第11話

 信じられないことは年中無休で突然に訪れるらしい。

 朝起きたら、何故か子どもが居た。

 千暁に顔がそっくりな、小学生低学年か、幼稚園児くらいの子どもが。

 目が合って十数秒。

 不満げな緑と赤のオッドアイが凝視してくる。

「おまえ、どっからきたんだ?」

 バカらしい質問かとは思ったが、とりあえずしてみる。

 すると、子どもは頬と膨らませ、

「ばかいわないでよ。おれだから」

「千暁?」

「そ」

 確かに千暁に小さくなる魔法を掛けたらこんな感じかも知れない。けれど、起こった出来事は余りに突拍子無い。

 簡単に視界に収まるようになった千暁の身体を一度上から下まで見てみる。

 拗ねている顔が何とも子どもっぽい。

 有り得ない気はしたが、確かに千暁だ。

「何でまたそんなチビっちゃい格好に……」

「まどかがのませてくれなかったら、ちじんじゃたんだろ」

「あぁ……。やっぱあれ、縮んでたんだ?」

 しかも、ちじむ、じゃなくて、ちぢむ、だろ。

「ふくごとちじんでくれないから、がんばってキープしてたの、きのうは。でも、もうげんかい」

「じゃあなんで今は丁度良さそうな服着てるんだよ」

「スペアもってるの。ほら、このまえかんたとノエルがもってきてくれたバッグ」

 成る程。

 だからあれだけの大きさがぱんぱんだったのか。

 そして、平仮名率が上がっていたのは、身長と共に精神年齢まで下がっていたからなんだろう。何で比例するのかは、俺の知ったこっちゃない。

「手は? 治ったか?」

「うん。なんとか」

 それなら俺の罪悪感など微塵も残らない。

「でもおまえ、身体に合わせて着替えるのはいいけど、大きくなるときはどうするんだよ。小さくなる時はまだ解るけどさぁ」

「おっきくなるときはいいの」

「なんで」

「ねこになるとき、ふしぎにおもわない?」

「まあ、服がそこに残らないのは不思議っちゃあ不思議……」

「ちいさくなるときはね、ちからがあんまりのこってないからつかいたくないの、ふくに。でも、おっきくなるときは、ちからがもどるときだから、だいじょうぶなの」

 つまり……身長を維持できないくらい渇くと服の調節をする余裕はないけど、大きくなるときは調節する力も回復するから万事オーケー……と。

 理屈は通っている気がする。

 でも、それってなんか……。

「すっっげぇご都合主義……」

「なんとでもいえ」

「平仮名だと迫力ねぇなぁ……」

「なんとでもいえっ!」

「はいはい」

 鬼の都合に構う前に、俺は出かけなければならないんだ。

 チビ千暁の取り扱いについては後で考えるとして、今は支度をしなければ。

 いつもの手順で準備を整える。

 朝食は……面倒だからコンビニおにぎりでいいや。

「今日の朝飯、外で食べるからな」

「がいしょく! やった! レストランっ! パスタにグラタン、ステーキ、ケーキっ!」

「なんだ。おまえが奢ってくれるのか?」

「なんでおれがおごるの?」

「じゃあ、具材になってくれるのか。でも、不味そうだよな、おまえ」

「なんでそうなるの? だって、がいしょくでしょ?」

「昨日からおまえとの無駄話で朝は遅刻ギリギリなのにどうして外食する時間と余裕があるのか二秒以内に五文字で答えろ」

「たべたいの」

 即答……。しかも、きっかり五文字。

 ……やりやがった。

「それ、制限内だけど、答えになってねぇだろ!」

「ひーん。だって、そとでたべるってぇ……」

「家で食わないってだけで、コンビニで買うんだよ」

「それ、そとでたべるっていうのぉ?」

「外は外だろ」

「あーん。おれのトキドキかえしてっ!」

「おまえの時間を奪った記憶はないなぁ」

 ドキドキかトキメキのどっちかだろうに。そのうち、メキメキを返せ、とか骨が軋みそうな訳の解らないことを言ってくるんだろうか。

 朝から振り回されっぱなしだ。

 早いところ家を出て、無糖コーヒーを買って飲み乾したい。

「ふにゃら~」

 部屋から変な声が聞こえてきた。

 洗面所からは様子が見えないが、どうせ脱力して畳に寝そべっているのだろう。

 今日一日、恐らく吸血鬼としての食事を常にせがまれながら、ただのだだっ子と化したチビ千暁を連れて歩くと思うと、今から既に気が重い。

「おまえさ、体力無いなら今日はうちに居ろよ」

 変身するのにも力が要るんだろうから、猫になるのもしんどいんだろうし。

 気を遣うフリをして、単に置いていきたいだけなんだけど。

 歯を磨きながら問い掛けたところ、

「やだぁー!」

 足をばたばたさせていそうな抗議の声が聞こえてきた。

 洗面所から出て部屋を覗き込んでみると、実際は口を尖らせて拗ねていた。

 まあ、大して変わらないか。

「やだっておまえな。今日は仕事で高尾まで行かなきゃならないんだから。俺に子ども料金払えって言うのかよ」

 高尾は中央線の西側の終点だ。

 一往復くらいならば大した値段ではないけれど、大体俺に千暁の扶養義務なんて無いんだし払うだけ勿体ないという思考がまず働く。

 それ以前に、連れて歩くのが面倒なだけだが。

「それだったら、またかばんにいれてよ」

 言われて思わず、壁のフックに掛けてある鞄と千暁とを見比べてしまった。

「おまえ、その図体で入る気か? 俺が持ってくのはいつもの鞄であって、死体まで運べるキャリングケースじゃねぇんだから」

「なんかそのたとえ、さつばつとしてるよ……」

 ほっとけ。最近そういう事件があったってニュースで見たばかりなんだ。

「それにおれ、ねこにならなれるし」

「服の調節も出来ない癖に?」

「じぶんじしんをへんかさせるほうがらくなの。このおおきさになっちゃうと、かいすうむせいげんじゃないけど。それに、ねこのほうがしょうエネだし」

 省エネを平仮名と片仮名で見ると、なんだか妙だ。

「じゃあ、まあ、今日一日猫で居ることだな」

「わぁい!」

 凄まじく早とちりをした千暁は、早速猫の姿をとると自ら鞄の中に潜り込んでいった。昨日所長から貰ったぬいぐるみも一緒に。

 連れて行くとは一言も言ってないけど……ま、いっか。そんなに一緒に連れて行って貰えるのが嬉しいのか。

 これだけ寂しがり屋だと、長いこと生きているのも苦痛ではないのだろうか、とか思ったりする。気が向いたら訊いてみよう。

 着替えが終わったところで支度は完了。

 千暁入りの鞄を提げて、昨日やり残した仕事を片付けに高尾へ向かった。

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