第9話 マギカナイト・ミハル

「へー。<双璧の魔女>・・・かあ。いいね、カッコ良くて」


キャミーとラミルが紋章を見上げて、納得する。


「そうだな、この紋章に恥じない活躍をしなくっちゃな」


頷きあって、車上のミハルとミリアに言った。


「そうですね。頑張りますので、宜しくお願いします」


最下級者であり、つい先日装填手となったばかりのミリアが先任のラミルに向って言うと、


「私達は皆一心同体。一蓮托生なんだからな、皆で勝ち残れる様に頑張ろうぜ」


ラミルは初めて先任搭乗員として、皆に言い渡した。


「はいっ!」


キャミー、ミリア、ミハルが口を揃えて、それに応えた。


「ふふふっ、ラミルさん。先任らしくなって来たじゃない」


ラミルが振り向くと、リーン少尉が微笑みながら立っていた。


「あっ!小隊長。どうです?このエンブレム」


ラミルがリーン少尉に側面に描かれた紋章を指し示す。


「ふーん。<双璧の魔女>・・・ね。いいんじゃない。でも、私は魔女なんかじゃないからね」


リーン少尉が、おどけてそう皆に言って、


「それじゃあ、先任。

 皆に言わなければいけない事が有るから。集合させて、ここでいいから」


急に真剣な顔になって、ラミルに命じた。


「はい、判りました。整備班も・・・ですね」


ラミルが訊き返すと、


「ええ、ラミル。本小隊総員集合です」


ラミルは敬礼し、


「総員集合!ガレージ!!」


目一杯大きな声で、命令を復唱する。


陸戦騎搭乗員と整備班員が、それぞれの順で少尉の前に集合する。

少尉の前には、ラミル以下キャミー、ミハル、ミリアが並び、その横にマクドナード軍曹以下11名の整備班員が整列した。

その誰もが少尉の言葉を待って晴れやかな顔をしている。


<どうして皆、そんな晴れやかな顔をしているの。

 これから私がどんな言葉を発するのか解らないっていうのに>


リーン少尉の方が困惑してしまう。

何度か言い出そうとしては口篭もり、なかなか最初の言葉が口から出せずにいた。


「少尉。総員待っております。命令を・・・出撃の訓示を下さい」


ラミルに言われて、はっとなるリーン少尉。

ラミルを見て、そして視線を皆に向ける。

皆は少尉が言わんとしている事を感じ取っていた。

すでに出撃準備は完了し、後は命令が下されるのを待つだけになっていた。


皆に視線を向けて、リーン少尉は思った。


<私は良い部下を持った。

 私が皆を信じているように、皆も私を信じてくれている。

 ・・・ありがとう皆。勇気を貰ったわ>


リーン少尉は頷き、そして命令を下した。


「総員聞いてください。

 本小隊に出撃命令が下されました。

 移動先は近衛軍団、第3戦車師団。

 エンカウンター30キロ西方の師団司令部。

 出撃は明朝0900。総員で移動配属となります。

 この城には戻らないものと考えて下さい。

 明日の出撃に備えて、本日の訓練は中止。

 総員で明日の準備に懸かって下さい、以上です」


リーン少尉は口を噤むと、皆を見渡した。

隊員達の顔には何の暗さも見出せなかった。


「小隊長、解散しますか?」


ラミルがリーン少尉に訊くと、


「はい。伝えたい事は全て言いました」

「では、解散させます。総員敬礼!」


ラミルがリーン少尉に敬礼し、リーンが答礼を終えると、


「総員解散、持ち場に戻れ」


敬礼を終えて解散を命じた。


<何も言わなくてもラミルも皆も自分の役割を解っているんだね。

 私も小隊長として頑張らないと・・・>


リーン少尉は部下たちが急に頼もしく思えて、嬉しかった。


指揮官室へ戻ろうと歩き出すと、


「小隊長。お話が有ります。宜しいでしょうか」


ミハルが駆け寄り訊いてくる。


「何かしら?」


気軽く聞き返すリーンに、


「少尉は、どんな能力チカラが有るのですか?

 私は見たことが無いので・・・教えて頂けないでしょうか」


真面目な顔で、ミハルが訊くと、


「ミハルは見ていなかったかな。そうね、そうだったわね。

  ・・・私の能力を知っておいて貰わないとね」


リーン少尉も真剣な瞳で、ミハルを見返す。


「はい、知っておいて無駄ではないと思うんです。」


<そう。私もミハルの能力を知っておくべきなんだわ。これからの為にも>


「よし、ミハル!これからお互いの能力を知りましょう。

 搭乗員に配置に付いて貰って下さい」


リーン少尉がリンとした声で命令を下す。


「はいっ!」


ミハルが敬礼し、搭乗員に復唱する。


「搭乗員、乗車っ!配置に付けっ!」


ミハルの声に、ラミルが操縦席に、キャミーが無線席へ、ミリアが砲塔側面ハッチから装填手の位置へ、ミハルも砲塔側面ハッチから砲手席へ駆け込む。

そしてリーンがキューポラから車長席に付き、ヘッドフォンを耳に当て、喉頭マイクロフォンを押して、


「皆さん、これから私とミハルの魔鋼力をテストします。

 二人の力を同時に使用した場合、如何なる能力を出すのか。

 調べてみます、宜しいですね」

「了解!」


4人が同時に返事した。


「ミハルさん、それではいきますよ」

「はい!」


リーンはミハルが右手のブレスレットを砲に翳すのを確認して、胸のペンダントを手で握り締めた。


<初めての2人同時発動、この試作戦車の能力が、今解る。

 今、この為に造られたこの戦車が魔鋼騎として真の姿を現す>


リーンは握り締めた魔宝石に力を込めて、


「国を憂う魔女の魂よ、我に能力ちからを示したまえ!マギカ・スピリッツ!」


右手を伸ばしてネックレスの魔宝玉を掲げる。


<私はもう迷わない。私に能力があるのなら、その能力を使う事を躊躇わない。

 私は強くなりたい。自分の為に、そして皆を護るその為なら!>


ミハルの胸にこみ上げてきた言葉を口にした。


聖魔魂ホーリーマギスピリッツ!」


リーンの魔宝石が蒼き光を放つ。

ミハルのブレスレットの青い水晶が、蒼き輝きを放つ。

二つの光が重なり合い、そして車体全体が青い光を放ち出す。


「こ、これが小隊長とミハルの能力。偉大な<双璧の魔女>の力!!」


マクドナード軍曹が、目を疑う。

MMT-3が碧き光を放ち、車体の<双璧の魔女>を模った紋章が蒼色に輝く。


それに伴って車体が変形しだした。

主砲が更に長くなり、キャタピラ幅が太くなり、前面装甲が傾斜する。


「なんてこった!こいつはVK-20-2と同じ車体じゃないか。進化したのか?」


マクドナードは目の前にある車体が、変化した事に驚いた。


MMT-3の原型、3号戦車が新式の4号どころか、テスト車両のVK20型になった事に驚く。


「ミハル!そっちはどう?もっと能力を高められる?」


リーンがミハルにもっと能力を出せるか訊く。


「少尉?どうやれば、もっと力が出せるのですか?」

「えっと、そうね。私も良く解らないけど、もっと力を込めて願ってみて」

「はい、やってみます」


ミハルは答えると同時に手に力を込めて祈った。


<もっと強く。ずっと想う。皆と一緒に居たい。守りたい、この友を、この・・国を!!>


ミハルの瞳が青く輝く。

ミハルの髪が碧く染まる。


その姿は・・・騎士ナイトとなる。

碧き魔法衣を着た<魔法少女マギカナイト>と替わる・・・


碧いチョーカーに金の飾り。

胸元が大きく開いた袖なしの上着・・・腕はピンクのガードに包まれる。

髪に着けていたリボンが解け、腰に巻き付き蝶の様にひらひらと舞う。


その姿は魔法の騎士ナイト

碧き瞳と靡く蒼髪。


いにしえから伝えられる魔法使い、まさに魔法の成せる業。

これがミハルの闘う姿、これが魔法少女マギカナイトたるミハルの姿。



  ((ギュルルルルッ))


ミハルの力が更に強まり、更に驚くべき変化が起こる。


「何だと!」


マクドナード軍曹は腰を抜かさんばかりにへたり込む。


「う、嘘だろ。これは・・・」


車体が全く別次元の物と化す。


「中戦車!?まだ・・・見た事の無い・・戦車だと?」


車体はひと回り大きく、転輪も大きく、キャタピラは更に太く。前面装甲は傾斜装甲となる。


<この能力・・・私一人では出せなかった。

 ミハルと合せる事で新たな変化を生んだのかしら。

 それとも私の能力よりミハルの能力が上回っているから?>


リーンは己の能力以上を出す、車体の変化に驚いた。

車体は外部だけではなく内部をも変えていく。


<凄い。ペリスコープも、キューポラ自体をも変えて。

 もうMMT-3ではなくなって未知の車体と変化していく>


リーンは車内を見渡してその変化に戸惑う。

そして、砲手席のミハルの変化に気付いた。


「ミハル?・・ミハル!」


ミハル自体が碧い光に包まれて、風も無いのに髪が舞い踊っている。


<いけないっ!暴走が始まっている>


車長席から飛び降り、ミハルの肩に手を掛ける。


 ((バチッ))


リーンの手がミハルに触れた時、強烈な電気がミハルの身体から発せられる。


「ミハル?しっかりして。自分を見失わないでっ!」


リーンが手を引き叫び、ミハルを正気に戻そうとする。

そのリーンを押し退けて、


「ミハル先輩!しっかりしてっ!正気に戻って下さい!」


ミリアが、電撃を放つミハルに抱き付いた。


 ((バチッバチッバチッ))


ミリアを電撃が襲う。


「あうっ!」


抱き付いたミリアが苦痛に呻く。


「あ、あれっ。私?」


ミリアの身体を呈した諫めでやっと気が付いたミハルが、

抱き付いて気を失いかけたミリアに。


「ミリア?どうして・・・?」

「よかった。・・センパイ。もう大丈夫ですから・・・」


ミリアはミハルの足元に崩れ落ちる。


「ミリア!しっかりして!」


リーンがミリアを抱き起こして、


「無茶しないで。もし、能力に呑み込まれてたら、貴女は死んでいたかもしれないのよ」


ミリアに注意するが、


「すみません。体が勝手に・・・でも誰かがミハル先輩を助けなきゃいけない気がして。

 私は大丈夫です。

 私はセンパイが大切なんです。この仲間の誰もが大切なんです」

「ミリア、ありがとう。そうだよ、私達は誰もが大事。大切な仲間なんだ」


ラミルがミリアに礼を言う。


「そう!あたし達誰一人が欠けても駄目なんだ。

 皆が一つ、一人が皆。あたし達は一つなんだからな!」


キャミーがラミルに続いて頷いた。

リーンがミリアを抱き起こして、


「ミリア、すまなかったわね。ありがとう、皆さん。

 私、今はっきり解った。

 私達は一つなんだって。

 誰一人欠かす事が出来ない大切な仲間なんだって。

 だから皆っ!必ず一緒に闘い抜きましょう!」


リーンの言葉に皆が頷く。


「あ、あの。何かあったの?」


何も知らないミハルが恐る恐る皆に訊くと、


「こんのーっ、暴走娘っ!」


キャミーが大声で悪態を吐いた。






「いやーっ、凄いレベルでしたよ。あれが暴走形態ってやつですかね。・・・ミハルがねぇ」


マクドナード軍曹が元に戻ったMMT-3の前でリーン少尉に話す。


「そんなに凄かったの?内からじゃあ解らなかったけど」


リーン少尉が顎に手を添えて訊くと、


「はあ、見た事も無い車体でしたよ。

 あれが多分この中戦車が進むべき未来の進化なのでしょうな」


マクドナードは腰に手を当てて答える。


「そうなんだ。凄いわ、そんな変化、今迄した事なかったのに。ミハルの能力・・・未知数ね」


リーン少尉は、ミリアに謝っているミハルを見ながら呟いた。



「ごめん。ほんとごめん!ミリア、助けてくれてありがとう」

「本当に・・・死ぬかと思ったんですからね。何かお礼が欲しいなあ」


ミリアは悪戯っぽく微笑む。


「ううっ、お礼って言っても、大した物持って居ないし・・・」


ミハルは困って、ミリアに訊く。


「あ、あの。助けてもらったお礼。何がいいの?」


ミリアは更に悪戯っぽく、


「んふふーっ。欲しい物があるんですよぉ」

「えっ?欲しい物って言われても、私にあげられるかどうか・・・」


ミハルが気後れしながら返答すると、


「大丈夫です。先輩でしか貰えない物ですから」

「は?私にしかあげられないもの・・・って?」


ミリアは急にミハルの手を取って、車体の陰に引き込み、


「先輩、欲しい物は・・・先輩のキス」

「ふえ?ミ・・ミリア。な、何?ちょっと、ちょっと待って」


ミハルにミリアは、


「だって、お礼を下さるのでしょう?はい・・・」


ミリアはミハルに向って、目を閉じた。


<うっ、うわあっ。本気?女の子同士だよ。

 そりゃ助けて貰ったし、ミリアはいい娘だけど。

 私、そっちの気なんて無いのに>


なかなかキスしないミハルに、


「んー、センパイー。早くぅ」


甘えた声でミリアがせがむ。


<ううっ、私のファーストキス・・・

 女の子相手ならファーストキスにならないかな。

       やっぱり・・駄目だよ。出来ないって>


ミハルが顔を真っ赤にして戸惑っていると、行き成りミリアが首に手を掛けて来て、


<!ううっ!んんっ!!>


ミハルの唇にミリアの唇が重なった。


<ミリア!・・・ミリアの唇・・柔らかい・・・>


「ぷあっ。ちょっとミリア!いきなりっ!」

「えへへっ。先輩の唇、奪っちゃいました。てへっ!」


首に廻した手を離してミリアが笑い掛ける。

その瞳は潤んで涙が頬を流れた。


「ミリア?」


ミハルは涙の訳を知る。


「先輩、一緒ですよ。

 一緒に、ずっとずっと一緒に闘いましょう。

 一人ぼっちじゃないんです。

 これからずっとずっとみんなと共に闘い抜きましょう」

「ミリア。解っているから。もう自分一人じゃない事を。

 ミリアも、キャミーさんラミルさんも、そしてリーン少尉と一緒に闘っていくから。

 強くなって見せるから、私・・・」


ミハルがミリアを抱締めて決意を示す。


「はい、先輩!」


ミリアもミハルを強く抱締めた。


「あははっ!良い姿だな、2人供っ!」


突然2人の横から、キャミーが現れて茶化してきた。


「キャミーさん。あの、これはっ」


ミハルが慌てて、ミリアを離す。


「いいって、全部見てたからさ。

 あたしもミハルに言っておきたかったんだけどさ。

 ミリアに持っていかれちまったみたいだな」


キャミーが腰に手を当ててミリアを見た。


「あ、あの。キャミーさん。私・・・」


ミリアが恐縮して頭を下げる。


「そんな恐縮すんな、ミリア。あたしも同じ事をミハルに言おうと思ってたんだ。

 これからあたし達はずっと一緒に戦い抜こうってな」


ミリアが笑顔で頷いた。


「うん。宜しくね、無線手さん」


ミハルが笑顔で手を差し出す。


「おう、頼んだぜ。砲手!」


キャミーがその手を強く握り返しミリアを見て、


「そして、大切な仲間。命を分かち合う装填手!」


キャミーがミリアも来いよと促すと、


「はい!大切な戦友!」


ミリアの手が二人の手と重なった。

3人はお互いの顔を見詰て、堅く誓い合う。


必ず生き抜くことを。

3人の姿は夕日に照らされて、その情熱のごとく、赤く染まった。







その晩・・・


<明日の朝は早く出発なんだけど・・・気が高ぶっているのかな。なかなか寝れない>


ミハルはベッドの中で目が冴えて眠れずに居た。

ミハルの横で静かに寝息をたてるミリア。

豪快な寝相で眠っているキャミー。

寝言を呟くラミル。


三人を起さない様にして部屋を後に見張り所へ出たミハルは、先客が居る事に気付いた。


「リーン少尉。眠れないのですか?」

「ん。ミハル?こんな遅くにどうしたの?」


リーン少尉がミハルに気付き訊き帰す。


「眠れないのです。気が高ぶっちゃって。少尉は?」

「私も・・・。眠れなくて・・・ね」


そう言って視線を星空に戻した少尉が訊いてくる。


「ミハルは、どう思う?この戦争の事を」


突然、リーン少尉に戦争について訊かれて戸惑うミハルに、


「私ね、この戦争が始まったのは、私達のせいなんじゃないかって思ってしまうの」

「え?私達って、この国の方から仕掛けたんですか?」


ミハルが驚いてリーン少尉を見る。


「ううん、違うよ。私達っていうのは、魔鋼の力を持つ者って意味だよ。

 圧倒的な魔鋼の力を開発しだしたこの国に、ロッソアが脅威を抱いて開発を止めようとした。

 それにこの国が応じてしまった。

 戦争なんかになる前に止められたんじゃなかったのかなって思ってね」

「そう・・・なのですか。私には解りません。

 そもそも東洋の技術なんですよね、魔鋼の技術って。

 そしてその技術を伝えたのは私の両親なんですよね」


ミハルもリーン少尉の横に立って星空を見上げる。


「ミハルの御両親は何も悪くは無いわ。むしろその逆なんだから。

 ロッソアの領土拡大政策に対抗する為に、

 この国の施政者が友好国ヤポンから導入を決めてミハルの御両親が招かれた。

 そして、やっと魔鋼の力を具現化出来る所まで来た時に攻撃を受けた。

 ロッソアに内通する者によってね」

「私の両親はその時、研究所で亡くなりました」


ミハルは星空を見上げて小声で言った。


「そう・・・かしら」


リーン少尉が疑問を投げ掛ける。


「え?違うのですか?」


ミハルが、リーンを見て訊く。


「私が思うに魔鋼の技術が無い筈だったロッソアに、

 最近魔鋼の能力を持った兵器が続々と現れ始めたと聞く。

 我国とヤポン以外で魔鋼機械を持つ国はなかった。

 それなのにどうしてロッソアは開発出来たのかしら。

 単に鹵獲したのならまだしも、新兵器の中から出現しだしたみたい。

 まるで誰かが造っているかの様に・・・

 ミハル、この意味解る?」

「えっ!?と、言う事は、父母がロッソアに連行されて協力させられているとでも?」

「かも・・・しれない。そう思っているの、私は」

「お父さんお母さんが、生きている・・・かもしれない・・・」


ミハルの瞳に、微かな希望が灯される。


「ミハル。一つ訊きたいのだけれども、ご両親の死亡は誰に聞いたの?

 御遺体は確認されたのかしら?」


リーン少尉は、何時もと違って厳しい顔でミハルを見た。


「あの、軍研究部の佐官の方が来られて、研究所が爆破されて両親が亡くなったと・・・

 遺体は粉々になり遺品だけしか残らなかったと告げられて・・・確認出来ませんでした。

 それが何か?」


ミハルの返事に、


「そう・・・研究部の佐官・・もしかして、アドルフって言わなかった?

 その佐官の名前。アドルフ・ヘスラー大佐って言ってなかった?」


リーンの瞳に怒りの色が燃える。


「あ、うーん。確かにヘスラーさんって名乗られました」


ミハルの記憶にあの日が甦る。


自宅に来た私服姿の数名がミハルとマモルに告げた。

「御二人が死亡された。」と、言う事を。


信じられず訳を聞こうとする二人に男達は、


「君達を保護する」


と、言って自宅から連れ出した。

ミハルとマモルを連れ出した男達の後ろで、自宅の中を乱暴に物色する別の男をミハルは見た。


<何故?私達の家を荒らすの?>


その時は理由が解らなかった。

車に連れ込まれると、一人の男が名を名乗った。


「研究部のヘスラーだ。君たちの身柄は、軍が保護してやる。今後は監視される事になる」


短く言い放ったその男の目は、恐ろしく冷淡だった。

メガネの奥に潜む瞳には、何かに憑かれているかのように光が無かった。


<そう、私の前で彼は名乗った。ヘスラーって・・・>


「やはり。彼が動いていたのね。

 ・・・ごめんなさい、辛い過去を思い出させて」


リーン少尉がミハルを気遣って謝った。


「いいえ。・・・それでそのヘスラーって大佐が、何か?」


ミハルが訊いてみるが、


「あ、いえ・・・ちょっとね。

 知ってる人から聞いた事があったから。

 ミハルの事もその人から聞いたんだ。バスクッチ曹長にも聞いたから気になってね」

「曹長からも聞いた事があります。私を此処へ引き抜いていただいたという話ですね」

「そ、そう。そっか、曹長も喋ってたんだ。ははは」


リーン少尉は苦笑いをして誤魔化そうとしている。


「・・・リーン少尉。少尉は一体何者なのですか?

 曹長が時折少尉の事を姫様って、仰っておられましたが。

 本当は・・・本当の身分は一体?」

「うっ。えっと・・・」


ミハルの質問に戸惑って、口を濁していたリーンに、


「私だけに教えて下さいませんか?口外はしませんから」


ミハルは真っ直ぐにリーンを見詰る。

その黒い瞳にリーンは心を開いた。


「ミハル、約束してね。誰にも言わないって」

「はい、必ず。・・・約束します」


リーンは一息すって、


「私の本名はね、リーン・フェアリアル・マーガネット。

 ・・・皇王フェアレント三世、元皇父フェアリアル王の第4皇女・・なんだ」

「・・・は?」


ミハルは訳が判らずボケた答えをする。


「あはは、ほらね。訳が判らない顔をしてる」


リーンは笑ってミハルを見詰る。


「え?ええっ?もしかして・・・本当にお姫様?えっ?どうしてお姫様が少尉で?戦場に?」

「それはいろいろと偶然と策略があってね。

 私も幼年学校出なんだよ、ミハル・シマダ一年生。

 覚えていないかな、一応私は生徒会にいたんだけど」

「えええーっ!あ、あの恐怖の生徒会に・・ですか?」

「ふふふっ、酷い言われ方ね。恐怖って」

「あわわっ、すみません。つい・・・」


ミハルが取り乱して頭を下げる。


「私ね、シマダ夫妻がこの国へ来られたときから興味があったの。

 女でも戦闘力になれる魔鋼の機械の事が。

 (東洋の魔女団)が、あの要塞を陥とした話を聞いた時から、

 自分の国でもそんな魔法の力が国を救える様になれば良いなって。

 そしてそんな魔法の能力が自分にも有れば乗ってみたいって」

「そうだったのですか」

「だけど、能力が有るのが解って喜んでいたら、戦争になってしまった。

 少尉に任官したら・・・ね。

 私が皇族だからって、特別扱いされるのを拒んでいたら実験小隊の隊長に任命されて。

 それがこの第97小隊なんだ」


リーンが肩を窄ませて、苦笑いした。


「リーン少尉。いえ、フェアリアル皇女様。

 何故こんな危険を冒すのですか?

 戦場に出れば何時どんな目に会うか解らないのに。

 死んでしまうか解らないというのに・・・」


ミハルはリーンを見返し、本意を聞こうとする。


「ミハル、さっき言ったよね。魔法の力が国を救えるようになれば良いなって。

 私はそう願っているの。この国の人々が大切だから。

 この国を救えるのは私達一人一人の力なんだから。

 どんな立場の人達だって想いは同じなんだって想っているから」

「それだけですか?本当は何が目的なのです?」


ミハルはリーンを睨んで訊いた。


「え?それだけって・・・。ミハル?」

「そんな綺麗事の為だけで、戦場へ出られる訳が有りませんよね。

 身分を隠している事も、何か理由が在るのでしょう。

 そしてこの小隊の真の目的にも関係が有るのでしょう?

 話して下さい、その本当の理由を」


ミハルはリーンに迫った。心にしこりを残さぬ為に。


「・・・ミハル。ここからは貴女の心にだけしまって置いて欲しいの。

 ・・・私は4番目に生まれてきた女の子。

 上の2人は正妻の子。ユーリ姉様は別の母。

 そして私はまた別の母の娘。

 でもそんなことはどうでも良かったのに、上の2人の姉はユーリ姉様と私を認めなかった。

 いくら皇王の実の娘と言っても自分達とは血が違うと。

 ユーリ姉様と私は皇室だけれども世間に出た。

 それが皇王の願いでもあったから。

 私達が幼年学校に入ってから皇室内で悪い噂が立ち始めた。

 参謀長のヘスラーと、2人の姉が皇父様を殺して国を乗っ取ろうと企んでいると。

 ユーリ姉様と私は秘かに探ってみたけど確証は掴めなかった。

 でもこんなお家騒動を世間に知られてはいけない。

 内密に調べなくてはいけない。

 自分の身分を隠すには一人の軍人として戦いの中に身を置くのが一番良かったの。

 あなたもそうなのよ、ミハル。

 殺され掛けた・・・そう、あの戦いで。

 モルモットとして、そして秘密を知るものとして・・・ね」

「私が・・・ですか?」

「そう。シマダ夫妻を知る者を、軍部に圧力をかけてね。

 その者は貴女を葬る為と、戦場でもし能力が解れば・・・

 新たな実験のモルモットとして使うつもりだったと思う。

 あなたがあの戦いで一人だけ生き残った事を知ったユーリ姉様が、

 私とバスクッチ曹長に教えてくれたの。 

 そして生存者名を上部へは偽って報告したの。

 でもそれも何時まで誤魔化せられるかは解らないけどね」

「で、でも。転属命令書には、私の名と写真が・・・」


ミハルは混乱する。

 

「その命令書を渡されたのは何処で?誰に?」

「え?仮配属になっていた連隊整備本部で、分隊長に・・・ですけど?」

「そう。その分隊長さんはなんと言って渡したのかしら。田舎の独立小隊へ行けとだけ?」

「え、えっと・・・」


ミハルの記憶には、


「シマダ一等兵。君は不思議な運があるみたいだな。

 陸戦騎乗りとして君を欲しがっているかたが居る。

 君は今から行く部隊に何を期待されているのか知らんが。

 まあ、実験車両で闘う事になるだろうが・・・」

「はっ、はい!」

 

そう言って手渡された書類には、自分の写真と氏名が間違いなく記されていた。


「私を欲しがったのは、少尉なんですね」

「そうよ、私とバスクッチ。それにユーリ姉様」

「あの時点では、私に力があるなんて解らなかった筈なのに。何故です?」

「・・・貴女のお母様は能力者。

 ・・・しかも相当強力な魔力の保持者。

 その娘にも能力が有ると思ったからよ」

「そんな事、解らないじゃないですか。個人の能力なんて」

「ミハル。実はね、私もなんだよ。私の母も魔法使いと呼ばれた人だったのよ」


リーンがミハルを見詰て話した。


「私の母は王宮の中で異能使いとして働いていたの。

 そこを皇父様が欲されて、私を産んだ。

 私の中には異能使いの血が継がれていると聴いたの。

 私が東洋の技術に興味を持ったのも、この事実を知ったから。

 そして、私は魔鋼騎士となった。

 ・・・母から受け継いだ魔法の能力ちからで・・・ね」

「力は受け継がれるのですか?」

「私は、そう思っているのよ、ミハル」


ミハルは考え込む。

そして一つの疑問が湧いた。


「受け継ぐのは女だけですか?男の子は?」

「気が付いた様ね。

 そう、今までは圧倒的に女性が多かったけど、男の能力者も居るかもしれない。

 貴女の弟さんにも受け継がれた可能性がある」

「そ、そんな。マモルにも能力が?」

「有るかもしれないし、無いかもしれない。

 もし、能力が有るのが知れると、弟さんが新たなモルモットにされてしまうでしょう」

「い、嫌ぁっ。マモルが実験体モルモットにされるなんて」


ミハルの顔が青ざめる。


「ミハル、弟さんに能力があるかないかなんてそう簡単に解りっこないわ。

 それまでにこの戦争が終われば貴方達はヤポンに帰れる様になるの。

 その為にも私達がやらねばならない事が一杯あるわ」

「そう・・・ですね。早く戦争なんて終わればいいのに」


リーンはミハルに手を差し出して、


「ミハル私に力を貸して。

 私達と共にこの国を救ってくれる?この国に平和をもたらす為に」


ミハルはリーンの手を握り返して、


「はいっ!姫様っ!平和を取り戻しましょう。

 そのために戦い抜きます。ご一緒させて下さい!」


リーンとミハルの絆がまた深まった。


2人の頭上で星が運命を示すように輝いていた。





朝日を浴びて、総員が集合を終えた。


「敬礼!」


先任搭乗員のラミルが、リーン少尉に敬礼をする。

全員が敬礼しリーン少尉が答礼を終えて全員を見渡し、何時に無く引き締まった顔で短く命令を下した。


「それじゃあ、こうか!」


その一声で訓示は終わった。

・・・正に、名演説・・・である。


「総員!かかれっ!!」


マクドナード先任下士官が、全員に命じる。

整備班が車体に取り付き、ある者はエンジンを点検し、またある者はキャタピラのチェックをする。

ミハル達搭乗員は、車内に潜り込み持ち場のチェックをする。

最後に車長であるリーン小隊長が戦闘帽とゴーグルを着けてキューポラから乗り込み、喉頭マイクロフォンとヘッドフォンを着けて、


「各員、マイクとヘッドフォンのチェックをする。キャミー、いいですか」

「車内通話用意よろし」


キャミーがインターコムのスイッチを入れて返事をした。

リーンが頷き、マイクを指で押えながら、


「ラミル、調子はどう?」


各ゲージを目で追いながら、


「操縦手。各部油圧正常、用意良し」


リーンは次に、


「キャミー、無線は?」


キャミーも無線機に取り付き、


「前方機銃ならびに、無線感度良し」


リーンは頷き、砲手席を覗き込んで、


「ミハル、砲側照準器、並びに旋回動力は?」


ミハルは旋回レバーを動かして、砲塔を動かして確認すると、


「47ミリ砲、砲塔回転装置正常です」


リーンはミハルを見て、少し微笑んで応える。


「ミリア、砲弾数のチェック!」


「はい。徹甲弾36、榴弾10、魔鋼弾12。全弾実弾頭です」

「よろしい」


リーンはキューポラから半身を乗り出して、後に続く力作車とトラックを見る。

既にエンジンを起動した2車からのエンジン音が聞こえて来る。

力作車に乗ったマクドナード軍曹がリーン少尉に笑いかけて来た。

それに頷き、前方を見返す。


<さあ。私達の物語が始まる。

 例えこの先にどんな運命が待っているとしても、

 今は自分達を信じて進むのみ>


リーン少尉は朝日が輝く前方を見て、


戦車前パンツァーフォウへ!」


号令と共に、エンジン音が唸りを上げる。

ラミルがクラッチを離してアクセルを踏み込む。

キャタピラが石畳を噛み、車体が進みだす。

砲塔側面に描かれた(双璧の魔女)の紋章が、朝日を浴びて美しく輝く。


こうして、陸戦騎独立第97小隊は戦場へと旅立った。


少女ばかりが操る試作中戦車MMT-3は、

これから辿る運命も知らず、

只軽快なキャタピラ音を響かせて走る。


昇る太陽と逆の方向に向って、朝日を背に受けて走る。


その目的地、エンカウンター西方30kmのへと・・・







空には一羽の鳥も飛ばず、上空1000メートルに漂う電離分解層によって、人類は地上に縛り付けられていた。

それは新皇紀になる800年程前、今から976年前の事だった。


西方の地に落ちた巨大隕石によって、電離層が破壊され高度1000~2000メートルの所に、物体破壊層が出来、渡り鳥でさえもその高さを飛べなくなった。飛行機械は有るにはあったが、高度を取れない為発展しなかった。あたかも何者かの手によって地上に縛り付けられた人類は、地上戦闘機械を発展させていった。


鋼鉄と発動機を造る技術が発達した結果、地上に君臨する物は戦車だった。

在る国は、陸上の戦艦とも言うべき多砲塔戦車を造るが、重量過多で動きが鈍く、重砲によって脆くも破壊されて戦力とはならなかった。

世界の趨勢は、動きが素早く大量に戦線に投入可能な軽戦車が主力だった。

しかし、軽戦車は敵のトーチカや、対戦車砲。そして自らの砲で倒せない重戦車が現れると、その価値を減じていった。そして今、機動力も砲力も有り、重戦車にも対抗出来る中戦車が時代の主力となりつつあった。


世界は何者かに試されているがごとく、帝国主義を貫いていた。

正に各国が世界を我が物としようとしているが如く。


東洋では日の本の国と羅国が覇権を争い、そこに海洋国家エギレスが進出し3カ国の三つ巴の様相を呈し、西洋では各国の皇帝が領土を確保する為紛争を繰り返していた。

海洋国家エギレスと、同じく海洋国家足らんとするスペレンが戦い、力を失ったスペレンが没落し、内乱まで発展した。

一方中部ではプローシアが辺りの小国を統一し、新たな皇帝の元強大な軍事国家としてさらに領土の拡大を狙っていた。

北西洋の小国、フェアリアも半島を統一し、その領土は更に東のロッソアと隣国となるまで拡大していた。

フェアリアとロッソアは半島の根元にある小国ブレタニアで紛争を起す。

ブレタニアがロッソアに取り込まれた事により事態は急変する。

半島の出口をロッソアに確保された為、フェアリアは海上輸送によってのみ他国と通商せねばならず、その経済は危機に瀕した。

国力が衰える前に打開しようとフェアリアの政府はロッソアと交渉を重ねたが、ロッソアは更に領土の割譲を求めてきた。さらに地上輸送路は絶たれ、完全に孤立したフェアリアの政府は国民の生存、国体の維持の為、戦争に訴えてでもブレタニアの解放と通商の確保を目指さねばならなくなった。

時に新皇紀173年。陸上戦闘で有利となる為、東洋で同じくロッソアの脅威と戦うヤポンに技術援助を請う。

東洋で名だたる(東洋の魔女兵団)の戦闘機械(魔鋼騎システム)の技術を導入する為。

フェアリア皇国は、東の大国ロッソア帝国の度重なる領土割譲紛争により、その独立を脅かされる様になった。

ロッソアは、フェアリアの優秀な鉄鉱石を自国の物にする為、フェアリアに衛星国になるよう迫ってきた。時の皇王はこれを拒絶し、国交を断絶した。

これによりロッソアとフェアリアは全面戦争へと突入していく事になる。

時にフェアリア暦、新皇紀175年。両国はロッソアの侵攻により戦端を開いた。


この物語は、開戦から1年が経とうとしていた辺境の村エンカウンターに独立戦車小隊が配備された時から始まり、その戦車小隊と運命を共にして闘い続けた少女達の記録である。

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