第8話 いにしえの紋章
曹長が小隊から転属して、2日が経った。
「小隊長!軍司令部から暗号電です!」
無線手であるキャミーが、指揮官室へ駆け込んでくる。
「キャミー、慌ててどうしたの?そんな重要な無電なの?」
切迫感の無いリーン少尉に、
「小隊長、何を呑気に構えているのですか!
暗号電って言いましたよ。重要に決まってるじゃないですか!」
指揮官室でリーン少尉と今後の訓練の打ち合わせをしていたミハルが、
<リーン少尉は判っている。あえてとぼけて見せているだけ。
だって、キャミーさんの顔色を見て手が震えているもの>
リーン少尉の顔を見詰ながらキャミーに訊く。
「どんな、内要なんですか?」
ミハルの言葉に続いて、リーン少尉が漸く報告を受ける。
「キャミー、暗号電を読んでくれる?」
キャミーは姿勢を正して、少尉に電文を読む。
「はい。読みますっ。
発、近衛軍団司令部。宛陸戦騎独立第97小隊指揮官。
本文、重要作戦開始に伴い貴小隊を第3戦車師団直属とす。よって明後日までにエンカウンター西方30キロの師団司令部に合流せよ。
・・・以上です!」
キャミーの報告にリーン少尉は少し俯いて、
「とうとう・・・来たのね。その時が・・・判ったわ、キャミー。御苦労様」
キャミーは、リーン少尉のねぎらいを無視して、
「小隊長、ついに出撃ですね。それにしても配属が近衛軍団だなんて。
超エリートじゃないですか。私達も期待されてるんですね!」
誇らしげに言うキャミーを見て、リーン少尉が口留めする。
「キャミー。この事は少し口外しないでくれるかしら」
「え?どうしてです。今日、明日には出発しなけりゃならないのに?」
キャミーが、訳が判らないと言った風に訊くと、
「うん、私が直接皆に話すまで、待ってくれないかしら」
リーン少尉がキャミーに答えた。
「成程。そー言う事ですか。判りました黙っておきます!」
「ありがとう、キャミー」
キャミーに口止めして、礼を言ったリーン少尉に、
「いえ。では失礼します」
敬礼して退出していくキャミーをミハルは見送って、
「小隊長。宜しいのですか?」
「うん。私から話すから・・・」
ミハルは別の意味で訊いたのだが、リーン少尉が命令下達の事を言ったので、
「いえ。その事ではなく、戦闘に出撃しても大丈夫なのかを伺ったのですが」
ミハルは、最初に見たリーン少尉が手を震わせていたのが気になって尋ねてみる。
「あはは。ミハルにはお見通しだったみたいね。
・・・いざ、本当に命令を受けるとなると、恐いものなんだね。
ミハルも初陣の時、そうだったのかしら?」
逆に今度は少尉が、ミハルに訊く。
「いいえ、小隊長。初陣の時だけでは有りません・・・今も恐いです。
地獄を見てしまった者だからこそ何度受けても出撃命令は恐いんです。
多分慣れるなんて事は無いと思います」
ミハルがリーン少尉に震える掌を見せながら答えた。
「そうね。その恐怖が消える事は無いのかもね」
リーン少尉はミハルの言葉に救われた様に、
「じゃあ、ミハル。これから忙しくなるわ。
転進の用意に掛かりましょう。MMT-3の方を宜しくね」
リーン少尉が戦車の整備をミハルに頼むと、
「小隊長、その件ですが、先程の話で宜しいのですか?」
「ああ。私とミハルが一緒に乗るのだから。
マクドナード軍曹も、ああ言って来たのだから任せましょうよ」
リーン少尉が少し元気になってミハルに言った。
「はあ、まあ。小隊長がそう仰られるのでしたら。私も異存有りません。
・・・それでは車体の点検・整備に掛かります!」
ミハルが少尉に敬礼して退出し、ガレージに向う。
通路を歩いて近付いていくと、鼻にツンと、塗装の匂いが臭って来る。
「ミハル先輩。どうです、新しい迷彩は。
これ、今年から新しく開発された視認しにくい塗料だそうですよ」
ミリアがスプレーガンを持ちながら訊いて来る。
「へえぇ。塗料も換わってるんだね。で、軍曹は?」
ミハルはマクドナード軍曹の居場所を訊くと、
「あ、はい。何だかキルマークか何かを描くんだとか何とか。
一人で車体側面に取り付いてますけど」
「そっか、じゃあ見せて貰いましょうか。そのマークとやらを」
「そうですね。変なマークじゃなきゃいいですけど」
ミハルはミリアを伴って車体右側面に向う。
そこには一人で、出来映えを確認している軍曹が居た。
「軍曹、出来ましたか?迷彩の方は終わりました」
ミリアが軍曹に報告しても返事はせず、
「ミハル。こっちから見てくれ。このエンブレムを」
「エンブレム・・ですか?」
軍曹の横まで来て、砲塔側面を見上げて、
「!これは!?」
ミハルは、そこに描かれた
「凄いっ!これ軍曹が描かれたんですよね」
一緒に見に来たミリアが、感嘆の声を上げる。
「どうだ。気に入ったか?ミハル」
「はあ。軍曹って画才があるのですね。凄い上手です。けど・・・何故2人の女性が?」
ミハルが気になって訊くとミリアも、
「これって北方に伝わる<双璧の魔女>がモチーフなんじゃあないのですか?軍曹」
「まあな。ちょっとアレンジしてあるが・・・どうだ我隊の車両に
軍曹が胸を張って自慢げにミリアに言った。
「ねぇ、ミリア。(双璧の魔女)って何?」
ミハルがエンブレムの由来の意味を訊くと、
「あ、そうですね。知られないのも判ります。
この国に伝わる古来の伝説ですから(双璧の魔女)って言うのは・・・」
ミリアがミハルに説明しようとすると、横から、
「<双璧の魔女>。それは国を滅亡から救ったとされる救国の乙女。
邪悪なる者達を打ち倒し、聖なる光をあまねく国の隅々までいきわたらせて、
この国の礎となった2人の偉大な魔女の事を言う。
・・・どうだ、紋章としては完璧だろう」
マクドナード軍曹が2人を見ながら言い切った。
「ええ。凄い紋章な事は解りましたけど。
どうして(双璧の魔女)をモチーフとしたのですか?」
ミハルが訳を尋ねると、
「他にはないだろ。
二人も
「成程、双璧の魔鋼騎士って訳ですか。
私はそんな凄い戦車に同乗出来るんですね。凄い感動です!」
またミリアが一人で感動している。
「軍曹、私はついこの間初めて力があるのが解った所なんですよ。
ミハルは自分でさえ知らなかった魔法力を皆に知られる事が恐く感じて、
「私は一砲手として小隊を守りたいだけなんです。
魔鋼の力を使う事でそれが出来るなら、それを使ってでも何が何でも・・・
本当に只それだけなのです。
リーン少尉が魔鋼騎士なら、私は別に騎士になんてならなくていいのです」
ミハルの言葉に、
「ミハルはそれで良くても、いずれ上の連中も気付くだろうさ、戦果を挙げ続ければ。
そんな遠くない未来に騎士の称号を与えられるだろう。
その称号の価値がお前にはあるとオレは見ているし、小隊長もそう思っているさ。
何せ、お前をこの小隊に引っ張ったのはリーン少尉だからな」
突然マクドナード軍曹がミハルをこの小隊へ配属させたのが、リーン少尉である事を知らせた。
「私を、この小隊へ配属させたのが少尉・・・
本当ですか?何故私みたいな生き残りを?」
「バスクッチ曹長から聞いたのだが、曹長はお前の事を知っていたみたいじゃないか。
東洋から来た偉大な研究者の子供だって言ってたぞ。
そして連隊が壊滅して生き残った者の名を訊いた時、
どうしても欲しいと少尉と、参謀本部のユーリ大尉に願い出たそうだ。
少尉もお前の事が気になって姉上であるユーリ大尉にお願いしたそうだ。
シマダ・ミハル。お前はシマダ・ミユキの娘なんだろ?
あの東洋の魔女団の副隊長、ミユキ少佐の娘なんだろ?」
ミハルの知らない事実をマクドナード軍曹は教える。
「私・・・知らないのです。母がどんな人だったかなんて。
教えてもらってなかったんです。
幼い時にこの国へ来てからは、昔のことなんて母は話さなかったから・・・」
「軍曹、東洋の魔女団ってあの(東洋のジブラルタル)を一晩で陥落させたと言う最強の魔鋼騎兵団ですか?
・・・その副隊長がミハル先輩の母上様?」
「そうらしいな。曹長が訊いたと言っていた。
その旦那が技術士官のシマダ教授、ミハルの父らしい。
我国に魔鋼システムを技術支援してくれた救国の士だそうだ」
「うわあ、そんな偉い人の子女だったんですか。ミハル先輩って!?」
ミリアが瞳をキラキラさせて、ミハルを見ると、
「?先輩、どうしたんです?」
ミハルは暗い顔をして俯く。
「偉くなんて無い。
父も母さんも、もう居ないから。もう何処か遠くへ行ってしまったから。
私と弟の二人を残して・・・」
ミハルは涙を瞳に湛えて、歯を食い縛る。
「え?先輩のお父様やお母様は、どうされたのですか居ないって?」
「ミリア。私の両親は戦争が始まったあの日、研究所諸共消えてしまったの。
あの爆発と共に。私と
この国でたった一人の肉親の弟だけを残して」
ミハルは涙を流して辛い過去を話す。
「センパイ・・・」
ミリアはなんと言って声を掛けたらいいのか、判らず黙ってしまう。
「私達姉弟は、大使館に行ったけど帰国は許されなかった。
戦争が始まった為に書類が失われていて本人確認さえしてもらえず、私達姉弟はこの国で生きていくには学校を頼るしかなかった。
私達は全寮制の幼年学校に入っていたから戦争が終わるまでの間、大使館が認めてくれるのを待つ間だけでも、学校に居る事にしたの。
だけど、僅か3ヶ月で話が変わったの。
ミリアも知っている通り、男女を問わず15歳になった生徒は全員適性検査を受けさせられて、短期養成の後、戦争の中へ放り込まれた。
私は戦車兵を命じられて、戦車学校へ入れられて1ヵ月後にはあの連隊へ配属させられた。
・・・そして、知っている通り連隊は全滅、私一人だけが生き残ったの・・・」
「ミハル先輩はどうして断らなかったのですか?
先輩は外国人です。移住したと言っても拒否できた筈なのに、どうして?」
「ミリア、私には弟が居るの。2つ年下の
私がもし断ったら、マモルが生きていけなくなる。
学校から追い出されてしまうの。
姉弟の内どちらかが軍へ入らなければいけなかったの。
だから私が軍へ行く事に決めたの。
それが弟を守る事に為るのなら、私は進んで軍人に為る事を承諾したの。
弟と別れる時、言ったわ。マモルを守るからって、
マモルさえ生きててくれれば私はどうなってもいいって」
ミハルは泣き崩れて、膝をつく。
「ミハル・・・先輩」
ミリアはそんなミハルに近付く事さえ出来ず名を呼び掛ける。
「そしたら弟が言うの。
姉さん死なないで、生きて帰って来いって、約束しろって言うんだよ。
私、約束しちゃったんだマモルと。
どんな目にあっても生きて還ると、必ずマモルとヤポンに帰るって。
・・・馬鹿だよね。軍人がそんな約束しちゃあ駄目なのに・・・
弟を一人ぼっちにしちゃあ駄目だったのに。
私・・私は・・・その約束の為に一人、生き残ってしまった。
隊長以下友達や先輩、上官が私の約束を知っていて、私の身代わりになって死んでいった。
私は彼らに何と詫びたらいいの。
どうしたら赦してもらえるのかな。
夢の中で彼らに会うと何時も哀しそうに私を見ているの。
私を見て何かを話そうとしているのに、聞こえないんだ。
私が手を伸ばして求めるのに、皆消えてしまう・・・
夢なんだって思っていても苦しいんだ、辛いんだ、悲しいんだ。
助けて欲しくても誰にも判って貰えない。
・・・そう、この小隊へ来るまでは・・・ね」
ミハルは泣きながら二人に話す。
「ミハルには護らねばならない事が多すぎるんだな。
一つでいいんじゃないか、守る事って」
マクドナード軍曹が、ため息をついてミハルに語りかける。
「えっ?ひとつって?」
「ああ。たった一つだけでいいんだよ。それはな、自分自身を護るって事さ。」
ミハルはマクドナード軍曹を見て訊く。
「自分自身を護る?どう言う事なんですか?」
マクドナード軍曹が、腰に手を当てて、
「解らないのかい?
それは皆が願ったことさ。
弟君も死んでいった友も、そしてオレ達もそう願っている。
お前さんが生き続ける事を・・・死なない事を。
お前さんが守るべきは自分自身。
他の誰でもない、ミハルがミハルを護るんだ。」
「私が私を護る?」
「そう、お前さんが自分を護るって事は同時に他の人を護る事にもなるのだよ。
特に陸戦騎乗りとしてはな」
マクドナード軍曹は、ミハルの肩に手を置いて、
「護ってやれ、己の事を。強くなれ、自分自身の為に・・・な」
「・・・はい、軍曹。私、強くなりたいです。
強くならなきゃ駄目なんです。私自身の為に、皆の為にも」
マクドナード軍曹は、笑い掛けて、
「そうだ、強く生きる事だけ考えていればいい。
それこそオレ達の約束だ。もう苦しまなくていいんだぞ」
優しく諭す様にマクドナード軍曹はミハルに言った。
「ミハル先輩、私も強くなりたいです。先輩と一緒に、強くなりますから」
ミリアの瞳に感動の涙が光っていた。
「さーてっ、話を戻すが、こいつで良いよな。ミハル」
指で紋章を指して、マクドナードが訊く。
「は、はあ。まあ・・・」
ミハルはまだ気後れして、口を濁すが、
「<双璧の魔女>は、リーン少尉とミハルを指している訳ではないのさ。
その遺志を継ぐものという意味を表しているんだ。
国を護り、民を導くという本当の意味を・・・さ」
マクドナードが、秘めた想いを語る。
「そんな大きな意味があったのですか。この紋章には」
ミハルが見詰る。
蒼色で描かれた逆円錐形の枠の中に2人の魔女が双方向に向き、剣と槍を手にしたこの紋章。
<双璧の魔女>が意味する救国がどんなモノなのか。
それを知る事になるのは、まだ先の事であった・・・
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