「けもの」の本能 三次創作
ふかでら
ろっじにて
「アライさん、ちょうど噴火した山にびっくりして、崖から落ちたんだって」
「そのとき確かに見たのだ。黒い影が、帽子を持ち去ったのだ!」
ジャパリパークの宿泊施設、ロッジアリツカ。そこのロビーで、フレンズたちが話をしていた。
「黒い影……気になるねぇ」
興味深そうに答えたのは、作家を自称し、まんがを執筆しているタイリクオオカミ。
「新作の参考になりそうですか、先生!」
「あれ? それってそのとき生まれたフレンズじゃ……?」
彼女の作品のファンであるアミメキリンが興奮気味に反応して、ロッジを経営しているアリツカゲラは、黒い影について推測を口にした。
「こんなフレンズがいるのを知ってるかい? 雨の日の夜に現れて、羽もないのにすごい速さでロッジと木を移動して、更には……」
「もう、オオカミさん。それはかばんさんが解決してくれたじゃないですか」
タイリクオオカミがロッジに来たばかりのお客さんをからかおうとして、アリツカゲラがそれを諌める。
すると、先ほどから声を上げていたフレンズ、アライグマが強い関心を見せた。
「かばんさんが来たのか!?」
隣に立つ、大きな耳が一際目立つフェネックは、のんびりとした口調で言う。
「パークの色んな所で話を聞くねえ」
対照的な反応を見せる二人に、アリツカゲラが先日ロッジで起きた出来事を話す。
「今オオカミさんが言った、不思議なフレンズの正体を突き止めてくれたんです」
「名探偵である私でも困っていたのに、すぐ解決したのよ」
アミメキリンもかばんを称讃するのを聞いて、アライグマは目を輝かせた。
「やっぱりかばんさんはすごいのだ。ここに来る前にもたくさんのフレンズを助けているのだ」
嬉しそうにはしゃぐアライグマに、しばし耳を傾けていたタイリクオオカミが提案する。
「かばんについて、君たちが知っていることを教えてくれるかい? いいネタになりそうだ」
「まっかせるのだ!」
腰に手を当て、さも得意そうに胸を張るアライグマ。彼女が行く先々で聞く「かばんさん」を尊敬しているのを知るフェネックも隣で頷いた。
そうして、アライグマはかばんの偉大さを語り出す。
じゃんぐるちほーで橋を作り、大きな川を通れるようにした事。
へいげんではライオンとヘラジカのなわばり争いを鎮めた事。
パークで大人気のペンギンアイドル、ぺパプと友だちである事。
温泉の危機を救い、フレンズの毛皮は取れるのを発見した事。
じゃぱりまんを食べながら話をして、あるいは聞いているうちに、机の上にある器からじゃぱりまんが減っていく。残り一つになった時、アリツカゲラが口を開いた。
「ちょっと外に行ってきますね。じゃぱりまんをもらってきます」
いつも無くなる頃にボスが持って来てくれる。だけど今日はお客さんがたくさんいるお陰で足りなくなりそうだ。
かばんの話で盛り上がる面々に見送られてロッジを出て、アリツカゲラは頭の羽をはばたかせて森の中を飛ぶ。
「どこにいますかねえ、ボス」
ロッジの近くにいる事もあれば、少し離れた場所にいる事もある。今は後者の方だった。
辺りを見回していると、丸いカゴを運ぶ小さな影が見えた。アリツカゲラはそこへ向かって飛んでいき、カゴいっぱいのじゃぱりまんを頭に乗せたボスの前に降り立つ。
「こんにちはー。ボス、お客さんがたくさん来ているので、多めにもらっていきますね」
突き出された頭からカゴを持ち上げる。ボスはアリツカゲラを一度見つめ、何を言う事もなく離れて行った。
「あのボスはお話ししてくれないんですねえ……」
かばんとサーバルと一緒にいたボスはお喋りだったと感じながら、アリツカゲラは残念そうに呟く。
そういえば、あの時に見た不思議なフレンズのミライさんと、もう一人のサーバルは何だったんだろう。二人が話していることはよく分からなかったけれど。
「またピカピカのロッジを見たいですねー」
今度かばんたちに会ったらボスにお願いしてみよう。また会えるのはいつだろうと思った時、妙なものが目に映りこんだ。
木々の間に黒い霧のようなものがかかっている。それはあっという間に森に広がって、耳が光っていたボスを見えなくしてしまう。
気付けばその黒い何かは間近に迫っていて、突如強風に見舞われたアリツカゲラは飛ぶことも出来ずに立ちすくむ。
「な、なんですかこれ!?」
周囲は夜になったように何も見えず、ごうごうと風が鳴る音だけが耳に入る。じゃぱりまんがカゴごと吹き飛ばされてしまったが、それを拾いに行く余裕などありはしない。
奇妙な嵐が過ぎ去るのを、アリツカゲラはただ待つしかなかった。
「まっくらなのだー!」
「さっきまで明るかったのに!」
一瞬でロッジが暗闇に包まれて、アライグマとアミメキリンが狼狽える。そんな二人とは対照的に、タイリクオオカミは冷静に外を眺めた。
窓の向こうでは黒い嵐が吹き荒れ、光は完全に閉ざされている。激しい風のせいか、ロッジが小さく揺れていた。
「これは、サンドスター? しかしこの色と量は……」
「噴火の時でもこんなふうにはならないよー」
タイリクオオカミと同じように外を見ていたフェネックは、こんな状況でもゆったりした口調を崩さない。
「アリツカゲラさん、まだ戻ってきてないよね?」
外に出たままだと、アミメキリンが不安を募らせる。
「そうなのだ! 探しにいくのだ!」
「心配なのは分かるけど、今はここにいた方が良いんじゃないかなー?」
今すぐ飛び出しそうなアライグマに、フェネックは落ち着いた言葉をかける。
「アリツさんなら大丈夫さ。嵐も少し収まってきたみたいだから、しばらくすれば帰って来るだろう」
外の様子を窺っていたタイリクオオカミの言う通り、黒い風は徐々に弱まっていた。ロッジの揺れが収まり、窓から光が入り始める。
それから間もなくして、ロッジは明るさを取り戻す。さっきまで真っ暗だったのが嘘のように、嵐が来る前と変わらない光景が広がっていた。
「びっくりしましたねえ……」
永遠に続くかと思うほどの嵐が静まり、アリツカゲラはようやく安堵する。離れた所にいるボスも無事なようだ。
『エラー。エラー。サンドスター・ロウノ濃度ガ、正シク測定デキマセン』
ボスは目と耳を赤く光らせて声を発している。しかしアリツカゲラには、距離もあって妙な音としか聞こえない。
「早く戻らないと……」
お客さんが無事かを確認しなければ。急いでロッジに帰ろうと、頭の羽を広げてすぐさま飛び立つ。
あの風でかなりの量の葉っぱが地面に落ちていて、そこにはボスからもらったじゃぱりまんも散らばっている。もったいないとは思うが、今はお客さんが最優先だった。
森を進むにつれて体が熱くなり、鼓動が大きくなるのを感じる。知らず知らずに羽の動かし方も荒くなっていて、バサバサとした音が耳についた。
段々とロッジが近付く。早く、早く帰らなければ。
自分の、住み家に。
入口が開く音がして、ロビーにいたフレンズが一斉にそちらを見る。視線の先には、アリツカゲラが姿を現していた。
「アリツさん、大丈夫かい?」
「よかったー。心配したよー」
タイリクオオカミとアミメキリンが声をかけるが、アリツカゲラから返事はない。ロビーにいる面々を無言でぼんやりと見つめている。
そして、威嚇するように羽を広げた。
「ギィイ!」
「えっ、なに?」
突然の行動にアミメキリンは戸惑う。アリツカゲラはどこか怯えた表情を浮かべ、目を野生解放の光でぎらつかせていた。
様子がおかしい彼女を少しでも安心させようと、タイリクオオカミが穏やかな口調で話しかける。
「どうしたんだ? どこか怪我をしたのかい?」
しかし返ってくるのは悲鳴にも似た声だけで、全く会話にならない。何が起きたのかと訝って、タイリクオオカミはアリツカゲラのそばに歩み寄る。
「ギィ!」
「うわっ!?」
次の瞬間、アリツカゲラが凄まじい勢いで腕を突き出して、咄嗟にタイリクオオカミは身をかわした。鋭い爪が顔の脇を通り過ぎ、わずかにかすめた数本の毛が宙を舞う。
「先生!」
叫ぶと同時に飛び出したアミメキリンが、すぐさまアリツカゲラの背後に回り込む。
「逮捕するよ!」
「ギッ! ギイィィィ!」
羽交い絞めにされたアリツカゲラは身をよじり、手をばたつかせて抵抗する。アミメキリンを振り解こうとする彼女から、サンドスターが溢れ始めた。
先ほどの嵐と同じ色をした、黒いサンドスターが。
「え、ちょっと!?」
いっそう激しく暴れるアリツカゲラ。アミメキリンはよろめきつつも必死に押さえていたが、それは長く持たなかった。
「ギィィッ!」
凄まじい力で振り解かれて、アミメキリンが倒れ込む。体が床にぶつかる寸前に見えたのは、こちらへと飛びかかって来るアリツカゲラと、振りかざされた鋭い爪。
「いたっ!?」
「何してるんだ! アリツさん!」
色の違う両目に光を湛えたタイリクオオカミから、虹色のサンドスターが迸る。野生解放をしてでも目の前の暴力を止めるつもりだった。
「ギッ……!」
アリツカゲラは馬乗りになっていたアミメキリンから離れ、タイリクオオカミが伸ばした手をすり抜けて舞い上がった。一瞬だけ眼下の二人を見つめ、そのまま逃げるように飛んでいく。
「わああ!?」
タイリクオオカミに加勢しようとしていたアライグマと、彼女のそばに付いていたフェネックの頭上を通り過ぎ、置物や椅子を蹴散らしながら、アリツカゲラはロビーを去って行った。
「追いかけるのだー!」
「はいよー」
慌ただしく廊下に向かっていくアライグマとフェネック。その間に、アミメキリンは差し出された手を取って起き上がる。
「いたた……」
「大丈夫かい?」
野生解放を収めたタイリクオオカミが思っていた以上に、アミメキリンは怪我をさせられていた。
額や頬からは血が滲み、毛皮……アライグマたちによれば服というらしいが、それに覆われた腕にも多くの傷が走っている。
「アリツカゲラさん、どうしちゃったんですかね……」
「分からない。何でこんな事に……」
瞬く間に荒れてしまったロビーに、アミメキリンとタイリクオオカミは沈痛な面持ちを浮かべる。
目を疑う光景だった。誰よりもロッジが大好きで、大切にしていたアリツカゲラが、あろうことかお客に襲いかかったのだ。
衝撃で混乱しそうになりながら、タイリクオオカミは近くの椅子を直し、アミメキリンを座らせる。
「君はここで休んでいて。とりあえず、アリツさんはアライグマとフェネックに任せよう」
「先生はどうするんですか?」
「私は……」
不安げな声に答えようとした時、どたばたした足音と甲高い声が耳に届いた。
「待つのだー!」
廊下を見やると、アリツカゲラが天井や壁にぶつかりながら飛び回り、彼女を捕まえようとアライグマとフェネックが走り回っていた。
追いかけっこをしていた三人は、やがて廊下を曲がって視界から消え、足音も遠ざかっていく。
「私は助けを呼んでくる。アライグマとフェネックが戻ってきたら、そう伝えてくれるかい?」
「任せてください、先生!」
アリツカゲラに襲われた衝撃は大きく、いつまた襲われるか分からないのは怖いが、アミメキリンはそれを空元気で誤魔化した。
「悪いね。すぐ戻るようにするよ」
待っていて、と言い残し、タイリクオオカミは廊下を確認してから外へと飛び出す。
ロッジを出た途端、見覚えのあるバスが目に入った。まるで見計らったように来てくれたフレンズは、嵐の前に話題になっていた――
「あぁ! かばん! ちょうどよかった! 助けてくれ!」
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