第6話 ま・ほ・う・つ・か・い

 冬が近付くこの季節は、陽が傾くのも早い。



夏色迷彩のままのMMT-3は、草原に停車していた。


「これより、射撃訓練をする。砲の性能の確認をする為、前方1000メートルの残骸を撃つ。

あの残骸は、先の戦闘で撃破した敵の重戦車HTーKG-1型だ。

正面装甲は75ミリ。

傾斜装甲により垂直装甲は120ミリ近い。本車の砲では撃ち抜く事は難しいだろう。

実際あのKGは、側面をやられて撃破されている。本車が撃破するには、通常側面か、後方から攻撃するのが有効だ」


車長のバスクッチが説明を入れる。


「まずは、徹甲弾で射撃する。第1射装填、目標前方1000メートルの停止目標。

 車体前面機銃口を狙え!」


バスクッチの命令でミハルは、焼け焦げたKG-1の前方機銃口に狙いを定める。


「装填よし、発射準備よし!」


ミリアとミハルが同時に報告する。


「よし、撃てっ!」


バスクッチ曹長の命令で、トリガーを絞る。


   ((ボムッ!ガシャッ!))


射撃音を残して弾がKG-1の車体に翔ぶ。

ミハルの撃った弾が前方機銃口近くに命中するが、


<駄目だ、弾が・・・弾かれた>


弾は機銃口の近くに小さな疵を付けただけで、あらぬ方に弾き飛ばされてしまった。


「どうだ。敵の正面装甲はたいした物だろ。

 この距離であんな小さい所を狙って、そうそう当たるものじゃない。

 まして戦闘中なら、尚の事だ。

 よって側面、若しくは後方から装甲の薄い弱点を突かねば重戦車は倒せない」


バスクッチ曹長は、キューポラから対重戦車戦のいろはを教える。


<そうね。この47ミリ砲だと、いくら初速が速いからと言って重装甲の相手をするのは、荷が重いって訳ね>


バスクッチ曹長がキューポラから砲手席を覗き込んで、


「さて、ミハル。お守りを着けて来たか?」


曹長が問うと、


「はあ。曹長が言われた通り着けていますが。

 一体このお守りに何が隠されているのですか?」


ミハルの質問に、曹長は悪戯っぽく笑いかけて、


「ま・ほ・う・つ・か・い」


帝国語で返事した。

乗っている皆がその言葉に訊き帰す。


「車長、それは暗号ですか?」

「ま・ほ?何語です?」

「ああっ、ウォーリアが変な事言ってるぅーっ」


皆の反応に笑いかける曹長に、ミハルが訊いた。


「このお守りと、魔法が一体何の関係があるのです?」

「はははっ、そりゃあ撃ってみなきゃ解らんよ。オレも確信がある訳じゃあないんだからな」


曹長はあっけらかんと、言い切って、


「それではミハル・シマダ。

 君の能力検査と、行こうか。射撃訓練を再開するぞ」


バスクッチ曹長はキューポラから半身を乗り出して、後方に控えていた力作車上のリーン少尉に合図を送る。

その合図を見てリーン少尉は頷く。


<いよいよね。

 バスクッチ曹長の思った通りなら、彼がミハルを私の小隊に引っ張った本当の訳がはっきりする。

 私もユーリ姉様に無理に頼んだ甲斐があった事になる>


リーンはバスクッチを見詰てそう思った。


「よーし、ミハル。次は一番分厚い所を撃て。砲塔正面砲身防御装甲を狙え!」

「え?重戦車の一番装甲の厚い所じゃないですか。

 75ミリの装甲帯でも弾かれるのに、無駄弾ですよ曹長」


ミハルはびっくりして反論する。


「無駄弾かどうか、試してみようじゃないか。

 ・・・やるぞ!ミリアっ、魔鋼弾を装填!」

「え!?ええっ?魔鋼弾を・・ですか?リーン少尉が乗っておられないのに?」


今度はミリアが驚いて訊き帰す。


「ミリア!復唱はどうした!次弾装填、魔鋼弾だ!」


曹長の檄に、


「はっ、はい!魔鋼弾を装填します!」


砲塔バスケット下部の装甲に護られた特殊ラックから、銀色に輝く魔鋼弾を取り出して砲に装填する。


「車長!魔鋼弾装填完了!魔鋼機械、作動します!」


ミリアは尾栓近くにある赤いボタンを押し込んだ。

バスクッチ曹長はミリアが押したボタンを確認して、


「ミハル、君の魔法力がどんな物か、確かめる時が来た。

 さあ、そのお守りを砲に翳してみろ!」


曹長はミハルを促す。


「このお守りを?砲に翳してどうなるのです?」


ミハルは訳も解らず、言われた通りに手を翳してみるが、取り立てて何の変化も現れない。


「曹長、何も起きないのですが・・・」


ミハルは振り返って曹長を見返すと、


「ミハル、信じろ自分の力を。念じろ大切な事を!」


曹長の言葉に、心が動き出す。


<信じるって、一体何を?念じろって一体何の事?

 私の大切な事って一体なんだろう。

 私は皆を護りたい。

 皆と一緒に生き残りたい。

 その為には、私達を襲う敵を倒さなければいけない。

 私は皆の為に、そして自分の為に強くなりたい。

 強くなる為の力が欲しい>


ミハルの想いはだんだん強くなっていく。


<私が欲しいのは、皆を護れる力。

  皆と生きて戻れる為に必要な力。

   それは自分が強くなれるちから


ミハルの想いと共に青い水晶が光を放ち出す。


<求めるのは強い心。

  強い力、強い想い>


ミハルの手は力を求める様に伸びて、

光を放つ水晶の輝きと共に、想いを放った。


ちからを!」


ミハルの叫びと共に水晶の輝きが車内を、そして車体を碧き光で埋め尽くす。


碧き光は一つの紋章となって、砲塔側面に現れる。


それは巫女の紋章。

盾を持って邪から護る神の紋章。


碧く光るその紋章はこの車体、MMT-3が魔鋼騎である証であった。


「こ、これは?」


ラミルが驚きの声を上げる。操縦席が変化して魔鋼機械が現れたからだ。

アナログだったメーター類が、青く輝き、操縦ハンドルが横式になり、前方スリットが前方防弾ガラスに変わる。


「えっ!ええっ?」


キャミーの前にある機銃口が、銃眼が無くなり望遠式双眼鏡に変わる。


「うわあっ、凄い!」


ミリアの装填手席が腰掛から座席へと代わり、目の前に装填補助装置が現れる。


そして、


「こ、これがミハルの力か・・・。これが美雪さんの能力を受け継いだ、ミハルの力なのか」


曹長は驚きを隠せなかった。

キューポラから見えるその砲身は長砲身を誇る47ミリ砲のそれを遥かに上回っている。


<一体何砲身長あるんだ?70・・いや80口径近くあるんじゃあないのか?>


曹長はその長大な砲身に見入ってしまった。


「ミハル、ミハル先輩?どうしたのですか?大丈夫ですか?」


ミハルの異変に最初に気付いたのはミリアだった。


「ミハル先輩?」


その姿は<フェアリア>戦車兵服とは異なっていた。

いや。

どんな国の戦車兵服とも違う。

その姿は・・・


「いつの間に?その姿は・・・魔鋼騎。いいえ、魔鋼騎士・・・」


ミリアの眼に映ったミハルの姿は蒼の騎士。

だが、変化したのは服装だけでは無かった。


ミハルは何かに獲り付かれた様に、わなわなと震えて、


「来るな、来るなっ!こっちに来るなっ!もう嫌だ、もう殺したくない!」


顔を青ざめて呟く、ミハルの瞳の色は蒼色に染まっていた。


「お、おいっミハル。どうしたんだ、しっかりしろっ!」


バスクッチ曹長も異変に気付き、ミハルに声を掛けるが、


「嫌だ、嫌だ。撃つな、撃たないで。殺さないで、お願いだからもう撃たないで。皆死んじゃう。死んでいってしまう。だから、もう撃たないでっ!」


ミハルは照準器の中にあるKG-1の砲塔に叫んでしまう。

ミハルの瞳は涙で溢れ、


「うわあああっ!来ないでぇっ!!」


指がトリガーを引き絞った。


  ((ズボオオムッ!))


砲身から魔鋼弾が放たれる轟音が、車内に響き渡る。

距離1000メートルで放たれた47ミリ魔鋼弾が、KG-1の砲塔を貫いた。

命中の衝撃でKG-1の砲塔が、車体から外れて傾く。


「凄い。47ミリ砲で、重戦車の砲塔正面を撃ちぬくなんて」


ラミルが信じられないと、言った風に声を上げる。


「そうですね、ラミルさん」


キャミーも何が起きたのか理解するのがやっとの思いでラミルの顔を見る。

そして次の瞬間変化していた座席周りが元へ返って、


「凄いじゃない、ミハ・・・ル?」


キャミーが砲手席を振り返ると、そこには・・・


「先輩!ミハル先輩!?」


ミリアが砲手席で気を失って、座席から崩れ落ちて倒れたミハルに声を掛けていた。

ミハルの手で光を放っていた青い水晶は、元の石に戻っていた。

蒼の騎士の服装と共に。





「そう、彼女の力はそれ程の物だったの」


リーン少尉は、曹長に向かって尋ねる。


「はい、姫様。私の想像を遥かに超えた力でした。

 姫様より強大な魔法力を持っているものと思われます」


曹長の返事に対して、


「そう。私よりも強力なの。それは頼もしいわね。で、彼女は?」

「はあ、まだ力の制御が出来ない様でして。

 今は落ち着きを取り戻しましたが。

 どうやら初陣でよっぽど心に傷を背負う事が有った様なのですが」

「そうでしょうね。たった一人だけ生き残ったのだから。

 精神に異常をきたしても不思議じゃないわ。

 でも、それでも彼女に能力があることが解った今、

 あなたは私の砲手として、彼女の能力が必要だと?」

「その通りです、姫様。この後の皇国の為に」


曹長は、リーン少尉に断言した。


「・・・。それはお父様も願われた事なの?

 貴男を教官として私に付けてくださった、皇王の命令なの?」


リーン少尉は兵学校に入学したのと同時に教官として派遣されたバスクッチ曹長に真意を質す。


「いえ、私はユーリ姉姫様の命に従ったまでの事です。

 姉姫様が私をリーン姫の教官として命じられたのです。

 それ以上の事は私には解りません」


「そう・・・。そしてユーリ姉様は貴男を私から遠ざけようとしている。

何故そんな事をするのかしら。

訳を聞いても、借地情誼な返事しか返って来なかった。

私の知らない所で何が起きようとしているのか。

それが知りたいの。

バスクッチ、お願い。

もし、何か起きているなら、起き様としているなら教えて欲しいの。

今じゃなくてもいいから。

第1師団に行ってからでもいいから、貴方しかいないの。

情報を教えてもらえるのは」


<リーン姫、お可愛そうに。

 上の皇女にうとまれ、蔑まれてお育ちになり、

 味方であるユーリ姉姫でさえ、疑われてしまっている。

 今次戦争の発端の一つでもある継承争いに巻き込まれ、

 味方でさえ信じられなくなってしまわれた。

 そんな姫様を一人にするのは心苦しいが・・・>


「解っております、リーン姫様。

 このバスクッチ・ウォーリアが、必ず情報をお送り致します。

 今しばらくのご辛抱を」


曹長の返事に、


「頼みます、バスクッチ。

 私は寂しいの。

 私の居場所は何処にあるのでしょう」


涙目になって俯くリーン少尉を励ます様に、


「リーン姫様は、この陸戦騎独立第97小隊の小隊長なのです。

 ここがリーン少尉の居場所。

 貴女には車長として4名の部下が、整備班長以下11名。

 併せて15名もの大切な部下が居るじゃないですか。

 その者達を只の一人として犬死させない様に務めるのが、今の貴女の責務。

 リーン少尉の居場所なのです」


曹長の言葉は、リーン少尉の心を打った。


「私の居場所は此処・・・」

「そうです、姫様。いえ、リーン少尉。

 貴女の目的は只一つ、強くなって生きる事です。

 生き抜きさえしていれば、いずれ本当の目指す場所が見えて来る筈です」

「目指す処・・・」


リーン少尉は曹長の言葉を反芻する。


「ありがとう、教官。私は絶対強くなる。強くなって目指す所を見つけるから」

「はい。私も強くなられた姫様を見てみたいと思います」


リーン少尉はバスクッチ曹長に握手を求めた。その求めに曹長は喜んで応じた。






「あーあっ、気持ち悪い」


ミハルはベットから起き上がって呟いた。


「あー、先輩。起きて大丈夫ですか?」


ミリアが心配して訊いて来る。


「うーっ、体中の力が抜けたみたいで、ふわふわするの」


ミハルがミリアに言いながら立ち上がろうとすると、


「あ、あれ?」


足に力が入らずよろけると、すかさずミリアが抱かかえて、


「ミハル先輩、危ないですよ。まだ寝ておいた方が・・・」


心配そうに注意してくれた。


「う、うん。ごめんね。まだ歩けないみたい・・・」


ベットに腰をかけて座ると、


「あんな力があったなんて、やっぱり先輩は凄いですよ。

 私、やっぱり先輩に憧れちゃいます!」

「あ、あの、ミリア。私だって知らなかったんだ。あんな力があるなんて・・・」

「解ってますって。初めてだったんですね、ちからを使うの。

 うちの隊で2人も能力者が一車に乗るなんて。

 そんな事は初めてじゃないでしょうか。

 だって魔法力のある人間は一万人に一人って話ですし。

 その万分の一が2人も乗る陸戦騎なんて他にないですよ」

「あはは。まあ、そうだね」


ミハルはミリアに笑って答えるしかなかった。

小隊長のリーン少尉が能力者であり、この隊の車両も陸戦騎であり魔鋼騎であったから、

ミハルも力を使えたのであり、たとえ魔力がある者が普通の戦車に乗っても力を使う事は出来ない。


「これで先輩も、魔鋼騎士マギカナイトの一員ですね。

 階級も一足飛びに上がっていくんじゃないですか?」

「えっ?そうなの?」

「・・・先輩、何も知らないんですね。

 この際だから言って置きます。

 大体なんで我国は女子を軍人に組み入れたのか。

 それは先輩みたいな能力者を発掘する為にです。

 訓練期間中に発見された者は特殊教程を経て、

 下士官、若しくは任官して下級指揮官となり、陸戦騎乗りとなります。

 そう、リーン少尉が当てはまります。

 能力者は殆ど総て女子なので、我国は女子の軍人採用を始めたのが4年前の事。

 そして1年前に戦争が始まってからは、訓練期間以外で能力を認められた者は、

 進級が他の者より半年間短くなる様にしたのです。

 早く下級指揮官となる為です」


ミリアがミハルに教える。


「あ、あの、ミリアさん。一体誰に教えているの?」


ミハルは汗を垂らして訊く。


「いえ。ミハル先輩に初歩の初歩を教えて差し上げたのです」

「あはっあははっ。ありがと・・・」


ミリアに頭を下げて礼を言ったミハルに、大きな汗が乗っかっていた・・・



「お前ら、何をコメディーしてるんだ?」


ラミルがタオルを首に掛けて現れて、


「ミハル、気分が治ったのなら、風呂へ行ったらどうだ?さっぱりして気持ちいいぞ」

「あ、ラミルさんは、もう入られたのですか?」


ミリアが訊くと、


「ああ。整備班のヤツラが、さっさと入りやがってな。

 今なら誰も居ないと思うぜ。行って来いよ」

「そうですか!誰も居ないなら、先輩行きましょう!」


手を引っ張り、ミリアがミハルを誘う。


「おーっ、行って来いよ、2人で。

 砲手と装填手は息を合わせるのが肝心だ。裸の付き合いも必要だろうしな」


ラミルはタオルで髪を拭きながら、ミハルに勧める。


「そう・・・ですね。じゃあ行ってきます」


ミハルも重い腰を上げてタオルを片手にミリアと同道する。


そんな風呂場は古城の中にある昔の風呂場を再利用して整備班が使える様にした物で、

さすが城であっただけにやたらと大きかった。


ルンルン気分のミリアと共に脱衣場に来ると、脱いだ服が二つ目に入る。


「あれ?先客有りか。整備班の人かな?」

「ええーっ、そんなぁ。折角先輩と二人だけだと思ったのに・・・」


ミリアの脱力は凄かった。


<何を期待してたんだ・・・この娘は?>


ミハルはジト目でミリアを見た。


「先客が居るのはしょうがないでしょ。さっさと入りましょう」


ミリアを促して風呂場へ入ると、


「あれ?誰も居ない?おかしいなあ」


ミリアが辺りを見回すが、浴室の中には誰も見当たらなかった。

ミハルも、


「変ね。確かに2人分の服が有ったのに」

「先輩っ!誰も居ないなら居ないでいいじゃないですか。

 それなら羽根伸ばしちゃえますからね」


そう言ってミリアはお湯の中へ飛び込んだ。


「あーあ、ミリア。それはどうかと思うわ」


ミハルは、はしゃぐミリアと距離を置いてゆっくり浸かる。


「ふぅ、やっぱりお風呂って気が休まるわ」


年寄り臭いセリフを言うミハルにミリアが近付いて、


「先輩。年寄り臭いですよぉそのセリフ。でも、綺麗な肌してますね」


ミリアが不意に背中に指を当てる。


「ひゃあっ!ビックリするじゃないミリアっ!」


驚くミハルに、ミリアは熱い視線を注いで、


「だって、ミハル先輩の肌、白くて綺麗で・・・

 肌理きめも細かくて・・・

 やっぱり東洋人の肌って綺麗ですねぇ」


ミリアはミハルの背中をつんつん突いて褒める。


「あ、ありがとって、つんつん突くな」


赤くなってミリアに怒るミハルに、


「それに、いいなぁ。一つ年上ってだけでこんなに大きいなんて」

「は?ミリア、何の事を言って・・・っ!!」


ミリアに向き直ると指で胸を押される。


「ひっきっいっ!!!!」


ミハルはビックリして飛び退る。


「何の事って、そりゃあ、胸の大きさですよ」


ミリアはさも当たり前の様に、自分の胸を見て言った。


「あ、あああ、あのね、ミリア。突然何を言い出すやら」


ミリアは真剣に訊いて来る。


「どうしたらそんな立派な胸になれるんですか?もしかして誰かに揉んで貰っていたとか?」

「あ、あああ、あの、ミリアさん?」


気が動転してどもるミハルに、ミリアが突然人差し指を口の前に出して、ミハルを制する。


「誰なの?」


ミハルが小声で訊くとミリアは、


「装填手、偵察に行きます!」


ミリアがミハルにそう宣言して、そっと声のする方へ、風呂場の影の方へ行って様子を伺っている。


「ミリア?誰か居るの?」


なかなかミリアが戻って来ないので、ミハルの方が近付くと、

ミリアは真剣に何かを覗いている。


「どうしたの?誰か居るの?ミストルームの方に・・・」


ミハルはミリアがずっと固まったように覗いているミストルームに視線を凝らすと、


「!わっ!!」


思わず小声でびっくり声を上げてしまった。


「キャミーさん、気持ち良さそう・・・」


ミリアが赤い顔をしてミストルームを覗いて呟く。


<うわわっ、曹長とキャミーが・・・

 ミストで良く見えないけど・・・シて・・るんだよね。あれって・・・>


ミハルも顔を真っ赤にして目が離せなくなる。


<待て・・・落ち着け。

この姿って他人が見たら全く、お間抜けだよね。

女子が裸で覗きをしてるって>


ミハルの冷静な部分が考えて、辞めておけって言っているが、刺激が強すぎて身体が固まってしまう。


「ミ、ミリア。もう離れようよ」

「ミ、ミハル先輩こそ、離れて下さいよぉ」


2人はそう言いつつも目が離せず尚も固まっていると、

キャミーの喘ぎ声と共に、2人の会話が聞こえてきた。


「ウォーリア、離れたくないよ。あたしも転属したい。ウォーリアと一緒に居たいよ」

「オレも居たい。でも、オレ達は軍人だ。国を守る為に闘っているんだ。命令には従わなけりゃならないんだ。解るな・・・」

「うん、解ってる。解ってるけど、恐いんだ、ウォーリアと離れてしまうのが。

 心が繋がっているのは解るけど、どうしても恐いの」

「ああ、オレも怖いさ。この先どうなってしまうのか。この国の未来も、オレ自身も・・・」


<曹長だって恐れているの?どんなときも冷静な判断を下していた、あの曹長でも?>


ミハルは我に返ってはっとする。

そして曹長の声で自分の中に居る弱い心を感じ取る。


「キャミー、オレだって怖いさ。

 でも、その恐さは大切な人を失ってしまわないかという恐さなんだ。

 オレは怖い、キャミーを失ってしまわないかという想いが恐い」


<曹長の言う通りだ。

 私も恐い。恐かった。

 仲間が、戦友が次々に死んでいくのを見た私が一番恐れるのは。

 自分が死ぬ事より大切な人が失われてしまう事。

 そうか、そうなんだ。

 本当の恐怖は大切な人が失われてしまう事だったんだ>


ミハルは曹長の言葉を、自分の想いと重ね合わせて胸に刻み込む。


<もう、能力を使っても幻想に負けない。

 目の前にある強敵より強いものを知ったから。

 ありがとう曹長。またあなたに教わりました>


ミハルは感謝を心で伝えた。


「先輩、もう行かないと。バレてしまいますって」


小声で耳元で言われて、我に返る。


「そ、そうだね。体も冷えちゃったから、湯船に入り直そうか」

「そ、そうですね。でも、ミハル先輩。その前に、私達も、その・・・」


上気した赤い顔で、ミリアがミハルに迫る・・・が。


「私はそっちの気は有りません」


と、一刀両断で突き放す。


「えーっ。そんなぁ。先輩だって、発情してたじゃないですかぁ!」


ミリアはあんまりだと言わんばかりに抱きついてくる。


「馬鹿者!」


ミハルはミリアに拳骨を喰わせた。





「おーっ、ゆっくりだったじゃないか」


ラミルがミハルとミリアに声を掛ける。


「まあ、たまには長湯もいいかと」


ミハルがすっきりした顔で答えるのと対照的に、


「すっきりするどころか、悶々に・・なりました」

「はあ?なんだそれ・・・」


ミリアの変な答えにラミルが聞き返す。


「何かあったのか、2人供?」

「いっ、いえぇぇ、べっべつにぃーっ」


ミハルが言い出しそうなミリアの口を塞いでいると、

キャミーが入って来た。


「おっ、キャミー。

 お前顔が真っ赤だし、目も充血しているぞ。何かあったのか?」


キャミーはラミルの問いに答えず、大事そうに手を下腹部に当てて、自分のベットに座る。


「?何だ、変な奴だな」


ラミルがキャミーに視線をすえながら、


「おいっ、ミリア。銀蠅に行くぞ、着いて来い」

「えーっ、またですか?ラミル兵長待って下さい」


ラミルはミリアを連れ出して、食堂へと向った。

後に残ったミハルはキャミーに、


「曹長は何て言って下さったのですか?」


そっと近付いて声を掛けるミハルに、


「なあ、ミハル。あたしは喜んでいいのか、悲しんでいいのか。どっちなんだろ?」


大事そうに下腹部を押えていた両手をゆっくり開いて、左手の指に填めた指輪を見せて、ミハルに訊いた。


「あ、あの、それって婚約指輪ってやつですか?

 曹長に頂いたんですね。おめでとうございます」


ミハルは慌ててキャミーに祝辞を述べる。


「あははっ、ありがとう。でもな、素直に喜べないんだ。

 だって、明後日の朝にはウォーリアは行ってしまうんだから。

 別れ別れになってしまうんだから。

 だから・・・あたし・・・あたし・・・」


キャミーが突然泣き出して、ミハルにすがり付いてくる。


「キャミーさん。私がこんな事を言うのはおかしいと思うのですが。

 キャミーさんは幸せなのですよ。

 私の戦友だった人達の中には、告白すら出来ず死んでいった友も沢山居たんですから。

 その人達と比べたらキャミーさんは絶対幸せだと思うんです。

 すみません、私がこんなこと言うのは変だと解っているのですが・・・」


キャミーはミハルに言われた「絶対幸せ」の意味を良く判っていた。


「ありがとうミハル。やっぱ、お前っていい奴だな」


笑顔に戻ってミハルから離れて、お礼を言うキャミーに、


「いえいえ。私はいい奴ではないですよ。

 だって、キャミーさんが下腹部を大事そうに押えていた理由を知っていますしね」


ミハルがウィンクして、キャミーに言うと。


「えっ?えっ?何で?何でミハルが?」


うろたえるキャミーに、


「キャミーさんの声って、あんなに艶っぽいんですね。びっくりしましたよ」


ミハルはうんうんと、頷きながら言う。


「ひええっ!どっどうしてこうなったぁーっ!」


キャミーの目がぐるぐる廻ってひっくり返る。




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