3-3

 日宮は近くに建てられた小さな倉庫みたいな所から色々と道具を取り出して、机に並べていった。

 台座。土。へら。水を汲んだバケツ。

 それを見た美鈴はご機嫌だ。

「なんかお料理みたいだね?」

 確かにそうだ。

 準備して、形を取って、焼き上げる。過程だけ見ればよく似ている。

 準備は終えたが、じいさんも恭一さんもまだだった。痺れを切らした日宮が口を開いた。

「先に始めるか。湯飲みを作るんだったな。なら土はこれくらいでいいだろう。縁は厚めにした方がいい。底も後で切り取るから多めに残しといてくれ」

 日宮は俺達の前の台座に丸い粘土の塊を置いた。その後、自分の前にも同じだけの粘土を置いて、それを触り始める。

 俺と美鈴は見よう見まねで土を触った。ねずみ色の粘土は触れると冷やっとしていて気持ちが良かった。

「気持ちいいねー」と美鈴。

「だな」俺も頷く。

「一説じゃ美容効果もあるらしい。そう言えば陶芸家の手はみんな綺麗だな」

 日宮の言葉を聞いて、美鈴の目の色がきらりと変わった。

「ほ、ほんと!?」

「ああ。それを目的で来る人がいるくらいだからな。女性はパックとかするだろ。よく知らないが原理はあれと一緒なんじゃないか?」

「へえ・・・・・・。わたし、陶芸習おうかな・・・・・・」

 真剣な目で土をこねくり回す美鈴。

 そんなことでなにかを始めようと思うことに、俺は少し驚いた。

 日宮が頷く。

「いい事だ。最近はプラスチックやガラス製ばかりが横行してる。安いし加工しやすいのは分かるが、陶器には陶器にしかない良さがあるんだ。俺はそれを少しでも多くの人に知ってもらいたいと思っている。お前達が暮らしだしたら俺に言え。食器は全て作って送ろう。祝儀代わりだ」

「やったー♪」

「・・・・・・祝儀?」

 美鈴は嬉しそうにばんざいをする。

 俺は首を傾げながらも、やっぱり日宮は凄いと再確認していた。

 陶器のよさを伝えたいなんて普通高校生には言えない。しかもそれを実行してるんだから大したものだ。

 そんな事を考えていると、俺の手から力が抜けて、良い感じの湯飲みが出来ていた。我ながら、実におもしろみがない。

 さっきまで真剣に粘土をこねていた美鈴が俺が作った湯飲みをじっと見て、楽しそうに笑った。

「涼ちゃん上手だね~。売ってるのみたい」

「ほう。ここまで無個性の湯飲みを作り上げるなんて、さすがだな」

 日宮も顎に手を当て、興味深そうに湯飲みを見つめる。

「・・・・・・それって、褒めてないよな?」

「褒めてるさ。無個性もまた個性だ。少なくとも俺には出来ない。煽り抜きによくできているよ」

「無個性ね・・・・・・。なあ、個性ってどうやって出せばいいんだ?」

 俺は割と切実に尋ねた。

 俺の正面で角張って風格のある湯飲みを作っている日宮と、隣で可愛いハートの柄をへらで描いている美鈴が顔を見合わせた。

「個性・・・・・・。好きにやれば個性が出るのが人間ってものだろう?」

「涼ちゃんは自分で思ってる以上に個性的だと思うよ」

 二人の回答に俺は混乱した。

 好きにやれば個性が出て、俺は思った以上に個性的らしい。

 つまり俺は好きにやっていて、その上無個性なわけだ。意味が分からない。

 分からないが、それが俺だと言われればなんだか納得できてしまう。

「・・・・・・なんか、段々分からなくなってきた・・・・・・」

「考えてもしょうがない問題を考えるからそうなるんだ。そんな時は陶器を作れ。無心になれるぞ」

「それじゃ問題は解決しないだろ?」

「考えたって解決しないさ。行動しないとな」

 おそらく、日宮なんとなく言ったんだろう。

 だけど予想以上にその言葉は俺の心をえぐった。

 なにもしてないから、個性が生まれない。

 つまりはそういうことだ。

 残念ながらそれは事実だった。

 何か言おうとして開いた俺の口は、無言のまま閉じていく。

 そして俺はなんとも言えない感覚を持ったまま、無個性の湯飲みを見つけた。

 黙り込む俺を見て、日宮が肩をすくめた。

 それと同時に美鈴が驚く声がした。

「ひゃあっ!? な、なんですかっ!?」

 突然の悲鳴に俺はびっくりした。

 虫でも出たかと思って顔を上げると、美鈴の後ろに見知らぬ老人が立っていた。

 そこにいたのは白い髭と、白い髪のじいさんだった。背は低く、美鈴と変わらない。職人というよりは仙人みたいな人が美鈴の肩に手を乗せて笑っている。

「はっはっ。びっくりさせたねーお嬢さん。わしの事は気にせず、ほれ、土に集中しなさい」

 優しいそうな笑顔のじいさん。よく見ると目元や口元なんかが日宮や恭一さんにそっくりだった。

「じいさん。遅いぞ。死んだかと思った」

 日宮がぶっきらぼうにそう言う。

 じいさんの後ろから恭一さんも小屋に入ってくる。

「入れ歯が見つからなくて家中探したよ。じいさん、なんで冷蔵庫になんて入れたんだ?」

「付ける時に気持ちがいいんだよ。うはっ! てなって目が覚める」

 よく分からないが元気なじいさんということだけは確かだ。

 じいさんは美鈴の手の甲にそっと触れた。

 美鈴は口には出さないがびっくりしている。

「お嬢さん。陶芸は初めてかな? わしが教えてあげよう。ほら、こうやって力を抜いて」

「え、えっと・・・・・・」

 困り顔の美鈴を見て、日宮がじいさんを睨んだ。

「エロじじい。谷田は俺の連れだ。気安く触るな」

「まあそう言うな。こんな若い子が来る事なんて滅多にないんだ。それにこの子も高名な陶芸家に教えてもらった方がいいだろう?」

 じいさんが髭を触って尋ねると、美鈴はあはは・・・・・・と苦笑して俺の方を向いた。

「涼ちゃん・・・・・・。どう? やきもち妬く?」

「え? やきもち? なんで?」

 俺が聞き返すと、美鈴は悲しげにうな垂れる。

 するとじいさんが俺の方を向いた。近くにやって来て湯飲みに顔を近づける。

 俺はびっくりして体を引いた。

「ほう・・・・・・。てびねりにしてはこれまた綺麗にできてる。坊主が作ったのか?」

「・・・・・・え? まあ、はい・・・・・・」

 もしかして俺って才能があるとか? 俺にとってこのじいさんはグラウンドを覗きに来る謎の人物枠なのか?

 俺が期待を持って頷くと、じいさんは二カッと笑った。

「こりゃあすごい。まるで工場で作った大量生産品だ。ここまで無個性なものを人の手で作り出すとは。君、手にモーターでも仕込んどるのか?」

「・・・・・・俺が知る限りでは仕込んでません」

 俺はげんなりした。どうやら陶芸の才能はないらしい。

 じいさんはぶ厚い手で俺の肩をぽんと叩いた。

「もっと好きにやっていいぞ。売り物じゃないんだ。湯飲みなんて茶を入れられて、飲めれば何でもいいんだ。ほら、こっちのお嬢さんなんて可愛らしいじゃないか。ハート柄なんてわしには思いつかんね。はは! 失恋したら割ってやれ」

 じいさんは笑ってまた美鈴に近づいた。美鈴は苦笑して俺を見る。

「そうならないようにがんばります」

 俺が疑問符と苦笑いを浮かべていると、今度は恭一さんが俺の後ろにやってきた。

「じいさんはあんな風に言ってたけど、よく出来てるよ。俺は好きだな。売り物にするならこっちの方がいい。君もそうだろうけど、芸術品って知識のない人にはガラクタも当然だからね。まあ、じいさんくらい名前が売れてると違うんだけど、売りやすさで言うと君の作品は優れてるよ。値段は安いけどね。俺は経営学を学んでるから、どうしてもそういう観点で見ちゃうんだ。ほら、うちの家系って創る人ばっかりだから。誰か売る側に回らないと飯にありつけないし。俺も作るけど、才能で言ったら祐二にも及ばないんだ」

「いや、無理に褒めないでいいですよ・・・・・・」

 俺は惨めな気持ちで湯飲みを見つめる。恭一さんは否定した。

「そんなんじゃないさ。何て言うか、共感? ほら、周りが凄い人ばっかりだと自分の駄目さが際立つじゃん? 君とはそういう点で似たものを感じるからさ」

 恭一さんは楽しそうにハハハと笑った。

 俺はなんとも言えない気持ちになる。

 それでも恭一さんが言いたいことはよく分かった。何もないことを自覚する事はやっぱり悲しいんだ。

 日宮は美鈴を触るじいさんに怒って、立ち上がった。

「いい加減にしろ! 女が触りたいなら、町に出て金払え!」

「女子高生に金払って触ったら逮捕されるわ! ユウはじいさんがお縄になってもいいのか!」

「良い機会だ。この際捕まって若手に席を空けろ」

「お前はそれでもわしの孫かっ!?」

「残念ながらな」

 ギャーギャー言い合う孫とじいさん。

 美鈴はその間で「美容効果・・・・・・」と呟きながら湯飲みの形を整えていた。

 俺と恭一さんはそれを眺めて笑っていた。

「・・・・・・あの、聞きたい事があるんですけど」

 俺は勇気を持って切り出した。

「うん? 何?」

「えっと・・・・・・。自分に才能がないって分かった時、どうやって次を決めたんですか? 大学とか、経営学とかって前からやろうとしてたのかなって」

「経営? いいや全然」

 恭一さんは首を横に振る。

「だって俺、数学とか苦手だったもん」

「じゃあ、なんで?」

 俺が尋ねると、恭一さんはう~んと悩んで上を見上げた。

「えっとね。俺が高二の時、祐二が中二だったんだ。で、一緒に作品作って並べてみると、どう見てもあいつの方がセンスがあるって分かっちゃったんだよ。主観的に見ても客観的に見てもそうだったわけだ。俺には才能がない。でも陶器は好きだ。じゃあってことで俺は裏方に回るかって考えたんだ。いくら良い物を作ってもそれを売る人がいなきゃ、商売にならないからさ。うちはずっと陶芸家の家系で、馬鹿みたいに作ってきたんだけど。売る方は人に任せてて。それでも食っていけてるからよかったんだけど。ほら、最近焼き物って使わないだろ? それが進んじゃうと家族全員が路頭に迷う事になる。大手のメーカーとかが必死に営業してる中、こっちは客がつくのを指を咥えて待ってる。でもさ。ただ作って良い物だから売れるだろうって時代は終わったんだよ。そこで俺がしょうがなく売る側に回ろうかと思ってね。誰もしないし」

「・・・・・・でも、他にやりたい事とか」

「あったよ。色々。バントもしてたし、一度本気でメジャーデビューを目指した時なんかもあったな」

 恭一さんは遠い目で昔を懐かしがっていた。しかしそれに未練はないようだった。

「でもさ、自分がやりたいこともいいけど、俺にとってはそれ以上に自分が必要とされてる環境の方が欲しかったわけ。だって、誰からも必要とされないって寂しいじゃん?」

「・・・・・・まあ、そうですね」

「だから今はよかったと思ってるよ。やりたい事より必要とされてる事の方を選択して。それにやりたい事はやろうと思えばいつでもやれるしね。必要とされる方は案外待っててくれないもんだから」

「・・・・・・はは。そうかもしれません」

 俺は釘笠の顔を思い浮かべた。

 あいつだって、そのうち他のライターを探すに違いない。

 すると恭一さんがどこか楽しそうに尋ねた。

「どしたの? もしかして進路の悩みとか? 分かる分かる。俺もそうだったよ。まあ、なるようになるしかないんだけど。それでも、チャンスってそう多くないからさ。いつまでもじっとしてると、みんな先に行っちゃうんだよ」

 先には、もうみんな行っていた。俺だけがみんなの背中を眺めてる。

 それでも道がないんだから前に進みようがなかった。

 ・・・・・・いや、道ならある。

 俺がそれを選ぼうとしないだけだ。

 つまり俺は怖いんだ。失敗するのが。

「まあ、頑張れ。悩めるのは今だけだぜ」

 恭一さんはそう言って俺の背中を叩くと、言い合ってる二人の方へ歩いて行った。

「くそじじい! あんたなんて俺がすぐに超えてやるよ!」

 日宮が叫んだ。

「なにをー! 陶芸はそんな簡単なもんじゃない! お前じゃまだまだじゃ! 土を知る前にまず女を知れ!」

「まあまあ二人とも。落ち着けよ。じいさんもさ。血圧上がるぞ?」

 日宮とじいさんの間に入る恭一さんと入れ替わる様に美鈴が湯飲みを乗せた台座を持ってやって来た。

「みてみて涼ちゃん! 可愛くできたよ♪」

 美鈴の湯飲みは飲み口がハートの形をしていた。さらにハートの模様が散りばめられてるハート尽くしだ。

 良し悪しは分からないが、個性的だった。

 俺のと並ぶと美鈴の湯飲みは存在感が際立つ。明確な意思と、作り手の個性が出ていた。

「・・・・・・・・・・・・うん。可愛いな」

「でしょ~。涼ちゃんのも格好いいね」

「・・・・・・格好いい?」

「うん♪」

 美鈴にそう言われ俺はもう一度、俺の湯飲みを見た。

 格好いい? このどこにでもありそうな湯飲みが? 俺にはそうは思えない。

 もっと歪さが欲しかった。それでいて、納得できるだけの力強さが。だけど、俺にはそんな才能はこれっぽっちもない。

 だけど、もしかしたら、こんな普通の作品でも見る人が見ればよく見えるのかもしれないし、そんなものを求める人だって案外たくさんいたりするのかもしれない。

 そう思うと、俺は少し救われた気がした。

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