第15話 砲手の勤め
ミハル達マチハ乗員に命令が下された。
それは、次期作戦の前哨戦。
とある村の偵察であった。
<ヒュウウウーッ>
荒野に旋風が吹き荒れる。
もう直ぐ雪が降ってきそうな寒さの中、3両の車両が砂煙を上げて進んでくる。
その車両を双眼鏡の倍率を上げて、見守る金髪の少女。
「どうやら、あっちも偵察が任務らしいわね。
各車とも砲塔がてんでばらばらの方向を向いてるもの」
双眼鏡で目標の3両を見詰ながら、リーン少尉は独り言を言う。
そして、マイクロフォンを押えてみんなに伝えた。
「目標は軽戦車3両。まだ此方に気付いていない。
右舷前方距離2600。見つからなければやり過ごす事にするわ。
一応、警戒しておく事にします。
全員戦闘配備、対戦車戦用意!」
リーンは乗員に戦闘配備に付かせる。
「ミリア、対戦車戦。第1弾、徹甲弾装填!」
リーンは軽戦車を双眼鏡で見詰たままマイクロフォンを押えて命じる。
ミリアは徹甲弾を左手の拳骨で押し込み装填手安全ボタンを押し、
頭上のファンが回っているのを確認して・・・
「装填よし!」
マイクロフォンを押して装填の完了を、リーンとミハルに報告する。
「宜しい。第1目標、先頭を行く新式軽戦車。
あれは多分M3シュチュアートと思われる。
奴らの前面装甲は、今までのM2の倍近くあると聞く。
出来るだけ側面を狙って撃つように!」
リーンはミハルに対して側面攻撃を命じた。
「了解ですっ」
ミハルは先頭を走るM3に狙いをつけて砲塔を旋回させた。
照準器を覗き込み、砲塔を操るミハルの姿をミリアは頼もしそうに見詰る。
<ああ。やっぱり先輩は戻ってくれた。あの魔鋼騎士の勇姿に>
ミリアの記憶にKG-1と闘った時のミハルの姿が思い出される。
碧い瞳と蒼い髪で、必死に闘う勇姿。
<先輩の傍で一緒に闘える。それが私の誇りなんです。
ミハル先輩は私の誇り、私の憧れの人なんです>
ミリアが見詰るミハルの瞳は黒く澄んで、その瞳は優しさと共に力強く輝きを放っていた。
「距離2000。敵M3は右舷方向から向きを変えた。
まだ気付かれていない模様。このまま気付かれなかったらいいけど」
リーン少尉は草むらに隠れているマチハのキューポラから半身を乗り出し、
双眼鏡で3両を監視し続ける。
太陽の光がその双眼鏡に当たっている事に、リーンは気付かなかった。
<落ち着け、落ち着くんだ、私。
強くなるって決めたんだから、もう逃げないって決めたんだから。
迷うな、迷っちゃだめなんだから!>
平静を装っていても、心の中では傷が疼く。
ミハルは照準器の中に敵軽戦車の側面を捉え続けている。
その額には汗が浮かんでいた。
その手は汗ばんでいた。
冷静を装っていても、心の優しい部分が自分を責めようとしている。
<いくら冷静を装っていても心が痛む。
これから戦闘となったら私は心を鬼へ変えなければいけない。
出来るの?私は鬼になれるの?>
戸惑うミハルの瞳にM3の車体が映る。
その車体が急に向きを変えた。
<見つかった!?>
「車長!敵無線封鎖を解きました。
見つかった模様!敵はこちらの”光”に気付きましたっ!」
キャミーがリーンに被発見を報告する。
「ちっ、見つかったか!」
ラミルが悔しがりながら、エンジンをスタートさせる。
エンジンの唸りが高まる中、
「しまった。双眼鏡が日の光を反射していたのね。迂闊だった」
リーンが悔やむ。
そして、決断する。
「対戦車戦、目標先頭を行くM3。距離2000。
徹甲弾、敵速50、8シュトリッヒ前方を狙え。攻撃用意!」
リーンの攻撃開始命令を受けて、
「射撃用意よし!」
ミハルは復唱し、トリガーに指を掛ける。
照準器の中を高速で移動するM3に十字線を合わせる。
ミハルの照準に合わせて砲塔が旋回を続ける。
「目標、射撃開始!」
キャミーが敵の射撃開始を報告する。
マチハの左舷直ぐ横に着弾し、砂煙を上げる。
「敵は榴弾を撃ってきた。此方の正体を確認した訳ではなさそうね」
リーンが落ち着いてキューポラ内に入って天蓋を閉めて、
「目標が1000メートルに近付くまで射撃を待って。
引き付けてから一両づつ倒していくわよ!」
リーンが自信たっぷりに皆に告げる。
<え?接近戦を挑むのですか?
相手が一両ならそれでも良いかも知れないけど、
3両同時に接近されたら一発でも外したら此方が不利になってしまいますよ>
ミハルは驚いて、リーンを見返る。
「車長!3両同時に接近を許したら、対処が難しい事になりますが。
特に足の速い軽戦車を相手にするのは・・・」
危険を察知したミハルがリーンに意見する。
「うん。でも彼らの砲では、こちらの正面装甲を撃ち抜けないだろうから、
正面を向けて置きさえすれば大丈夫でしょ」
リーンはミハルの警告を軽く考えているみたいだった。
「しかし、もし3両が連携して襲って来たら、
装甲の薄い側面を狙ってくる事も考えられます。
早目に1両でも足を止めさせた方が良いと思います」
ミハルは攻撃の許可を貰う為、自分の考えを言った。
「うーん、でもね。
本当なら交戦を控えて彼らには帰って貰いたいたかったんだけどね。
こっちの任務もあるから・・・」
リーンは攻撃の許可を漸く決断する。
「もう距離1500。車体を発見されたのは間違いない距離ね。
ミハル射撃開始、目標先頭のM3。撃てっ!」
リーンの射撃命令を受けて、ミハルの瞳にM3の正面装甲が映る。
<もう、側面を狙って撃っている暇は無い。
後5秒もすれば敵は散開して攻撃してくるだろう。
ここはこの47ミリ砲の高貫通力を信じて撃つしかない>
ミハルの指が砲の一部となって目標に放たれる。
「
<ボムッ ガシャッ>
射撃音と共に、赤い曳光弾がM3軽戦車に飛ぶ。
((ガボッ!ダッダーン!))
正面装甲を食い破り、M3の後部エンジンが爆発を起した。
「一両撃破!」
ミハルはキャミーの声が聞こえる前に次のM3に狙いをつけて、
「ミリア、次弾装填!急いでっ!」
ミリアに装填を急がせる。
「装填よし!」
すぐさまミリアの声が返ってくる。
<早いな。ミリア、大分腕を上げたんだね>
ミハルはミリアの装填が大分早くなった事を喜んだ。
<あ、なんだ、私。
ミリアの事を思う程、冷静でいられている。
不思議に戦闘が始まったら冷静なんだ>
ミハルは第2目標のM3に狙いを付けた。
<よし、こいつは側面を見せている、
「撃っ!」
((ボムッ ガシャッ))
第2射がM3の側面後部を撃ち抜き、たちまち炎上させる。
「2両目撃破!残り一両は
ラミルが3両目のM3を目で追って、報告する。
「ラミル、車体を3両目に向けて、出来るだけ正面を向ける様にして!」
リーンが危険を認識して、装甲の厚い正面を向けさせ様と命令した。
だが、リーンの命令は少し遅かった。
敵の接近を許した判断が、彼女自体に襲い掛かる。
M3が左舷に回りこむ方が、車体の動きより早かったのだ。
((バキッ))
M3が放った徹甲弾が砲塔側面に命中し、砲塔後部に穴を穿つ。
「うっ!」
リーンの苦悶と共に背中に爆風を受けて、ミハルは咄嗟に振り返った。
そこには、キューポラで
リーン少尉が負傷してミハルの敵愾心に火が点いた。
「!リーン少尉っ!」
ミハルの目に蹲る少尉の左手から、血が流れ出ているのと、
砲塔後部左舷に開いた小さな穴から煙を差して流れ込む外光が見えた。
<少尉が・・・少尉がやられた・・・>
「くっ!私は大丈夫。掠り傷よ。射撃を続行しなさい。ミハル、うっ!」
痛みに耐えながらリーンが、攻撃続行を命じる。
<少尉、少尉を傷つけた。少尉に傷を負わせた。
・・・許せない。 よくも・・・よくもっ!>
ミハルの瞳が怒りに燃え、髪が逆立つ。
「ミリアっ、車長をっ。少尉をお願いっ!」
ミハルはミリアに少尉の看護を命じて、照準器を睨み返しM3を追う。
<よくも私の大切な少尉を。
私のリーン姉さんを傷つけたな!許さない、許さないからっ!>
ミハルの瞳は大切な人を傷つけた、憎い相手に対して復讐する為に黒く澱む。
8倍照準の十字線にM3の砲塔を捉えて、
「喰らえええぇっ!!」
トリガーを引き絞る。
((ボムッ ガシャッ))
距離600で放たれた徹甲弾が、M3軽戦車の砲塔を貫き、予備砲弾をも貫いた。
((ガッ グオオーォーンッ))
ミハルの放った弾で、M3は爆発炎上した。
砲塔を吹き飛ばされ、バラバラになったM3は車体から炎を吹き上げて撃破された。
「敵車両、撃破。辺りに他の車両なし」
キャミーが辺りを確認して、報告する。
我に返ったミハルが、砲手席から飛び退き、リーンに駆け寄ると、
「いつっ。えへへ、失敗失敗。手痛い勉強になっちゃったわ、ミハル」
左手を三角巾で縛られたリーンが、ミハルに微笑んだが痛みの為か、少し強張っていた。
「少尉、少尉。ごめんなさい、守れなくて。守りきれなくてごめんなさい!」
ミハルは強がるリーンに謝った。
そんなミハルのおでこをコツンと右手で叩いて、
「ほーら、また泣きそうな顔して。そんな顔しないで、掠り傷なんだから」
そう強がるリーンの左、砲塔側面に小さな穴が開き、車長席の直ぐ右側に破片が突き刺さっていた。
<
あの破片が少尉を切り裂いていた。
僅か10cm程の違いでリーン少尉は死なずに済んだんだ>
「車長!治療の為、一度整備班の所へ戻るのが必要だと思われます。
許可を、願います」
ラミルはリーンの許可を得る前に、マチハを操って走り出した。
「私の事より、車体の点検を優先します。
こんな風穴開けられてしまっては・・・ねぇ」
そう言って、リーンは光が差し込む穴を見上げた。
ミハルはリーンを気遣って、ミリアに傷の事を訊く。
「リーン少尉の傷は?」
「はい。深手ではないのですが、縫う必要があるかと。専門の道具が此処には在りませんから・・・」
ミリアは心配顔のミハルにそう告げて、
「少尉っ、強がるのは応急処置が終わってからにしてください」
ミリアが三角巾を強く締め直すと、
「ひゃ、ひゃいっ。痛たたたぁーーっ!」
リーンが悲鳴を挙げたので、ミハルは少し安堵した。
「う、うーん」
野営地で、上着を肩から羽織ったリーンが左手を包帯でグルグル巻きにされて、
めげていると少し離れた岩場の上でミハルが独り、星空を見上げていた。
「綺麗な星ね、ミハル・・・」
そっと声を掛けて、リーンが近寄ってもミハルは星を見上げ続けている。
そんなミハルの横に一緒に座って、
「よっこらしょ・・・と」
左手を庇いながら座ると、
「傷・・・痛みますか?」
ミハルが気遣って訊くのを微笑んで、
「ミハルの方こそ、どうなのよ?」
リーンが逆にミハルの心を気遣う。
「・・・私、変なんです。
あれ程嫌だったのに戦闘になったら、
何も感じなくなって・・・冷静で・・・
砲を撃つ事に何の躊躇いも感じないんです。・・・変ですよね」
ミハルは星空を見詰ながらリーンに言った。
リーンはそんなミハルの姿がたまらなく寂しそうに見えて、
「そっか。ミハルは変だと思うんだ」
リーンは囁くようにそう言って、星空を見上げた。
「それに、リーン少尉が傷を負った時、私の中に居る何かが現れたんです。
まるで悪魔の様な者が・・・
私の中に居るもう一人の私が。
ただ復讐心だけの、醜い自分が・・・
知ってしまったのです・・・初めて敵を。
リーン少尉を傷つけた憎い者を許せなくなって。
・・・殺して・・・殺してやるって思ったのです」
星空を見上げるミハルの瞳から頬を伝って、涙が零れ落ちる。
「ミハル・・・」
リーンはそんなミハルに、声が掛けられなくなる。
「えへへ、大丈夫です。
どんなに穢れても、この身が悪魔になったとしても。
必ずリーンを・・・小隊を守って闘いますから。
それが私の務め、私の決めた約束ですから」
そう言ったミハルは、急にリーンに抱き付いて来た。
「ミハル?」
リーンは優しくその肩を抱いて、
「泣きなさい。思いっきり泣いていいのよ。
ミハルの辛さ、苦しさを少しでも私が拭う事が出来るのなら。
あなたの気が済むまで、私にぶつけなさい」
リーンはミハルの髪を、そっと撫でてやる。
「うっ、ううっ、うわああんっ。
リーンっ!リーンお姉さん。お姉ちゃああぁん!!」
ミハルはリーンに甘える様に、
自らの堕ちる心を繋ぎ止める為に、
・・・ひたすら泣き続けた。
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