第4話 配置換え

ミハルが着任して1週間が経とうとしていた、夏の終わり。


草原が緑色から枯れ草色に変わり始めた頃、戦争はさらに激しさを増していた。

前線では度々大きな会戦が起こり、その度に錬度の高い将兵が失われて行った。

それは、国力の劣るフェアリア皇国にとって何物にも変えがたい損失だった。


街では男手が減り、老人と子供、そして女の姿ばかりが目立つ様になり、後方任務は全て女子が受け持つ有様であった。



「・・・ラミルさん、何処も彼処も女、子供。

 それに老人ばかりになってきましたね。こんな田舎までも・・・」


エンカウンターの駅で物資の受け取りに来ているミハルは、トラックの運転席に座っているラミルに言った。


「そうだな、このまま行けば女も子供も、老人さえも戦いに駆り出されちまうかもしれないな」


ラミルも辺りを見回して、ため息混ざりで言う。


「そう言う私達も女なんですけどね」


トラックの荷台に小麦粉袋を積みながら、ミハルも愚痴る。


「後、どの位だい?ミリア」


整備班からの応援であるミリアが、支給表を見ながら、


「えーと、後はあの台車に乗っている補給品だけみたいです」

「よし、早いとこ片付けて戻ろう」


ミハルは、ミリアと共に台車の荷物をトラックに積み込み始めた。

その荷には、見慣れないマークが付いている。

長くて重い箱を、2人で積み込む。


<何だろう、これ。やけに重いけど?>


ミハルは箱を見ながら、


「ミリア、これ何のマークか知ってる?」


ミリアがミハルを見詰め直して、小声で言った。


「先輩。これ、新式の徹甲弾ですよ。

 ってのは建前で、試作砲用の魔鋼弾ですよ。しかも実弾頭付きの」

「ええっ!魔鋼弾ですって!」


ミハルが驚いて叫んでしまう。


「ミハル先輩、声が大き過ぎます」


ミリアの注意に、


「うっ、ごめん。

 で、魔鋼弾の実弾頭がここに贈られてきたって事は、此処からじかに出撃を命じられるかもしれないって事なのかな。」


ミハルは手を休めずにミリアに訊く。


「そうなるのかもしれませんね。

 でも、これ位の数だと1会戦分にもなりませんから。

 この重さだと、一箱に2発でしょうから、箱が4箱で8発ってとこですね」

「8発かぁ。

 47ミリ砲だから、敵によっては2・3発はいるだろうから、2両仕留められたら上出来・・・だろうねぇ」


ミハルが話をしている内に、積み込みが終わる。


「はい。これで作業終了。ラミルさーん、終わりました」


ミリアが運転席のラミルに報告する。


「よーし、2人供ご苦労さん。

 これから帰るから荷台に乗ってくれ。それと、これは少尉からの奢りだ」


運転席からラムネのビンとクッキーを二人に渡すラミルが、


「荷台で悪いな、2人供。助手席に座れると良いんだが、生憎先客が居てな」


そう言って、助手席を指差す。そこには一人の少女が乗っていた。


「どなたです?ラミルさん」


ミリアが小声で訊くと、


「小隊の方に用があるらしいんだが、良く判らないんだ。

 秘密事項らしい・・・その連絡員の方だそうだ」


ミハルとミリアは、助手席に座っている少女に会釈する。

少女は2人にお構いなしに前方だけを見ている。


<あ、この制服は、士官服だ。襟章は・・。えっ!大尉ですって!>


気付いたミハルとミリアは慌てて敬礼する。と、


「参謀本部より来ました。ユーリ・マーガネット大尉です。小隊本部まで同乗させて頂くわ」


そう言って返礼して、微笑んでくれた。


「あ、はっはい。どうぞ」


ミリアが敬礼したまま、焦って答えた。


<この人の瞳、誰かと似ている様な気がするけど、誰だったっけ?>


荷台でラムネを飲みながら、助手席に乗っている士官の事を考えていると、


「先輩、ミハル先輩って。何考えてるんです?」


ミリアが肩を揺すって、我に返る。


「あ、ごめんね。あの人のことを考えてたんだ」


ミハルが指で助手席を指すと、


「あの歳で大尉って事は、よっぽどのエリートかそれとも」


ミハルはミリアに、


「それとも?何?」

「参謀本部から来たって言ってましたし、もしかしたら皇族の方なのでは?」

「ええっ!皇族っ!?」

「先輩。声が大きいですって。それに、もしかしてって言いましたから、私」

「あ、あの。ごめんなさい。でも、皇族の方だったとしたら、どうして?」

「うっ、うーん。どうしてって言われましても。

 あっそうだ、田舎にリクリエーションを兼ねて・・・無理有りすぎですよね」

「あははっ、そうだね。じゃあ、皇族の方じゃなくて、超エリートの人なんだろうね」


ミハルは笑いながら、ミリアに言うと、


「それがやっぱり妥当ですよね。でも凄いな、そんなにリーン少尉と歳変わらないのに大尉ですって。何故かムカツクんですけどぉ」


ミリアは不平等だと言わんばかりに怒っている。


「まあ、それは彼女なりに苦労したって事じゃないのかな。

 だって、見た目で私達と違う世界の人みたいなんだもの」


ミハルは兵と士官の違いだけでなく、人間の層が違うと感じていた。まるで初めて会った時のリーン少尉の様に。

古城の小隊本部に着くと大尉は礼を言って、士官室に向った。


荷物をトラックから降ろしながらその姿を見送っていると、


「おい、なんかすげー荷物を降ろしたな」


キャミーが、同じく士官室へ向かって行くユーリ大尉を見ながらミハルに訊く。


「ああ・・・あれ。エンカウンターで乗り込んで来たんだ。

 参謀本部の人だって言っていたけど」

「なんだって!?参謀本部だと!だったらもうじき出撃かもしれないぞ。

 きっと作戦の打ち合わせに来たんだろうぜ」


キャミーが目を輝かせて言った。


「そうかもしれませんね。

 大分戦力が少なくなって来ているみたいですから。

 私達も何時までもこんな所で訓練って訳にはいかないでしょうから」

「そうね。今日の荷には、実弾頭の魔鋼弾もあったからね。

 実弾射撃訓練だってしていないのに、いきなり実戦なんて・・・。もう少し時間が欲しいな」

「そうだな、未だ練成途中って感じなのにな」


ミハルの心配にキャミーでさえ同調する。


「今、出て行ったら何処まで闘えるだろう。

 敵にもよるけど、あまり分が良いとは言えないよね」


ミハルはキャミーに心配顔で言う。


「まあな。そうだとしても、やれるだけやるさ。命令が出されたら、往くしかねぇんだし・・・さ」


キャミーは半ば諦めた様にミハルに話す。


<キャミーさんはそう言うけど、死ぬ時に後悔したくないもの。

 あと少しもう少し時間を貰えたら射撃訓練をして、砲の癖や射撃能力が掴めるのに・・・-


ミハルは心の中で、時間が欲しいと思った。



   ((コツコツコツ))


軍靴の音が廊下に響く。


「リーン、リーン少尉!」


指揮官室のドアをノックもせずに、ユーリ大尉は開けた。

中に居たリーン少尉は、上着も着ずワイシャツ姿で立ち尽くして、


「え?姉様?どうして此処に・・・」


ビックリした顔が次第に笑顔になって、


「ユーリ姉様!お久しぶりです。お元気そうで何よりです!」


そう言って、ユーリ大尉に抱き付いた。


「こ、こらっ、リーン。上官に向って何をするんだ」


そう言うユーリ大尉もしっかりとリーンを抱き止めて、笑顔を見せる。


「リーン、貴女こそ元気そうで安心したわ。

 こんな田舎に送られて、さぞ不満だったでしょ。あたしと一緒に本部へ帰りましょうよ」


ユーリ大尉が、抱き付いているリーンに言うが、


「それは駄目です、お姉様。私は上のお姉様から疎まれていますので。

本部に戻ったら今度はどこかもっと遠い国へ送られてしまうかもしれません。

私はこの国から出たくないのです・・・この国を護りたいのです。

どんなに力が弱くても、どんなに力になれなくとも、私は生まれ育ったこの国が好きなの。

お願いお姉様、どうかこの妹の我侭を許して下さい」


リーンは、ユーリ大尉に哀願する。

ユーリ大尉はため息を吐き、


「判っていたわ。貴女は昔から一度言い出したら、絶対自分を曲げなかったものね。しょうがないね、リーンは」


ユーリ大尉は、リーンを抱き寄せて強く抱締めた。


「ありがとう、ユーリ姉様」


リーンは顔をユーリ大尉の胸に寄せて感謝した。


「それでは、本当の命令を伝えるわね、リーン。

 実は貴女の小隊付き教官兼先任搭乗員のバスクッチ曹長を転任させるわ。

 第1戦車師団付に・・・」

「ええっ!?先任を?どうして!

 彼はお父様が私の教官として、いえ、私の護衛役として配属させられたのに。

 まだ、彼の力が私には必要なんです。教わりたい事が一杯あるのに」

「解っているわ。

 でも、彼ほどの実力者を此処で教官役として置いて擱けるだけの戦力が無くなったの。

 我国の現状では・・・ね」

「そんな・・・バスクッチ曹長を引き抜かれたら、

 私の小隊は古参の者が居なくなってしまいます。

 私だって実戦経験無いですし、私がいくら魔法使いだからって無敵ではないですから。

 部下をどうしたら統率したら良いのかもまだまだ教わっていないのに」

「リーン。それ程バスクッチの事を頼りにしているの?

 もし、今のままで彼が居たとしても、あなたが彼を頼り過ぎているなら、

 それはこの小隊を危険に晒している事になるわ」

「えっ?それはどう言う事なのユーリ姉様。彼ほどの実力者を頼らない方が変なのでは?」

「いいえ。貴女が彼を頼れるのは戦闘中ではなく、訓練の時だけ。

 もし戦闘中に、彼が負傷したらどうするの?

 指揮官の貴女が彼を頼りきって迷ってしまったら、小隊全員を危険に晒す事になる。

 最悪の場合は全滅になるかもしれないのよ。あの連隊のように・・・」


ユーリの言葉にびくりと体を震わせて、顔を上げたリーンは、


「でも、だからこそ彼を、バスクッチ曹長を私から奪わないで。

 ユーリ姉様、せめて私が一人でも指揮をとれる様になるまでは・・・お願いです」


リーンは涙目でユーリに頼む。

そんなリーンにユーリはため息を吐いて、


「ふうっ、しょうがない娘ね・・・解ったわ3日・・・

 3日間だけ待つ様に転任先に掛け合ってあげる。

 それ以上は無理よ。次期作戦上、3日間が私が引き伸ばせる限界ですからね」

「あ、はい、姉様。ありがとうございます。

 いつもユーリ姉様は私の事ばかり気を使ってくださって、

 何とお礼を申し上げていいのか・・・」


リーンがユーリに頭を下げてお礼を言うと、ユーリが指でリーンの額をつんっと突いて、


「何を今更・・・私達は姉妹じゃないの。

 例え母親が違ったとしても、同じ父の血を受け継ぐ本当の姉妹なのだから。

 私のたった一人の妹なのだから」

「・・・ユーリ姉様。ありがとう、そう言って貰えるのはユーリ姉様だけ。

 上の姉様達は絶対にそう言ってくれないのに・・・」


リーンはユーリを見詰めて、涙を零す。


「あの2人はほって置きなさい。

 正妻の娘だからって、いつも私達を馬鹿にして喜ぶ様な人を、私は姉だとは思わない。

 国の事、民の事を何も考えない様な人を私は皇娘プリンセスとは認めない。

 お父様も何時かは解って下さると信じているから」


ユーリが優しくそして強くリーンを抱締めて話す。


「はい、ユーリ姉様。私もお父様を信じています。この国をまた平和で豊かな国へ戻す事を誰より願われている皇王様おとうさまの事を」


ユーリはそう言って涙を拭うリーンの頭を撫でてやりながら、


「そうね、リーン。信じましょう。皇祖神の力を。そして皇王様の御心を」

「はい、ユーリ姉様」


漸く落ち着きを取り戻したリーンは、ユーリに答えた。

その顔に笑顔で訊くユーリ。


「ところでリーン。例の彼女、どう?使えそうなの?」


突然話題を変えられて、リーンが訊き帰す。


「例の彼女?ああ、ミハルの事ですか?」

「そう、シマダ教授の娘の事。能力を確認したの?」


ユーリの瞳が鋭くなって、リーンの反応を待つ。


「あ、いえ。どの様なレベルなのかは解りませんが。

 私達と同じく、能力を秘めているのは手を握った時に感じました」

「うん。彼女は我国の窮地を救ったあのシマダ夫婦の娘。

 あの巫女美雪さんの血を継ぐ娘なのだから、力があっても不思議ではない。

 だから・・・私達の力になってくれる筈」


ユーリはミハルの両親の話と共に、


「それに4師戦1が壊滅したのに、あの戦場からたった一人生きて還れた。

 何があったかは解らないけど、強い力、いえ運命を持っている事は解るわ。

 きっと彼女には強い何かが有るのでしょうね」

「はい、私もそう思います。ですからお願いしたのです。

 ユーリ姉様に、彼女を私にくださいと・・・」

「あははっ、そうだったわね。

 リーンがあの死神って呼ばれた娘を欲しいって言ってきた時には驚いたわ。

 でも、今となっては彼女こそが幸運を運んで来てくれる使なのかもね」


ユーリは笑顔をリーンに見せる。


「ミハルに言ったら、謙遜されちゃいますよ。ユーリ姉様」

「そう?私はそうなって欲しいけど・・・幸運の女神に。リーンの為の使にね」


ユーリはリーンの肩に手を置いて、


「それじゃあ、私は本部に戻って曹長の件を引き伸ばす様に手配するわ。

 リーン・・しっかりね。決して無理しちゃあ駄目よ。貴女は何時も頑張り過ぎるから」


ユーリの温かい心使いに、


「ユーリ姉様こそ、一人で無茶しないでください。

 お父様に宜しく伝えて下さい。リーンは信じていますって、伝えて下さい」


リーンはユーリの手を硬く握って、別れを惜しむ。


「解った。・・解っているからね。リーン、私の大切な妹」


そう言って、両手で握り返すユーリも笑顔で別れを惜しんだ。






「バスクッチ曹長!妹の事、頼むぞ!」


トラックの助手席からユーリ大尉は敬礼を返して言った。

バスクッチ曹長は、敬礼しながら、


「はっ!姉姫様。いえ、ユーリ大尉!」


引き締まった顔で返答した。

その瞳は決別のそれに似ていた。

ユーリ大尉は、鞄から参謀肩章を取り出して付けながら、曹長の横に立つ一等兵を見た。


<そう、似ている・・・美雪さんに。あの娘が美春ミハルね>


ユーリ大尉の視線に気付いたミハルが、姿勢を正す。

その姿に微笑み掛けると、ミハルは赤くなって緊張した。


<しっかり頼むわね。幸運の女神さん>


ユーリ大尉は微笑を絶やさず運転席のラミルに、


「出して下さい。駅まで宜しく・・・願います」


トラックは砂埃を上げ古城を後にした。


「先輩、参謀と知り合いなんですか?ずっと観ておられましたけど」


ミリアがミハルに訊くが、


「私に高級士官の知り合いが居るわけ無いでしょ。でも、何でずっと見詰められたのかな?」

「さあ?先輩に判らない事が、私に解るわけ有りません」


あっさりと、ミリアに言われてしょげるミハル。


「おい、全員集まれっ!」


小隊長が総員呼集を掛ける。

慌てて整列すると、リーン少尉が壇上に上がり、


「皆に達する。先程参謀が来られて、重大な事項を申し述べられた」


少尉の言葉に、ミハルはどきりとする。


<ついに来たんだ。戦闘に参加する時が。

 まだ早い・・・早過ぎるよ。まだ訓練しなきゃいけないのに>


ミハルの思いは、少尉の言葉でさらに悪い方になってしまった。


「次期作戦で本隊は、出動を命じられるだろう。

 それまでの期間は、あと3日。

 3日後には作戦命令が届き作戦命令次第では即刻出撃を命じられるかもしれないから、 身辺の整理をしておくように。

・・・それから・・・」


リーン少尉は少し言いよどんで、口をつぐむ。

リーン少尉の瞳がバスクッチ曹長を見詰めて、何か言おうとしている。


口篭もる少尉が意を決して、


「それから・・・バスクッチ曹長は3日後、第1戦車師団へ転属となる。

 皆は曹長に心残りとならない様に教えを請う様に。・・・以上だ、解散!」


節目がちなリーン少尉が話し終わった。


ミハルが曹長を見ると、何かを決した様な顔をしている。


「うっ、ううっ!」


突然キャミーが泣き出して、走り出してしまった。


「キャ、キャミーさん!」


ミハルはキャミーを追って走り出す。


<そうだった。キャミーは曹長の事が好きだったんだ。

 堪らないよね・・・好きな人と別れさせられるのって。

 私にも解る。痛い程解るから・・・>


ミハルはキャミーを追いかけながら、


「待って!キャミーさん!」


呼び掛けるミハルに、立ち止まるキャミー。その瞳は涙で潤んでいる。


「ミハル、どうしよう。涙が止まらないよ。どうしたらいいんだろ」


そう言ってミハルに抱き付いて泣き出した。


「キャミー・・・さん」


ミハルもどう答えて良いか解らず、ただキャミーを抱締めるだけだった。


<ごめんなさい、キャミーさん。私、どう慰めてあげれば善いか判らない>


ミハルは心の中でキャミーに謝る事しか出来なかった。

あと3日、3日後には全てが変わる。

そんな時を迎えて、各員は思い思いの心情を抱えて想いに耽る。


戦場は常に非情であった。

冬が訪れる前の今、陽が暮れるのも早く感じる刻。

2人の少女はただ抱き合ってお互いの想いを慰め続けるしか出来ないのが悲しかった。



「ミハル・・ごめん。もう大丈夫だから」


キャミーがミハルから離れて涙を拭う。


「・・・キャミーさん。私、どう言ったら良いのか・・・ごめんなさい」


ミハルはキャミーに謝って頭を下げる。


「ミハルが謝る事なんてない。あたしが迷惑を掛けたんだからさ」


無理に笑顔を作って、ミハルを見るキャミーに、


「迷惑だなんて・・。これっぽっちも思っていないよ」


ミハルも作り笑いで答えて、


「さあ、戻ろうよ。もう日も暮れちゃったからね」


そう言って屋内へ行こうとすると、


「い、良い奴だな。ミハルはっ!」


そう叫んで手を握るキャミーに、


「あははっ、そうかな?」


作り笑いではない本当の笑顔でキャミーに答えるミハル。


「私は良い奴なんかじゃないよ。

 だって、キャミーさんに何も言ってあげられなかったんだから。

 何も出来ないんだから・・・ね」


ミハルの言葉に首を振って、


「いーや、お前は本当に良い奴だ。

 変に気の利いたセリフを言われるより、ずっと心が休まった。

 ・・・お前って結構・・・胸でかいんだな」


キャミーが最後はにやっと笑いながらミハルを茶化した。


「んなっ!胸って。そんな事考えて顔を胸にうずめてたの?ひっどーい!」


ミハルも笑って茶化し返した。


「あははっ、やっぱりお前は良い奴だよ。サンキューなミハル」


そう言って先に走り出したキャミーを見送り、ほっと息を吐く。


「良かった。少しはキャミーさんの力になれたかな、私」


そう独り言を呟くミハルの後から声が掛かる。


「よう、装填手。なかなか気が利くじゃないか」


ミハルが振り向くと、


「あ、先任。バスクッチ曹長」


気付いて姿勢を正すミハルに、


「ああ、ミハル。ちょっと善いか?」


曹長が気さくに話しかけて来た。


「は、あの、何か?」


ミハルは、いぶかしんで訊き返す。


「いや、まあ。あと3日だけだからな。ここに居られるのは」

「そう、ですね。まだまだ教えて頂きたい事、一杯あるのに・・・酷いですよね、参謀本部も」

「まあな。軍隊だからな、仕方あるまいよ。

 まあ、その事は擱いて置いてだな。

 ・・・ミハルは、砲手を務めてくれないか?」


突然の申し出にミハルは戸惑う。


「え?砲手を・・ですか?だとしたら装填手はどうするのです?」

「うん。その事は任せて欲しい。いい奴が居るんだ。

 そいつを搭乗員として、装填手として入れる。これは小隊長にも話したんだ。・・・どうだ?  砲手になってくれないか、シマダ・ミハル?」


曹長は何故か、フルネームでミハルを呼んだ。


「先任がそうまで仰るのなら。砲手を務めさせて頂きます」


ミハルは決心してそう答えた。


「そうか、すまんな。折角忘れようとしていたのにな。

 オレには解っていたよ、訓練の時、砲手席に座ったミハルの体が震えていた事を。

 あの戦いでトラウマとなった心の事を」


曹長に見透かされていた事を知ってうつむいてしまうミハルに、優しく言葉を続ける。


「でもな、ミハル。これはお前が乗り越えなければいけない最初の壁なんだよ。

 これからも戦争は続いていくだろう。

 そんな中で何時までも過去に起きた悲劇を引きずっていたんじゃあ生き残れない。

 そんな甘い物じゃないのは、お前自身が一番良く知っているだろう。

 オレ達は実戦経験をした。

 その経験者がどんな哀しい物だったとしても、それに囚われていたんじゃあその先へは進めない。

  ・・・そうだろ、ミハル」


優しい目で諭すように話す曹長に、ミハルはどきっとする。


<キャミーさんが曹長の事好きになったのが判る気がする。

 こんな瞳で、こんな優しい声で話し掛けられたら・・・>


「わ、私は、乗り越えられるのでしょうか、その壁を?」


ミハルは曹長に問い掛ける。

潤んだ瞳で・・・


「それは、ミハルの心次第だよ。

強い心を目指して頑張れば必ず壁は乗り越えられる。

・・・そう、強くなれ。強くなって生き残れ。

お前は絶対生き残るんだ。何があろうとも、最後の瞬間まで諦めるな。

・・・それがどんなに苦しくてもな。」


曹長の言葉がミハルの心に焼きついた。


<強くなって、生き残る。諦めるな。どんなに苦しくても・・・>


「それが壁を乗り越えるって事ですか?」


ミハルは口を震わせながら曹長に訊く。


「それは解らんが、今、オレがミハルに言えるのはそんな事位だからな。

別れる前に言っておきたかっただけだよ」


少し照れた顔をして曹長が笑う。


<だめだ・・・キャミーさん。

ごめんなさい・・・私、私も曹長の事が、

バスクッチ曹長の事を好きになってしまったみたい。

この人と別れるのが辛くなってしまった>


「曹長ありがとうございます。

 私、私。必ず強くなります、強くなって壁を乗り越えます。

 だから曹長も生きて、生き抜いて下さい。そして・・強くなった私に逢って下さい」


最後は叫ぶ様に大きな声になっていた。

そんなミハルに変わらず優しい声で、


「ああ。必ずまた会おう。

 その時そんな顔をしていたら、腕立て伏せ100回だからな」


曹長はそう言ってミハルの涙を、指でそっと拭ってやった。

ミハルは指で頬を拭われて初めて自分が泣いている事に気付いた。


<曹長・・・。好きです。そう言えたらいいのに。

 強くなれればきっと、言えるんだろうな。そう言える位強くなりたいな>


言い出すことが出来ないミハルに背を向けて、遠ざかる曹長の姿をミハルは瞳に焼き付けた。



バスクッチ曹長は、城壁の角を曲がってミハルから見えない所へ来ると、


「キャミー、そこに居るんだろ」


暗がりに一人の少女が待っていた。


「ミハルに何を言っていたの・・ですか?」


キャミーが暗い顔をして曹長の前に出てくる。


「ん?何だ、焼餅か?」


曹長が茶化すと、


「ち、違います。もう、いいです。失礼しました!」


キャミーはそう言って立ち去ろうとすると、


「待てよ、キャミー。大事な話がある」


曹長はキャミーの腕を握って引き止める。


「話って、何ですか?離して下さい」


キャミーは曹長の手を振り払おうともがくが、力に勝る曹長に抱き寄せられる。


「んなっ、何をするんですか!」


抗議するキャミーを優しい目で見詰ながら、


「キャミー。オレの顔を見ろ!」


曹長に言われて、おずおずと顔を上げたキャミーに、


「!うっんっ!!」


曹長はキャミーの唇を奪う。

最初は抗っていたキャミーの瞳から涙が零れ、やがて手は曹長の背中に伸びる。

曹長がキャミーの唇から離れると、


「曹長、酷いです。いきなり唇を奪うなんて・・・」


上気した赤い顔で、キャミーが甘い声で抗議すると、


「嫌だったかい?

 でも、オレはお前が好きなんだ。お前に惚れちまったんだ。嫌だったら言ってくれ」


キャミーの顔が涙でグチャグチャになる。


「ひっ、卑怯です、曹長。そんな言い方、卑怯です。

 嫌なわけないじゃないですかあ。

 あたしも好きです・・・大好きです。曹長の事が誰よりも大好きです!」


キャミーは叫ばずには居られなかった。

そんなキャミーを曹長は腰に手を廻して抱締めて、


「キャミー。愛している。愛しているんだ」


そして再び2人は口付けを交わした。


「んんっ!曹長っ、こんな所で、ダメッ駄目です。誰かに見られたらっ、ああっ!」


キャミーの声が微かに聞こえてくる。

ミハルは城壁にもたれて、ため息を吐く。


<あーあっ、私、失恋しちゃった。あっと云う間に・・・

 でも、良かったね、キャミーさん。両想いで、恋が実って>


ミハルはそっとその場を離れて、居室に戻って行った。


電灯の灯かりの中、居室に戻ると・・・


「あっ!先輩ぃっ!何処行ってたんですかぁっ。大変ですっ、大変なのですっ!」


ミリアが大慌てで、ミハルに走り寄ってくる。


「搭乗割りに、何で私の名がぁっ!装填手の所になんでっ、私の名がぁっ!」


パニクるミリアを押し退けて、搭乗割を見に行くと其処には・・・



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