2-3
翌日。金曜日。
昼休みにいつもの三人で昼飯を食べていると、日宮が少し驚いた声を出した。
「放課後神村と会うだと? 谷田はそれを許したのか?」
なんでわざわざ美鈴の許可がいるのか俺には分からないが、日宮にとって美鈴は俺の管理を担ってるらしい。
「うん♪ わたしもついて行くから大丈夫だよ」
美鈴はニコニコして答えた。機嫌がいい。
昨日の夜、神村にメッセージを送ってすぐ、美鈴が同席する事が決まった。
神村としてもあまり知らない俺と姉貴に一人じゃ気まずいんだろう。
当の本人である神村は自分の名前を呼ばれた事に反応したのか、弁当を食べる女子グループからこっそり顔を出し、俺に手を振った。
俺はそれに苦笑し、美鈴は笑顔で手を振り、日宮は浮かない顔をして、俺の方を向いた。
「・・・・・・おい。いつからそんな仲になった。優柔不断は関心しないぞ。俺をお前の葬儀に参列させるな」
「俺が会うんじゃない。姉貴が会うんだよ」
「役者をやってるていうお姉さんか。何度か会ったな。神村とどんな繋がりがあるんだ?」
俺は日宮には姉貴が役者をやってる説明していた。別に嘘じゃない。最初に下手に声優なんて言うと、色々厄介な事になりそうだったからだ。
「珍しい職だから話を聞きたいんだと」
「ふむ。殊勝な心掛けだな。若いのに関心だ」
お前も同い年だろうが。
美鈴は自分が褒められたみたいに喜んだ。
「うん。いのりちゃんは良い子だよ~」
「・・・・・・まあ、谷田がそう言うなら何も言うまい。ところでご両人。明日の土曜は空いてるか? じいさんに昨日の話をしたら体験してみるかって言ってくれたんだ」
日宮のじいさんって言ったら人間国宝に認定されるような人だったはずだ。
「・・・・・・俺は、マジでお前の下で働くのか?」
「可能性があるならやっておいて損はないはずだ。どんな仕事か分かるしな。社会勉強だと思え。性格はあれだが腕は確かだ。俺が保証しよう」
焼物、陶芸なんて俺には縁がないと思っていた。
ただ日宮にもらった丼は今でもうちで使っている。昨日はカルボナーラうどんの餌食になっていた。すまんな。
美鈴は元気よく手を挙げた。
「わたしやりたいなー。ねえ、涼ちゃんもお揃いの湯飲みとか作ろうよ」
湯飲みか。確かに欲しいけど・・・・・・。
俺は日宮の方を向いた。
「そんな簡単にできるのか? 俺なんて幼稚園以来粘土とか触ってないぞ」
「湯飲みくらいなら猿でもできるさ。行くなら明日の朝に迎えに行くよ。こういう時、二人の家が近いと楽だな」
俺は腕を組んで悩んだ。時間はある。
けど俺が猿以下だと証明されてしまう可能性があった。
やりたいわけでも、やりたくないわけでもない。
俺が悩んでいると日宮は呆れた様に言った。
「悩んでいるならやればいい。やってマイナスにならない事ならやるべきだ。いつまでも考えてばかりいると機を逃すぞ」
その言葉は俺の心にぐさりと刺さった。
まさに俺の人生を表わしている言葉だ。やってみたいことはたくさんあった。けど、そのどれにも手を伸ばすことがないまま高校二年生になってしまった。
その結果、世間は何をしたいのか尋ねてくる。
俺は自分の事を何一つ決めていない。高校だって近いからって選んだだけだ。
こっそり落ち込んでる俺に美鈴が笑いかけた。
「わたしが一緒だから大丈夫だよ♪ だから行ってみよ?」
その笑顔に背中を押され、俺はぎこちなく頷いた。
「・・・・・・うん。そうだな」
「決まったな。明日は早いぞ。6時には迎えに行くから用意していろ。持っていく物は特にないが、汚れてもいい服装で来るんだな。特に谷田。くれぐれも気合いを入れてめかし込んでこない様に」
日宮が美鈴を指差すと、美鈴は何故か胸元に手を当てて慌てた。
「し、しないもん!」
「ハイヒールとか、ミニスカートとかは論外だからな。そういうのはまた別の機会を設けてやる。だから明日は我慢してくれ」
「ゆ、祐君・・・・・・。ありがと・・・・・・」
美鈴は感動して涙ぐんでいた。こいつらの会話はたまに理解出来ない。
「うん。明日は中学のジャージを着ていくね! だから涼ちゃんはそれで我慢して。その内すごいの見せてあげるから」
すごいってなんだ? 空でも飛べる機能がついているすごいジャージがあるのか?
日宮は頷いた。
「それでいい。中杉も寝坊するなよ。寝てたら襲うからな。谷田が」
「襲っちゃうよ!」
美鈴が楽しげにがおーと両手を挙げる。
「なんでだよ・・・・・・。ちゃんと起きるから安心しろ」
こうして、俺の休日の予定は埋まった。
起きないと襲われる。命の危機だ。
俺の頭に昨日見た包丁が過ぎった。切れ味があまりよくなさそうなあの包丁だ。
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