第19話 囚われる心
何者かの声が届く。
<<我を
ミハルの中で・・・いや。
右手の宝珠の中で何者かが蠢く。
ー 誰?
誰の声なの?
囲まれたミハルには、誰の声でも良かった。
ー 助けてっ、助けて!
この人達から助け出して!
右手の宝珠が蒼さを失い掛けて、黒い波動が脈打っていた。
まるでミハルの心が闇に囚われようとしているみたいに・・・
しかし・・・ミハルの変化はそこで終わる事になる。
不埒者に囲まれ悲鳴を上げる娘を見せられた男が叫んだ。
「キッ貴様らっ!許せん!それでも帝国軍人かっ!!」
クーロフ大尉は怒りに顔を赤らめて・・・遂に!
((ズギューンッ))
銃口から硝煙が流れ出ていた。
ニタニタ笑ってミハルの肌に迫る兵士の服を掠めた弾が、民家に穴を穿っていた。
「ひっひいっ!」
ニタニタ笑いを驚愕に変えた兵士が座り込む。
「シマダ君を離せ!下衆野郎っ!」
クーロフ大尉は、小太りの指揮官の額に銃を突き付ける。
「キ、貴様っ、こんな事をしてただで済むと思っているのか!
オレ達は貴様達衛星国の下級市民を見張る特務隊だぞ。
上官に報告すればお前達の家族は強制収容所送りになるんだぞ!
解っているのか!」
小太りの指揮官が喚くのを、
「そっちの方こそ、今までの残虐行為がばれれば今度こそ死刑だろうさ。
犯罪者のくせに、いばるんじゃねえ!
この下衆野郎めっ!」
怒り狂うクーロフ大尉の後ろからキャタピラ音が響いてくる。
((キュラ キュラ キュラ ギギイッ))
クーロフ大尉の後ろにM4型中戦車が停まり、砲が小太りの指揮官に指向される。
ハッチからロカモフがサブマシンガンを小太りの士官に向けて。
「その娘を離せ、さもないと皆殺しにするぞ。特務の犯罪者共っ!」
そう言って戦車から飛び降り、
囲む兵士からミハルを救い出す。
「大尉、お待たせしましたっ!」
自分の後ろに隠しながらミハルの身を確保した。
ー ありがとう、クーロフ大尉、ロカモフさん!
ミハルは胸を隠しながら心の中で礼を言う。
その手にあるのは蒼き宝珠。
拳銃を突きつけて、クーロフ大尉がすごむ。
「歩兵少尉。
お前のした今迄の残虐行為、並びに上官反抗の罪に対し、
戦車296中隊隊長クーロフ大尉の命により追放する。
さっさと、何処へでも行きやがれっ!」
拳銃を額に当てられ、震え上がる小太りの男。
「そ、そんな事が許される訳が無いっ!」
まだ反抗する男に対してくーろふ大尉が言い放つ。
「許されぬとあれば、我が戦車隊がお相手しようか?」
((キュラキュラキュラ))
道の反対側に廻り込んだM3型中戦車が、
兵員輸送用半軌道車を体当たりで押しつぶしながら小太りの男と、その部下に近付く。
「うっ、うわっ、くそっ。
野郎共、撤退だっ。
こんな馬鹿達と一緒に居られるか。おぼえてやがれっ!」
チンピラの様なセリフを吐いて小太りの男達は残った半軌道車で、そそくさと逃げ出した。
その姿を見たロカモフが、
「ざまあみやがれっ、畜生共っ!」
サブマシンガンを高々と掲げて歓声を揚げる。
それにつられた様に戦車兵達が、口々に歓声を揚げる。
((フワッ))
ミハルの肩にクーロフが、自分の着ていた戦車兵用のジャケットを掛けてくれた。
「クーロフ大尉?」
ミハルが見上げると、優しい瞳に戻っているクーロフの顔があった。
「すまないね、シマダ君。許しておくれ、許して・・・」
クーロフ大尉はそっと肩膝を付いて姿勢を低くしてミハルを抱締めてくれた。
やっと安心したのか、ミハルの瞳から涙が零れ落ちる。
「ありがとう、クーロフ大尉。ありがとう助けてくれて」
ミハルはロカモフ達戦車隊の兵士に頭を下げて謝意を述べる。
そんなミハルにロカモフは、鼻をこすって笑いかけた。
クーロフに抱かれて安心したミハルが涙を拭う。
だが、その手に着けられてある宝珠の色はまだ蒼さを取り戻してはいなかった。
マクドナード軍曹、ルイズ、モルン一等兵を後ろに立たせて、ミハルとクーロフ大尉が話す。
「そうか、我々にこの村から退却しろと言うのだね」
クーロフ大尉はミハルの話を聞き終わり結論を求める。
「はい。我々の軍が来る前に。
そうすれば村も両軍も被害を出さずに済みますから」
ミハルは願う様に、クーロフ大尉を見た。
だが・・・
「シマダ君ありがとう。お言葉は感謝に耐えない。
しかし我々の軍は、上官は退却を許さないだろう。
譬え1メートルの土地だとて、守って闘えと命じるだろう。
折角の申し出を断る事は心苦しいが・・・」
クーロフ大尉はミハルに頭を下げて謝った。
「でも、クーロフ大尉。あなたは大切な部下が、戦友が居るのです。
その人たちの命を預かる身なのですよ。
無駄な戦いをして、その人たちの命を危険に晒すことは無いと思います」
ミハルは必死に説得を試みるが・・・
クーロフ大尉はミハルに微笑みかけて、
「日の本の国はいい所ですね、皆が平等に暮す事が出来て。
私の故郷のウラジオはね、帝国とはいえ衛星国なのです。
中央国家にまるで奴隷の様に扱われて、
民は皆貧しくて、生活していくのがやっとと言う有様です。
我々衛星国出身者は嫌々軍人にされるのです。
家族を人質に取られて・・・」
クーロフ大尉は、遠く故郷へ思いを廻らせて話す。
「人質に取られていると言う意味がお解かりになられますか?
もし、軍命違反を犯せば、家族がどうなると思いますか。
・・・強制囚人にされて死ぬまで働かされるのです。
老若男女を問わずに・・・
私の中隊は皆衛星国出身者ばかりです。
あの卑劣な囚人共の小隊は、我々の監視役なのです。
命令に背いたら、家族を捕える為の監視役として衛星国出身者を見張っているのです。
だから、今日まではずっと我慢し続けて来ました。
でも、とうとうシマダ君を襲う卑劣さに我慢出来ずに追い出してしまいました」
薄く笑うクーロフ大尉に、
「そんな。だとしたらクーロフ大尉達のご家族はどうなるのです」
ミハルは自分を助けてくれた戦車隊員達の家族を想って胸が張り裂けそうになる。
「ただでは済まないでしょう。このままではね」
薄く笑ったままの大尉がミハルを見て続ける。
「シマダ君を助ける時に聞いた・・・我々の軍が攻めて来ますと。
あの一言が私の、いえ。
この隊の全ての者が望む事への引き金になりました」
クーロフ大尉が笑い顔を止めて、
「もう、この戦争を終わりにしようと、我々の戦いを終らせようと願ったのです。
あんな下衆な男達に善い様にさせ続けた我々の罪を、神に許してもらえる様に・・・」
クーロフ大尉の後ろに立つロカモフ上等兵が涙を堪えず泣き出してしまった。
そんなロカモフを見て大尉が続ける。
「我々もあの男達と同罪なのです。
家族を人質に取られているからといって奴らを止めれなかった。
村人を虐殺し、闘えない者までも殺す。
そんな畜生にも劣る行為を見て見ぬふりをする。
我々も同罪なのです。
神はそんな我々をお許しになられるでしょうか・・・」
クーロフ大尉は泣くロカモフの手をポンポンと叩いて慰める。
「しかし、大尉殿。だとしたら、家族を救う手立てはあるのですか」
マクドナード軍曹が耐えられずに訊く。
「はははっ、一つだけ・・・一つだけあるのです。
家族を帝国の圧政から救う道が」
薄く笑うクーロフ大尉が、ミハルを見て助けを求めるような瞳で告げた。
「闘って死ぬ事ですよ。
名誉の戦死を遂げる事で反抗罪は拭う事が出来るでしょうから」
((ガタッ))
ミハルは思わず立ち上がってクーロフ大尉を見詰める。
「そんな・・・そんな事?!」
ミハルはガタガタと体を震わせてクーロフ大尉の瞳を見詰める。
「お嬢さん。大尉の仰るとおりなのです。
もうオレ達は神様の元へ行きたいのです。
罪を拭って神様の御許へ召されたいのです。
それが家族の為になるのなら尚更に」
ロカモフ上等兵は泣き崩れながらミハル達に言った。
そんなロカモフの肩を優しく撫でてやりながらクーロフ大尉が。
「我々は4ヶ月ほど前に、とある戦場へ赴きました。
そこは酷い戦場でした。
敵の・・いえフェアリアの戦車部隊との決戦で、
こちらも手痛い損害を出しましたがフェアリアの部隊は全滅。
生存者は皆、特務隊の奴等が殺戮したのです。
脱出出来た者は、男は銃殺され、女性は犯された上に殺されました。
我々はその行為を止める事が出来ませんでした。
ロカモフは軽戦車から連れ出され足を負傷した少女を奴等から助け様としたのですが、
ロカモフの見ている前で何人もの男に嬲られ、我々の見ている前で車長と共に死にました。
我々の見ている前でその少女を救おうとした車長が呼んだ名前を忘れる事が出来ません」
クーロフ大尉の説明を聞く内に、ミハルの顔が青白くなっていくのがマクドナード軍曹には解った。
「大尉殿っ、もう結構です。その話は・・・」
マクドナードがクーロフ大尉を止めたが・・・
「・・・ターム、・・・ターム・・・ターム・・・」
ロカモフ上等兵の口から、その少女の名が漏れた。
「いっ、嫌ああああああぁっ!」
ミハルが絶叫する。
耳を押えて屑折れる姿をクーロフは呆然と見詰める。
「ああっ、タームっ。ごめんなさい。
車長ごめんなさい。ごめんなさい、ごめんなさいっ!」
ミハルは床につっぷせて泣き喚く。
「その戦いでたった独り生き残ったのが、ミハルなのです」
マクドナード軍曹がミハルを見て、クーロフ大尉に知らせる。
「なんて事だ。なんて運命なのだ」
クーロフ大尉は、ミハルを抱締めて、
「許して、許しておくれ。
我々は何て酷い、罪深い人間なのだ。
神よお許しください。我々をお許し下さい」
クーロフ大尉もロカモフ上等兵もミハルに縋り付いて謝る。
泣き崩れる。
許しを請う。
3人はただ自らの行為に涙する。
涙を流す事で全てを洗い流す様に。
「クーロフ大尉、ロカモフ上等兵。
すみません取り乱しました。許して下さい」
ミハルの瞳は黒く澱み、何かに獲り付かれた者の様に肩を震わせていた。
「ありがとう。クーロフ大尉、ロカモフ上等兵。
真実を教えて頂いて。
戦友の最期を教えて頂いて。
・・・解りました。
それでは、伝えたい事は伝えましたから。
我々は引き上げさせて頂きます」
まるで別人の様な口調でミハルは事務的に話を切り上げて立ち上がった。
そして、
「クーロフ大尉、ロカモフ上等兵。
最期にもう一つだけ聞かせてください。
その軽戦車には、もう独り女の子が乗っていたのですが知りませんか」
入り口の方を向いたままミハルが訊く。
「車内で事切れていたよ。砲弾の直撃を受けて」
クーロフが静かにミハルに答える。
「そうですか。
カール兵長はまだ救われましたね。タームみたいな苦しみを与えられなくて」
そう言ってミハルは振り向きもせず民家から出る。
マクドナード軍曹達がそれに続いて民家から出て、クーロフ大尉とロカモフ上等兵に敬礼する。
「シマダ君・・・」
クーロフ大尉がこちらを振り向こうともしないミハルに声を掛ける。
「大尉・・・このジャケット、戴けませんか」
振り向きもせずにミハルはクーロフに訊く。
「ああ・・・いいとも」
クーロフはそんなミハルに自分のジャケットを与えた。
「・・・ありがとう」
ミハルは一言礼を言うと歩き出してしまった。
その後姿を悲しそうな瞳で見詰めるクーロフが、
「サ・ヨ・ナ・ラ。ミハル君」
日の本の言葉で別れを告げた。
遠のく心に・・・
歩き出したミハルを追いかけて来たマクドナード軍曹がミハルに声を掛ける。
「おい、ミハル。どうしたんだ?」
マクドナードの声に答えず、逆にミハルが問う。
「軍曹。持って来た魔鋼弾は何発有る?」
いつもの口調とは別人のミハルに驚きながらも、
「お?おう、36発だが?」
マクドナードは、突然の質問に戸惑ったが返答する。
「車載してある弾を、全弾魔鋼弾に載せ替えて・・・」
ミハルはマクドナードを見もせずに命じる。
「なんだと?全弾を魔鋼弾にしろと言うのか?」
無茶な注文だと言わんばかりにマクドナードが反問すると、
ミハルは急に立ち止った。
「全弾を、魔鋼弾にしろって言ったんだ!」
そう怒鳴るミハルがマクドナードに振り返り、睨み付けた。
マクドナードの前に居るミハルは最早全くの別人と化していた。
その顔は怒りに燃え眉は吊り上がり鬼の様に恐ろしく、そして最も代っているのは。
・・・瞳が黒く澱み切り、血走っている事だった。
闇に囚われてしまった・・・呪われし心を表しているかのように・・・
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