第3話 訓練開始

どうにか、隊の中に溶け込む事が出来そうなミハル。


実車に搭乗し、戦闘訓練が始まる。


いよいよ、戦車に搭乗します。

モデルとなるのは、ドイツ中戦車3号J型です。

大戦初期から活躍した最初は軽戦車扱いでしたが、搭乗員が5人って言うのが後に意味が有るのです。

J型の主砲は、5センチ長砲身砲でしたが貫通力が不足気味でしたので、貫通力があるチェコの47ミリ長砲身砲を選択しました。

砲塔の中空前面装甲は、砲の装備する関係で有りません。

後の装備はほぼ史実通りです。

細かい部分は違いますけど・・ね。

これからもいろんな国の戦車が出て来ますのでお楽しみに。





「総員訓練開始!」


バスクッチ曹長が、命令を発する。


「よしっ、ラミル。前進!最初はゆっくり行け」


砲手席からハッチを開けて、身を乗り出している曹長が喉頭マイクロフォンを押えて指示を下す。


「了解!」


ラミルは、ギアをローに入れてハンドルを前に倒す。


((キュラキュラキュラ))


キャタピラが石畳をけって動き出す。

キューポラから身を乗り出して、周りを見渡すリーン少尉が、


「今日の訓練は慣熟走行と、砲塔点検。皆、訓練だからって気を緩めないでね」


本日の訓練内容を告げる。

ラミルの操縦の元、M・M・T-33号J型は城を出て、荒地に出てくる。


「halt!」


リーン少尉が、停車を命じる。


「曹長、それでは訓練を開始します。まずは前方500メートルの窪地まで急前進。停車次第右舷前方2時の方向に向けて、射撃訓練をしてください」


少尉の命令を受けて、


「了解。前方500メートルの窪地まで前進。

 停車と同時に2時方向へ向けて射撃訓練をします」


曹長が復唱し、全員に向けて注意を促す。


「全員ヘッドフォン、マイクの調子を調べる。ラミル、キャミー、ミハル!」


各員の返事が、ヘッドフォンから聞こえる。


「はい!」


ミハルは喉頭マイクロフォンを押えながら返事をする。


<久しぶりの実車。しかも慣れない車体。上手く操作しなくっちゃ>


ミハルは装填手の位置に付きながら、車内を確認する。

車体内前方左側運転手席にラミル兵長、その右側前方機銃手兼無線手席のキャミー一等兵。

砲塔バスケット内砲尾左の砲手席にバスクッチ曹長、

反対側ややうしろ、砲塔ブルワークの出っ張りに装填手用の小さな腰掛にミハルは浅く座り、車長のリーン少尉はキューポラに繋がる車長席の上に立ち上がって車体から半身を乗り出して周りを伺っている。


「よーしっ、始めましょう。・・かかれっ!」


車長リーン少尉の号令で訓練が始まった。


「前方500メートルの窪地。戦車前へ!」


曹長が前進を命令すると、即座にラミルがアクセルを踏み込み、戦車は急発進を開始した。


 ((キュラキュラキュラ))


キャタピラが軽快な音を立てて地面を噛む。

荒地だけにサスペンションで抑え切れなかった地面の凹凸で車体が揺れる。


ミハルはスリットから車体の速さを確かめる。


<加速は良いみたい。中戦車としては早い方かな。

 これなら機動戦でも、ロッソアの軽戦車に対応可能かもしれない>


間も無く窪地に着くと、ラミルが停車させる。


<さあ!砲戦準備だ!!>


ミハルが弾種の指定を待つ。

曹長が砲向ハンドルを倒して砲塔を右に回し始める。


<早く!弾種を指定してっ!早く!!>


ミハルが焦りを禁じえず、喉頭マイクロフォンを押えて、


「車長!曹長!弾種は?徹甲弾ですか?榴弾ですか?」


弾種の指定を訊く。

リーン少尉から目標を指定する声が、ヘッドフォンから入る。


「目標、右舷2時方向!敵戦闘車両。

 距離1500、対戦車戦闘!徹甲弾。

 目標は右方向から此方へ向って移動中。5シュトリッヒ前方を狙え!」


少尉からの指示を受けて、

ミハルは砲塔基部の弾薬ラッチから47ミリ徹甲弾を取り出し、

尾栓が開いているのを確認して装填する。

左手の拳を握り締めて拳骨で弾を押し込んだ。


((ガシャッ!))


弾が入ると、尾栓が閉じる。

ミハルは直ぐに装填手用の安全ボタンを押しつつ飛び退き、頭上のベンチレーターが作動している事を確認して、


「徹甲弾、装填完了!」


マイクロフォンを押えて報告する。

その報告と同時位で砲の旋回が完了した。


「目標指定から砲撃準備完了まで4.5秒。まあまあね、最初にしては」


リーン少尉が、納得した様に言う。

だが、ミハルは納得出来なかった。


<4.5秒!?そんなに掛かってたんじゃあ、一発喰らってしまう。

 もし、先に発見できなかったら確実に先手を取られる。

 相手が強力な砲を備えていたら、その一発で命取りになってしまう>


「どう?曹長。手始めはこんなとこかしら?」


リーン少尉が砲手で先任搭乗員のバスクッチに訊くと、


「まあ、最初ですからね。

 訓練を重ねて後2秒は短縮しなければ、戦闘には出られませんね。」


バスクッチの言葉に、ミハルは安堵した。


<さすが、曹長も解っていてくれるんだ。そう、後2秒。されど2秒。

 この差は大きい、短縮できるだろうか?>


「ミハル、どうだ?装填、早められそうか?」


曹長の質問に、


「何とか・・。弾種の指定を、早めに命じて下さると有り難いのですが」

「解った、目標識別時に早目に指定する事にする。宜しいですね?車長」


曹長が、リーン少尉に注文を付ける。


「了解。今度は目標物指定時に弾種を言うわ。それで良いのよね、ミハル」

「はい、お願いします」


ミハルはマイクロフォンを押えて、返事をする。


「よーし、次は左舷前方1300の、あの丘に向うわよ。ラミル、戦車前進」

「了解!」


リーン少尉の命令で、訓練が再開された・・・


  ((キュラキュラキュラ))


陽が高く上っている中、戦車が城へ戻って来た。

キューポラから、リーン少尉が身を乗り出して指示を下す。


「今日の所は、戦闘訓練は此処までとする。

 各員は持ち場の点検後、整備員にチェックを申し告げ」

「了ー解!」


曹長以下全員が返事をする。

ラミルが車体を後進で整備場に入れて、エンジンを切った。


「ふう・・・」


ミハルが汗を拭って、一息ついていると天蓋のハッチが開いて、


「ミハル先輩、お帰りなさい。どうでしたか?実車に乗ってみた感想は?」

「あ、ミリア。ただいま。そうだね、良く出来た戦車だと思うよ。足も速いし」


ミリアはミハルの感想に微笑んだ。


「良かったです。砲は、弾薬はどうでしたか?普通より長くて重かったと思いますけど」


ミリアが、タオルを渡しながら訊くと、


「うん、最初は戸惑ってしまったわ。

 10cm位も長いし、2kg位重いんだね。普通の47ミリ砲弾より」

「そうですね、慣れないとこの細長い弾は、扱い辛いんですよねぇ」

「うん。慣れが必要だよね」


ミハルは、受け取ったタオルで顔を拭いて、


「後、1秒・・か」


ミハルの言葉にミリアは、


「何ですか?1秒って?」


ミリアに訊かれて、


「え?うん。砲撃秒数を後1秒早く出来ないかなって」


ミハルが苦笑いしながら答えた。


「1秒ですか・・・。大きいですね。装填秒数を短縮するのって」


ミリアが、顎に手を置いて考える。


「うん。私の腕ではこれが精一杯なんだ」


ミハルは笑いながら腕を擦る。


「先輩、砲の指向はどうですか?

 装填時に、目標に合致していますか?それとも装填より遅れていませんか?」

「うーん。曹長の旋回も早いけど、電動旋回が追付いていないかなあ」


ミハルの言葉にポンと、手を叩いて、


「先輩、もし先輩の装填が早く終わるなら、手動旋回もしてみたらどうでしょう?」

「え?手動旋回?」

「そうです、電動旋回の補助をするんですよ。

 曹長の旋回の手助けになりますから。あっと、これです」


ミリアは砲塔バスケット基部の旋回補助ハンドルを指差す。


「元々電動機が、故障した時とかで、修理に使うのですが。

 砲手側と装填手側、それに車長用キューポラに3箇所付けられているのです。

 電動機が遅いのなら、此処を回す事によって少しは廻りが良くなりますから」


ミリアは真剣に説明してくれた。


「そうか、電動機の補助ね。ありがとうミリア。教えてくれて」


ミリアは、ミハルが感謝した事に顔を赤くして、


「あ、いえ、そんな。私は整備員ですから。車体の事を知って頂く事も当然の務めですから」


ミハルは、ミリアが教えてくれた装填手用補助旋回ハンドルを触ってみる。


「ねえミリア。今動かせられるかな?」

「え。あ、はい。少し待って下さい」


ミリアはハッチから出て、外の整備員に、


「砲塔旋回補助ハンドルのテストを行います。右舷側に廻しますから、注意願いますっ!」


大声で皆に注意を促して、また中に戻り、


「それでは、先輩。ハンドルを時計回りに廻してみて下さい。砲塔が右舷側に廻りますから」


ミリアの言葉に従って、ハンドルを時計回りに廻す。


「んんっ、結構重いね」


ミハルは、力を込めて廻す。


「ええ。電動機が作動していないですからね」


ハンドルを廻し続けると、砲塔が少しづつ右側に廻りだす。


「うーん、こんなものかな。これでも少しは役に立つかなあ」


ミハルは少し残念そうにハンドルを見詰めた。


「あ、そうだ先輩。砲手席に座って下さいませんか。

 電動機の電源を入れますから砲手ハンドルを使って下さい。

 私が補助ハンドルを廻しますから」


ミリアがそう言って、電源スイッチを入れた。


「あっ、ミリア。勝手に動かしてもいいの?」

「何言っているのです。

 戦闘に関することで少しでも不安な事があるなら、直ぐに調べるべきです。

 私は整備の教練で、そう教わりました。この事で怒られるなら、いくらでも怒られます。

 だって実戦で後から後悔したって取り返しききませんから」


ミリアはミハルに笑顔で答えた。


「う、うん。解った。私も後悔したくない。怒られるなら一緒だよ」


ミハルもミリアに心の底から感謝しながら砲手席に行く為、一度外へ出て砲手用ハッチから中へ入ると、


<これが試作長砲身砲の砲手席、前に乗車していた軽戦車とは大分違う。

 本格的な照準器、旋回レバー。そして、発射ハンドル>


「先輩、宜しいですか?右旋回です。まずは電動機だけで廻してみてください」

「了解」


ミハルは、砲塔旋回レバーを右に倒した。


  ((グルルルッ))


くぐもった電動機の音が、車内に響く。


<電動機だけだと、一秒間に10度位か・・・>


ミハルは照準鏡下に付いている砲向計で確認する。


「電動機だけだと、一秒で10度位ね」

「はい、カタログデータでもその位です。

 では次に、私が補助ハンドルを廻します。一度、砲を0時に戻して下さい」


ミリアの言う通りにレバーを左に倒して、砲塔を正面に向け直す。


「砲塔を正面に向け直したわ。準備は良い?」


ミリアに予告すると、


「はい、何時でもどーぞ」


ミリアの返事に、


「よーし、いくよ!かかれっ!!」


ミハルは、勢い良くレバーを右に倒した。


  ((グルルルルッ))


明らかに先程より軽く砲塔が回る。


<一秒で15度は、廻っている。

 補助ハンドルは砲手席にもあるから、照準点までは、廻す事が出来る筈>


「ミリア、ストップ。ねえ、今度は私も補助ハンドルを廻してみる。もう一度付き合って」

「え!?砲手も廻すのですか?照準はどうするんですか?」


ミリアが率直に疑問を投げ掛けてくる。


「うん、難しいと思うけど、照準器を見ながらレバーを倒し、ハンドルも廻してみる」

「・・解りました、やりましょう」


もう一度、砲を操作して正面を向ける。


「よーし、かかれっ!」


掛け声と共に、レバーを倒して左手で補助ハンドルを廻す。


<これは大変だな。左手に力を入れると照準鏡がぶれて狙いが定まらない。

 でも、一秒間に20度近く廻す事が出来る>


「ミリア、ストーップ。大体解ったよ。補助ハンドルって、馬鹿に出来ないのね。

 一秒で20度位廻ったよ。これなら電動機だけより倍近く早く廻す事が出来るんだね」

「はい、良かったですね。

 相手が足の速い車両や、咄嗟の会敵の時には有効だと思います」

「うん、ありがとう。ミリアのお蔭だよ。これで、少しはやられる確率が下がった・・と思うよ」

「・・・先輩」


ミリアが、ミハルの言葉に躊躇って、


「先輩・・・嫌な事言わないでください。

 先輩がやられるなんて、考えたくも有りません。

 ・・お願いが有ります。

 私の前で今みたいな事、仰らないで下さい」


ミリアは真剣な顔でミハルに願った。


「・・・解ったわ、ミリア。もう言わない」


ミハルは勤めて明るく、笑顔で答えた。


「はい、先輩は不死身ですから。先輩は私の憧れなのですから」


ミリアの言葉に、ミハルはビクリとする。


<私が不死身?・・そうじゃない。ただ死ななかっただけ。

 ・・・私が憧れ?私に憧れる理由が解らない。

 私は単なる生き残り、単なる戦車乗り。ただそれだけだもの・・・>


ミハルは、ミリアにそう言おうと顔を向けると、


「先輩、お腹減りませんか?もう、昼食時間とっくに過ぎていますよ。ご一緒願いマース」


ミリアに茶目っ気たっぷりの敬礼をされて、暗い気分が和らいだ。


<ありがとう。貴女あなたは本当にいい人。いい後輩だよ、ミリア>


「うん、実は私もペコペコだったんだ。こちらこそ、一緒してよ。」

「はい!喜んで!」


ミリアは笑顔で、ミハルに答えた。


用具を納めて2人で食堂に入ると、キャミーが居た。


「おっそーいぞぉ、ミハル、ミリア。何してたんだもう食っちまったぞ」

「あ、ごめん。砲の旋回を早くしたくて、調べてたんだ。もしかして待っててくれたの?」

「まーな、あんま、遅いから食っちまったよ」


ミハルが謝ると、手をヒラヒラさせて、


「遊んでた訳じゃないんだし、いいって」

「あ、うん。ごめんね。まだ居てくれる?」


ミハルがすまなさそうに言うと、


「ああ、居るさ。今は別に用事もねえからさ」

「うん。じゃあ、さっさと食べ終わるから」


ミハルが食卓に着くと、ミリアがキャミーにお茶を持ってくる。


「おっ、サンキュー。ミリア」


ミリアからお茶を受け取り、一口啜る。

ミリアはミハルに小声で、


「今日はキャミーさん、ご機嫌ですね」

「うん、そうみたい。訓練で褒められたのが、嬉しかったのかな」

「へー、褒められたんですか?小隊長に?」

「ううん、曹長に。バスクッチ曹長にヘッドフォンの調整が良いって」

「そうなんですか。曹長が・・・それではご機嫌になるのも解ります」


ミリアは、納得顔で頷く。


「?キャミーさん、曹長に褒められるのがそんなに嬉しいの?」


不思議そうにミハルはミリアに訊く。


「そりゃ、ほの字ですから。キャミーさんは曹長にぞっこんですからねぇ」


ミリアはミハルの耳に小声で話す。


<そっか。キャミーさんは、曹長に惚れてるんだ。

 あははっ、成る程。道理で車内でちらちら砲手席を見ていた訳だ。

 ・・・キャミーさんも、女の子って訳か>


ミハルとミリアはキャミーを見て、少し笑った。


「んっ?あたしの顔に、何か付いてるか?」


二人が見つめているのに気づいたキャミーが、顔に手を当てて何か付いていないか調べる。


「いえ、何も付いていないですよ。ただ、顔がにやけているだけで」


ミハルの一言でキャミーが、


「え?あたし、にやけてたのか?うう、恥ずかしい」


珍しくキャミーが恥ずかしがった。


<そうだよね。世が世なら、私達はまだ学生の年代なのだから。

 戦争さえなかったら、普通に恋愛もして青春を謳歌している年頃なんだから>


「あああ、ミハルっ!曹長には、ラミルさんにもっ、小隊長にも言うんじゃないぞ」


キャミーは赤くなって、口止めを頼む。


「はいはい。言いませんから。

 でも、キャミーさんって可愛いんですね。好きな人に褒められてにやけるなんて」

「なっ!好きだなんて言ってないだろ。

 あたしと曹長じゃあつり合わないし、曹長ってカッコいいし。

 って・・・あわわっ、あたし何言ってるんだろ」


キャミーは、益々赤くなってパニクった。


「あはは、益々赤くなって。かわいいー」


ミハルは女の子に戻って、キャミーを冷やかした。


「うっうるひゃいっ!あたしだって女だ!好きになって何が悪い」

「別に悪いだなんて思っていませんよ。

 確かに曹長ってハンサムだし、背も高いし、年も上だし。

 おまけに上官だから。惚れるのは、解るような気がしますね」


ミリアが腕を組んで、うんうん頷く。


「ミ、ミリアてめえまで。・・・まあ、その。

 好きになっちまったのは、あたしの方だから。告白なんて、できっこねぇから」

「えっ、何で?言ってみたら良いのに」


ミハルはあっさりと言ってのける。


「ミ、ミハルーっ。そんな事出来ねーよ。

 断られるに決まってるじゃんか。そしたら車内が、気まずくなっちまうだろ」

「えーっ、告白もしてないのに、解らないじゃないですか」


ミハルはキャミーの背中を押す言葉を投げ掛けて、


「恋は当たって砕けろって、言うじゃないですか」


身勝手な事を言う。


「お、お前なー。そんな単純なものじゃねぇよ。

 っとにもー。ミハルも結構お子ちゃまなんだな」


キャミーは、頭を掻いてテレながら少しむくれた。


「あはははっ、私って恋愛なんてした事ないから、判りません」


ミハルは笑って受け流した。


「ま、その話は置いといて、何の事を調べていたんだ?砲の旋回を早めるってさ」


キャミーが、ミハルとミリアに話題を変えてくる。


「あ、はい。電動旋回装置の補助を、手動で補えないかを調べてたんです」


ミリアが質問に答える。


「そうか。で、その結果は?」

「うん。装填手側と砲手側両方を使うと、

 倍近く早く砲を廻す事が出来るのが解ったんだ。

 もし、会敵時に早く砲を向ける必要がある時には、使えるなって思って」

「ほほーう。成る程ねぇ。さすが、元砲手って事だな。

 実戦ではそんな危ない場面に出くわさない事もないわけじゃないし・・・」


キャミーは、腕を組んで頷く。

そんなキャミーに、ミハルが一つの提案をする。


「ねぇ、キャミーさん。お願いが有るんだけど。

 バスクッチ曹長に、次の訓練でお願いしてくれないかな。

 砲向旋回レバーと共に、補助ハンドルを廻してくれる様に」


キャミーが慌てて、


「ええっ!?何であたしが。ミハルから頼めばいいだろっ!」

「いえいえ。そこは曹長との仲が良いキャミーさんの出番ですから」


ミリアがミハルの助け舟を出す。


「お、おいっ、ミリアまで」


顔を赤らめて、キャミーが怒る。


「そー言う事で。何せ私は新入りですから。

 ここは古参者が引っ張って頂かないと。ねぇ、ミリア」

「そーです。ここは、キャミーさんがびしっと決める所です」

「・・・お前ら。解ったよ、曹長に頼んでみるよ」


キャミーが赤い顔して了解してくれた。


「うん、頼みますね。キャミー一等兵殿」


ミハルが笑顔で茶化す。


「善は急げって言います。キャミーさん今から直ぐに曹長の元へ」


ミリアがキャミーを急き立てる。


「え?ええっ!?今からって、心の準備が・・・」

「キャミーさんらしくない。別に告白しろなんて言ってませんから。

 訓練についての意見具申なんですから、気軽に話せるじゃないですか」


ミリアがキャミーの背中を押す言葉を投げる。


「そ、そうだな。これは意見具申だもんな。普通に話せばいいんだよな」


キャミーは、拳を固めて自分に言い聞かせる。


「はいはい、じゃあお願いしますね。キャミーさん」


ミハルの駄目押しに、


「お、おう。任せとけ」


キャミーは服を整えて、食堂を後にした。

その姿を見送って、


「ふふっ、女の子だねぇ。キャミーも」

「そうですね、あのキャミーさんがあんなテレやとは、思いませんでした」


ミハルとミリアは、お互いに笑い合った。





そして、次の日。


 ((キュラキュラキュラ))


キャタピラが砂埃を巻き上げ荒地を噛む。


「軍曹!始まりました!!」


ミリアが装甲牽引車の天蓋に立って、M・M・T-3の動きを双眼鏡で追いながら報告する。


<ミハル先輩、砲の旋回が上手くいけばいいですね>


ミリアが双眼鏡の倍率を上げて、砲塔を注視する。

双眼鏡の中に砲塔がアップに映る。


その中では・・・


「これより走行、砲撃訓練に移る。

 昨日より秒時を短縮させる。それが目標だ、解ったか!」


リーン少尉が命令を下す。


「了解!」


全員がマイクロフォンを押えて、返答した。


<さあ、何秒縮める事が出来るか。実戦のつもりで掛かろう>


ミハルは拳に填めたグローブを締め直して無線手席を見ると、曹長を見ていたキャミーがミハルの視線に気付き、にやっと笑いかけて来た。

その笑顔に、笑顔を返して頷く。


「よーし、戦闘訓練。前方1500メートルの窪地に前進、急停車。

 停車後射撃訓練。・・・かかれっ!」


リーン少尉の号令で、ラミルが発進させる。

相変わらず荒地を走ると車体が酷く跳ねる。


<サスペンションの問題か、それとも車体幅、キャタピラ幅の問題か解らないけど。

 これでは走行射撃は無理ね、よっぽど相手が大きいなら当てられるだろうけど>


ミハルはブルワークの腰掛に浅く座りながら思った。


「目標点、到達!」


ラミルがギアを変えて停車させると、


「砲戦!左舷後方8時!敵戦車。徹甲弾装填!」


車長のリーン少尉が命令を下す。

昨日と違い、実戦さながらの訓令だった。

ミハルはブルワーク下部の砲弾ラックから徹甲弾を取り出し急いで装填し、天井の安全ボタンを押して、


<さあ、補助ハンドルを!>


ハンドルを廻して砲手側を見ると、曹長も廻してくれている。


<良かった。キャミーさんがちゃんと、伝えてくれたんだ>


そう思って車長席を見上げると、


<ええっ!?少尉も?廻してくれている!>


リーン少尉も車長席で、旋回ハンドルを廻しているのが見えた。


「砲撃準備完了!」


曹長の声がヘッドフォンから聞こえて、


「よし、3.5秒。砲向から考えて、上出来だ。この調子でいくぞ!」


リーン少尉が、上機嫌で言う。


<良かった。

 方位角から考えて、3.5秒で準備出来るなんて、やれば出来るもんなんだな>


「気を抜くなよ。事故の元だぞ。」


曹長が注意を与える。


<そうだ、集中しなきゃ。気を抜くと、事故の元だから>


ミハルは気を引き締める為、グローブをパンっと、叩いた。



それから1時間、砲向訓練は終了した。


「砲向訓練を終了します。皆、小休止」


リーン少尉がキューポラから身を乗り出して、帽子を脱ぎながら下令した。


「ふう、両手がカチカチになっちゃった」


ミハルが、グローブを外しながら一息入れると、


「おい、ミハル。ちょっと代われ」


バスクッチ曹長が、砲手席から手招きをして呼ぶ。


「え?代われって・・。砲手をですか?」


ミハルが驚いて、聞き返すと、


「ああ、砲手席に着け」


そう言って、砲手用ハッチから外に出る。

ミハルは慌てて、装填手用の側面ハッチから外へ出て曹長に、


「あの、・・私が何故砲手席に?」

「ん?これも訓練だよ。

 もし、オレが撃てなくなった時の為にな。

 砲手経験の有るお前が適任なのだから、当然だろ?」


バスクッチ曹長はさも当然といった風にさらりと言って、

装填手用の側面ハッチから中に入ってしまった。


「あ、あの。えっと・・・。」


どうして良いか解らず、戸惑っていると、


「早く、席に着きなさい。ミハル」


髪を手串で伸ばしていたリーン少尉にが、優しい瞳でミハルを見て言った。


「あ、はい。了解です」


ミハルは砲手ハッチから中へ入り、砲手席に着く。


「いいか、ミハル。こいつの扱い方は解るか?」


曹長が照準器を指して訊いてくる。


「あ、はい。大体の処は」

「よし。こいつの特徴は8倍まで拡大出来るのが他の砲の照準器との大きな違いだ。

 それに伴って自動的に照準点も集約される」

「は、はい!」


曹長の説明に照準鏡に目を合わせ、左側の望遠切替スイッチを最大にしてみると、1800メートル先の草原が手に取る様に見えた。


「照準点は十字。砲の上下角はA字で表されている。

 停止目標については、十字とA点を重ねれば当たる。

 だが動目標については照準点下に表示されている目盛で調節してやらねば当たらない。 その1目盛が1シュトリッヒ。

 倍率によって実メートルは変わるが、2~5メートルの間を意味する。

 これは砲術訓練で教わっただろ?」


曹長の問い掛けに、


「あ、はい。教わりました」


ミハルは即答し、逆に訊く。


「あの、この砲はどれ位低伸するのですか?

 偏差だけでなく、上下角も必要かと思いますが・・・」

「はははっ、さすが砲術科の特技章付だな。

 この砲は、良く伸びるよ。

 最大射程ならいざしらず、有効射程である2000メートル位迄なら、

 直接照準だけでいいんだ・・・特に魔鋼弾ならな」


<えっ?魔鋼弾!?それって、この車体は!>


「まっ、魔鋼弾が撃てるって事は、この陸戦騎りくせんき、戦車は魔鋼騎なのですか?

 じゃあ、誰が魔女なのですか?」

「ん?ああ。誰も言わなかったか。すまんすまん」


曹長がミハルに告げる。


「この小隊の隊長さ。リーン少尉だよ、魔法力を持つ人は」


ラミルがヘッドフォンを通じて話す。


「悪い悪い。言ってなかったっけ」


キャミーの笑い声も流れる。


「あ、う。皆さん、どうしてそんな重要な事を言ってくれなかったのですぅ」


ミハルは涙目で訴える。


「いやー、つい・・。言いそびれちまってさあ」


キャミーがにひひっと、悪戯っぽい声で話す。


「でもさ、ミハル。少尉に対して魔女は無いと思うぞ。

 魔法少女とか、魔法使いとか。そう言う風に言わないと・・・さ」


ラミルが言葉使いを注意する。


「あ、そうですね。言い直します。魔法少女のリーン少尉」


その時、砲手側側面ハッチから金髪のリーン少尉がミハルに、


「別にいいわよ、魔女で。魔法力があるのは事実だから。

 それに少女って歳でもないから・・・てへっ」


舌を出してミハルに笑顔を振りまいて、


「そー言う事。本当の魔鋼騎へようこそ。ミハルさん!」


そう言って右手を差し出す少尉に、どぎまぎして、


<ああ、この人の笑顔。綺麗で優しくて、何時までも見ていたい。

 私はこの人に憧れている・・・好きになっている>


そっと右手で握り返して、


「お、お願いします。リーン・マーガネット少尉!」


赤い顔をして頭を下げた。


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