第14話 心の救罪

「その様は何です、ファブリット中将。あなたを解任します。

 以降は別命有るまで待機しておきなさい」


高飛車な女の声が王宮の広間に響く。

頭を低く下げた白髪の高官が、一段高い場所に座っている高位の女性に、


「エリーザ姫のご命令ならば・・・」


畏まって服従する。


「解ったなら、退出するが良い。エリーザ姉姫の前から下がりなさい」


座っているエリーザ姫の横からもう一人の女性が同じ様に高飛車な言い方でファブリット中将を退出させる。


「リマンダ、疲れたわ。くだらない者を相手にすると」

「本当ですわね、エリーザ姉姫。もうお休みになられましては?」


ファブリット中将が退出していく背中で、2人の姫があからさまに厭味を言い合っていた。



広間から出たファブリット中将に、


「閣下。如何でしたか?」


細身の副官が待っていた。


「ああ、副官。解任されたよ」


ファブリット中将はさばさばと答えた。


「な、なんですって!?そんな馬鹿なっ!」


副官は色めきたって、大声を上げる。


「ラダル大尉。いいではないか。実際、敗退したのは事実なのだから」


平然と答えるファブリット中将に、ラダル副官は怒りを抑えることができず、


「し、しかし。

 閣下の下した命令を悉く、妨害したのは中央軍司令部から来た参謀なのです。

 作戦中止命令を出さなかったら師団は、壊滅していたのでしょうに」


ラダル副官はほって置くと広間の中へ飛び込んでいきそうな勢いだった。


「ラダル君、落ち着きたまえ。

 私にとっては、この話は願ってもいないチャンスなのだよ」

「は?仰る意味が解りませんが・・・」

「一師団長として戦地へ赴くより、この皇都に居た方が何かと都合がいいと言う事だ」


ファブリット中将は何かを得たように、にこやかに言う。


「・・・閣下、それでは?」

「ああ、副官。我々の姫への忠誠、今こそ計る時だと言う事だ」


ファブリット中将はラダル大尉に向って、


「それではラダル君、我々の仕事に取り掛かろうではないか」


そう言うと、副官を連れてファブリットは王宮を出て行った。




_________________




((チチチッ ピーチチッ))


小鳥の囀る古城の基地。冬に向うこの季節、朝は靄が掛かって見通しが悪い。


「ふあーあっ」


ミリアが寝惚け眼で、寝巻きのまま顔を洗いに、洗い場へ出て来る。


「おはよう、ミリア。良く眠れた?」


タオルを首から提げたリーン少尉が声を掛けてきた。


「あ、おはようございます。少尉」


寝惚けた顔をしゃきっとさせて、ミリアは敬礼する。


「いいのよ、ミリア。敬礼なんてしなくても。稼業時間外なんだから今は」

「は、はい!」


ミリアはリーンに微笑み掛けられて敬礼を解く。


「で?ミハルは?」

「あ・・・。今は、落ち着かれて寝ておられます」


ミリアは心配顔になって居室の方を向く。


「そう。張詰めていた身体が、限界を超えちゃったのかしらね。

 急に倒れた時はビックリしたけど・・・」


リーンも居室の方を向き、


「もう少し、休ませてあげて、ミリア」


ミリアは頷いて、


「はい。今はその方がいいと思います」


リーンの気遣いに感謝した。




~~~~~~~~~~~~~~~~~



目の前で味方戦車が敵弾を喰らって撃破される。

砲塔側面ハッチから搭乗員が脱出を計る。

が、敵の機銃によって撃たれて、車体から転げ落ちて動かなくなる。


<ああ。また人が死ぬ。死んでいく。

 私にはどうしようもない。助けてあげられない・・・>


照準器の十字線に敵のM3型中戦車が入り指がトリガーを引き絞る。

赤い曳光弾がそのM3中戦車に命中して、前面装甲を食い破ってエンジンを撃ち抜く。

照準器の中でM3型は炎上する。

乗員が脱出を計るが、炎はその乗員を焼き払う。

もがく乗員はやがて炎に焼かれて動かなくなる。


<あ、ああ。私の撃った弾で、人が死ぬ。死んでしまった。

 私は人殺しだ。殺人者だ。

 この手で、この指で撃った弾で何人もの人を殺した、殺してしまった・・・>


ミハルは自分の手を見た。その手は血でべっとりと濡れていた。


<うわあっうわっうわあああぁっ!>


  ((がばっ))



ミハルは悪夢から覚めて、飛び起きた。


「はあ、はあっ、はあっ」


荒い息を吐きながら、恐る恐る自分の手を見る。

微かに震えるその手には、血塗られてはいない。


<夢・・・夢じゃない。私はこの手で一体何人の人を殺してしまったのだろう>


ミハルの瞳は涙と共に、深く沈んだ色で黒く澱んでいた。


「ミハル先輩、起きられたんですね。身体の具合はどうです?」


ミリアが明るく訊いてくるのに、ミハルは口を開かなかった。


ブルブルと身体を震わせて、


「あ・・・あ。誰か、誰か助けて。

 私の手を・・・血塗られた手を洗って。うわ、うわあああっ」


ミハルは黒く澱んだ瞳から涙を溢れさせて、泣き崩れる。

両手を必死に毛布で拭おうともがく。


「先パイ!しっかりしてください!」


ミリアがミハルの肩を揺らして正気に戻そうとするが、ミハルは澱んだ瞳をミリアに向けて、


「どうしよう、ミリア。

 私は一体何人の罪も無い人を殺してしまったんだろう。

 この手で何人の人を殺してしまったんだろう。

 うっううっ、助けて・・助けてぇっ!」


ミハルはミリアの肩を掴んで泣き崩れてしまう。

そんなミハルの肩を誰かが掴んで、


  ((パチンッ))


ミハルの頬を平手が打った。


「キャミー・・・さん」


ミリアが驚いて見詰る中、キャミーはミハルの頬を叩いた右手を左手で掴んで、


「ミハル、いいか、よく聞けよ。

 お前一人だけじゃないんだ。あたし達だって同じなんだからな。

 目の前で仲間や友が死んでいくのを間のあたりに見て思った事は」


キャミーの言葉でミハルは身体をビクリと強張らす。


「確かに一番辛いのは砲手のお前だろうさ。

 でもあたしだって前方機銃で敵兵を撃ったんだ。

 この手で、この目で人を撃ったのを目に焼き付けてしまったんだからな」


キャミーは震える右手を左手で掴んでミハルを見る。


「キャミー・・・さん」


ミハルはそんなキャミーを見て、


「キャミーさんも・・・人を撃った・・・機銃で・・・撃った?」


キャミーはミハルの視線から顔を背けて、


「知らなかっただろ。

 対戦車砲を破壊した時、敵M3型中戦車を撃破した時。

 敵の脱出した者達が逃げるのを見ると、

 勝手にこの指が・・・照準鏡の中に人が入ったら・・・

 勝手に指が引き金を引いてしまうんだ。

 この指が勝手に人を殺そうとしやがるんだ」


キャミーが左手に力を込めて右手を握る。


「・・・銃の一部になったんですね。キャミーさんの指が」


ミリアが目を背けてキャミーに言う。


「わかんねえ。解らないけど。あたしの指もミハルと同じなんだよ。

 人殺しの指なんだ。・・・だけど、あたしは思うんだ」


キャミーは瞳をミハルに向き直して、


「もし、ミハルが敵を撃てなかったら、あたし達が同じ目に遭っていたってね。

 あたし達が殺されてたんだってね」


そう言うと、キャミーはミハルに抱き付いた。


「すまない、ミハル。叩いてしまって・・・。許してくれよ」


ミハルを抱いたキャミーの右手は、微かに震えている。


「キャミーさん・・・」


ミハルの澱んだ瞳に光が戻る。


「ありがとう、キャミー。ありがとう」


ミハルはキャミーにすがり付いて礼を言う。

その瞳から涙を零しながら。


「礼を言うのはこっちの方だ、ミハル。

 お前が闘ってくれたから、あたし達は生き残れたんだ。

 お前一人が背負うなよ。

 辛いなら、その辛さをあたし達にも背負わしてくれ、

 もう一人で何もかも背負うんじゃない。いいな、解ったな!」


キャミーがミハルを強く抱締めて、慰めてくれる。


「そうです。キャミーさんの言う通りです、ミハル先輩」


ミリアは二人の傍でそう言った。

二人の言葉に頷いて、


「ありがとう、キャミー、ミリア。ありがとう」


ミハルは震える声で、2人に礼を言った。





「ラミル、どう?動きの方は?」


リーン少尉が操縦席のラミルに訊く。


「うーん。やはり前より少し重い感じですね」


ラミルが走行具合からの感想をリーンに報告する。


「うむ。痛し痒しだな。追加装甲分、約1トン程重くなったからなあ。

 まあ、少し位なら良しとしておいてくれ」


砲塔後部の荷物入れに腰を掛けたマクドナード整備班長が、喉頭マイクロフォンを押えてそう言った。


「で、追加装甲ってどれ位防げるの?」


リーンがマクドナードに訊くと、


「そいつはたかが知れていますよ。

 付けたのは車体前面だけですからね。

 元々50ミリだったのが1インチ増えて合わせて75ミリ。

 これだとてM3型の75ミリ主砲の直撃を喰らったら防げませんから。

 副砲の37ミリなら確かに弾き返せますけどね」


マクドナード軍曹が、顎に手を置いてリーンに告げる。


「まあ、無いよりはマシ・・・程度と思って頂いたら良いかと」


リーンはそう言うマクドナードに微笑んで頷く。そして走行するマチハの砲手席を見て、


<ミハル。早く元へ戻って・・。あの元気な顔に戻って頂戴・・・>


そう願った。



「ミハル。もういいのか?」


キャミーが搭乗員服に着替えているミハルに声を掛ける。


「うん。丸二日も寝かせてもらったから。

 それにキャミーが抱いてくれたから。もう大丈夫だよ」


そう言ってキャミーに微笑むミハルの瞳は、だが元の澄んだ綺麗な瞳の色ではなかった。


<まだミハルの奴、心に傷を負ったままなのか>


キャミーが心配顔となって、


「もう少し休んだ方が良いんじゃないのか?」


そんなキャミーの気遣いに首を振って、


「ううん、大丈夫だから。それに体を動かした方が気が紛れるからね」


薄く笑うミハルに、


「そっか。なら、お前の好きにしな。あたしは止めないから」


キャミーが肩を竦めてそう言うのを、


「うん、ありがとう。・・・それじゃあ、訓練に行って来るね」


ミハルが搭乗員室から出て行く姿をキャミーは見送って、


「なんだよ、全然大丈夫じゃねえじゃねえか。ミハルの奴」


心配そうに呟いた。



「ミハル先輩!どうです、マチハに追加装甲が付けられたんですよ」


ミリアはミハルを見ると駆け寄ってマチハを指差す。


「うん。車体前面を抜かれる心配が少しは減ったね。

 これなら軽戦車の37ミリなら弾けるよね」


ミハルは前面装甲板を撫でて見上げた。


「はい・・・そうですね・・・」


ミハルが車体を登り、側面ハッチから砲手席に入っていくのを目で追って、ミリアはミハルが元気の無いのを心配する。


<先輩。まだ駄目なのですか。先輩の心はもう元へ戻ってはくれないのですか?>


ミリアはそう思って、暗く沈んだ。


砲手席に座り、照準器を見るミハルは、震える手で射撃ハンドルを触る。

触るだけで握る事を躊躇ってしまう。


<このグリップを握って、この指でトリガーを引き絞って、そして・・・

 敵を撃った。そう、敵。

 敵の戦車を撃った。敵とはいえ人が乗った車体を>


ミハルは自分の手を見る。


震えるその手で今度はしっかりと射撃ハンドルを握った。

そして指をトリガーへ掛けて、


<私は今度こそ撃てなくなってしまう。

 いくら皆を守る為だって解っていても、人を殺すなんて・・・

 もう出来ない、もう嫌だ・・・

 リーン少尉、ラミルさん、キャミーさん、ミリア・・・バスクッチ曹長。

 ごめんなさい、私、私は砲手失格です>


グリップから手を離してミハルはその手で顔を覆って涙する。


<ああ・・・私はこの重圧に耐えられない。

 砲手という責任から逃れようとしている。

 もし、戦闘中に迷いが出てしまったら皆を危険に晒す事になる。

 皆の信用を裏切る事になる。

 それならいっそ、砲手を辞めてしまいたい>


ミハルの心は今にも割れてしまいそうなガラスの様に、ひび割れていた。


ミハルは砲手席を離れて、側面ハッチから出る。


<少尉に・・・小隊長に頼んでみよう。砲手を辞めさせてもらえる様に>


フラフラと、ミハルは指揮官室へ向う。



そんなミハルをラミル達搭乗員仲間が黙って見送った。


「ラミルさん、ミハルの奴。思いつめた顔をしてどうする気でしょう?」


キャミーが、ミハルの背中を見ながらラミルに訊く。


「さあな。辞めたいんじゃないのか。砲手を・・・」


ラミルはさも興味なさそうに、言ってのける。


「そんな!ミハル先輩が辞めちゃったら、誰が砲手を務めるんですか?」

「ミリア、誰が辞めるって言った。辞めたいって思ってるって言っただけだぞ」


ラミルがミリアの先走りを咎める。


「でも・・・。ミハル先輩、思いつめていましたから」


ミリアが心配顔でラミルに訊くと、


「大丈夫さ。ミハルは気付く筈さ。大切な事を」


ラミルがミリアの髪に手を置いて、くしゃくしゃと髪を撫でる。


「・・・大切な事?」


頭をくしゃくしゃにされたミリアが、ラミルを見上げて問う。


「そう。大切な事」


その返事を待たずに横からキャミーが言った。






ミハルは、指揮官室の前で躊躇していた。


<どう言い出せばいいのかな。

 単刀直入に辞めさせて下さいって言えばいいのかな。

 此処は軍隊なのだから、ごたごた言うより善いかも知れないな>


ミハルがドアの前でノックを躊躇っていると、


「ミハル、居るんでしょ。入りなさい」


中からリーンの声が招き入れる。


「は、入ります」


ミハルはおずおずと中へ入って、


「リーン少尉、お願いが有ります」


リーンは事務机に向って、何かの書類を書いている。


「あ、あの」


リーンが何の反応も示さないので、ミハルは声を掛けた。


「ん。何かしら」


リーンは書類に目を通しながら、ミハルの方を向かずに聞く。


「は、はい。実は・・・その」


ミハルは言い辛くて、口篭もってしまう。


「んん?言い辛いお願い?」


リーンはまだ書類から目を離さず訊く。


「え、えっと。その。・・・あの」


リーンの反応に戸惑って、ミハルは言い出せなくなってしまった。


「言い出し辛いの?砲手を辞めさせて欲しいって言うのが?」


  ((ビクンッ))


ミハルは、リーンの言葉に体を強張らせる。


<ど、どうしてその事が解ったんだろ。

 私の考えている事をどうして少尉は知っているんだろ>


ミハルが口を開かずに居ると、


「ミハル。

 あなたがどうしても砲手を辞めたいなら転属させてあげてもいいわ。

 ・・・ほら」


漸く顔を上げたリーンが、今まで書いていた書類をミハルに突き出す。


それには・・・


「転属願いと、考課表。

 私の小隊に来た時からの現時点までの経緯を書いておいたわ」


突き出された書類には「魔鋼騎士章」の授与まで書き記してあるが、

最後の追加欄には、戦闘により心身衰弱が著しい、と書かれてあった。


「どう、これでいい?

 これなら何処へ行っても前線勤務はしないで済むと思うわ」


リーン少尉は書類を折り曲げて封筒に入れる。


「あ、あの。少尉、待って下さい。私に転属しろと?」


ミハルはリーンを見詰て訊く。


「うん。砲手を辞めてしまうなら、私の小隊には居られないでしょ。

 代わりの砲手を入れなくちゃあいけないし」


リーンは封筒を机の上に置いて立ち上がる。


「そ、そうですよね。私が砲手を辞めたら、代わりの人が必要ですものね」


ミハルが下を向いてそう言うのを、


「そう。代わりの人も同じ砲手。敵を撃つ事は変わりが無いわ。

 その結果、人を殺す事になったとしても」


リーンの言葉にドキリとする。


「砲手は敵を撃つのが役目。敵を倒すのが務め。

 敵を撃つ事が出来ないのなら務まらない。

 倒す事が出来ないなら反対に自分が倒される。

 自分が死ななくても、大切な仲間が死ぬ事になるから・・・」


リーンは立ち尽くすミハルの横に立ってそう話す。


「・・・」


ミハルはただ黙って、リーンの話を聞いた。


「ミハルは正しいのかもしれない。

 誰が好き好んで人を殺せるもんですか。

 その相手を憎んでも恨んでも居ないのに

 どうして好き好んで殺せるもんですか。

 でもね、ミハル。これが戦争なのよ。

 此方が倒さないと反対に倒される。

 掛替えの無い仲間が、友が殺されてしまうの。

 その方が自分が死ぬよりもっと恐い・・・。そう思わない?」


リーンの言葉にミハルは大切な事を思い出す。

 

<そう。恐ろしい・・・バスクッチ曹長でさえ恐ろしいと言ったあの言葉。

 大切な人を、想う人を失う事が自分が死ぬよりも、もっと恐いと。

 私もそう思った。そうだった・・・>


ミハルは下を向いて、手を強く握り締める。


「敵もそう。同じ人間だもの、きっと彼らも同じ想いで闘っている筈。

 死力を尽くして闘って、それでも必ず勝者と敗れる者が出てしまう。

 その結果、死ぬ事にもなる。それが戦場、それが戦争」


リーンはミハルの横でそう言ってから、ミハルに向き直り、


「ミハルは優しい。人一倍優しいの。誰もそれが悪いなんて思っちゃいない。

 そんなミハルがとても大切なの。大切な仲間なのよ。

 ・・・私達約束したよね。強くなろうって、強くなって必ず生き残ろうって」


リーンがミハルの両肩に手を置いて、真っ直ぐに言う。


「強くなれ。強くなって必ず生き抜こう。

 どんなに苦しくたって、諦めないで。判って・・・ミハル」


<ああ。リーン少尉の言葉。

 バスクッチ曹長と同じだ。大切な人達との約束・・・

 私、何て馬鹿なんだろう。何て臆病者なんだろう。

 現実でも心の中でも何時も逃げてばかり。

 第1連隊でもたった一人で逃げて。 

 そしてここでも逃げる事ばっかり考えて、立ち向かおうと考えていなかった。

 弱い自分に負けていたんだ。

 どうしてその勇気が無かったんだろう>


ミハルは漸く顔を上げ、リーンを見返して、


「少尉、すみません」


そう言うと、リーンの手から離れて、机の上に置いてある封筒を手に取る。


「ミハル・・・」


リーンは瞳を曇らせて、ミハルの行動を見守った。


  ((ビリリッ!))


ミハルはその封筒を中に入った、転属願いごと切り裂いた。


「!ミハルっ!?」


リーンはミハルの手で破り去られた封筒を見て顔を輝かせた。


「少尉。もう必要ありませんですから。破らせて頂きました。

 すみません、折角書いて頂いたのに」


ミハルの顔は、リーンの求めていた輝きに戻っていた。


「ミハルっ!」


リーンは思わずミハルに抱き付いて、涙を溢れさす。


「やっと戻ってくれた。

 やっとミハルに戻ってくれたのね。嬉しい、嬉しいわ!」


ミハルを強く抱くリーンに、


「ご心配をお掛けして申し訳有りませんでした。

 でも、救って頂いたのは私のほうです。

 やっぱり私は少尉の部下で良かった。本当に良かった」


そう言って、抱き返すミハルに、


「ミハル。一つだけ言い直して。部下って所を」


リーンが求める答えを直ぐに言い直した。


「は・・・い。大切な友。いえ、私の女神様」


ミハルはバスクッチ曹長が兄とも呼べる頼もしさなら、

リーンは親切で心優しい女神とも呼べる存在である事を

もう隠す必要はなかった。


「女神?違うよミハル。名だけで呼んで?」


微笑むリーンの顔を観たミハルの顔が紅くなる。


「うん・・・リーン・・・大切なリーン」



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