第2話 着任!第97小隊

広場へ向う途中リーン少尉が凛とした声で、


「総員呼集!広場へ集まれっ!」


小隊員に下命する。


「総員集合!」


誰彼とも無く復唱されて、小隊員全員が広場へ集まった。

搭乗員も整備員も全員が直立不動で整列を終えると、壇上にリーン少尉が上がる。


「敬礼!」


先任搭乗員であり、准士官のバスクッチ曹長が小隊長であるリーン少尉に敬礼する。


    (( ザッ ))


全員がリーン少尉に敬礼するとリーン少尉が、全員を見回してから敬礼を返す。


<小さな隊なのに、規律は良いんだな。これなら少しは期待出来るかも>


ミハルは良く統率された隊員達を見て少しだけ安堵する。


「ミハル一等兵、壇上に来なさい」


リーン少尉に促されて、


「はい!小隊長」


ミハルが壇上に登ると、リーン少尉が紹介を始めた。


「諸君!待ちに待った補給も終わり、新たな隊員も漸く来てくれた。

 これで本小隊も戦闘訓練を再開出来る。明朝800から訓練を始める。

 よって今夜は酒保を開く事を許可します。

 明日からの訓練に備えて度が過ぎない様、終わり!」


リーン少尉は朗々と話す。


引き続きリーン少尉が、


「全員休め、解散の前に補充員を紹介する。

 ミハル・シマダ一等兵、砲術科の特技章付だ。

 新入りなので戸惑う事もあるだろうが、古参者は宜しく指導してやって欲しい」


そう言うと、リーン少尉はミハルを前に出させる。

促されたミハルは、


「シマダ・ミハル一等兵です、宜しくお願いします」


と、敬礼する。

同級者や下級者達が敬礼を返した。


一応の挨拶が終わると、リーン少尉が全員に対して、


「よし、それでは解散とする。曹長はすまないが、後で私の部屋へ来てください」


そう言って解散を告げて、リーン少尉は自室へ戻って行く。

先任の曹長が、


「よし、解散!皆、酒保開け。

 だがくれぐれも小隊長の言われた通り、羽目を外し過ぎるなよ。

 明朝から訓練だからな」

「はい!」


総員が答えて、思い思いの場所へ歩き出した。

リーン少尉とバスクッチ曹長が奥に行くのを見送って、ミハルが立ち尽していると、


「ミハル先輩!歓迎会しましょう!さあ、こっちに来て下さい」


ミリアに手を引かれて、


「え?あ、うん」


否応なしに連れ込まれる。


食堂の中には、ラミル兵長もキャミー一等兵も、

整備班員であるマクドナード軍曹以下ミリアも含めて全員が揃っていた。


「おー、来たかミハル。お前の着任祝いだ。パーッといこうぜ」


ラミル兵長が音頭を取って会食が始まる。


「あ、ありがとうございます」


ミハルは少し照れながら座の中へ座らされる。


「これで搭乗員が揃った事になるんだからな。やっと戦闘訓練が始められるよ」


マクドナード軍曹が酒を飲みながらラミル兵長に言った。


「はあ、走行試験だけでは解らなかった部分が有りますからね。

 砲撃訓練をやってみないと、どう走行に影響するか・・まあ、直ぐに解るでしょう」

「そうだな、砲も試作品だから、調整が必要だろうしな」


ラミルと軍曹が、車両の話をしている横でキャミーが面白くなさそうに一人で食べていた。


「ミハル先輩、砲術科出てるんですよね。どんな砲が専門なんですか?」


ミリアが質問をしてくる。


「あ・・・一応、速射の方なんだ」


ミハルが答えると、


「へー。速射って言うと、対戦車砲とかですか?」


空かさずミリアが聞き返してくる。


「うん、まあ・・・そうだね」


ミハルが歯切れの悪い口調で答えた。


「そうですか、じゃあ砲手の経験もあるんですね。

 撃った事も有るんですよね。訓練では何センチ砲を使っていたのですか?」

「えっと、学校では37ミリだったけど」

「37ミリですか。その他の砲を撃った事はあるんですか?」


ミハルは、ミリアの質問に戸惑ってしまう。


「・・・いえ、ありません」


ミハルが節目がちに答えるのをキャミーは見逃さなかった。


「そーですか。MMT-3は、長砲身47ミリですからね。

 砲弾も37ミリよりずっと大きいし、重いですよ。

 折角砲手経験あるのに、装填手だなんて。もったいない・・・ですよね」

「ううん、私なんか曹長に比べたら、ヒヨッコだから。

 砲手での実戦もたった一度きりだったから・・・あ」


ミハルは己の軽率な口に臍を噛んだ。


「え?ミハル先輩は、実戦経験が有るのですか?

 此処に来る前の部隊って、何処の部隊なんですか?」


ミリアは、目を輝かせて訊いてくる。


「あ、あの。その・・・」


ミハルが口篭もっていると、


「速射砲ですか?それとも対戦車砲?もしかして、戦車部隊ですか?」


ミリアに言い寄られて仕方なく、


「戦車部隊に居ました」


そう言ってうな垂れてしまった。


「ミハル先輩?どうされました?」


ミリアがミハルの表情が暗く落ち込んだのを見て、心配する。


<どうしよう。此処で話さなくても、いずれ知られてしまうに決まっている。

   ・・・どうせ知られるなら自分で言っておこう>


ミハルは、話し出す事に決めた。


「私が前に居た部隊は、第4師団の・・・第1戦車連隊です。

 ・・・ご存知ですよね、その連隊がどうなったかを・・・」


ミハルは自分の言葉で、皆が静まった事にいたたまれなくなり、


「すみません。私、外に出ます。皆さんはどうぞ楽しく寛いで下さい。・・・失礼します」


ミハルは、皆にお辞儀して外へ走り出した。



一気に古城の城壁まで走り出て、夜空を見上げて一人涙を零す。


<ああ、やっぱり此処でも私の居る場所は無いんだ。此処でも独りぼっちになるんだ>


星空を見上げながら泣くミハル。


<辛い、辛いよ・・・もう逃げたい、こんな戦争から逃げ出して帰りたいよ、真盛まもる

   ・・・お姉ちゃん、もう堪えられないよ>


ミハルは弟を想って泣き続ける。


「おいっ、お前!」


いきなり声を掛けられて、振り向くとそこには・・・


「キャミーさん?」


星明りの元、キャミーが立っていた。


「お前があの連隊のたった一人の生き残り、噂の死神さんかよ」

「・・・そうみたいです」


キャミーの言葉にミハルは否定しなかった。


「で?今度はあたし達の隊を全滅させに来たって訳かい?」

「・・・」


ミハルはピクリと肩を震わせ、拳を強く握り締める。


<何時まで経っても、慣れないよ。何度言われても辛いよ>


ミハルは強く握り締めた手を、更にきつく握り締めて思った。


「ミハル。お前も友達を目の前で失ったのか?

 友や先輩、それに想いを抱いていた人をも・・・」


< はっ! >


キャミーの声は今までの口調と全く違っていた。

それはミハルと同じ、辛い想いをしている人の声。

身近な人を理不尽な事で亡くした事がある者だけが出せる悲しみの声。


「キャミーさん?」


ミハルは漸く気が付いた。

キャミーの瞳から涙が零れ落ちている事に。


「ミハル、あたしも失っちまったんだ・・・友達を。

 ずっと一緒に居ようって、ずっと一緒に生きて、生きて帰ろうって誓った友人を。

 あたしを庇ってそいつは死んでしまった。

 ・・・一ヶ月前ほどの事だけどな」


<その友人の代わりに私が配属された。

 キャミーさんが私に突っかかって来たのは、友人・・・パラムさんの事が。

 自分の身代わりで死んだ友人の事が忘れられなくて・・・>


「私もこの一ヶ月程、散々苦しみました。

 どうして生き残ってしまったんだろうって。

 どうして皆と一緒に死ななかったのだろうって。

 連隊長以下全員が未帰還になったのに・・・

 私一人がどうして生きて帰ってしまったのだろうって・・・」


ミハルはもう一度星が煌めく夜空を見上げて話し出した。

そんな姿を見詰めてキャミーが訊く。


「そんなに後悔する位なら、死んじまえばいいだろうに・・・」


ミハルはキャミーの言葉に、


 約束したから、最期の約束だったから・・・

 その約束を守るのが皆への手向け、慰めだと思っているから」

「約束?」

「そう、約束。

 死んでいった車長、無線手、操縦手、小隊の皆。

 私を庇って死んでいった仲間との約束だから。

 どんなことが在っても最期まで生きて、自分達の分まで生きてくれって約束させられて。

 そして、私は死ねなかった」


ミハルは星空を見上げながら、キャミーに話すというより自分に言い聞かせる様に言った。


「そうか、ミハルも約束したんだ。あたしと同じ様に・・・」


キャミーの言葉に振り向いて、


「キャミーさんも・・。そうだったんですか」

「ああ、パラムと。パラムとの最期の約束。

 自分の分まで生きてくれと・・・あいつはそう言って、死んで逝ったんだ」


キャミーはミハルに近付くと、


「この戦争が終わるまで、生き残る自信なんて無いけど。

 あたしはあいつとの約束を守るつもりだ。

 決して犬死にはしない。決して諦めたりしない。

 お前だってそうだろ、ミハル?」

「ええ、そうですね。

 私も簡単に死ねないです。皆との約束もありますし、弟の事も有りますから」

「弟?どう言う事なんだ?」

「私には弟が居るんです。たった一人残った肉親が」


ミハルはキャミーに寂しそうに笑いかけた。


「たった一人の肉親って、ミハルの両親は・・・」

「開戦直後の進攻で。

 研究所を襲われて父、母共に亡くなり後に残ったのは私達姉弟だけで・・・

 私達家族は研究員としてこの国に移民して来たから、頼りになる親戚も居なくて。

 私が軍隊に入る事を条件に、弟を幼年学校へ通わせて貰っているんです。

 ・・・私が死んだら弟はこの国で一人ぼっちになってしまうんです。

 前の部隊の皆はそれを知っていて私を庇って・・死んでいったのです。こんな私を庇って」


ミハルは薄く笑いながら瞳から涙を溢れさせて言った。

キャミーはミハルの肩に手を置いて、


「お前、その話を他の隊員に喋るんじゃねぇぞ。あたしだけが心に留めて置くからな」

「はい、キャミーさん。解っています、もう二度と同じ事になりたくありませんから。

 死ぬ時は一緒です。戦友なんですからね」


ミハルは涙を拭いながら、キャミーを見詰める。


「戦友か。・・そうだな、同じ車両に乗る事になるんだからな。

 だが、ミハル、あたしはまだ認めたわけじゃないぞ」


キャミーが、空元気を出して言う。


「何をです?戦友って事ですか?」


ミハルが訊き帰すと、


「いや、お前の実力の事さ。

 パラムの代わりが勤まるか、どうかさ。

 砲手だった話だが、装填手の腕前がどの程度か。

 明日からの訓練で計らして貰うからな」

「あ、はい。務まる様に努力します」


ミハルの前にキャミーの右手が握手を求める。

しっかりと握手を交わす2人は、自然と微笑みも交わした。


「それじゃあ、あたしは兵員室に戻るよ。・・・話せて良かった」

「私も話しを聞いて貰えて良かったです」


兵員室へ戻って行くキャミーを見送って、


<悪い人じゃなかったんだ。私と同じ苦しみを持つ戦友なんだ。

 少しはお互いの事知れたかな>


ミハルはキャミーの事を思って、ほっとした。そして心の底から想う弟に思いを廻らす。


真盛マモル。どうやらやっとまともな部隊に来られたのかもしれないよ。

 お姉ちゃん頑張るから、真盛も辛いだろうけど耐えてね。

 必ず還るからね、真盛の元へ・・・>


ミハルは城壁の上に輝く星空を見上げて想いを廻らしていた。




その姿を城の展望台の上から見下す2人の男女が居た。


「そう、彼女があの夫婦の子よ。バスクッチ教官」


リーン少尉が腕を組んだまま、傍らの曹長に告げる。


「彼女にも魔鋼の能力ちからが有ると?姫。」


バスクッチがリーン少尉に向って質問する。


「ええ、私には解ったの、彼女と握手した時にね。

 ミハルの手から、私以上の力を感じたわ。

 やはり私と姉様の思ったとおり、彼女は確実に力を受け継いでいる。

 彼女の母と同じ力を・・・ね」

「それで、姫。お父君に彼女を寄こせと?」


リーン少尉は組んでいた手を解いて、


「まあ、そー言う事にしておくわ。

 教官、明日からの訓練で確かめましょう。宜しくね、私の教官殿」


そう言って歩き出したリーン少尉を見送り、


「彼女が・・・。あの時の娘・・か。皇王陛下は、マーガネット姫は何を望んでいるのだろう?」


バスクッチ曹長は、一人で星空を眺めている少女を見詰めて、考えを廻らせていた。

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