二話 姉貴はかく語りき

2-1

 家に帰ると、姉貴は喘いでいなかった。

 収録は確か来週だったはずだ。学生時代から妙に真面目な姉貴は予習復習を欠かさなかった。

 そんな姉貴がリビングのソファーに足を伸ばしぼんやりとテレビを見ている。

 おかしい。いつもなら俺が帰ってくるのを狙い澄ましたように隠語を大声で読み上げているのに。

 本当なら喜ぶべきことだが、悲しいことに帰宅後に姉貴の喘ぎ声を聞くのが俺の日常になっていた。

「・・・・・・ただいま」

「あ、おかえりー。今日は遅かったね?」

 姉貴はごろんと仰向けになって、俺の方を向いた。胸の形が柔らかそうに変わる。

 こいつ、ブラしてねえな。堕落しすぎだろ。

 俺は鞄をソファーに投げて、制服のまま座った。

 テレビでは恋愛ドラマの再放送をやっている。モテない女子校生が王子様的な男子に告白される話だ。少し前に再放送を見かけたのにまたやってる。

 姉貴は寝っ転がるのをやめてちゃんと座った。

「今日二人とも食べて帰るって。晩ご飯作るけどお蕎麦とおうどんどっちがいい?」

 蕎麦は先週食べたばかりだ。

「じゃあ、うどんで」

「はーい」

 姉貴は機嫌良く返事をしたが、すぐには作らず、テレビに向き直した。時間はまだ5時半。夕飯までには時間がある。

 俺は神村の事を話すのはその時でいいと思い、姉貴と一緒にドラマを見ていた。この先のシーンは覚えている。男がいきなりキスするんだ。ほら。

 姉貴は声には出さないが、憧れるような目でテレビを見ていた。自分の歳を考えて欲しいもんだ。

 あの役者はまだ二十歳だぞ。相手の女の子なんてまだ十代だったはずだ。

 キスする二人。唇が離れ、互いに見つめ合う。そして照れた様に笑う。

 ドラマの内容に正直興味はなかった。けどどうして彼らはその若さで役者を目指したんだろうかと思った。

 俺とたいして年齢は違わない。それなら俺の歳には既に活動していたんだろう。

 男の方は格好良いが、どちらかというと可愛い感じもした。こういうヴィジュアルが女子に人気があるんだろう。

 女の方はいかにも清楚って感じだ。目が大きくて肌と髪が綺麗だ。どう見ても地味ではないが、ドラマの中では目立たない少女らしい。

 二人とも美男子と美人だ。けど、容姿がいいからって演技の道を目指すわけじゃないはずだ。

 誰かに憧れて? それとも演技がしたかった? 有名になりたくて?

 想像を巡らしても、理解できる理由は一つもなかった。

 俺と三つほどしか変わらないのに、もう働いている。

 それどころかテレビに出て、キスまでしてるんだ。一体どんな人生を送ればこうなるのか、俺にはさっぱり想像がつかない。

 けど確かなことが一つだけあった。

 あいつらは、俺と同い年の時には既に夢を持っていて、それを叶えるために行動した。

 そしてそれは姉貴も同じだった。

 学生時代、姉貴はどんな将来を描いてたんだろう。どんな行動をしたんだろう。

 俺は近くで見ていたはずなのに、ほとんど覚えていなかった。まだ小学二年生だったから、そういう風に姉貴を見てこなかった。

 聞けばいいんだろうけど、何も決まってない俺がどこか恥ずかしくて、言えないでいた。

 テレビの中でイケメンが美少女に言った。

「俺、お前のことなにも知らなかった。だから、もっと知りたいんだ」

 俺が言ったらどん引かれるだろう台詞も俳優が言うと様になるな。 

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