエロゲ声優の弟になれば多少はひねくれるよ」

 俺がそう言うと、神村は「またそうやってえ」と笑った。

 神村は夜空を見上げる。さっきから満月が俺達を照らしていた。

「でもさ、やっぱりあたしの世界って狭かったんだよ。だから世界を広げる為に色々勉強してみるね。それがアニメ声優を目指すっていう夢の役に立つと思うし。ゲームも悪くないけど、やっぱりあたしの一番は『その声を』だから」

 神村の表情はあの日、教室で夢を語った時と同じ目にだった。

 あの時俺はこの目を鬱陶しく思っていたが、今はそうじゃなかった。

 神村の気持ちが少し分かると、今度は俺の方が申し訳なくなってきた。

「・・・・・・その、悪かったな。お前のは夢じゃないなんて言ってさ」

 俺が謝ると、神村は少し悪そうに微笑んだ。

「まあいいよ。そりゃあちょっとは傷ついたけどさ。それにあたしだってなぎささんの事で色々言っちゃたし。それで引き分けってことにしとこ」

「そうしてくれると助かるよ」

 俺はほっとした。どうやら根に持つタイプじゃないらしい。

 胸を撫で下ろす俺を見ると、神村はにやりと笑った。

「だけど、中杉があんなになぎささんの事好きだったなんて思わなかったなー」

「はあ? 好き? 別に、俺はっ――――――」

「あーはいはい。そんなにムキになんないでよ。姉弟仲が良いねって言ってるだけなんだからさ」

 ああ・・・・・・。そういう意味か・・・・・・。いや、そんなに良くもないけどな。

「・・・・・・そうか? 普通だよ。普通」

「普通の姉弟はあんなにベタベタしないと思うけど?」

「ベタベタして来るのは姉貴からだけだ。男がいなくて寂しいんだよ」

「ふ~ん。じゃあ、なぎささんに彼氏ができてもいいんだ?」

 こいつはなにを言ってるんだ?

「当り前だろ? さっさと嫁に出て欲しいくらいだよ」

 そう言いながら俺は一抹の寂しさを感じた。

 きっと、ある日家に帰ったら姉貴はいなくて、エロゲの台本も読んでいない日が来るんだろう。それも遠くない未来に。

 俺の口数が減ると、神村は意外そうに「・・・・・・そうなんだ」と呟いた。 

「・・・・・・まあでもさ。姉貴が頑張ってるのは見てきたから。やっぱり、少しは応援してるんだと・・・・・・思うよ?」

「なんで疑問系? 応援してるでいいじゃん。あたしも応援してよ」

「・・・・・・お前がプロになったらな」

 別に他意はなかったが、神村は意外そうな顔をしたあと、にっこり笑った。

「中杉って、結構優しいよね♪」

 俺は思わず神村から目を逸らした。

 優しいなんて身内以外でこう面と向かって言われた事がなかった。美鈴はまあ、身内みたいなもんだ。

 なにより、神村の笑顔があまりにも綺麗で、どきっとしていた。

 神村はそんな俺を見て笑っていた。

 すると横の道をバスが走り抜けていき、すぐ前のバス停で止まった。

 神村はそれを見て走り出した。その途中、また笑顔で振り返った。

「じゃ、また明日。学校でね。あたしがライブするくらいの声優になったら最前席に招待してあげるから。それまでなぎささんと一緒に応援してね。じゃあね。バイバイ♪」

 そう言った神村をバスは攫っていった。

 バス停には引きつった笑いの俺だけが残る。

「なにがライブだよ・・・・・・」

 俺は嘆息して、踵を返した。

 きっと、神村は夢に向って凄い勢いで走って行くんだろう。

 あいつは才能もありそうだし、ものおおじしない性格だ。

 自分の役に立つと思った情報は貪欲に吸収していくし、なにより努力することを厭わない。

 姉貴もうかうかしていられないな。

 そして、それは俺もそうだ。

 俺は顔を上げて、家へと戻っ

 た。頭の中では既にやりたいことでいっぱいになっていた。

 こんな気持ちは初めてだ。

 走り出す俺の前を、月光がほのかに照らしてくれた。

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