さばんなにて
さばんなちほーのはずれ、パーク中心部の山から遠く離れたじゃんぐるちほー寄りの位置に、ぽつりと建物があった。
そこは管理所と呼ばれていた場所。かつてパークの職員……ヒトが仕事をしていた場所だった。
本来の使用者が去って長い時間が経ち、現在では役割を失ったその建物の中で、一体のラッキービーストが目と耳を点滅させている。
青い体は所々が剥げて、細かな傷がいくつも走っている。ラッキービーストの特徴でもある、縞模様の大きな尻尾が根元からなくなっていた。
『暫定パークガイド兼調査隊長ノ就任ヲ確認。コレニヨリ、パークガイド補佐役ノ個体ガ最上位個体ニ昇格。最上位個体カラノ通信ヲ受信チュウ……』
尻尾のないラッキービーストの前には、一人のフレンズがいた。ほんの少し寂しさを滲ませて、彼女はぽつりと呟く。
「パークガイド兼調査隊長……懐かしいわね」
かつて同じ事をしていたヒトがいた。ちょっと変わった所があったけど、動物やフレンズ、パークを大切に思い、いつも頑張ってくれていた。
『フレンズヘノ干渉禁止令ヲ解除。メッセージヲ再生スルヨ』
普段喋らないラッキービーストが喋るという事は、それだけパークが危ないと言う事だろう。前の時もそうだった。声を聞くのはずいぶん久しぶりだ。
図書館にいるらしい、暫定パークガイド兼調査隊長【かばん】から、ラッキービーストを通して様々な情報が伝えられる。
昨日起きた黒い嵐。野生暴走。変異サンドスター・ロウや狂暴化したセルリアン。全てを聞いたフレンズは、運がよかったと息を吐く。嵐が起きた際、たまたま住み家にしているこの管理所にいたのだ。
「あの時と同じくらいのパークの危機よね……」
通信を終えたラッキービーストを見下ろすと、光っていた目と耳は元に戻っていた。
「こんなところで閉じこもっていられないわ。ラッキー、手伝ってくれる?」
今までずっと一緒にいてくれた相棒は、嬉しそうに飛び跳ねて返事をする。
『モチロンダヨ。暫定パークガイド兼調査隊長カバンノ命令二従イ、僕ハ君ヲ全力デサポートスルヨ』
サンドスターを放ち、二人のフレンズがさばんなちほーの乾いた草原を駆ける。
草を蹴散らして走る彼女たちは速い。大半のフレンズは追いつけないだろう。
先頭を進むのは、野生解放で目を光らせたトムソンガゼル。追跡者に捕まらないようジグザグに動き、時に跳躍して全力で逃げる。
トムソンガゼルを追うのは地上最速を誇り、そして黒いサンドスターを溢れさせたチーターだ。むき出しにした爪で地面を捉え、長く立派な尻尾を振り、風を切って飛ぶように走る。
迫っては離れ、離れては迫るを繰り返して、異なるサンドスターを放つ二人は木々が点在するサバンナの大地を疾走していた。
「あと、ちょっと……!」
仲間がいる木が近づき、トムソンガゼルがその前を通り過ぎようとした瞬間。
木の陰に隠れていたフレンズが、チーターの斜め前に現れた。
「とおおーう!」
気が抜ける叫び声を上げて、足を揃えた飛び蹴りをチーターにお見舞いする。
「ニャアウッ!?」
自ら突っ込むようにそれを食らい、チーターは走っていた勢いと強烈な蹴りによって吹っ飛んだ。数秒宙に浮いてから地面に落下し、一度跳ねてから仰向けに倒れて動かなくなる。
飛び蹴りを放ったフレンズ、サバンナシマウマは野生解放を止め、こちらを振り向いたトムソンガゼルに歩み寄る。
「ガゼルー。だいじょうぶー?」
気怠げな表情と口調で声をかけられて、トムソンガゼルはほっとしたようにため息をつく。
「危なかったー。やっぱりチーターは速いね……」
走るのは好きだし、足の速さに自信を持っているチーターとはたまにかけっこ勝負をする。だけど今のような命がけの勝負はした事はない。まさに狩るか狩られるかだった。
ぎりぎりでサバンナシマウマの所に誘導出来たのは良かった。あとちょっと遅かったらチーターに襲われ、野生暴走になって目の前の友だちを傷つけていたかもしれない。
パークに異変をもたらした黒い嵐。
それが起きた昨日、トムソンガゼルとサバンナシマウマとさばんなちほーを走り回っていた。
いつも快活なトムソンガゼルと、ぼんやりしているサバンナシマウマ。正反対の性格だが仲が良く、昨日は少し遠出をして山の近くで遊んでいたのだ。
二人が嵐を免れたのは、麓で追いかけっこをしている時に誰かの家のようなものを見つけ、その中を探検していたからだった。
初めて見る建物は広く、見たことのないものもたくさんあった。探検に夢中になっていると急に辺りが暗くなり、窓の外で黒い嵐が吹き荒れていた。
さばんなちほーには一面水浸しになる雨季がある。しかしそれとは明らかに違う妙な嵐。怖くなった二人はその日は出歩くのを止めにして、柔らかい寝床があった建物に泊まることにした。
そして今日の朝。黒いサンドスターを噴き出す山を間近で目撃したのだ。
黒い嵐に山の異変。何が起きているのか分からず、不安を覚えながら縄張りに帰る途中でボスと会い、パークの危機を知らされた。
暫定パークガイド兼調査隊長。かばん。フレンズと関わる事の許可。普段は何も言わないボスが不思議な声でよく分からない事を喋り出したかと思うと、今度は別の声でパークに起きている異変について話し始めた。
戦闘が得意でなければ身の安全を一番に。戦う意志があれば遊園地に来て欲しい。
それを聞いた二人は迷った。パークを守るために戦うか、サバンナに残るかを。
遊園地に行って手伝いたいと思う。だが自分たちは戦うのが得意ではない。
それでも何か出来ることをしたい。二人で話し合って思いついたのが、さばんなちほーのパトロールだ。自慢の足の速さを生かして駆け回り、無事なフレンズがまだ事情を知らなければボスの話を伝え、もしセルリアンや暴走フレンズに襲われていれば、無事なフレンズを背負って全力で逃げる。
自分たちが暴走フレンズと鉢合わせた場合は、一人が囮になって相手を攪乱し、もう一人が不意打ちをして暴走フレンズを気絶させる。
かなり危険で乱暴な方法ではあるものの、二人はさばんなちほーの被害を抑えることに成功していたのだった。
『生きるために互いに助け合い、楽しみ合い、笑い合える――誰も傷つかない道を選ぶ…それが我々フレンズの――【けもの】の本能なのです!!』
博士の高らかな叫びに続いて、多種多様な咆哮が尻尾のないラッキービーストから発せられる。
「うわー、あっちは大変なことになってるわね。……間に合うかしら」
そのラッキービーストを小脇に抱えて走りながら、管理所にいたフレンズは少々焦りを覚える。本当は映像を見て遊園地の状況を知りたいが、立ち止まっているヒマはないし、走りながら見る余裕もない。
音声から得られた情報は、彼女にとって他人事ではなかった。
騒動の元凶は、ヒトのフレンズ型セルリアン。元は【黒セルリアン】や【超大型セルリアン】などと呼ばれていたと言うことは、きっと自分は見たことがある。
そのセルリアンに喰われ、輝きを奪われたのは、おそらく昔パークに侵入した密猟者。動物の命を奪う、ヒト。
「厄介なのを残してくれたわね……。他の子がヒトを嫌いにならなきゃいいけど」
パークの職員がいなくなってだいぶ経ち、今ではヒトを知っているフレンズは多くない。ましてや、実際に会った事や話した事があるフレンズはどれだけ残っているのか。
帽子に付いていた髪から生まれたと言うヒトのフレンズ【かばん】は、誰の髪から生まれたんだろう。
一度会ってみたい。彼女に名前を付けたらしいサーバルと一緒に。
流れっぱなしの音声からは、遊園地の緊迫した様子が伝わってくる。理解できない、したくもない事を饒舌に喋るセルリアンに苛立ちを覚えた時。
『――最高のショーを見せてくださいネ』
耳に入った言葉に一瞬我を忘れ、ラッキービーストを地面に投げつけそうになった。強い憤りを感じながら、抱える腕に力を込める。
「パークはあんたのものなんかじゃないわよ……!」
『ソノ通リダネ。フレンズハ――アニマルガールハセルリアンノオモチャジャナイ』
答えてくれた声は相変わらず無機質だったけれど、自分と同じく怒っているように聞こえたのは気のせいだろうか。
それから間もなくして、ラッキービーストの目が緑色に輝く。ザザッと雑音を立てた後、どこかからの声が届いた。
『――セルリアンハンターのヒグマだ』
チーターを気絶させ、サバンナの見回りに戻ったトムソンガゼルとサバンナシマウマは、近くにやって来たボスからヒグマの言葉を聞いていた。
遊園地に向かわなくてもいい。大事な仲間を守ってほしい。
二人がその思いに答えた直後、サバンナシマウマが空を舞う影に気付いた。鳥のフレンズにしては体も翼も大きく、垂れ下がった蔓のようなものを揺らして飛んでいる。
「……ねえ、ハンターさんが言ってたセルリアンってあれかなー?」
「たぶん。こっちには来なさそうだけど……」
自分たちを無視して空を横切るセルリアン。どこへ行くつもりかと方角を確認し、トムソンガゼルが青ざめた。
「あのセルリアン、チーターの方に行ってる!」
言い終える前に駆け出した彼女を追い、サバンナシマウマもボスを置き去りにして走る。チーターほどではないが、こちらも足の速さには自信がある。空を飛ぶセルリアンに負けはしない。
追いかける二人には目もくれず、翼のセルリアンは大地を見下ろして獲物を探す。
やがて気絶しているチーターの上に到着するのと、トムソンガゼルがセルリアンに追いついたのは同時だった。
「トムソンガゼルのジャンプを見せてやるー!」
光を湛えた目をいっそう輝かせ、地面を蹴りつけて高々と跳躍する。翼のセルリアンに迫りながら、トムソンガゼルは目の前に手をかざした。
その手からサンドスターが溢れ出したかと思うと、光を伴って武器が出現する。両端が動物だった頃の角を模した槍だ。
「とりゃああ!」
気合と共に槍を振るって一撃を見舞う。高さが足りずに石には届かなかったものの、セルリアンの体に傷が入った。
攻撃が癪に障ったのか、翼のセルリアンがわずかに振り向く。巨大な一つ目が動いてトムソンガゼルを睨むと、落下を始めた彼女に触手を伸ばした。
「え? あっ!」
足場のない空中では自慢の逃げ足も生かせず、トムソンガゼルは武器を持ったまま縛られてしまう。身をよじって何とか抜け出そうとするが、絡みついた触手は緩まない。
宙づりで暴れる彼女を無視して、翼のセルリアンはもう一本の触手をチーターへと伸ばしていく。
遊園地に連れていかれたら、向こうにいるフレンズや暴走したフレンズ同士で傷つけ合う羽目になる。ボスから聞いたヒグマの言葉が頭をよぎり、トムソンガゼルが叫んだ。
「シマウマ!」
「まかせてー」
寸前に躍り出たサバンナシマウマが触手を掴むと、セルリアンが翼をバタつかせて抵抗する。まるで綱引きのように引っ張り合いながら、サバンナシマウマは声を上げた。
「ガゼルを離してー!」
相変わらずどこか呑気な声色だが、彼女の表情は真剣そのもので、目は野生解放の輝きを放っていた。しかしセルリアンの力は思いのほか強く、踏ん張った足が前へずれていく。
「キィィィィ!」
耳障りな咆哮を上げて大きく羽ばたくセルリアン。今まで以上の力で引かれたサバンナシマウマがバランスを崩し、よろめいた拍子に手を緩めてしまった。
僅かな隙を逃さず、セルリアンがまた触手を掴まれないよう一気に高度を上げる。
「わあああ!?」
素早く旋回してサバンナシマウマに背を向けると、チーターを諦めて一目散に飛び去って行く。代わりに捕らえたトムソンガゼルを連れて。
「ガゼルぅ!」
ヒグマの通信に答えた大勢のフレンズたち。パークの危機に立ち上がったみんなの声は聞き取れないほど多く、ラッキービーストから聞こえる音が割れてしまっていた。
「頑張ってるわねー」
島中のフレンズの思いが一つになるのを感じ取りながら、尻尾のないラッキービーストを抱えるフレンズは顔をほころばせる。
彼女の視界に映るのは、サンドスターの山と観覧車。遊園地まではあと少しだと追い込みに入ろうとした時、傍らから声をかけられた。
『センサー検知。南西ノ方向カラフレンズガ二名。及ビセルリアンガ一体コチラニ接近中』
「接近? 発見じゃなくて?」
怪訝に思いつつ足を止める。確かに誰かの足音と声、そしてバサバサと羽ばたく音がかすかに聞こえ、フレンズの黒い耳が動いた。
だんだん大きくなる音とラッキービーストの指示を頼りにその方角、つまり南西を向くと、翼の生えた何かが見えた。それからは長さの違う筋が垂れ下がっていて、短い方の触手の先が膨らんでいる。
あれが通信で聞いたセルリアンかと思うと同時に、ラッキービーストの言葉を理解した。
「誰か捕まってる!?」
「アワワ」
ラッキービーストを放り投げ、翼のセルリアンの進行方向にある木へ走って瞬く間に駆け上り、一番高い枝に移動する。
セルリアンに吊られているらしき影と真下を走る影が近づいて、悲鳴がはっきり耳に届く。ラッキービーストが教えてくれた接近中のフレンズに違いない。
チャンスは一瞬。絶対にあの子を助ける。
葉の中に身を潜めるフレンズから、虹色のサンドスターが迸った。
「離して! 離してってば!」
トムソンガゼルの悲鳴が空に響く。槍で触手を裂こうにも腕を動かせず、暴れても暴れても拘束は緩まない。
遠くなった地上ではずっとサバンナシマウマが追いかけてくれている。しかしこのままでは彼女も遊園地に行ってしまう。暴走したフレンズやセルリアンがいる危険な場所に。
「シマウマ、もういいよ!」
泣き声に近い声を張り上げた瞬間、眼下の木から影が飛び出した。
がくんとセルリアンが揺れて、落ちるかと思ったトムソンガゼルがひやりとする。
「うわっ!?」
「もうちょっとだけ頑張って!」
頭上から降ってきた声に、首だけを動かしてセルリアンを見上げる。黒い体から誰かの尻尾の先がちらりと見えた。
翼のセルリアンは襲撃者を振り落とそうとするが、すでに遅い。枝から驚異的な跳躍で飛び乗ったフレンズは、瞬時に石を見つけて鋭い爪を振り下ろしていた。
抵抗する間もなく弾けるセルリアン。破片がサンドスターとなって散る間際、サバンナシマウマは誰かが飛び離れるのを見た。
触手がサンドスターに還り、ようやく自由になったトムソンガゼルが落ちていく。セルリアンを倒したフレンズは、同じく落下しながら地上へ叫ぶ。
「この子をお願い!」
「りょーかーい!」
走り続けていたサバンナシマウマは大声で答え、落下地点に滑り込んでトムソンガゼルをしっかり受け取めた。
二人から少し離れた位置に、あらかじめ場所をずらしていたフレンズが着地する。かなりの高さをものともしない見事な身のこなしだった。
「こ、怖かった……」
サバンナシマウマに支えられて、槍を手放したトムソンガゼルがふらふらと立ち上がる。足がつくのを確かめるように何度も地面を踏み、安心して深く息を吐いた。
地上に降りられたのを実感していると、大きな黒い耳のフレンズが歩み寄って来た。
「怪我はない?」
助けてくれたフレンズの姿を目にした途端、涙目だったトムソンガゼルの表情が明るくなる。
「おねーさん、ありがとう! セルリアンに乗ってたんだよね? すごいよ!」
「どうしたしまして。無事でよかったわ」
彼女はすっかり感激した様子で目を輝かせ、命の恩人に自己紹介をする。
「ぼくはトムソンガゼルのガゼル。こっちはサバンナシマウマだよ」
「シマウマですー。ガゼルを助けてくれてありがとうですー」
二人の名前を、正確にはトムソンガゼルの名前を聞いたフレンズがほんの少し表情を固くした。しかしすぐ平静な顔に戻って訊ねる。
「どうやってあの嵐をやり過ごしたの? この辺に隠れられる場所はなかなかないけど」
野生暴走になっていないのは何よりだが、ここは広大な草原のさばんなちほー。嵐を避けられるような場所はせいぜい水場くらいだ。
「山の近くにあった、誰かの家みたいな所だよ」
「部屋がたくさんあって、柔らかい寝床もあったよねー」
そういえばあれは何だったのかと顔を見合わせるトムソンガゼルとサバンナシマウマへ、心当たりのあるフレンズが疑問に答えた。
「そこは管理所ね」
「かんりじょ?」
「昔作られた施設よ。各ちほーにいくつかあるの。ル……ガゼルとシマウマがいたのは、たぶん山の観測とかをしてた所でしょうね」
「へー」
トムソンガゼルをうっかり別の呼び名で言いかけたが、幸い気付かれなかったようだ。
山へ視線を移す。管理所を出た時にはサンドスター・ロウが噴き上がり、不気味な黒い流れが遊園地に向かっていたが、ヒグマたちのおかげですっかり元の景色を取り戻している。
ぴょこぴょことやって来る小さな姿が視界の端に入り、先ほどラッキービーストを放り出したフレンズが気まずそうに声を漏らした。
「……あ、ラッキー」
「ボス! ……えっ、どうしたの? 傷だらけだよ? それに尻尾も……」
不安を口にするトムソンガゼルを安心させるように、ラッキービーストは何度か飛び跳ねてみせる。
『大丈夫。外装ハボロボロダケド、生態系ノ管理ヤガイド業務二支障ハナイヨ。ボクノ尻尾ハ体ノ安定性ヲ高メルダケノモノダカラ、無クナッテモ問題ハナインダ』
トムソンガゼルとサバンナシマウマはそろって首を傾げる。ラッキービーストが並べた言葉がよく分からないのだろうと、長く一緒にいたフレンズが説明する。
「怪我は結構前のだから、とっくに治って今は平気なの」
「そうなんだ。ちょっとびっくりしたよ」
「ボスってすごいねー」
二人が納得するのを確認し、ラッキービーストに目を落とす。
「ラッキー、ヒグマに通信をお願いできる?」
『マカセテ』
少々乱れた音を立て、目を虹色に輝かせるラッキービースト。俯けていた顔が上がるまで時間はかからなかった。
光る目で見つめられたフレンズは、落ち着き払った口調で話し始める。
「聞こえる? こちらさばんなちほー。空を飛ぶセルリアンを一体倒したわ。そっちの状況を教えて」
喜んでいるのか驚いているのか、ラッキービーストの向こうから息を呑むのが聞こえた。
『誰だ? ……まあいい。ハンターのヒグマだ。私は山の麓にいて、遊園地に向かってくれているビーバーとプレーリー、ペパプたちを待っているところだ。バスっていう物の中で話をしている』
「バスって、まさかジャパリバス!? まだ動いてるのがあったの!?」
トムソンガゼルとサバンナシマウマが驚いて肩を震わせる。二人が見ている前では、いきなり大声を上げたフレンズがラッキービーストに詰め寄っていた。
『ふっふーん。アライさんたちは、バスに乗って山に来たのだ!』
『動かしてたのはボス二号だけどねー』
返ってきた音声に、彼女は目を見開く。覚えている二人とは違うだろうが、得意げに胸を張っていそうなアライグマと、のんびりとした冷静な口調のフレンズは知っている。あの二人がいればなんだかんだ大丈夫だろう。
「さっき言った子たちと合流したら、あなたたちは遊園地へ向かうの?」
そのつもりだろうと思って訊ねたが、返事は意外なものだった。
『……そうしたいのは山々だか、ここを離れるわけにもいかないんだ』
山から出ていた黒いサンドスターは封じたものの、セルリアンがそれを解放しに来る可能性がある。防衛ために動きたくても動けないのだとヒグマは語る。
『アライさんたちも遊園地に行って、かばんさんを手伝いたいのだ! でも……』
悔しさを滲ませるヒグマとアライグマ。ラッキービースト越しに伝わる歯がゆさを理解して、会話をしていたフレンズが深く頷いた。
バスが動くなら、ヒグマたちを遊園地へ行かせるべきだ。加勢は少しでも多い方がいい。そのためにはどうすればいいか。
口を開こうとした時、二つの声が割り込んだ。
「ねー、私たちが山を見張ったらダメかなー?」
「そっか! それならハンターさんはゆうえんちに行けるよね!」
同じことを言おうとしていたフレンズが振り返り、サバンナシマウマとトムソンガゼルを見やった。そして、笑みを浮かべてラッキービーストに向き直る。
「聞こえた? 山の守りは私たちに任せて! 近くにいるからすぐに行けるわ!」
「おねーさんも一緒に来てくれるの?」
「当然でしょ。困難は群れで分け合わなきゃ」
相談するような会話がラッキービーストから途切れ途切れに発せられる。返答を待っていると、絞り出すようなヒグマの声が返ってきた。
『……すまん、頼む。山にいたセルリアンはあらかた倒したが、野生暴走になったリカオンがどこかにいるかもしれない。鉢合わせないよう気を付けてくれ』
「分かったわ」
黒いサンドスターを封じているのは山頂。守ってほしいのは火口の周辺にある四神像。やはりあそこかと記憶を辿りながら、ヒグマと話すフレンズは気を引き締める。
フィルターを破られれば再びサンドスター・ロウが噴き出す。そうなったらパークは終わりだ。絶対にあの場所を守り抜く。
向こうがにわかに騒がしくなる。どうやらさっき言っていたフレンズたちが到着したようだ。
『ヒグマー! みんなが来たのだー!』
『ああ。……私たちはこれから遊園地に向かう。山の守りは任せるぞ』
「ええ。武運を祈るわ」
必要なことを話し終えて通信を切ろうとする。しかしその寸前、ヒグマに問いかけられた。
『あと一つ教えてくれ。お前は、何のフレンズなんだ?』
ラッキービーストの向こうから、ヒグマがじっと見つめている気がする。トムソンガゼルとサバンナシマウマの視線も感じる。そういえばまだ名乗っていなかったか。
黒く大きな耳と、その先端に生えた房毛が特徴的なフレンズは、静かに名前を告げた。
「カラカルよ」
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