ある女医の憂鬱
ののはらしあわせ台市民病院の内科医・西ノ原宮アンドロメダ玲子は憂鬱だった。今晩までに結婚相手を決めねばならぬというのに、宇宙線痴呆で譫言を漏らす老人やら特定変異細菌感染症で臍から下痢を垂らした子供たちやらがワンサとやってきて考え事なぞしている暇がないのだ。もっとも、イーサルハイパー疾患を取り扱える数少ない市民病院はいつだって満員御礼、定休を取ることすら覚束ないのが常である。
父から提示された結婚相手は二人いた。片や全宇宙の半分を手中に収めた超銀河級の大財団の跡取り息子。片や人類史上最高の頭脳と謳われて久しくIQ換算で三億は下らないとされる万能全学博士。しかしそのどちらも彼女にとっては今ひとつの魅力にかける存在だった。
財団の御曹司の方は確かに、きらびやかな装飾品の数々と共に金持ち特有の余裕をその身に携えていた。おまけに顔も良い。おそらく受精卵の頃に随分と腕の良い遺伝子職人にかかったのだろう。
――だけど私あんな人は無理! あの鼻につく態度! サンファロスペロの金渦発二豎がそんなに偉いっていうの?
思い出しただけでも腹が立ってくる。思わずアトミック鉗子を握る手に力が入り、第五次元アレルギー性炎症の患者が低い声で呻きを上げた。
しかしだからといって学者先生の方も正直お引き取り願いたかった。彼の頭脳は本物だろう。彼女と面会している時だって、彼は三十五の分野にわたって二百六十三の未解決問題を解いた上で新しく五百十二の問題を提示し、ノーベル賞受賞の知らせが三回も入ってきていた。全て玲子と衛星イタリアンで談笑しながら、である。
――それにしたって、あの人は非常識すぎるわ。『ミボロルンボの初誕生』どころか『金脈飛行廃肺物語』の話もできないなんて、本当に日本人なのかしら?
彼と百年以上の結婚生活を送るなんてぞっとしない考えだ。思わず手が震えて鈍色静脈を傷つけてしまい、ハイパボリック看護師に笑われてしまった。
彼女がどれほど文句を言おうと頑固者の父を曲げることはできないだろう。彼女は今晩までに二人のどちらかを九生の伴侶として選ばねばならない。全くもって頭の痛い話だ。
ニスタランダ星間戦争もかくやの午前診療を終えて昼休みが訪れる。休まらない気持ちを鎮めるべく、食堂で火星植民丼を食べに向かう同僚たちと分かれた彼女は、喫煙室の前の自販機で特大のパフェを購入し、地球時間にしてたっぷり三十分ほど掛けてそれを消費してアンニュイな気分に浸った。
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(2016年5月1日)
(お題:「パフェ」「病院」「未来」)
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