第59話 別離ノ時

 やあ、おいらです。


 過ぎ去った台風が、どこからか金木犀の花を縁側に散らして行きました。どこからって、隣の豪邸の庭に決まっているんですけどね。まあ、幸いにして、今回もおいらの脳は狂いませんでした。代わりに歯が痛くなりました。不養生だから仕方がないね。

 今ね、報道ステーションとnews zeroをちょっとずつ眺めたんですけど、ウッチャンの奥さんも、有働さんもダメだね。緊張しているのかなあ。おいらの方も、いずれ慣れるのかなあ。まあ、どうでもいいね。なんかあったらYahoo!ニュースを観れば良いんだな。


 さてと……ちょっと前の話なんですが、元妻からメールがきましてね。(監獄の囚人なのにスマホをなんで持っているんだと怒っちゃダメですよ。これは駄文なんですから)「私の部屋に行って、室温がねこに最適かどうか確認しろ」と脅迫されました。ああ、覚えていないと思いますが、元妻は猫エイズにかかったねこを隔離して保護しています。なんか、一年持つかどうかということです。全く奇特な女性です。なんでも、小学生の時にクラスのみんなで飼っていた子ねこを誤まって踏み殺したことがあるそうです。たぶん、その罪滅ぼしだな。それはともかく、おいらは、おっとり刀で元妻の家に向かいました。


 部屋は適温でした。ただ、くるみと名付けられたエイズ猫の耳が化膿しているため、臭くてたまらんのです。おいらは早々に帰ろうと思いました。でも、ちょっと待てよ。何かがおかしい。

 元妻はもう一匹ねこを飼っていて、そいつは今から十四年前、おいらが結婚していた時に子ねこでやってきたねこです。アビと言います。ゴットファーザーはおいらです。うちにやってきた初日はおいらのお布団で寝ました。でも、二日目においらの耳たぶを噛むという暴挙を成し遂げ、元妻の部屋に移送されました。その後、ちょっとはおいらになついた時期もあったのですが、おいらが喘息の大発作を起こして救急病院に運ばれ、結果として、ねこアレルギーが発覚してイライラがつのり、アビに辛く当たってしまったので、アビはおいらを怖がってしまい、衛星のようにおいらの周りを足早に走り去っていくようになりました。でも、アビは惰弱なねこではなかったのです。メスのくせにすごーい力持ちで、人間二人がかりでも手に負えないねこでした。だから、爪はきれません。その後は紆余曲折、元妻にべったりのねこになりました。おいらジェラシー。


 そのアビがいないんです。おいらは部屋中を探しました。すると、元妻のベットの脇と窓に挟まれた寒いところにいるんです。「何やってんだ」とおいらが持ち上げると軽い。とても軽い。そして、なぜか濡れている。嫌な予感がしました。おいらが毛布にくるんで温めても全く抵抗しません。いつもだったら必死に逃げるのに。しばらくすると、なぜかアビはとぼとぼと床が濡れて冷たい風呂場に横になったり、雨が吹き込んでいる玄関に寝てしまうのです。おいらはなんとか、元妻が帰ってくるまで命をつなげたいと思いましたが、アビがねこトイレの砂の中に入って横になった時点で、たぶん無理だと思いました。おいらはせめて、トイレでなくなるのはやめてほしいと持ち上げると、アビはフローリングに横になりました。アビが落ち着いたので、ちょっと疲れたおいらは元妻のベッドに横になりました。そしたら、しばらくして「バタバタッ」と音がしました。おいらは飛び起きてアビを探しました。アビはねこトイレで「ヒッ、ヒッ」と声を出しています。呼吸が苦しいようです。おいらはアビを持ち上げ、背中をさすりました。「もうちょっと頑張れ。お母さんにさすってもらえ」おいらは声をかけました。でも元妻の帰ってくるのは午前一時前。おいら、必死にさすりましたが力及ばず、コトンとアビの体から力が抜け、首が力なく左右に揺れました。午後七時半、永眠。


 アビは怪我で左目を失った野良の子ねこでした。だから「お前、本当に飼い猫かよ。地域ねこの方が可愛げあるよ」とよく思いました。噛まれたり、引っかかれたり。先住ねこだったチビ(すでに物故)がおいらによく懐いていたのと正反対でした。でもね、目の前で生物がなくなる瞬間を見とったのは初めてだったので、無意識に涙が(ちょっとだけ)こぼれました。


 今日、アビはお骨になりました。


 命の儚さをかみしめるのみです。


 ※読書日記はお休みします。

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