3-2

 高速を降りてしばらくするとかなりの田舎にやってきた。

 山に囲まれたここで見えるのは田んぼに畑、長くて大きな川、たまに小さな集落とコンビニがあるくらいだ。

 普段見ることのない自然の景色に、俺は少しわくわくしていた。

 朝日が照らし、草木が綺麗に見える。

「この辺はいい土が出るんだ。だから住んでるのは陶芸家か農家ばっかりだよ。君達にはただの田舎だけど、陶芸家からしたら天国だね。土地も安いし、野菜もうまい。車を少し走らせれば大きなショッピングモールもある。どうお嬢さん? 陶芸家の嫁さんになるつもりはない? いつでも好きな器つくってあげるよ」

 笑いながらバックミラーを見る恭一さんに美鈴も笑顔で返した。

「すいません。わたし、もう予約済みなんで」

「そりゃあ残念だ」

「でも素敵なお仕事だと思います。わたしも料理するから食器にはこだわりたいと思ってるんです」

「へぇー。料理かー。女の子らしいね~。なら是非うちの皿を使ってよ。安くするからさ」

 恭一さんは弟の日宮とは正反対な軽い性格らしい。

 堅い弟は明るい兄に肘打ちをかます。

「ちゃんと前を見ろ。事故ったら怒るぞ。卒業したら俺の車になるんだからな」

「こんなボロ、事故らなくてもそのうち動かなくなるさ。それよりお前も彼女作れよ。遊べるのなんて高校生のうちくらいだぞ?」

「必要ないな。芸術家は孤高であるべきだ。女なんてついて来たい奴を嫁にすればいい。わざわざ自分から動くなんて時間の無駄だ」

「その自信はどっから来るんだよ? ある意味お前が羨ましいね」

「いいからちゃんと前を見ろって。眼鏡砕くぞ」

 仲が良いのか悪いのか。兄弟はその後もわいわい言い合っていた。

 後ろにいる俺と美鈴はのんびり景色を見ながらその会話を聞いていた。

 恭一さんは高校卒業してすぐに日宮のじいさんへ弟子入りしたらしい。雑用なんかをしながら目で技を盗む日々を過ごしているそうだ。

 二人の父親は結構有名な陶芸家だ。

 だけどじいさんと親父さんは目指す形が違うらしい。

 それは兄弟も一緒で、兄は祖父に、弟は父の弟子になっている。

 日宮の父親は一度会ったことがあるが、真面目で厳格そうな人だった。日宮に雰囲気が似ている。

 じいさんの方は会ったことないが、恭一さんが選んだって事は似た空気を持った人なんだろう。

 それから少しして、車は大きな古民家の敷地に入っていった。

 坂を登ると家の横には長く伸びたレンガ製の釜があった。

 こうやってみると巨大な芋虫みたいだ。その上には木製の屋根がすっぽりと覆っている。どうやらあそこで陶器を焼くらしい。

 車を駐車場に駐めると、恭一さんはすぐに降りた。隣の家に行き、ガラガラと玄関を開ける。

「じいちゃん。ユウが来たよー。友達もー・・・・・・。こりゃ寝てるな。そこの小屋で準備して待ってて、起こしてくるから」

 恭一さんはそう言って家の中に入っていった。

 それを見て日宮が裏山の方に指を指した。

「来てくれ。こっちに生徒用の小屋があるんだ」

 日宮のあとを少し歩くと、そこには可愛らしい木製の小屋が建っていた。

「わ~♪ かわいい~」

 美鈴は喜んでいる。

 小屋は檜の良い香りがした。

「月に何回かここで教室しててさ。結構人も来るんだ。用意するから入って待っててくれ。五分で戻る。いいか中杉。五分だ」

 なんの念押しか知らないが、俺と美鈴は言われた通り小屋に入った。

 中に入ると木の香りが強くなる。小屋の壁や床と同じ色の木で出来た机と椅子が並んでいた。

 天井が高く、小さな天窓が見える。

 涼しかった。

「なんか、修学旅行で泊まったロッジみたい」

「俺もそう思った。懐かしいよな」

「だよね~。日帰りの予定だったけど、泊まっちゃう? 今日は土曜日だし」

「日宮がいいって言うなら、それもいいかもな」

「ほ、ほんと?」

 美鈴は顔を明るくさせる。

「冗談だよ。いきなり泊めてくれなんて言ったら迷惑だろうし、準備もしてないしな。また今度にしよう」

「・・・・・・準備なら、してるんだけどなぁ・・・・・・」

 美鈴はぼそぼそと呟いた。

「え? なんの?」

「・・・・・・内緒」

「なんだそれ?」

 俺が笑うと、そこへ日宮が戻ってきた。

 立ったまま笑ってる俺を見て壁の掛け時計をあごでしゃくった。

「中杉。五分経ったぞ」

 俺は時計を見た。分針が数字一つ分動いていた。

「うん。そうだな。それが?」

 なんでこいつは時間のことを聞くんだ?

 日宮は嘆息した。

「・・・・・・中杉。お前、一生童貞かもな」

「なんでいきなりそんな話になんだよっ!? 今は関係ないだろ!」

「やれやれだ」

 俺が叫ぶと日宮は首を横に振ってから美鈴を見た。

 美鈴はなにか決意した目で、拳を握っている。

「大丈夫。涼ちゃんはやる時はやる人だから」

「・・・・・・お前ら、なに言ってんだ?」

 俺はどこか恥ずかしくなってそっぽを向いた。

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