3-7

 微かながらのやる気を持って帰った俺は玄関に入ると気がついた。

 二足たりない。どうやら両親は出かけてるらしい。

 相変わらず仲が良いことだ。そう言えばテレビのCMを見て、あの映画が見たいとか昨日の夜に話していたからそれかもしれない。

 美鈴も同じ映画のことを言ってたのかもな。

「ただいまー・・・・・・って、おわっ! なんだ!?」

 リビングに入った瞬間だった。いきなり姉貴が抱き付いてきた。

「おかえり~凉君~~。一人で寂しかったよ~ぅ~」

 姉貴からアルコールの匂いがした。どうやら飲んでたらしい。

 休日の夕方に実家で一人酒。寂しさのフルコンボじゃねえか。

 だけど問題はそこじゃなかった。

 いきなり抱き付かれた俺は防衛本能で襲われるのを防ごうと手を前に出した。

 俺の両手は意図せず姉貴の胸に触れてしまい、そのまま体重をかけられる。

 柔らかい二つの物体が俺の手の中でむにゅりと形を変えていくのがよく分かった。

 指の形に沿っていくそれを、どうしたらいいのか分からない。

 すぐ後ろは壁だから腕を引けないし、押したら皿に深く指が食い込んでしまう。

 俺は声をあげず、ただ赤くなっていた。

 そんな俺に姉貴は抱き付きながら、色っぽく声を上げる。

「あんっ♪ 凉君のえっち~。お姉ちゃんのおっぱい揉むなんてダメなんだから~♪ わかったぁ。乱暴するつもりね。エロゲみたいに!」

 どうやら完全に酔ってるみたいだ。顔も赤いし、目も変に据わってる。

「ええい! いいから離れろってえええぇぇぇっ!?」

 押されていたはずが、今度は引かれ、俺はバランスを崩した。

 気付くと姉貴を押し倒すような形になっていた。

 俺の両手にはまだ柔らかな姉貴の胸があり、姉貴は俺の首に両手を回していた。

 赤の他人が見れば怪しげな関係に見えるだろう。

 一瞬時間が止まったように思えた。

 沈黙の中、俺と姉貴は見つめ合う。

 心臓の音だけがうるさく鳴り響いていた。

 びっくりするほど柔らかい胸。はなしたいのに手がはなれない。

 俺はごくりと唾を飲み込み、そしてハッとした。

 混乱しながらも俺は姉貴の胸から手を放し、カーペットに降ろした。まだ柔らかい感触が手に残っていた。

 こいつは姉貴だ。こいつは姉貴だ。こいつは姉貴だ。

 何度もそう自分に言い聞かせた。すると少しずつ落ち着きが戻ってくる。

 姉貴はさっきから酒が回って気持ちよさそうに微笑んでいる。

 俺の目を見て、時折へらへら笑ってる姉貴。

 完全な酔っ払いモードだ。

「んふふ♪ 涼君おかえり~」

「何酔っ払ってんだよ? 早く放せって」

 姉貴の腕はまだ俺の首に回されている。

 俺が真面目な顔でそう言うと、姉貴へらっと笑った。

「はえへへ~♪ は~な~さ~な~い~も~ん~」

 はーなーせー。

 いやまじで。腕立てみたいな格好でつらいんだよ。腕がぷるぷるしてきた。あとさっきから抱き寄せられ事に反発してる首が痛い。膝も地味に痛い。

「凉君はお姉ちゃんの事、嫌い?」

 首を傾げるな。唇を少しだけ尖らすのもやめろ。

 俺は自分と相談した。そして嫌々ながらも、この状況を脱する為に答えた。

「・・・・・・・・・・・・いや」

「じゃあ好き?」

 質問は更に邪悪にパワーアップした。こいつは一体何を言ってるんだ? 俺は実の弟だぞ? エロゲのやり過ぎでおかしくなったのか?

「・・・・・・・・・・・・何言ってんだああ・・・・・・、痛いっ。首をつねるなあっ」

 我慢出来なくなり、俺は姉貴の手を払って膝立ちになった。見下ろすと妙な征服感がある。

 姉貴は子供の様に頬を膨らませて、胸に手を当て、ぼそりと言った。

「・・・・・・わたしの胸・・・・・・、触ったくせに・・・・・・」

「触ろうとして触ったんじゃない!」

 否定すると、姉貴は体を起こした。乱れた服を戻していく。

「でも、揉んだじゃない。ぎゅって。やらしく力を込めて!」

「揉んでない。揉むはずがない。揉んだわけじゃない。・・・・・・揉むつもりがあったわけじゃない」

 話していく度に俺は記憶と照らし合わせ修正していった。

 どんどん弱くなっていく言葉に自分でもげんなりした。しかし事実俺は姉貴の胸を触ってしまった。

 姉貴は頬を赤くし、体をくねらせ、息を荒くし、胸に手を当てた。

「いいよ?」

 何がだ? 殴っていいのか? 本気で殴るぞ!

 エロゲのやりすぎだ。

 歳を考えろよ。あと5年もしたら30歳になる女が実の弟にそんな態度を取っていいわけがない。

 世間が許しても全国の弟達がお前を許さない。

 俺は大きく溜息をついて、姉貴の腹をつねった。

「やんっ・・・・・・!」

 姉貴は仕事仕様の声を出した。それが俺をいらっとさせる。

「運動不足だ馬鹿。そのうち体重計に乗れなくなるぞ」

「もう一月前から乗れないもん!」

 姉貴はそう言ってぷんぷん怒った。思ったより摘まめたのはそのせいか。

「なに偉そうに言ってんだよ」

 俺は大きく溜息をつくと、呆れながら立ち上がり、奥のキッチンに行って冷蔵庫から水のボトルを取り出して、中身をコップに注いだ。

 よく分からないが、姉貴が普段と違う事だけははっきりと分かった。

 普段から割と甘えん坊な性格だが、ここまで露骨なのは珍しい。

 やってる仕事のせいか変な誘い方の知識までつけてやがる。

 俺の経験上、こんなことになった原因は二つに一つだ。

 男か、仕事か。

 最近男がどうこうって話は聞かないし、それらしい感じもしない。

 声優がモテるって言った奴は是非ここに来てもらいたい。世の中職業だけでモテるなんて事があってたまるか。最後は結局個人だ。

 俺は姉貴をソファーに座らせて、コップを渡した。姉貴はそれをごくごく飲んでふーっと一息ついた。

 どうやら落ち着いたらしい。

 俺は恐る恐る隣に座って、尋ねた。

「・・・・・・どうしたんだよ?」

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