第18話 失意の瞳

「おいっ、ミハル。どうなってんだよっ。」


キャミーがアラカンの村からだいぶ離れた街道上で、ミハルの体を見回して訊いてくる。


「どうって。凄く紳士だったよ。クーロフ大尉は」


「す、凄く紳士って・・・あの、ミハル先輩?」


ミリアが涙目で訊くと、ミハルは不思議そうに小首を傾げる。


「え?う、うん?

 あんな大きな人だから、

 もっと激しいのかと思ったら、そうではなくて。

 本当に優しくてな人で・・・

 なんて言うのかなあ・・・

 そう、もう一度お逢いしたいなって思うんだ」


ミハルがミリアに説明したら言葉の言い様で、キャミーとミリアがとんでもない思い違いをした。


<うそ、ミハルって凄い。

 あんな大男を手玉に捕るとは・・・あなどりがたし、ヤポン娘!>


キャミーが恐ろしい者を見る様な目で、引く。


<うそ、ミハル先輩の初めては私が貰う予定だったのに・・・

 先を越されてしまったとは、無念なり・・・>


ミリアは酷く落胆した。




「ん?どうしたの?2人供?」


2人の様子がおかしいので、リーンが問いただす。


「いーんです。ほっといてください」


ミリアが涙目のまま、放心状態で話す。


「? ? ?」


リーンが解らないっといった風で、小首を傾げる。


「ミハルは凄い奴です・・・一人で敵を手玉に捕ったんだから」


キャミーも半ば呆然と報告する。


「? ? ? ?」


さらにリーンは小首を傾げる。

そして、当のミハルを見て、


「ミハル、どうしたのよ。この2人?」


訳を訊くと、


「え?いえ、村から帰る途中から、こんな感じになってしまって」


ミハルは苦笑いを浮かべて、リーンに答える。


「ふーん・・・ま、いいわ。ミハルに訊くから。で、敵部隊は?村民は?」


リーンが報告を受け様とミハルに訊く。


「はい。私が見たのは北側の林に隠されているトラック3両と、更に奥にある丸太の様な物。

 多分戦車の主砲を偽装したものと思われます。

 それが数本。

 中隊規模の戦車が駐屯しているものと思われます」


ミハルの報告に頷き、


「戦車部隊が居るのは解ったわ。兵数は、解らない?」


リーンが訊くと、我に返ったキャミーが、


「村の南東部に兵員輸送用の半軌道車が4両。

 これにより判断しますと約1個小隊60名程が駐屯しているものと思われます」


キャミーの判断に頷いて、


「歩兵1個小隊と戦車中隊・・・か。

 村の奪還にはそれ相応の兵力が必要ね。

 解ったわ、司令部に報告しておきましょう。

 それで、村には村民がどれ位残っているの?」


リーンの問いに、ミリアが手帳を取り出して、


「はい、村の南側の住民はほぼ壊滅、虐殺されたようです。

 街道を挟んで北側・・・つまり戦車隊に近い方は、ほぼ全員が生存しているみたいです」


手帳を閉じたミリアが、


「どうやら敵部隊の中で歩兵隊と戦車隊で、相当の隔たりがあるみたいですね。

 村民に聞いたところによると、歩兵隊の方が士気が低く、残忍だとか」


そう言って、リーンを見た。


リーンは右手を握り締め、怒りを露わにする。


「我国の民を・・・卑劣な奴らめ」


そう言って村の方を睨むリーン少尉に、


<少尉、堪えて下さい。

 我々戦車1両では、歯が立たない兵力なんです。

 味方が援軍を送ってくれるのを待ちましょう>


ミハルはリーンの気持ちを思って、心の中で諌める。


「キャミー、直ぐに司令部へ暗号で意見具申を。

 1個中隊程の増援を送って貰って。アラカンを開放する為にね」


リーンがキャミーに命令を下す。


「はい。直ちに暗号電を打ちます!」


キャミーは敬礼し、直ぐにマチハに乗り込み無電機に向う。


「後は、何日掛かるかだな。増援が来るのが」


リーンが村を見詰て、ミハルに言った。

ミハルはそれには答えず、村に居る筈のクーロフ大尉の事を考えていた。


<クーロフ大尉、もう直ぐ此方の軍が攻めてきます。

 どうかご無事で・・・生き残って下さい。死なないでください>


ミハルは初めて敵国軍人に生きて、死なないでと願った。





_______________





「第2軍のクランジ将軍から、報告が入っております。

 アラカン奪還の為、戦車1個中隊と歩兵1個大隊を送るそうです」


中央軍司令部の少佐参謀が椅子に座った将官に報告する。


「うむ。作戦発動は何時だ?」


神経質そうなメガネを掛けた将官が訊くと、


「特別支隊がアラカンに到着するのは、明後日1000の予定です。参謀長閣下」


少佐参謀の答えに、


「で、アラカンを偵察したのは、何処の隊か?」


「は、第97独立小隊で、あります」


少佐参謀の返答に、メガネを直した参謀長が訊く。


「隊長名は?」


少佐参謀が通信欄を見て、


「リーン少尉。リーン・マーガネット少尉であります。ヘスラー少将閣下」


少佐参謀は通信欄から目を、メガネを掛けた参謀長に向け直した。

そのヘスラー参謀長は、口を薄く歪めて、


「そうか・・・」


一言だけ答えた。




__________




「少尉、軍司令部から暗号電です!」


キャミーがメモを持って包帯を取っていたリーンに近寄る。


「暗号電?」


リーンは左手で包帯を解きながら聞き返す。


「はい。・・・あの、右手大丈夫なのですか?」


「ええ。動き辛くって。で、内容は?」


リーンは包帯を取ってキャミーに促す。

右手の傷はまだ縫い目も新しく痛々しかった。

キャミーはその傷から目を逸らし、


「はい。第2軍司令部からアラカン奪還作戦の発動と本隊の行動目的。

 並びに増援支隊の到着予定日時を報告して来ました」


メモに目を通し、それをリーンに差し出した。

リーンはメモを受け取って目を通す。


そして・・・


「誰かが行かなくてはいけない・・・か」


そう一言呟いて、森の中で休んでいるミハル達を見た。



「なあ、ミハル。その戦車隊の隊長ってさ、男前だったのか?」


ラミルがキャタピラの点検をしながら、砲身を拭いているミハルに訊く。


「えーっと、男前っていうか無骨な軍人って感じでしたね。

 それでいて、とっても優しくて・・・

 兄と言うよりお父さんって感じで、いい人でしたよ」


ミハルは砲身に目を向けたまま、ラミルに答える。


「そーか、そーか。だ、そうだミリア」


ラミルもキャタピラから目を離さずに、砲弾を磨いているミリアに言った。


「本当に。

 本当に先輩は、そのクーロフって言う大男に何もされていないのですね。

 そうなのですね?!」


ミリアはいじいじと、同じ砲弾を何回も拭いてふて腐れている。


「もう。何回同じ事を訊くのよミリア。

 そんな人じゃないって言ってるでしょ。彼は紳士だったって」


ミハルが呆れて、いじけているミリアに言う。


「だって、あんなシベリア熊みたいな大男だったから。

 ミハル先輩を摂って食うみたいな感じだったから・・・」


ミリアがいじいじと砲弾を拭いていると、ミハルがミリアの前に飛び降りて、


「ほら、ミリア、私を信じて。

 私のファーストキスを奪ったのはあなたでしょ?」


座っているミリアに、手を指し伸ばして優しく微笑む。

その優しい笑顔を見上げて、


「そう、そうでしたね。えへへっ」


差し出された手を握り、立ち上がって笑うミリア。


「なんだお前達、そんな間柄だったのか?」


ラミルが呆れた様に、二人を見て笑った。


そこへキャミーが、ミハルを呼びに来た。


「おい、ミハル。小隊長がお呼びだ、直ぐに行ってくれ」

「あ、はい!」


ミハルはウエスをミリアに渡して、走っていく。

その後姿を見送って、キャミーが心配顔で呟く。


「大丈夫かよ、ミハル・・・?」


ポツリと呟くのを、


「どうかしたのか?キャミー」


ラミルが問いただす。


「ええ。司令部命令で・・・。敵に軍使を送る事になったんです」


キャミーは走るミハルの後姿を見ながら答える。


「軍使?何の為だ?」


ラミルが怪訝そうに訊くと、


「降伏・・・。若しくは退去を勧告する為に・・・です」


キャミーの言葉にミリアが、


「その役目を先輩に?」


そう言ってミリアもまた、ミハルの後姿を見た。




「ミハル。

 その命令によると、支隊がこの村に着くのは明日の朝。

 我々もその作戦の陽動として攻撃を掛ける事になっている。そこで・・・」


リーンは言い辛そうに口篭もる。


「私に・・・降伏勧告を伝えろと、仰るのですね」


ミハルはメモから目を上げて、リーンを見る。


「ええ。不必要な戦闘は村に被害を招く。

 出来るなら戦闘を交えることなく村を開放したいから」


リーンは辛そうにミハルに言う。


「あなたは敵の戦車隊隊長と、話をした。

 解ってもらえる事を願っているけど・・・」


リーンが、口を閉じる。


<そう、軍隊が一部隊の隊長に独断で撤退を認める事なんてない。

 どこの軍隊も皆同じ。個人の想いなんて通用しない。

 でも、それでも・・・私は>


「少尉、私に行かせてください。

 私がクーロフ大尉に、敵戦車隊隊長に話します。

 無益な戦いは止める様に、と」


ミハルの言葉にリーンは救われた様な顔で、


「ありがとう、ミハル。

 お願いするわ。敵とはいえ、犠牲者を出す事は避けたい。

 村を戦闘に巻き込まない為にも」


「解っています。

 もし、戦闘が避けられないとしても住民を解放してもらえる様に話して来ます」


そう言って敬礼するミハルに、背筋をピンと張って敬礼を返すリーンが。


「お願いします、ミハル」


ミハルの身を案じつつ、願いを込めて答礼した。




「クーロフ大尉!フェアリアの軍使です」


ロカモフ上等兵が、指を差して白旗を掲げてやってくる数名のフェアリア兵を分隊長に報告する。


「あれは昨日の娘っ子ですぜ」


一番前を歩いてくる黒髪の少女を見て、横の戦車兵が言った、

近付く数名の軍使に、歩兵部隊の兵士が銃を構える。


<いかん、歩兵隊の隊長は軍使の扱いなど知らんのだろう。

 止めねば、シマダ君を撃ってしまう>


「おいっ、ロカモフ!戦車始動っ、急げっ!」


クーロフ大尉は自車のエンジンを掛けさせると共に、ミハル達に向って走り出した。




________





「停まれっ、何の用だ。フェアリアの猿共!」


帝国軍の半軌道輸送車の機銃がミハル達に狙いを定める。


白旗を掲げたマクドナード軍曹が、


「ほらな、帝国軍は軍使など知らんのだ」


諦め顔で肩を竦める。


「おい、撃ってきても撃ち返すんじゃないぞ!」


後ろに控えた整備班員に命じる。


「は、はいっ、了解!」


若い2人の一等兵、ルイズとモルンが頷く。


「どうする?ミハル。ここから勧告するか?」


マクドナード軍曹が訊くが、


「行きましょう、軍曹」


ミハルはさっさと歩き出して答える。

ミハルの後で肩を窄ませて、やれやれといった風に、それでもミハルの後を追って歩き出した。


 ((ダッダッダッ))


機銃の一連射が、ミハルの前をなぎ払った。


ミハルはそれでも足を止めず、前へ進む。


「それ以上此方へ来ると、撃ち殺すぞ、娘」


輸送車の上から大声で叫ぶ、指揮官らしい小太りの男が半ば笑いながらミハルを脅す。

ミハルはその男に向って、


「私はフェアリア軍を代表して来た軍使です。話を聞いて下さい!」


相手に聞こえる様に、大きな声を出して説得する。


「軍使だぁ?話を聞けだと?

 いいだろう娘っ子一人だけこっちに来い。男共はそこを動くな!」


小太りの男がミハルだけを許可する。


「軍曹、ここで待っていてください。私一人で行きます」


ミハルが輸送車の指揮官を睨んだままそう言うと、


「待てミハル。危険すぎるぞ!」


軍曹が止めるのも構わず、歩き出すミハル。


「お、おいっミハル。待て、待つんだ」


軍曹がミハルを追って止めようとすると、


 ((ダッダッダッ))


また機銃が火を噴き、弾が軍曹の横をなぎ払う。


「軍曹、動かないで。私を信じてください」


ミハルは前を向いたまま、歩を進める。


「よーし、そこで止まって両手を挙げろ」


ミハルは言われた通り、両手を挙げる。

数名の兵士と共に、小太りの男がミハルの前に出て来た。


「ほう、フェアリアの戦車兵か。見た事の無い髪の色をしているが・・・」


そう言ってミハルの周りを回ってじろじろと見ていたが、


<!くっ、この人達が、村人を殺戮したんだ>


小太りの男が、ミハルの体をベタベタとさわる。


「ふん。武器は持っておらんらしいな」


それらしい事を言いながら、ミハルを撫で回す。

ミハルはその行為に耐えながら、


「話を、話を聞いて下さい」


小太りの指揮官に訴える。

そんなミハルを見据えて、下品に笑って言った。


「いいだろう。聞いてやるぞ。

  お前の身体が悲鳴を上げるのを!」


そう言うと兵士に目で合図を送り、ミハルを民家へ連れ込もうとする。


「何をするんです!私の話を聞いてください。

 もう直ぐ此処に我々の軍が攻めて来ます。

 お願いです、話を聞いてっ!嫌っ!やめてっ!!」


ミハルは必死に抵抗するが、男達の力には逆らえない。


<嫌だ、どうして話を聞いてくれないの?どうしてこんな酷い事をするの?>


ミハルは抗いながら瞳を曇らせる。




「やめろっ!貴様らっ!」


民家に引き込まれる瞬間、聞き覚えのある声がする。


<クーロフ大尉!>


ミハルが声のする方を向くと、銃を構えて怒りを露わにした大男が立っていた。


「なんだ戦車隊か。

 見りゃわかんだろ、敵の女を捕まえたんだ。どうしようとオレ達の勝手だ!」


一人の兵士が上官に向って言う。

それは決して普通の軍隊では有り得ない辛辣な言葉。

如何に士気が堕落しているかが解る。


「こいつの言う通りだ、クーロフ大尉さんよ。

 我々歩兵隊が捕まえたんだ、口を挟まないで貰いましょうか、衛星国民が!」


上官に向って嘲った小太りの指揮官が目で合図して、ミハルを押えていた兵士にけしかける。

その兵士がにたりと笑い、ナイフを取り出しミハルに迫ると、


「へへへっ、可愛がってやるぜぇ」


下衆な言葉を投げ掛けたその男が、ナイフをチラつかせ切っ先をミハルの胸元に宛がう。


「どんな身体してんだ?ああ?」


切っ先が胸の谷間に喰い込む。

失意と恐怖で瞳を男に向けるのがやっとの事だったミハルに、


「大人しくしてなきゃ、怪我するぜ?」


ニタニタ笑い、切っ先を襟元に向けて引き上げた。


<ビリッビリッビリリーッ>


「きゃあああっ!」


ミハルの上着は胸元から破り去られ、胸が露出する。


「やっ、嫌(や)だっ!見ないでっ!」


必死に胸を隠そうともがくミハルに、

ナイフを突きつけた男の横からもう一人の兵士がミハルに踊りかかる。


「きゃあっ!嫌っ、やめてくださいっ!」


上着を掴んだその兵士が、破れた上着を無理やり奪い去ろうとする。

ミハルの上半身から服を奪い去る兵士が、ニタニタと笑ってミハルの肌を見た。


「ひへへっ、白い肌だな。堪らねえぜ!」


ミハルを囲む兵士たちの目がミハルを犯す。


「いやっ、見ないで下さい!」


必死に胸を隠すミハルに兵士達が近づいて来る。


<助けて・・・誰か>


その男達の瞳に恐怖するミハルが、助けを求めた時。



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