第7話 紅白戦

曹長が転属になる日を明日に控えて。


2日間の訓練もほぼ予定通り進み、なんとか実戦で戦えられる自信の様なものが各員に芽生え始めて、リーン少尉以下最後の訓練を始めようとしていた。


「本日で訓練を終了し、本隊は第3戦車師団の指揮下に入ります。

 各員心残りが無い様、最後の調整をお願いします」


リーン少尉の訓示が終わり、各員が乗り込む。

最後の訓練には、リーン少尉が車長として乗り込む事となった。

曹長は全体訓練の確認の為、訓練用の儀礼砲を荷台に据付けたトラックに乗り込んで、


「これより訓練試合を始める。

 オレの乗ったトラックを赤組、小隊長の乗ったMMT-3を白組とする。

 模擬戦だが、時間内に何回命中させて、より多く撃破判定を取った方が勝ちだ。

 勝った組が今晩負けた組を好きに出来る。

 罰ゲーム付だ。はははっ、やる気が起きただろ」


曹長が、またとんでもない事を言い出した。


「バスクッチ曹長!私はそんな事許してませんよ。

 何をふざけた事を言っているのですか!」


早速リーン少尉が注意するが、


「はははっ、勝負ですから。やはり負けた組には何かやってもらわないと。

 それともトラックに負けると思っておられるのですか?」


曹長が、リーン少尉を煽る。


「くっ!誰が負けると・・・良いでしょう!今晩曹長には私達の給仕係をして頂きますから」

「でわ、私達も少尉達にメイド係になって頂く事にしましょう!」


曹長は笑いながら手を振った。

MMT-3とトラックは、南と北に分かれて走り出す。


「絶対勝ちましょう。みんなっ!」


リーン少尉はマイクロフォンを通じて、ミハル達に命じた。


「はははっ、負ける訳無いでしょう。

 此方の方が優速だから、好きな位置で攻撃出来ますからね」


ラミルが少尉にVサインを出して答える。


「ラミル、操縦を頼んだわよ」


リーン少尉が先任搭乗員のラミルを信頼して言った。


<でも、相手は曹長だ。

 そんな都合良く動いてくれるだろうか。もしかすると手玉に獲られかねない>


ミハルは真剣に考える。


「車長、相手はあの曹長です。

 そんな簡単に勝ちを譲ってくれるとは思えません・・・注意して下さい」


ミハルは心配になって注意を促した。


「そ、そうね。あのバスクッチがそうそう簡単に勝ちを譲る訳ないものね」


リーン少尉も顎に手を当てて考える。


「車長!開始時間まで後1分」


キャミーが時間を知らせる。


「よし、皆。気を引き締めて掛かるわよ。ミリア、模擬弾は何発あるの?」

「はい、10発です」


即座にミリアが少尉に答える。


「うん。ミハル、模擬弾の有効射程は?」

「500メートルです。それ以上の距離では、中のペンキが抜け出して着色不能です」

「オッケ。接近戦も覚悟しなきゃね」


リーン少尉はなるべく射程ぎりぎりで、戦闘しようと考えているみたいだった。


「ミハル、模擬弾は射程も短く、初速も遅いから注意してね」

「了ー解!」


ミハルは学校以来の模擬弾に感覚を併せようと考えて、


「より多く命中させる為には、接近戦も必要だと思われますが・・・」

「うん、必要になったらね」


リーン少尉はミハルの進言を軽く受け止めてしまった。



「時間です!」


キャミーが開始を告げる。


「みんな、行くわよ。戦車前パンツァーフォゥへ!」


リーン車長の号令で、MMT-3が前進を開始した。


<さて、先に見つけられるかな?>


ミハルはリーン少尉が曹長より先に発見できる事を期待したが、


「左舷前方10時の方向!窪地にトラック!」


リーン少尉の悲鳴に似た叫びで慌てて砲塔をその方向へ廻すが。


  ((ベショッ))


「わあぁっ!」


キューポラのリーン少尉が、慌てて身体を車内に隠すが、


「ううーっ、やられたぁっ」


その声で車長席を振り仰ぐと、帽子を赤いペンキで染められてしかめっ面の少尉が居た。


「うぷぷっ!」


思わず噴出してしまうミハルに、


「キューポラに撃ち込まれちゃった。うう、車長戦死ね」


苦笑いしてリーン少尉が、


「キューポラのレンズは、ペンキで使えなくなったわ。ミハル、砲側率距で撃って」

「はい、照準器で撃ちます。ミリア、訓練弾装填!」


ミハルはミリアに白いペンキが入った訓練弾を装填させる。


「装填良し!」


実弾頭よりずっと軽い訓練弾を早々に装填してミリアが報告する。


「よしラミル、トラックは荷台だけを見せています。

 窪地が見渡せる位置まで弾を避けつつ、移動して下さい」


リーン少尉がペンキで赤く染まった帽子を脱いで命令を下す。


「了解。右舷の窪地に廻り込みます」


ラミルは車体を射線にさらけ出さない様に窪地を目指す。


<曹長の事だ、私達が窪地に廻り込むのは解っている筈。

 きっと、また先回りして車体を隠して狙ってくるだろうな>


ミハルは曹長の考えをよんで、


「車長、トラックが同じ場所に居るとは限りません。

 トラックが見えるぎりぎりの所を進んだ方が良いと思いますが?」


ミハルはリーン少尉が不意を撃とうとしている事に注意して、自分の考えを具申した。


「えっ?それじゃあ曹長にも私達が回り込むことが知られてしまうじゃない」

「はい。でも機動戦に持ち込んだとしても車体の安定性では此方が上です。

 逆に待ち伏せされる方がこちらが不利です」

「うーん、そうかな。

 ・・・よし、今回は不意打ちをしてみるけど。

 結果ミハルの言う通りなら、機動戦に持ち込もう。訓練だから、今はね」

「はあ、車長がそう思われるなら、私はかまいません」


ミハルは車長の経験を積ませる為、強くは言えず成り行きに任せた。

窪地へ廻り込む様にラミルが操縦するMMT-3を訓練砲で狙いをつけて、


「まだまだ少尉は勉強して頂かないとな・・・」


雑草が生い茂るもう一つ後の窪地で、曹長が小隊長であるリーンに対して思った。

距離は100メートルもない至近距離。


<ミハルは止めなかったのか。オレが移動しないとでも思っていたのだろうか>


バスクッチ曹長はMMT-3の車体に狙いを付けながら、実戦経験の有るミハルが付いていながら、何故警戒しなかったのか考えあぐねたが、


「まずは、一発当てさせて貰ってからだな」


狙いを車体後部側面に合せてトリガーを引こうとした時、カモフラージュしてあるこちらに砲塔が旋回してくるのが見えた。


「ほう!カモフラージュしてあるから見つけにくい筈だが。気付いたか!」


曹長はかまわずトリガーを引き絞った。


「危ないっ!急停止して下さい。ラミルさん!」


ミハルは窪地にトラックが居ない事に気付いて、窪地の後方に草が生い茂っていて見通しが利かない地点を見詰ていると、其処に黒い砲身が見えて叫ぶ。

ラミルがレバーを引きクラッチを切ると同時に草原から訓練弾が飛んできて、そのまま進んでいたら命中したであろう2メートル程前を通過した。


<危ない。後1秒止まるのが遅れたら命中していた。さすが曹長、狙いは正確ね>


ミハルは砲を今撃って来た所へ向けて、


「トラックらしき標的、左舷9時の方向。距離100メートル!」


リーン少尉に報告する。


<さすが曹長。それにミハル・・・もし戦場だったら命中していたかもしれない。

 教訓になったわ。ミハルの言う通り、もし本当なら敵を見失ってはいけない。

 それは自分達が戦闘の主導権を相手に渡すような物なのね>


リーン少尉は己からの失敗からまた一つ学んだ。


「少尉!リーン少尉。トラックが見えました。移動を開始したようです」


ラミルがギアを入れなおしてアクセルを踏む。


「了解。ミハルが言っていた通り、機動戦で挑戦します。ミハル、ミリア。用意は良い?」


リーン少尉は機動戦を決意した。


「はい。照準良し。いつでも撃てます」


ミハルは照準器を睨んで返答する。


「よーし。ラミル、トラックは横と後は撃てるけど、前方は運転席が邪魔で撃ちにくい筈。

 一気にトラックの前方まで出て下さい」


リーン少尉の命令でラミルはギアをトップに上げて全速でトラックの前方まで出ようとする。

曹長はリーン少尉が機動戦を仕掛けてくる事は解っていた。

荒地ではトラックの方が揺れが酷い。

重量の有る戦車とまともに撃ち合って勝てる訳が無い事は重々承知していた。


「あえて走るだけでなく、チャンスを捉えて停車して狙撃する。

 これが命中率を上げるコツだ」


曹長の考えがミハルには手に取るように解る。


<こちらに死角を向けない様に運動する筈。

 そして必ず停車して必中の弾を撃って来る。

 そのタイミングを逃さず先手を取れるかが勝敗を決める>


ミハルは砲を旋回させつつ、そのタイミングを測った。


「まだ撃ってこない所を見ると、どうやら此方の射撃タイミングを狙っているな。

 この勝負どちらが先にミスを犯すかで決まる・・・な」


曹長はまるでミハルの考えが解るかのように呟いた。


「おいっ、みんな!今夜は勝って搭乗員達にサービスしてもらおうぜ!」


曹長は笑ってトラックに乗り込んだ整備兵達に呼び掛けた。

運転手席のマクドナード軍曹が、


「がってんだ!」


笑い掛けて、曹長に答える。


<さあ、行くぞミハル。お前の腕を試してやる>


曹長は訓練砲をトラック右前方1時の方向に向けて、トリガーに指を掛けた。


「左舷トラック、方向変えました。此方に急速に接近してきます!」


ラミルの声にリーン少尉は驚いた。


「どうしてわざわざ死角の前方を此方に見せて、突っ込んで来るの?」


<違う。この角度は正面じゃない。

 こちらが止まっていれば確かに死角だけど、

 同じ方向に進んでいればぎりぎり死角を外している角度になっているかも>


「少尉、停車して下さい。このまま進んではっ!」


ミハルが言い終わる前に、トラックが発砲した。

ラミルが停車させる前に曹長が放った訓練用のペンキ弾が、車体左舷前方に命中して赤いペンキの跡を付ける。


<やられた。これで2度も撃破された事になる。やっぱり曹長の方が何枚も上手だ>


車体が停止したと同時に、ミハルも射撃を開始する。


<後はどれだけトラックに当てられるか・・・だな>


トリガーを引き絞りながら、ミハルは考える。


   ((バンッ))


軽い射撃音と共に訓練弾がトラックに向って放たれる。


「初弾命中、次発装填急げ!当てられる時に当ててしまうわよ」


リーン少尉が連射を命じた。


「うわっ!ミハルの奴。運転席を狙って来やがった」


白いペンキがトラックの左前方に命中して、ペンキの跡が付く。


「こっちもどんどん当てるぞ。このまま突っ込め!」


バスクッチ曹長は楽しげにマクドナード軍曹に呼びかけながら射撃を続ける。


停車したMMT-3に次々と赤いペンキの跡が付く。


ミハルも負けじとトラックの正面に命中させた。


「くーそっ、前が見えん。バスクッチ曹長、これ以上は危険だ。

 停車するかハンドルを切って曲がらんとぶつかるぞ!」


マクドナード軍曹の前にあるガラスは真っ白になって前方が見えなくなっていた。


「後2発で撃ち終わる。撃ち終わったら停車しろ!」


両車の距離はもう50メートルしかなかった。


「早く打ち終われっ、危ねえぞ」


マクドナード軍曹はアクセルを緩めて尚も進んだ。


<曹長、楽しんでるんだ・・・>


ミハルは照準器に入っているトラックの荷台で砲を撃っている曹長の顔が、何時に無く笑っているのが見えて、こちらもつい笑顔になってしまう。


「ミハル先輩、これがラストです!」

「ミハル!最後の弾は、トラック正面ガラス上限ぎりぎりの所を撃ってくれない?」


突然キャミーが射撃の注文を出してきた。


<ははーん。そう言う事か>


ミハルはキャミーの狙いが即座に解って、


「了ー解!ぶっかけてあげるからっ!」


ミハルが狙った場所は。


  ((ベシャッ))


「うわっ!やりやがったな。ミハルの奴め」


トラックの荷台で白いペンキを頭から被って、曹長以外の乗員達が毒づいていたが、


「はははっ、キャミーだな。狙わせたのは」


そう言って大笑いしながら試合終了の信号弾を放った。







「では、リーン少尉。宜しく」


「うう。いくら約束したからって・・・何処で仕入れたのよっ、こんな服装を!」

「マクドナード軍曹って、こんな趣味なんですか?知りませんでした」


リーン少尉とミリアが口々に抗議するが、


「ちっちっちっ!こんな事もあろうかと・・・

 昔の馴染の飲み屋で用意させたのさ。似合ってるじゃないか、皆さん」


悪たれ顔のマクドナード軍曹が胸を張って搭乗員を見た。


「くっそーっ、覚えてろよ。次があったら仕返してやる」


ラミルが本気で怒る。


「ね、ねえミハル。曹長のお相手は・・・」

「う、うん。キャミーさんに、お願いするよ」


キャミーとミハルはお互いに真っ赤な顔をして俯いた。


「さあ、今夜は送別会を兼ねて、パーッといこうぜ」


マクドナード軍曹が音頭を取って、バスクッチ曹長の送別会を催した。


<・・・だけど・・・まさか・・・まさか、こんな格好にされるとは・・・

 それもこれも勝負に負けたのが原因なんだけど・・・とほほ・・・>


リーン少尉は落ち込んだ。


<そう、何発命中させたかでなら。

 私たちの方が10対9発で勝利を物に出来たのだけれど、

 何回撃破したのかと言う事だから、3対1で私達の負けの判定が下った。

 最初の待ち伏せ攻撃と、射角を甘く見た失敗。

 それが決めてだった。

 まあ、確かに最初に2回も当てられちゃったんだから、負けも納得いくけど。

 メイド役も納得するけど。

 ・・・マクドナード軍曹って訳が判らない人なんだ。

 どうしたらこんな服を持ってこられるんだろ?>


ミハルは自分の姿に赤面する。

網タイツとウサギ耳のカチューシャ。

そして殆ど裸に近いアブナイ水着。


「うう。恥ずかしくって泣けてくる」

「ミハル先輩は良いですよ。出てる所出てるんですから。

 私なんてツルペタだから、もっと恥ずかしいです」


ミリアがミハルが恥ずかしがってるのを咎めたてた。


「そ、そんな問題じゃない。恥ずかしいのは恥ずかしいの!」


ミハルとミリアがもめていると、


「はい、ウォーリア。どうぞ・・・」


キャミーが曹長にしなだれ掛かって、お酒を注いでいる。


「ううっ、キャミーさん。役得してる・・・」


ミリアが、そんなキャミーに毒づいてると、


「おーいっ、そこの2人。こっち来て酒を注いでくれよ」


当の本人、マクドナード軍曹のお呼びが掛かる。


「ひぇっ!一番呼ばれたくない人に、お呼び出しされちゃいました。どーしましょう、先輩」

「うん。でも罰ゲームだから。断れないし・・・」


泣く泣く2人で軍曹の所へお酒を持っていく。


「はい、軍曹。どうぞぉ」


ミハルがコップにお酒を注いで勧めると、


「おーっ、ミハル。一段と可愛いな」

「ぐっ、軍曹。恥ずかしいです・・・」


ミハルが顔を赤く染めて、恥ずかしがるのを、


「いや、いや。たいしたもんだ。たった3日位であの砲を使えるなんてなあ」


軍曹は既に赤い顔をして、酔っていた。


「あの、軍曹。話がめちゃめちゃです」


「はっはっはっ、そうだ、オレは気分がいい。

 曹長でさえあの砲を使える様になったのは最近なのに。

 よっぽど相性がいいんだな。あの47ミリが」

「は?はあ。そうみたいですね。あははっ・・・」


ミハルはどう言って善いのか判らず、愛想笑いで誤魔化した。


「軍曹、どんどんやってください。はいっ、どうぞっ!」


ミリアは軍曹のコップにどんどん酒を注いで煽る。


「ミハル先輩、軍曹を早く潰しちゃいましょう」


ミリアはミハルの耳に小声で呟く。


「あ、うん。そうだね」


ミハルはミリアの策に乗る事にした。


「さあさあ、軍曹。可愛い女子2人からのお酒ですよ。飲んで下さいよぉ」


ミリアが軍曹にどんどん飲ませる。


「おー、飲んでるぞぉ。

 それにしても我が整備班から陸戦騎乗りが出るとは、大したものだぞミリア。

 頑張るんだぞ。オレ達が応援してるからな」

「軍曹・・・ありがとうございます」


ミリアが、はっとしてお礼を言った。


「さあ、ミリア。我々にもお酒を注いでくれよ」

「そーだそーだ。ミリアはオレ達の妹分なんだからな。兄貴分のオレ達にも注いでまわれ」


ミリアは少し嬉しそうな顔になって、


「私。整備班から陸戦騎乗りになれたのは先任以下、皆さんのおかげです。

 これからも妹分として接して下さい。お願いします」

「おーっ。可愛い妹に頼まれちゃあ断れねえよなー」


ミリアは整備班の輪の中でお酒を注ぎまわって喜んでいる。


<良かったね、ミリア。整備班の方から仲良くしてもらえて>


ミハルはそっとその場から離れて見回すと、少尉と視線が合った。

リーン少尉はミハルを誘う様に目で合図して、会場から出て行った。

その後を追ってミハルは外へ出た。



「少尉、リーン少尉。何処へ行くのですか?」


ミハルが呼び止めると、


「ミハル。ちょっと付き合ってくれない?」


そう言ってすたすたと、指揮官室へ入って行った。


「あっ、待って下さい。少尉」


ミハルも部屋へ入った。


「少尉、付き合うってどう言う事ですか?」

「ふふっ、皆仲良くて、羨ましいわ」

「え?ええ。・・・良い小隊ですよね。

 私、この小隊に配属されて良かったです。皆さんいい人ばかりで」

「そうね。皆、心から打ち解けて、家族の様に心が通っている。今までは・・・」

「今までは?では、これからは変わってしまうとでも?」

「そう、これからは戦場に出る事になる。

 戦闘になればどうしても犠牲者が出てしまう。

 一人が欠けても心に傷を負う事になる。

 仲が良ければ良いほど・・・。解るよね、ミハルなら」


リーン少尉が悲しげにミハルに話す。


<そう、仲が良ければ良いほど、失った時の心の傷は深く、失う度に重くなる。

 私は嫌と言うほど知っているから・・・>


「そうですね。

 隊員の内、一人でも欠ければ戦闘に影響が出る程、

 心に傷を負ってしまうかも知れませんね・・・」

「私は指揮官としてその時、どんな態度で隊員達に接したらいいの?

 ・・・解らないの。自信がないの。

 教官も居なくなっちゃうし、頼れる人は誰も居なくなってしまうのが怖いの。

 心が重圧に耐え切れそうに無い。

 お願い、ミハル。私の・・・リーン・マーガネットの傍に居て」


リーン少尉が俯いてミハルに弱い所を見せる。


「ごめんねミハル。こんな弱い所を見せて。

 心配になったでしょ。こんな指揮官の元で働いていく事が・・・」


リーン少尉の瞳から涙が溢れて頬を伝う。


<リーン少尉、私は貴女と初めて出会った日から。

 貴女に憧れ、貴女の苦悩を知った時から守ろうって、

 皆とリーン少尉を守ろうって決めたんです>


ミハルはリーン少尉を真剣に見詰て、


「少尉、貴女を守るのが私の務め。皆を守るのが砲手の務め。

 私は心配なんてしていませんし一緒に生き残りましょう。

 そして強くなるんです。自分自身の為、愛すべき人達の為に」


ミハルはきっぱりと少尉に決意を告げる。


「ミハル・・・。強くなる?私・・・なれるかしら?」


リーン少尉の弱い心を勇気付ける為、


「そうです。強くなれる、じゃなくて、なる・・のです」

「強くなる・・・強くなる。そして皆と共に必ず生き残る」


リーン少尉に、何かが芽生え始める。


「そうです。たとえ闘いに負けたとしても、生き残れさえすれば私達の勝ちなのです。

 どんなに苦しくても生きてさえいれば、必ず道は開けていくものです。

 だから、生き残る事こそ強くなる道なんです。私も、そう教わったから・・・」

「そう。ミハルも誰かに教えて頂いたの?」

「ええ。リーン少尉の教官に。バスクッチ曹長に」

「そう。彼に・・・」


リーン少尉の顔に微笑が戻る。


「良い人ですね。バスクッチ曹長は。頼りがいのあるお兄さんみたいで」

「あら。恋人じゃなくって?」


リーン少尉の言葉に、心がどきんとして、


「ちっ、違いますっ!お兄ちゃんですっ!」


慌てて誤魔化すが、


「あらあら。図星だったみたいね。好きになってしまったんでしょ。バスクッチの事が」

「なっ、何言ってるんですか!曹長にはキャミーさんが居るじゃないですか」

「あーら、恋なんて奪って取っちゃった者が、勝者なんだから」

「・・・リーン少尉、それ位指揮の方も積極的にお願いします・・・」


ミハルはジト目になって、少尉を見た。


「うふふ、ありがとう。ミハル」


リーン少尉は微笑を浮べて、部下に礼を言った。


「あははっ、少尉。良かった、元気になってくださって」


2人はお互いを見詰て笑い合った。




  ((ピーッ))


列車が出発の合図で蒸気を上げる。


「小隊!バスクッチ・ウォーリア曹長に対し、敬礼!」


リーン少尉が駅まで見送りに来た、小隊員に頭右かしらみぎを命じた。


「ありがとう。みんな、元気でな。必ずまた会おう。

 それまで何があってもへこたれるんじゃないぞ!」


答礼を返して、曹長が激励の言葉を投げ掛ける。


「曹長もお元気で。私達も頑張ります」


リーン少尉が曹長に別れの挨拶をする。


「では。いつか戦場でお逢いしましょう。少尉も小隊の事を宜しく」


バスクッチ曹長が少尉と握手を交わして、お互いの健闘を誓った。

そして。


「ミハル、ちょっと来い」


曹長に呼ばれて一歩前へ進むと、


「頼むぞミハル。お前の腕に掛かっているんだからな。

 小隊長を守ってあげてくれ。

 戦場に出たら迷うな、強くなる事だけを考えろ。

 強くなって生き残る事だけを考えるんだ。いいな、解ったな!」


曹長はミハルに別れの握手を求める。

その手をしっかりと握り返して、


「はい。曹長の言葉を・・・約束を守れる様に頑張ります。曹長にもお願いが有ります」

「なんだ?」

「絶対もう一度私達と逢えるまで死なないと約束して下さい」

「・・・解った、約束する。お前達と共に戦える日まで、死にはしない。・・・安心しろ」


曹長は笑顔で、ミハルに約束した。


「はい。安心しました。約束ですからね」


ミハルは飛びっきりの笑顔で敬礼した。

そして、


「リーン少尉、皆さん。

 少しの間、ホームの後ろを向いてあげて貰えませんか。お願いします」


そう言ってキャミーを置いて、全員に回れ右をしてもらう様、リーン少尉に目配せする。


「小隊!キャミー一等兵以外回れ右!」


全員が納得の回れ右をする。


「ありがとう、ミハル。みんな」


キャミーが礼を言って、曹長に駆け寄る。


<曹長、キャミーさん。これが私達が出来るプレゼントだから>


ミハルはリーン少尉と共に頷きあった。


  ((ポーッ))


機関車の汽笛が鳴る。

出発の時刻となったのだ。


「少尉!皆さん、ありがとうございました。もう大丈夫です。此方を向いて下さい」


キャミーが礼を言ったので振り向くと、曹長とキャミーが笑顔でこちらを見ていた。

二人の笑顔を見て、


<ああ。

 キャミーさんの笑顔。

 何て晴れ晴れとしているんだろう。

 いいなあ、別れるのにあんな笑顔で居られるなんて。

 2人の仲は誰にも、どんな事が有ろうとも邪魔は出来っこない。

 この戦争の中であっても・・・>


ミハル達全員が同じ思いであったに違いない。


列車の窓から手を振り、別れを惜しむ曹長の姿が遥か彼方へ消え去ってもキャミーだけはずっと手を振っていた。

その姿を見てミハルは想った。


<曹長。あなたは死んではいけない。

 きっと、私が守って見せますからね、リーン少尉をキャミーを。

 そしてこの独立第97小隊を。もう一度あなたと出逢えるまでは・・・>



見送りを終えたミハル達小隊員は基地へ戻る。


そのトラックの荷台で、ミハルはキャミーが指輪を大事そうに握り締めているのに気付いて、


「キャミー。私ね、曹長と約束したの。

 貴女と小隊を守るって、そしてもう一度曹長と会いますって」

「そっか。ウォーリアと約束したんだ。

 あたしも約束したんだ。ウォーリアの子供を産むまで死なないって。

 まだこのお腹に居るか解らないけどね」

「うわあ、キャミーさん。大胆発言ですね!」


ミハルはキャミーに笑い掛けた。

その笑顔にキャミーが、


「頼むよ、ミハル。私を、私達を守ってくれ・・・頼むよ」


頭を下げて笑った。


「はいっ!この命を賭けて!!」


ミハルも力一杯で応じた。



トラックの行く手に、基地の古城が見える。


この先に待っているのは、戦場。

一瞬のうちに何人、何十人もの人の命が奪われてしまう過酷な場所。


第97小隊にこれからどんな運命が待ち受けているのか、誰も知らない。


解っているのは、まだ戦争は終わりを告げていない事のみだった。







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