4-8

 俺は悲鳴に似た叫び声を上げた。

「だあああああぁぁぁぁぁっっっ! ここまでだっ! これ以上はまじでやばいって! するからっ! 俺の耳が壊死するからっ!」

 俺はテレビの前に飛び込み、両腕を広げて壁を作った。

 姉貴がすかさずオートモードを解除する。画面が砂浜に押し倒され、恥じらうヒカルのイラストで止まった。 

 姉貴がほっぺを膨らませる。

「もう、わたしだって恥ずかしいんだよ? それでも皆にゲームの良さを知って貰う為にこうやってるんだから」

「じゃあ! せめて俺抜きでやれっ!」

「ダメ。凉君も分かってないもん。いつまでもゲームを下に見てるし。ほら、社会見学だと思って、ね?」

「思えるかっ! どこの世界にエロゲの社会見学があるんだよっ!」

 俺は大声を上げて抗議した。

 すると神村は恥ずかしそうに顔を赤くしながらも同時にむっとしていた。

「もうっ、中杉うるさい。今更ごちゃごちゃ言わないでよ。そんなことするから恥ずかしくなるの。我慢しなさい。男でしょ?」

「男だからだ! お前には、いや、世界中の誰も俺の気持ちは分からないよ!」

 俺はハアハアと息を荒げた。

 これから流れるシーンを想像しただけでも寒気がする。

 しばらく睨み合う俺と神村。

 ここで引いたら駄目だ。

 俺はこのシーンまでプレイしたからよく分かる。

 可愛らしいアニメ声だと思ってた俺だが、あとで姉貴の声だと知って愕然とした。

 そんな・・・・・・。

 俺は、姉貴の声で・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 ああ、思い出しただけでも死にたくなる。

 だって、ほんとにあの時は別の人に聞こえたんだ。

 姉貴だって知ってればこんなトラウマ背負う羽目にならなかったのに。

 俺は若さに、負けた。

 自分の中の大事な物を守る為にも、過ちを繰り返さない為にも、俺はここを絶対にどかない。

 この決意は鉄よりも硬い。

「涼ちゃん」

 美鈴が満面の笑みで俺を呼んだ。

 俺がそちらを向くと、美鈴は姉貴のベットを指差した。

 ベット? いや、ベットの下か? 何を示してるんだ・・・・・・?

 ・・・・・・・・・・・・まさか。

「涼ちゃんの隠しておきたい物は分かるけど、そこをどかないとみんなにばれちゃうよ?」

 最後に美鈴は俺の部屋方向を指差した。

 俺の部屋。

 ベットの下。

 ・・・・・・つまり、美鈴は俺のコレクションを知ってるっていうのか?

 そんな、まさか。

「まさかじゃないよ」

 心を読まれた! 

 俺はガクガクと震え、うな垂れた。

 鉄より固い意志は見事に砕けた。

 姉貴と神村は理解できていないようだ。不思議そうな顔を見合わせている。

 美鈴は変わらず笑顔でさっきまで俺が座っていた場所をぽんぽん叩いた。

 戻って来いということらしい。

 俺はそれに逆らう事が出来ず、とぼとぼと戻った。

 美鈴は俺の頭を優しく撫でる。

「涼ちゃんは良い子だね~」

 慈愛に満ちた暖かい手だった。しかし俺の震えは止まらない。

 あの趣味がバレたら、俺は終わりだ。

 そんな俺を横目に、姉貴はマウスを動かした。

「じゃあ、満場一致みたいだから再開するねー」

 その言葉から逃げるように、俺は両耳を手で塞ぎ、目をぎゅっと閉じた。

 このポーズを取るのは子供の時にホラー映画を見て以来だった。

 何か音が聞こえる。女の子の声だ。水っぽい音も。

『はむ・・・・・・。ちゅ・・・・・・ちゅぱ・・・・・・んっ。れろ・・・・・・。こ、これで、いいの?』

 やめて下さいやめて下さいやめて下さい。

 俺は体を丸めて小さくなった。

『えっと・・・・・・、緊張、するね。・・・・・・んんっ、・・・・・・っツ。~~~~んんっ』

 お願いです。

 本当にやめて下さい。

 何でもしますから助けて下さい。

『はあ・・・・・・、はあ・・・・・・、はあ・・・・・・。え? はい。ちょっと、痛かったけど、リュウ君と一つになれたから幸せです』

 もうどうすればいいんですか?

『あんっ・・・・・・♪ はあはあ・・・・・・」

 どうしてこんな事になったんですか?

『そんなとこ・・・・・・。リュウ君、だめです・・・・・・』

 さっきから主人公のあだ名が俺の名前と似ててほんとにきついんです。

『好きです・・・・・・! リュウ君、好きぃ・・・・・・』

 どうしたら改名できるんですか?

『・・・・・・・・・・・・リュウ君が・・・・・・、とっても、温かいです』

 おそらく、俺の歴史上で最大の恥辱が今だと思う。

 細く目を開けて辺りを見てみる。

 姉貴は照れていた。笑顔だが、頬がうっすらピンクだ。

 神村は口をぎゅっと結び、両手を握って膝の上に乗せていた。顎を引いてじっと画面を見つめている。

 美鈴は手で顔を覆っている。しかし指を開いてるせいで、その役割を果たせていない。あわあわ言いながらも真っ赤な顔でしっかりとテレビを見ていた。

 俺が目を開けると、二人が砂浜で手を繋ぐシーンになっていた。

 イチャイチャとして永遠の愛を誓い合ってる。

 それを見た俺は栓を抜いた風呂場のお湯の様に、全身から力がひゅっと抜けた。

     *

 ――ヒカルの手は少し前に繋いだ時より温かかった。俺はこの手を絶対にはなさない。そう誓いを立てながら遠くで光る灯台の明かりを見つめた。

 ――この時俺は、この時間がずっと続くんだと本気で思っていた。

     *

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