2-4
放課後に駅前で女子と待ち合わせをする。
よくよく思い出してみれば、こんな経験は美鈴以外とは初めてだ。
ただ、ロマンチックなシチュエーションとはほど遠く、ジーンズとシャツ姿の俺の隣には姉貴が立っていた。
白地に花柄のワンピースに薄い黄色のカーディガンを着ている。さっきからガラスに映った自分を見ている。
髪型を気にしたり、服のしわを伸ばしたりと忙しい。
「涼君~、変じゃないかな~。子供っぽく見えない?」
「・・・・・・別にいいんじゃないか」どうでも。
スマホをいじりながら適当にそう言うと、姉貴は子供っぽく拗ねた。
「も~、ちゃんと見てよ~。こういうのは第一印象が大事なんだからー。お姉さんっぽい? ちゃんと声優に見える?」
声優に見える服装ってどんな服装だ? ノイズが出ない服か?
一目で職業が分かる様な服なら俺が許可しない。
エロゲ声優って分かる服装・・・・・・。やけに胸が強調されてる制服とかか。絶対にやめてほしい。
「・・・・・・見えない。仕事のできなさそうなOLに見えるよ」
「せめてできる方にして! もう涼君のいじわる。・・・・・・変じゃないよね」
再びガラスと向き合う姉貴。
何も男と会うわけじゃないんだから服装なんてどうでもいいだろ。
いや、相手が女だからこそ気を遣うのかもしれない。しかも姉貴が年下の女子高生に会うなんて美鈴を除けば初めてかもしれない。
美鈴はなんていうか、妹みたいな扱いだからな。
なんて思ってると、その美鈴が神村を連れてやって来た。
「おまたせ、涼ちゃん♪ ちょっと遅れちゃった」
楽しそうに笑う美鈴。桜色のゆるいニットに膝まで伸びた白いスカートがよく似合っていた。
「大丈夫。俺達も今来たとこだよ」
俺がそう答えると同時に、姉貴がぴょんと跳ねて振り返った。
「美鈴ちゃん可愛い~」
「ありがとうございます。なぎささんも綺麗ですよ~」
互いに褒め、喜ぶ二人。女子が最初に会うと大概これだ。
腹の底ではどう思ってるか分かったもんじゃない。この二人に限れば本音なんだろうけど。
美鈴の後ろで神村がちょこんと隠れていた。白のブラウスに紺色のスカート姿はどこかスーツに見える。姉貴より大人っぽいくらいだ。
顔が赤い。いつも堂々としているので少し意外だった。
昨日の返信じゃあれだけ明るかったのに、案外人見知りするタイプなのかもしれない。そう言えばクラスでも落ち着きがないように見えた。
じゃれ合う姉貴と美鈴を見て、神村はこっそり俺の方にやって来て囁いた。
「・・・・・・ねえ。変じゃない?」
俺のTシャツの裾を軽く摘まみ、引っ張る神村。
お前もかよ。
俺は小さく嘆息してから、思った通りに言った。
「変じゃない。仕事ができるOLみたいだよ」
「・・・・・・もう、せめて大学生にしてよ」
むっとする神村に俺はどっと疲れた。もう制服着てこい。
みんな一度家に帰った為、私服に着直していた。うちの学校が制服で遊び回る事をよく思ってないからだ。
その後、神村と姉貴は互いに緊張しながら軽い挨拶を交わし、俺達は喫茶店に入った。
落ち着いた雰囲気のその店はここらでは人気店だ。美味しいケーキと紅茶が特徴で、大きな窓から差し込む柔らかな光りが木製のテーブルとチェアを照らしている。
俺達は窓際の一番奥に案内された。
俺と美鈴、姉貴と神村が対面に座る。メニューを取るなり姉貴は気合いを入れて言った。
「今日はわたしの奢りだから好きなの選んでいいからね!」
どうやら奢ってお姉さんらしさを演出したいらしい。
俺としては当然奢って貰うつもりだった。放課後を潰してわざわざ付き合ってやってるんだ。それくらいして貰っても罰は当たらないだろう。
美鈴は姉貴の気持ちを察したのか喜んでみせた。
「やったー。ありがとうございま~す♪」
しかし初対面の神村はさっきまで膝に握って乗せてた手を胸の前で開いた。
「そんな、悪いですよ・・・・・・。あたしが言い出した事なのに・・・・・・」
「いいのいいの。わたしも西校に通ってたんだー。だからみんなは後輩なの。遠慮しないでどんどん頼んじゃってね」
笑顔の姉貴。
神村は俺の方をどうしようという目で俺を見た。
俺はその目を一瞥してからメニューに手を伸ばす。そして神村に開いて見せた。
「何にする? 俺はコーヒーと・・・・・・、カツサンドでいいかな。はい」
俺は神村に片手でメニューを渡した。神村はそれを両手で受け取り、戸惑いながらも眺めていた。
正面に座る姉貴と美鈴もメニューを見ながらああだこうだと言っている。
「わたしはダージリンとー、チーズケーキー! あっ、アップルパイもある。むむむ・・・・」
「なぎささん。パフェ頼んで良いですか?」
「いいよー。あ、そうだ。アップルパイも頼んでみんなで分けよっか? 若いから食べられるでしょ?」
「はい♪ 甘い物ならいくらでも!」
明日になれば体重計に乗って悶える二人の姿が俺には見える。
特に姉貴は深刻だ。
太っては見えないが、見えないだけだって事を俺はよく知っている。
だけど正直、姉貴が太ろうが痩せようがどうでもいい。婚期が遅れて困るのは姉貴自身だ。
メニューが決まってないのは神村だけった。そのことに焦ったのか、神村は遠慮がちに言った。
「あ、あたしはレモンティーで・・・・・・」
それを聞いて姉貴は神村を気遣い笑いかけた。
「お腹空いてないの?」
「えっと・・・・・・、はい・・・・・・」
恥ずかしがりながら頷く神村。クラスでは堂々としてるのに、年上には弱いのかもしれない。
しかし、神村は俺や美鈴と同様成長期である事に変わりは無い。
ぐぎゅーと神村のお腹が小さく鳴った。
メニューを持ったまま真っ赤になる神村の隣で、俺は我慢出来ずに笑ってしまった。それを姉貴が注意する。
「もう! 涼君!」
「あはは。悪い悪い。あまりにもタイミングがよかったからさ」
神村は目をぎゅっと瞑り、姉貴と美鈴に見えない様にして俺の膝をパシパシ叩いた。
おもしろ痛い。
「昼飯食べてこなかったのか? もしかしてここで食べるつもりだった?」
俺がそう聞くと、神村は小声で答えた。
「ふ、服、選んでたら・・・・・・、時間になってて・・・・・・・・・・・・」
「ならちゃんと食べようぜ。ほら、ナポリタンとかは?」
俺がメニューを指差すと神村は首を横に振った。
「・・・・・・服が汚れるのは嫌」
なるほど。白のブラウスはお気に入りの様だ。
俺は次に反対のページを指差した。
「じゃあ、サンドイッチは? あ、ハムサンドにしろよ。俺のカツサンドと一個ずつ分けようぜ」
見ていたらハムサンドも食べたくなった。写真のハムはぶ厚くて美味そうだ。俺の提案に姉貴が口を挟んだ。
「涼君ったら、神村さんに決めさせてあげないと」
「い、いいんです。あたしも食べたかったし・・・・・・」
神村は俺を庇う様に少し身を乗り出して答えた。ほら、こいつもこう言ってる。
それを見て姉貴は首を傾げる。
「そう? ごめんね。それでデザートは何にする?」
姉貴の問いかけに神村はまた視線をメニューに落とした。そして七秒ほど考えてから、
「・・・・・・じゃあ、・・・・・・・・・・・・モンブランで」
「あ、モンブランが好きなんだ?」
「は、はい・・・・・・」
「わたしもなの。あとでちょっとちょうだい。わたしもチーズケーキあげるから」
姉貴が優しく笑いかけると、神村は緊張が解けたのか小さく笑った。
「はい」
そんな二人を美鈴は嬉しそうに眺め、俺は水を飲んだ。
頼んだメニューが続々と運ばれ、俺達はそれを食べていった。
女三人は互いに分け合って感想を言っている。
「わ! ほんとだ。美味しい」と美鈴。
「でしょ? ここのチーズケーキは凄いのよ!」
ケーキに凄いっていう感想が合ってるのかは分からないが、姉貴は自分が作ったみたいに自慢げだった。
「あの、モンブランもどうぞ」
三人のフォークはそれぞれの器の間を行き来していた。俺はそれを見ながらカツサンドにかぶりついた。追加注文のティラミスとラズベリーのタルトも食べ終わると、三人は幸せそうな顔をした。
「ああ~。もうここで暮らしたいよ~」
姉貴がそう言うと、美鈴と神村は同意して頷いた。まったくよく食べたもんだ。確実に俺よりは食べている。
しばらく姉貴はサラダ生活だな。
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