4-5
おかしい。
何かがおかしい。
いや、全てがおかしい。
おかしいという言葉以外考えられないほどおかしい。
俺の目の前では何が起ころうとしているんだ?
「凉く~ん。パソコンの映像をテレビに映すのってどうやればいいの?」
姉貴は俺にお尻を向けてそう言った。さっきからスカートの中がちらちら見えそうになっている。
ここは姉貴の部屋。俺の部屋の隣だ。
俺の部屋より一畳ほど広くできてる。早く生まれた者の特権だそうだ。
毎日暇なのでこまめに掃除しているらしく、俺の部屋とは比べようもないくら綺麗だ。
アニメグッズやエロゲも整理整頓されている。今までもらった台本も専用の箱に入れて押し入れに入れていたはずだ。
小さな円卓の周りに座布団が引かれ、俺の両隣に美鈴と神村が座っていた。
俺の正面には少し古い液晶テレビがある。新しいのを買うからとリビングから姉貴の部屋に五年前移動した物だった。
姉貴はそのテレビとノートパソコンを繋げたいそうだ。
「・・・・・・そこにあるゲームのケーブルをパソコンに繋いだら映るよ」
俺がプレステに刺さってるHDMIケーブルを指差す。
「分かんないよー」
姉貴の機械音痴はかなりのものだ。なにか買ってくる度に俺が部屋に呼ばれ、セッティングをさせられる。
俺はいやいやながらも溜息をついて立ち上がった。プレステからケーブルを引っこ抜いてノートパソコンにぶっさす。
その後パソコンを操作すると、テレビに映像が映った。
一体俺は何をやっているんだろう?
自分で自分の首を絞めてる。
「ありがと」
姉貴が嬉しそうにパソコンを操作し、エロゲが起動した。
大きな画面いっぱいに美少女キャラが映る。
それを見て、いよいよ世界の終わりが近づいた気がした。
どうしてこうなったんだ?
俺はこれまでの経緯を思い出した。
神村が怒って、俺がそれに怒って、それに姉貴が怒って、美鈴も含めて四人で姉貴の部屋にいる。テレビに映し出されたのは姉貴が出演しているエロゲ。
意味が分からん。
おそらく未成年を集めてエロゲの公開プレイをしたなんてことが世間に知れたら姉貴は捕まるだろう。
おまわりさん、我が家は今鍵を閉めてませんよ?
エロゲのオープニングが始まると、姉貴が俺と神村の間に座った。円卓の上にノートパソコンを置く。
正面から見て右から神村、姉貴、俺、美鈴の順に座って、今からエロゲをするらしい。
もう一度、いや何度でも言おう。
お前ら頭おかしいよ。
「なんか綺麗だねー」
オープニングを見て美鈴が俺に言う。
夏空が映し出され、次に綺麗な海。そして舞台となる町のカットが何枚か現われる。
始まったエロゲは『新月の君へ』というタイトルだ。
郊外を舞台にしている為、背景は自然が多かった。森、川、海、学校、港町。
ほとんどがこれらで構成されている。たまに都会があったはずだ。
どうしてそんなことを知っているかと言うと、俺はこのエロゲを何年か前に姉貴に渡されていたからだ。
だけど結局途中でやめた。
理由は簡単で、長い。そしてそんなにエロシーンがない。
所謂シナリオゲーと呼ばれる類いのゲームは思春期真っ盛りの俺の琴線には触れなかった。
オープニングはよくできているんだろう。
というより、大概のエロゲはオープニングに力を入れていて、よくできている。
これがPVにもなるから力を入れないと売れないらしい。
オープニングでワクワクしてやってみたら裏切られたなんてことは日常茶飯事だ。
格好いい声の女性シンガーの歌に合わせて、ヒロインキャラが次々と出てくる。オープニングに一切エロシーンが映らない所が、このゲームがシナリオゲーだということを伝えている。
「あ、あの子可愛い」
そう言葉をもらしたのは神村だった。
映ったのは白い髪のキャラ。メインヒロインだ。
つまり、姉貴のキャラだった。
初ヒロイン作品にして、ヒット作。
真澄みなもの名を狭いエロゲ業界に知らしめた作品だった。
確かエロ無しのコンシューマ版も発売されたはずだ。というかそれをやれよ。
「CS版があっただろ? それをやれよ」
「だってそれじゃ意味ないでしょ。みんなでやって、どういうものか分からないと」
「それなら俺もいらないだろ?」
俺がそういうと美鈴と神村がこっちを見た。
「涼ちゃんもこういうゲームするの? そういうことなら言ってくれればいい」
「やっぱり男って・・・・・・」
美鈴は赤らんだ頬に手を当て、神村は見下したような目をした。
「やりたくてやってるんじゃねえよ」
俺が否定すると、姉貴がむっとする。
「凉君も分かってないからダメ」
何がダメなのか?
確かに俺はあんまりやってないが、それでも毎日毎日その内容を聞かされてるんだ。
どういう物かはよ~く分かっているつもりだ。
「オートでやるからね。早いと思ったら言って」
姉貴はそう言って最初に出てきたスタート、ロード、システム、設定の四択の内、一番上のスタートをクリックした。
先程から星空と町、そして海の絵が映り、バイオリンを使った音楽が鳴っている。
これだけ見れば18禁ゲームには見えない。
「綺麗な曲ですね」と美鈴。
音楽をずっとやってるだけあって、そういう所に注目するらしい。
それに神村も頷く。
「そうでしょ。このメーカーさんは音楽に力を入れてるの。他にも良い曲がいっぱいあるんだよ」
姉貴は褒められて嬉しそうだ。
たしかにこういうのもある。
エロゲーには何種類かある。
シナリオゲーは比較的話が真面目にできている。泣けたりする青春群像物や、ミステリー、ファンタジー、そして熱血物など様々だ。話がよくできていればシナリオゲーと言えるだろう。
萌えゲーは分かりやすい。可愛い女とイチャイチャするゲームだ。大体のエロゲがここに位置する。
そして抜きゲーはもっと分かりやすい。察してくれ。
だけど今やシナリオゲーは減り続け、萌えゲーや、抜きゲーばかりだ。
それは姉貴が読んでいる台本からもよく分かる。
斜陽産業であるエロゲ業界は金がかかるシナリオゲーより、もっと楽で売り上げも計算できる萌えゲーや抜きゲーで食べていくしかないらしい。
姉貴が選んだ物がシナリオゲーという事で俺は少し安心した。
二人には言わないが、口に出すのが憚れる様なタイトルのゲームがあそこの棚に並んでいるからだ。
今ではそこそこ名前も売れて仕事を選べるようになったが、前までは来た仕事ならほとんど全て受けていた。
昔はエロばかりのゲームの台本を読む時は顔を赤くしていたし、部屋でひっそりやっていたが、今ではどんな台本でもリビングで読んでしまう猛者になってしまった。
しかし、シナリオゲーだろうがエロゲはエロゲ。
そういうシーンがある事に違いはない。
女三人でやる分には笑い話になるかもしれないが、そこに男が、それもヒロイン声優の弟が混ざっていたら笑えるどころか悲劇でしかない。
断言できる。
今この日本で一番不幸な弟はこの俺だ。
そして、物語が始まった。
始まってしまった。
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