第17話 敵と情と

その時だった・・・


「隊長さん。その娘を放してやってくださいな?!」


アリシアが、髭面の大男に言った。


「なんだ。酒屋の小娘か。クーロフ大尉に向って良くそんな口を叩けるな」


小銃を構えた男がアリシアを見て咎めるが、


「あんたに言ったんじゃないよ、ロカモフ上等兵。

 あたしが喋っているのはクーロフ隊長なんだから!」


アリシアはロカモフを睨んでから、


「クーロフ隊長、その娘を放してやってください。

 旅の人なんですから、この村には関係ない人ですから」


髭面の大男クーロフ大尉はそんなアリシアを見て、


「そうだな、アリシア君。君の店でこの娘と話がしたい。案内して貰おうか」


クーロフ大尉は大人しく連行されるミハルを見て、アリシアの店で尋問する事を提案するのだが。


「・・・クーロフ大尉、その娘はまだ何も知らない生娘みたいです。

 あなたの様な大男の相手をさせられれば壊れてしまいますよ?」


そう言ったアリシアは、クーロフ大尉を睨んだ。


「・・・そうかな?」


一言だけ言うと、クーロフはミハルの手を引いて酒屋の中へ入って行った。

ミハルは自分の耳を疑った。


<そ、そんな。

 私、こんな大きな人に・・・抱かれてしまうの?

 村の娘さん・・アリシアさんが言った通りなら・・

 私、私はこの帝国軍人に・・・犯される・・・の?>


ミハルは目を曇らせて、クーロフに酒屋へと連れ込まれる。


「おいっ!主人。奥の部屋を使うぞ。酒を持って来てくれ」


そう言うと、ミハルを別室に連れ込んで、


「お前達は酒でも飲んでいろ。暫く掛かるからな」


そう言ってドアを閉めた。


ミハルが連れ込まれた部屋には、窓等脱出を計れるものは無かった。

ミハルは部屋の中を見回して、何処かに脱出を計れる場所が無いかを探す。


だが・・・


(バタン)


ドアが閉ざされる音に振り返ると、

クーロフ大尉が軍服のシャツのボタンを外しながら近付く。

そして傍にあった椅子に、その大きな身体をしずめた。


「勘違いしないで欲しい。まあ、そこの椅子に座って」


大男とは思えない気遣いで、ミハルに座る事を勧めて来る。


おずおずと座るミハルに、


「ヒノモトノ カタデスネ?」


片言のヤポン語で聞いてきた。


「え?どうして?」


「はっはっはっ、ほーら、引っ掛かったな。

 その美しい黒髪を見れば解るんだよ。

 オレの出身はウラジオでね。

 日の本に近くてな。日の本にも友人が居るんだよ」


クーロフ大尉は大笑いして、ミハルを見た。


そして。


「どうして日の本の娘がこんな遠い、そして戦争中の国に居るのだね。

 それに一人で?」


クーロフ大尉の質問に、


「それは・・・戦争に巻き込まれて、父母を亡くしたからです」


ミハルが本当の事を言うと、


「そうかい・・・」


クーロフ大尉は、じっと見つめて、


「信じよう。

 ところで君の名は?私はクーロフ。

 クーロフ・フォンスキー陸軍戦車大尉だ」


極めて紳士的にクーロフ大尉は訊いて来る。

まるで近くに引っ越してきた隣人に名を訊く様に。


「ミハル。島田美春・・・って言います」


ミハルが本名を名乗ると、ミハルの前にすっと手が伸びる。


「え?」


ミハルが戸惑うと、クーロフはミハルの手を握って、


「日の本のミハル君。君の国には感謝に耐えない。

 我々極東育ちの人間には、君達の祖国にはお礼の言い様も無い。ありがとう!」


早口で帝国語で喋られて意味が良く解らなかったが、クーロフ大尉はミハルに感謝の意を告げているらしいのがなんとなく解った。


クーロフ大尉がミハルと握手していると、アリシアが酒を持って入って来た。


「あら?何かいい雰囲気ね。素晴しいわ、ハラショー!」


アリシアが強張った顔を緩めて笑顔になった。

横から茶化されて、クーロフ大尉は咳払いしてから。


「アリシア君。この方は遠く日の本・・・

 いや、ヤポンからやって来られたミハル・・・シマダ・ミハル君だ。

 君のご両親と同じ様に亡くなられたそうだが・・・残念な事だ」


そう言ったクーロフを、アリシアが睨む。


「両親を殺したのは、何処の誰なのよ」


アリシアに睨まれて、クーロフが肩を窄ませる。


「歩兵部隊長だろ。オレは見せしめ等しない。

 ましてやオレは戦車乗りだ。駐屯部隊の長ではないんだ!」


クーロフ大尉は立ち上がってアリシアが携えてきた酒を手に持ち、こう叫んで酒を煽る。


「帝国万歳!くそ皇帝万歳!」


煽った手が震える。


「すまない。アリシア君、許してくれ!」


大男のクーロフ大尉がアリシアに頭を下げて謝る。


「いつも謝ってくれるのは、クーロフ大尉だけ。

 信用出来るのはクーロフ大尉一人だけだもの・・・」


アリシアはクーロフ大尉の肩をそっと掴んで、そう言った。


「で?クーロフ大尉。この人をどうする気なの?」


アリシアがミハルを指差し訊く。


「うむ。戦争終結まで身柄を拘束しなければいけないのだが、

  ミハル君を本国へ連行すれば多分・・・」


クーロフは口篭もる。その後をアリシアが結ぶ。


「多分、シマダさんは犯された上に殺されてしまう。

 そうでしょ、クーロフ大尉?」


ミハルはアリシアの言葉にぞっとして、クーロフ大尉を見る。


「その通り・・・それが腐敗した帝国軍がやってきた事だ。

 オレの前任者がこの村でも行った残虐で、卑劣な行為だ」


クーロフは吐き捨てる様に言い放った。


「オレはそんな帝国が嫌いだ。そんな帝国にした皇帝が許せない。

 シマダ君は日の本へ帰るべきだ。いや、帰してあげたい。

 我々シベリアの民を救って頂いた礼をして差し上げたい」


クーロフ大尉は、ミハルに向き直って、


「シマダ君、もう一つだけ訊きたい。

 先程林の方で会った時、君の瞳にオレと同じ悲しみの色を感じたのだが・・・

 君は一体何を見て来たのだ。

 何を背負っているのだ?

 君は本当に民間人なのか? 

 オレには解らない。譬え君が軍人だとしても構わない。

 本当の君は一体何を背負ってここに居るのだ?」


クーロフ大尉はミハルを見詰て問う。


<この人に本当の事を話してもいいのだろうか?

 私は初めて知った。

 同じ人間として生きている敵を。

 同じ様に笑い、同じ様に苦しむ人間としての敵を・・・>


「クーロフ大尉、私は・・・私の本当の姿は・・・」


ミハルは左手で右手の袖をまくり、母美雪から貰った魔法力を放つ宝珠を見せる。

薄っすらと神の盾を現す紋章が浮かぶ宝珠を見て、クーロフが小さく言った。


「魔法使い。紋章を現す宝玉・・・

 君は・・・シマダ・ミハル君は魔鋼の力を?」


クーロフがミハルの宝珠を見て呟いた時、店の中で銃声が聞こえた。





_______________






「ミハルが連れ込まれて、何分経つ?」


キャミーがミリアに問い掛けると、


「きっかり20分です。キャミーさんっ!」


ミリアがミリタリー腕時計を確認して答える。


「もう、限界だな。何としてもミハルを助け出さなければ・・・」


キャミーが腰のホルスターから、銃を抜き出して安全切替ボタンを作動させて両手で構える。


「援軍を呼んだ方が良いのでは?」


ミリアがキャミーに問い質す。


「そんなもん待っていたら、ミハルが壊されてしまう、殺されてしまうぞ!」


キャミーはミリアの提案を拒否して突入のタイミングを測る。


「壊される?どう言う意味ですか?」


キャミーの言葉が理解出来なくて、ミリアは訊いた。


「お前も見てたろ。ミハルの手を引く大男を。

どうみてもミハルが受けきれる感じじゃないぞ。

あんな大男の相手をさせられたら、あたしだって壊されちまう。

そのデカさに狂わされちまうだろう。

下手をすると内臓を突き破られて死んじまうかもしれないんだぞ?」


キャミーが真剣に話している横で、ミリアは真っ赤な顔をして下腹部を押えて震えた。

ミリアの脳裏には、お風呂場で見たミハルの裸体が大男に襲われる所が描かれる。


<ミハル先輩にそんな薄汚い行為をさせてたまるものですか!>


パニックに陥ったミリアが、


「たっ、大変ですっ!キャミーさん突入しましょう。辞めさせましょう!」


ミリアは目をグルグル廻して鞄から大型手榴弾を取り出し、

片手に大型拳銃ルガーを持って走り出した。


「うわあああっ!突撃ーっ!」


脇目も振らず、店内に突入して行く。


「うわっ、こら待てミリア!」


キャミーの制止を振り切って、ミリアが店内に入り、


「ミハル先輩を返すのです。さもないとこの手榴弾を爆発させます!」


続けて突入したキャミーが銃を構える。


「皆っ!動くな、動いた奴はどいつでも撃つぞっ!」


遅れて入ったキャミーが店内の全員に向けてベレッタを構える。

不意を衝かれた帝国兵は、小銃を構える暇も無かった。

手に手に酒の入ったグラスを持つだけで、皆が皆固まった。


<よし、制圧は旨くいったぞ。後はミハルの無事を祈るだけだ!>


キャミーがゆっくりと帝国軍人に銃を突き付けて、


「あの大男が連れて入った娘は、何処に居る。答えろ!」


静かに兵隊に銃を突き付けて、居場所を訊く。

その兵隊が目で奥の部屋を指すと、


「よし、お前達はそこで両手を挙げて立っていろ。

 少しでも動いたら撃つぞ。おいミリア、こいつらの武装を取り上げろ!」


キャミーの命令でミリアは、小銃を蹴って兵隊から離れさす。


「動かないで下さいよ。動いたら撃ちますからね!」


ミリアは今更ながらドキドキして、両手を挙げた兵隊に銃を突き付ける。

キャミーは奥の部屋に近付いて、兵隊と奥の部屋とを交互に見て中へ入るタイミングを計った。

だがその時一人の兵隊ロカモフ上等兵が、ミリアに掴みかかろうと体を動かした。


  ((バァーーン))


キャミーが天井に向けてベレッタを発砲した。

途端にロカモフ上等兵は、両手を挙げる姿勢に戻る。


「ミリア、次に動きやがったら、遠慮はいらねえ、撃倒せ!」


脅し文句を言って、兵隊達を睨んで部屋の中に居る筈の大男とミハルの気配を探った。




「どうやら、ミハル君の友人が来たみたいだね」


銃声を聞いたクーロフが、アリシアに言って、


「アリシア、もう少しだけ待って貰えないかな。

 シマダ君は無事解放するから。

 シマダ君に別れを言う間だけ、待ってもらってくれ」


クーロフ大尉はアリシアに向ってお願いした後ミハルを見て、


「シマダ君、君と会えて良かったよ。

 久しぶりに日の本の人と会えて、お礼が言えて。

 その君がまさかフェアリアの魔鋼騎乗りだったなんてな。

 人の運命は解らないものだね。

 でも何故シマダ君は外国人なのにフェアリアの戦車乗りになったんだい?」


大男のくせに優しい口調で話すクーロフ大尉に何の敵愾心も湧かないミハルは、


「私も好きで戦車乗りになった訳ではないのです。

 両親を失ったのは本当です。

 そして身寄りの無い私には弟が居るのです。

 その弟を守る為に戦車乗りに・・・モルモットにされたのです。

 ・・・信じて下さいクーロフさん」


ミハルの言葉にクーロフは瞳を見詰て、


「シマダ君、オレ達は似た様な運命なのだな。

 オレ達も帝国の圧政の為に嫌々戦争に狩り出されたんだ。

 誰が好き好んで闘うものか、殺すものか。

 どうか解って欲しい。

 帝国の中にもこの戦争を嫌っている者が居ると言う事を」


クーロフ大尉はミハルに握手を求める。

その大きな手をしっかりと握り直して、


「クーロフさん。あなたに逢えて良かった。

 あなたの様な人と話せて良かった。

 この戦争が終わったら、きっと・・・お会い出来る日を待っていますね!」


ミハルはクーロフ大尉に感謝して別れを告げる。


「その時はきっとお酒が飲めるでしょうね。

 ゆっくり語り合いたいですね。シマダ・ミハル騎士殿!」


クーロフ大尉は最後にナイトの称号を使って別れを惜しんだ。



「おっ!ミハル無事か!?」


キャミーが大男と共に部屋から出て来るミハルに声を掛ける。


「ミハル先輩、さあ、こちらへ!」


ミリアが出口の方へいざなうのをよそに、

ミハルはクーロフ大尉と最後の握手をして、


「では、クーロフ大尉、ごきげんよう。

 無事に故郷へ帰られます様に祈っています」


そう言うミハルに大男のクーロフも、


「シマダ・ミハル君も。

 どうかご無事に姉弟で日の本へ帰られます様に祈っています!」


2人はお互いを見つめあって、別れを惜しんだ。


「は?」


「何ですか・・・それ?」


キャミーとミリア、それにロカモフ達帝国軍人もあっけにとられて2人を見て、呆然となる。


「さあ、お嬢さん方、銃をしまいなさい。

 シマダ君をお返しします。おいっ、お前達も銃を取るな」


クーロフ大尉の命令でロカモフ上等兵達は、動かなかった。


「お、おいっミハル。大丈夫なのかよ?」

「ミハル先輩。どこにも・・その、傷付けられませんでしたか?」


2人がこもごも心配して訊いてくるが、ミハルはクーロフを見返して手を振った。


その手に答える様にクーロフもまた、手を振ってミハルを見送った。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る