さばくにて

 ジャパリパークには、いつ誰が作ったのか分からないものが数多く残されている。

 ジャパリバス。ジャパリカフェ。ジャパリ図書館。みずべちほーのステージ。ゆきやまちほーの温泉宿やロッジなど、その用途は様々だ。

 大半のフレンズはそこにあるものを利用しているだけだが、それらが作られた理由や目的を調査するフレンズもいる。

「ぅわはー!」

 さばくちほーの地下に広がる迷宮を探索していたフレンズ、ツチノコは、袋小路で見つけたものに歓声を上げた。

 拾い上げたのは平たく丸く、手の中に握りこめるほど小さく硬い何かで、動物の足跡の絵が描いてある。

「それは何ですか? ツチノコ」

「これは、ジャパリコインだ! 昔パークで使われていた通貨で……通貨って言うのは、今のじゃぱりまんのように、色んなものと交換するためのものだ!」

 ツチノコは興奮した口調で答える。パークの遺物に気持ちが高ぶるあまり、すぐ後ろに誰かがいるのに気付かなかった。

「例の異変が起きる前のパークでは、ヒトがこれを使っていたんだ! あ、ヒトってのはとても頭のいい動物で、パークを……」

「なるほど」

「ぅおい!」

 興味を失くしたような冷めた返事は、好奇心が感じられた一瞬前とはまるで違い、その落差に思わず振り返る。

 そして、そこにいたフレンズと目が合った。

「ァァァァァッ! おっお前! いつの間にぃぃぃぃぃ!?」

 絶叫と共に指差しされたのはスナネコ。飛び上がらんばかりに驚いたツチノコとは対照的に、彼女はのほほんとした顔で言った。

「おもしろ場所で遊んでいたら、ツチノコを見付けてー、なんだか楽しそうだったので、近くに来てみたのです」

「また面倒な事に……!」

 今日も調査の邪魔をされると、ツチノコは肩を落とす。かばんとサーバルがやって来る前の静かな調査とは大違いだ。

 隠れた出口の発見。遺跡が作られた理由。絶滅したと思われていた『ヒト』との出会いによって、結果的に調査が進んだのは良かった。

 しかし他のフレンズ、特にスナネコに知られてしまったのは厄介だ。アライグマとフェネックと一緒にやって来てからというもの、スナネコは遺跡を相当気に入ったらしい。

「ここは何回来ても飽きないおもしろ場所です」

 好奇心が旺盛な反面、すぐに興味を失くす極端な性格だが、この遺跡は特別のようだ。

「……ん?」

 何か軽いものが落ちるような、乾いた音が耳に届いた。嫌な予感がしてそちらへと顔を向ける。

「ここ、触ると崩れて楽しいです」

 スナネコが鼻歌交じりに壁を引っかいて、壁の一部がぼろぼろと壊れて落ちていく。

「何してんだお前ぇぇぇ!? ああああ! 貴重な遺跡が……」

 迷宮中に響き渡るような悲鳴が上がり、スナネコは手を止めて振り返る。フードの上から頭を抱えるツチノコが目に入り、続けて別のものに気が付いた。

「ツチノコ、ツチノコ」

「なんだよ!?」

「セルリアンです」

 ツチノコが硬直する。遺跡を傷つけられて怒っていた為に、何を言われたのか一瞬分からなかった。

「……は?」

 しかしすぐ我に返って背後を見やる。確かに通路の奥から二体の赤いセルリアンが迫って来ていた。自分たちと同じくらいの大きさで、道を塞ぐように並んでいる。

 前にはセルリアン。左右後ろは壁で囲まれた袋小路。逃げ場はない。

 舌打ちをして正面に向き直り、スナネコの隣に立ったツチノコが問う。

「おい、お前セルリアンと戦った事はあるか?」

「あれより小さいのをやっつけた事がありますよ」

 のんびりとした口調は相変わらずだが、流石のスナネコも少々緊張感を漂わせていた。身構える彼女を横目で見て、ツチノコは微かに笑みを浮かべる。

「そうか。おれは右のを倒す。お前は左だ。ちゃんと石を狙えよ!」

 砂煙を立てるセルリアンが近付くのを見計らい、身を屈めたツチノコが跳躍する。いきなり頭上に移動してきた彼女に目を奪われて、セルリアンの動きが止まった。

「おおー」

 助走なしの見事な跳躍に、スナネコが状況を忘れて呑気な声を出す。その間にツチノコは石の位置を確認し、そのまま体を回転させる。

「おりゃぁ!」

 落下の勢いも乗せてセルリアンに叩き込んだ蹴りは、背中にあった弱点の石にヒビを入れた。

 もう一体がツチノコの方を向いている内に、スナネコが背後から飛びかかる。

「てい!」

 可愛らしい叫び声と一緒に、石を狙って腕を振り下ろす。反撃する間もなく石を砕かれ、セルリアンが破片となって撒き散らされた。同時にツチノコが小気味いい音を立てて着地する。

 弾けたセルリアンは、サンドスターに変化して消え去っていった。

「ツチノコのジャンプ、凄いですねー」

 スナネコに無邪気な口調で褒められて、ツチノコは得意気に振り返る。

「あれくらいなら余裕だ。遠くに跳ぶ事も……」

「でもまあ……騒ぐほどでもないか」

「ォオイイ!」


 そんな事があった翌日、ツチノコはスナネコの家と繋がっている道――かばんとサーバルと一緒にいたラッキービーストによればバイパスと言うらしい――を歩く。

 この所は毎日遺跡にやって来ては調査の邪魔をしていたスナネコが、今日はいつまで経っても姿を見せない。

 あそこにセルリアンがいるのはいつもの事だ。でも昨日は珍しく戦ったから、お気楽なスナネコも用心しているのか。

 別に心配な訳ではない。ただ、急に来なくなったから少しばかり気になるだけだ。

 ツチノコが歩を進めるたび、ひっそりとした道に足音が響く。

 バイパスには所々にうっすらとした明かりしかなく、夜行性ではないフレンズが通るのは少々厳しい。ツチノコも夜目が利くわけではない。

 しかし、ツチノコには熱を視認できるピット器官がある。壁と道の温度差を見分ければ、暗闇を進むのは簡単だ。

 バイパスは大きく長く、フレンズが歩いて通るにはかなり広い。おそらく、ここはジャパリバスが走るために作られたのだろう。

「っと、着いたか」

 壁に大きく開いた穴からスナネコの家に入ると、地面の固さがはっきりと変わった。柔らかい砂に足を取られつつ前に進む。

「いねーのか?」

 試しに呼びかけてみたが反応はない。留守かと思いながら奥へ行くと、岩陰に隠れていたスナネコの姿が現れた。

「……なんだ普通にいるじゃねぇか…。オイお前、今日は遺跡来ないのかー?」

 声をかけてから顔を赤くして、ツチノコは照れ隠しのように言い募る。

「……あっ!! 別に来てほしいわけじゃないぞコノヤロー!!」

 気分転換の散歩ついでに顔を出しただけだと早口でまくし立てると、スナネコが振り向いた。

「……」

 無言で見つめられるツチノコは、スナネコが鼻をひくつかせているのに気付かない。

「もう飽きたってか? 噂通りの飽き性だなぁお前……」

 気まぐれな性格に呆れ、とりあえず用事は済んだので引き返そうとする。

「……フーッ……」

「……あ?」

 妙な声が聞こえたのはその時だった。スナネコが牙をむき出し、姿勢を低くしてこちらを睨む。

 まるで、獲物を見つけたように。

「――ニ゙ィイイッ!!」

「うぉわああああ!?」

 危うく地面に転がり、ツチノコはいきなり飛びかかって来たスナネコを避ける。あと少しで噛みつかれる所だった。

「何すんだコノヤロォ!?」

 困惑まじりの怒声を受け、スナネコが低いうなり声を立てる。目は野生解放の光で爛々と輝き、体からはサンドスターが溢れていた。

 本来の虹色とは似ても似つかない真っ黒なサンドスターに、体勢を立て直したツチノコは息を呑む。

「お、おいお前、どうし」

「フシャァァアッ!」

 黒いサンドスターを伴った爪を振りかざして、再びスナネコが襲いかかる。間一髪のところで身を翻してかわし、そのまま数歩下がったツチノコは、スナネコの素早さにひやりとした。

 砂の上では不利だ。足の速さには自信があるが、相手は砂漠に適応した動物のフレンズ。普通に逃げても外へ出る前に追いつかれる。

 点在する岩をちらりと見た瞬間、スナネコが身を沈ませた。

「フゥウウー!」

 牙を覗かせて躍りかかるスナネコ。ツチノコは足に力を込め、距離が近付くのを一瞬だけ待った。

「お、らぁ!」

 気合いと共に飛び上がる。柔らかい砂で跳躍力が弱まったが、それでも高さは充分。スナネコの肩に手を当てて頭を跨ぎ、背中をつま先で押して更に飛ぶ。

「ニィッ!?」

 勢いあまって顔から転倒、引っくり返ったスナネコに構わず、岩に飛び移ったツチノコは壁の穴へ急いだ。転がり落ちるようにバイパスに飛び出して、先ほど通った道を疾走する。

 ひたすら走り、バイパスの中でもそこそこ明るく、外の光が見える場所で立ち止まった。そして、追っ手を確かめる為に背後を探る。

 温度を持った何かが暗闇の奥に映る。間違いなくスナネコだ。夜目と匂いで追っているのか、迷わずこちらへ近付いて来ていた。

「くそっ!」

 ツチノコはすぐさま遺跡へと向かって中に入り、扉に挟んでいた下駄を外して入口を閉めた。同時に周りが一気に明るくなる。

『ようこそ地下迷宮へ――』

 上から響く声を聞き流しながら、扉を手で押さえて耳を澄ます。

 ニャウウ……。ニャアア……。

 入口の近くをうろついているのか、スナネコの鳴き声が微かに聞こえた。時折扉を引っかく音がして焦ったが、息をひそめてじっと待つ。

 やがて鳴き声と音が止む。どうやら諦めて去ったらしいと判断して、ツチノコは手を下ろした。

「何だってんだ、オイ……」

 動物がヒトの特性を得たのがフレンズ。しかし聞いた事のない声を上げて襲いかかって来たスナネコは、まるでフレンズの姿をした獣だ。

 あの変貌ぶりは一体なんだ。何か変な病気だろうか。だが、あんなものは見た事も聞いた事もない。

 もし他のフレンズにも流行っていたら、他の場所でも同じ事が起こっているんじゃないだろうか。

 とにかく、島の長である博士と助手に相談した方が良い。図書館に行けばなんらかの情報が得られるはずだ。

 ピット器官を駆使してセルリアンがいる道を避け、ツチノコは外の匂いを辿って遺跡を進む。

 出口に到着するが、そこは溶岩で塞がっていて通れない。ツチノコは本来の出口には目もくれず、壁に一つだけ付いている緑色の印の下に移動した。

 かばんが見つけた、壁にしか見えない回転扉を押して隙間を開け、少し顔を出して匂いを確認する。スナネコはいない。

 狭い通路を抜けて外に出ると、空は灰色の分厚い雲で覆われていた。強い日差しが遮られて少々暗く、パークの中心部にある山の頂上が見えない。

「こりゃあ、降るかもな」

 砂嵐以外で珍しく天気が荒れるかもしれないが、今のうちに出来る限り移動しておきたい。

 スナネコに見つかりにくくするためにも、ツチノコはしんりんちほーに向かって歩き出した。


 幸いスナネコや同じ状態になったフレンズにも会わず、辺りが暗くなり始めた頃。

「お……?」

 砂と岩の砂漠で、ツチノコはぽっかりと開いた洞穴を見つけた。入口に近づいて、慎重に中を窺う。熱を持った生き物は見えない。

「誰もいない、か……?」

 入ってみると中は広く、思ったよりも奥行きもある空間だった。スナネコの家に似ているが、砂漠に住む他のフレンズの家だろうか。

 壁に沿って調べてみると、他にも入口らしき穴が開いていて、どれもが砂漠に繋がっていてバイパスには出ない。

 ちょうどいい、今日はここで寝よう。砂漠の夜は冷えるし、スナネコに襲撃されたり砂漠を長距離歩いたりして疲れた。

 図書館へ向かうのは、体を休めて夜が明けてからだ。

 洞穴の真ん中あたりに移動して、砂の上に体を横たえる。ざらついた感触を覚えながら、ツチノコは眠りに落ちていった。


 朝がやって来て、静かな洞穴で寝ていたツチノコが目を覚ます。体を起こした彼女は大きく伸びをして、小さな違和感を覚えた。

 外から少し湿った匂いがする。寝ている間に雨が降ったのか、今まさに降っているのか。

 適当な入口から外に出た直後、ツチノコは衝撃的な光景に絶句した。

「んな……」

 相変わらず曇り空が広がっているが、昨日に比べればまだ明るく、雨も降っていない。

 ツチノコに大きな驚きを与えたのは空模様などではなく、サンドスターを放出する山の異変だった。

 フレンズにとっては神聖な場所である山から、スナネコが放っていたような真っ黒なサンドスターが噴き上がっている。しかもそれは頂上からどこかへ流れ、空に長く伸びていた。

「どうなってんだ……」

 夜の間に何があったのか。いや、雲に隠れて見えなかっただけで、昨日には既にああなっていたのか。

 パークに異常事態が起きていると考えていいだろう。早く図書館に行かなければ。


 頭上を影が通過したのは、歩き出してからそう経たない時だった。

 ツチノコは慌てて空を見上げ、鳥のフレンズが二人飛んでいるのを目に入れる。向かう先は自分と同じしんりんちほーだ。

「オ゙ォイ! おまえらぁ! どこへいくんだー!」

 誰かと関わるのは正直苦手だが、この機会を逃したくない。上空のフレンズに聞こえるよう、あらん限りの大声で呼びかける。その甲斐あってか二人は止まり、砂漠に降下し始めた。

 駆け寄ったツチノコの前に先に降り立ったのは、体も羽も赤い鳥のフレンズ、ショウジョウトキ。

「あなたは? 私たち急いでるんですけど」

 自分で呼び止めておきながら、ツチノコは始めて会う相手につい警戒してしまい、尻尾で地面を叩いて怒鳴る。

「見れば分かるだろ! ツチノコだよ!」

「いや、見ても分かんないんですけど」

 若干遅れてもう一人。羽の端々などが赤く、全体的に白い鳥のフレンズのトキが、抱えていたアルパカと共に降り立った。

「こんなところで何してるの?」

「あたしたち、図書館に行く所だったんだぁ」

 図書館、という言葉を聞きつけてツチノコが視線をずらすと、赤い鳥のフレンズとそっくりなフレンズがいた。島の長である博士と助手のような、同じ鳥仲間の別のフレンズだろう。

 そしてもう一人、下から見た時には気付かなかった三人目は、白くてもこもこの毛で顔の半分が隠れたフレンズだ。

 軽く咳払いして、ツチノコは顔を引き締める。

「お前らもあの山を見たのか?」

「ええ。朝から山の様子がおかしいから、博士と助手に伝えようと思って」

 トキからの返事に頷き、ツチノコは三人に懇願する。

「一緒に連れて行ってくれ! おれも図書館に行きたいんだ!」

「ま、まあ構わないんですけど……」

 ショウジョウトキは大声に気圧されていたが、行き先は同じで急いでるのもあり、ツチノコを背後から抱えた。

「いい? 飛びますけど」

 頭の羽を振って虹色のサンドスターを散らし、ショウジョウトキが上昇する。同様にアルパカを抱えたトキが続いた。

「うおっ!? お、おおー」

 地面がぐんぐん遠ざかり、ツチノコは上ずった声を出す。切迫した状況なのは分かっているが、初めての飛翔に興奮を抑えられなかった。

 空を通れば目的地はすぐそこだ。山の異変を知る四人は、しんりんちほーにそびえ立つ大樹を目指す。


 しばらくして図書館に到着した一行は、パークで起きている野生暴走騒ぎについて知る事になる。

 ツチノコが野生暴走に陥ったスナネコと遊園地で再会するのは、もう少し後の話。

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