4-9
姉貴の部屋には気まずい沈黙が流れた。
家族で映画を見ている時にちょっとしたベッドシーンが流れる。
あれを10倍気まずくした空気が部屋を支配する。
まるで全員が全財産失ったくらいの気まずさだった。
最初に話し出した奴が問答無用で負けるゲームがこの部屋で行われていたようでもあった。
往々にして、その沈黙を破るのは年上だと暗黙のルールでは決まっていた。
「あ、あはは・・・・・・。やっぱり恥ずかしいねー・・・・・・。でも、このゲームはこれからこういうシーンはしばらくないから・・・・・・」
さすがの姉貴も年下の女子二人に喘ぎ声を聞かれるのは恥ずかしかったらしい。
照れ笑いを見せる姉貴に俺は内心ざまあみろと毒づいた。
神村もぎこちなく笑った。
「え、えっと・・・・・・、そう、なんですか・・・・・・。でも、その、演技・・・・・・凄かったですよね・・・・・・。ほんとに、その・・・・・・、そういうのないんですか?」
お前は人の姉貴になんて質問をするんだ。
姉貴はどこか悲しそうに答えた。
「・・・・・・・・・・・・残念ながら、昨日のが夢だったらそうなるかな。で、でも、役になりきれば自然と声は出てくるよ!」
「へえー・・・・・・。参考になります」
するな。なんの参考だよ?
苦笑する姉貴に神村は妙に関心を示していた。
気まずそうに笑いあう二人。
これ以上姉貴が余計な事を言ったら口を塞いでやろうと思って見ていた俺のシャツを隣の美鈴がちょいちょいと引っ張った。
俺が振り向くと、美鈴は口に手を添えて内緒話をするように尋ねる。
「涼ちゃん涼ちゃん。涼ちゃんはこのゲームやったことあるの? 幼馴染みのルートはやった?」
「・・・・・・いや、やったはやったけどここまでだ。他のキャラはやってないし、やる気もないよ」
「なんで? 幼馴染みの子ともこういうシーンがあるんでしょ? なんでやらないの? 涼ちゃんは幼馴染みが嫌いなの?」
「・・・・・・ごめん。今は心の傷を癒やさせてくれ」
俺がカーペットを見つめながら息を吐くと、美鈴は少し不満そうに裾をはなした。
俺が落ち込もうが、美鈴が不満だろうが、空気が気まずかろうが、オートモードを選択したゲームは進んでいく。
物語はここから一気に重い雰囲気へと傾きを見せていった。
ある日、ヒカルが突然倒れた。茫然自失の至流に昔からヒカルを看てきたと言う若い医師は告げた。
ヒカルは病気だ。
病名、レナードシンドローム。
世界にほとんどいない奇病だった。
一度発症すると、しばらく起きない。次に起きる時を知っている物は誰もいなかった。
彼女を支える家族は既に全員が他界していた。
*
――さっきまで鮮やかだった世界が、一瞬にして色あせていった。
――目の前が暗くなり、視野が狭くなる。俺は腕の動かし方も、立ち方も、息の仕方さえ忘れ、ただ医師の言う事を聞いていた。
――嘘だと信じたかった。けど、この医師の発する一言一言に悲壮感が含まれていて、それが現実だと思い知らされる。
――説明の最後に医師はこう言った。
[医師]「君は若い。そして時間は有限だ。彼女のせいで君の時間が失われたら、それは君にとっても彼女にとっても不幸な事だ。逃げても誰も責めない」
――彼はそれだけ言って、俺の前から去って行った。ベッドに横たわるヒカルを見つめ、俺の中は空っぽになっていった。その空洞がまた、たまらなく冷たく、寂しかった。
――三ヶ月後の10月にヒカルは目を覚ました。
――元気なヒカルを見て、俺は安堵する。だけどその気持ちもすぐにヒカル失うかもしれない恐怖に掻き消された。
――日常が戻って来た。楽しげなヒカル、そして仲間達。しかし俺だけどこか楽しめずにいた。幸せを感じたらすぐにでも大きな手が伸びてきてそれを掴み去ってしまいそうな気がしていた。
そんな俺にヒカルは優しく笑いかけた。
[ヒカル]「最近、元気ないですね?」
――しまったと思った。ヒカルに気付かれたら余計に心配させてしまう。俺は取り繕って笑った。
[至流]「そうか・・・・・・? 別に普通だけど。あ、でもこの前のテストが悪かったからそれかもな」
[ヒカル]「そうですか・・・・・・。ならいいんですけど・・・・・・」
――目の前ではクラスメイトがはしゃいでいた。話し合ったり、笑い合ったり。とにかくみんな楽しそうだ。
[至流](こいつらはきっと、何の苦しみもなく生きてるんだろうな。あったとしてもくだらない事だろう。俺もヒカルに会うまではそうだった。おかしいな。ヒカルに会って、俺は幸せだったんじゃないのか?)
[ヒカル]「・・・・・・ごめんね」
――唐突にヒカルが謝った。俺はどきっとしてヒカルの方を向いた。
[ヒカル]「約束したのにね。二人で幸せになるって。ずっと一緒だって。それなのにわたしだけ幸せになって、リュウ君を苦しめてる。ダメだなー、わたし」
――ヒカルが寂しげに笑った。
――俺は馬鹿だ。大馬鹿だ。一番辛いのはヒカルじゃないか。なのに自分だけが大変だと思ってる。俺の苦しみなんてヒカルのに比べたらないも同然なのに。
――俺はヒカルの手を握った。
[ヒカル]「リュウ君・・・・・・?」
[至流]「・・・・・・ごめん。俺が、弱いから・・・・・・・・・・・・ヒカルの事、守れなくて・・・・・・。挙げ句に心配させて・・・・・・。ほんと、馬鹿だ俺・・・・・・」
[ヒカル]「そんな事ないよ。リュウ君は優しくて、こんなわたしも愛してくれるんだから」
[至流]「違う。違うんだ。お前は優しくされなきゃ駄目なんだよ。愛されなきゃいけないんだよ」
――それを聞いて、ヒカルの表情が変わった。俺にはまるで塗りつぶされた様に真っ黒に見えた。俺がはっとした時にはヒカルは走り出していた。
[至流]「待ってくれっ!」
――ヒカルが走る道に、キラキラと雫が零れて落ちた。
――何やってるんだ俺は? あんな事言って、俺はヒカルまで失うつもりなのか? そう思った瞬間、とんでもない喪失感が襲って来た。
――ヒカルを追うと、そこは屋上だった。
[至流]「ヒカル。今のは、その・・・・・・」
[ヒカル]「分かってます! ・・・・・・分かってますよそんな事。リュウ君がわたしを大事にしてくれてるって。でも、時々不安になるんです。わたしと一緒にいるのは、わたしが病気だからじゃないのかって!」
[至流]「違う! 俺は本気でっ」
[ヒカル]「ならわたしを見て下さい! ・・・・・・ちゃんと、見て下さい・・・・・・。目が覚めてから、リュウ君は一度もわたしをちゃんと見てくれないんです・・・・・・」
――泣きじゃくるヒカルを見て、俺はまた自分の事が嫌になった。俺はただ、自分が傷つかない様に立ち回ってただけだ。そのせいでヒカルを傷付けてたら何の意味もないじゃないか。
――俺はゆっくりとヒカルに近づき、そして抱きしめた。ヒカルは俺の胸の中でしばらく泣いていた。
[至流]「ごめん・・・・・・。ほんとごめん・・・・・・。でも俺はお前がヒカルだから一緒にいるんだ。他は関係ない」
――ヒカルは胸の中で首を横に振った。こうしてようやく、俺達はまた出会えた気がした。
――もう、絶対に離さない。何があってもヒカルの側に居ると心から誓った。
[ヒカル]「わたしの方こそ、ごめんなさい・・・・・・・・・・・・」
――謝るヒカルを俺はさっきより強く抱きしめた。しばらく俺達はこうしていた。
――気がつくと、ヒカルは眠っていた。
*
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