第15話 私は、忘れない。


その一方で、チェイスはというと。魔の国の教会の隅っこで、体育座りをしてフードを深く被っていた。


ーー なにしてるんだろ・・・オレ。


瞼を閉じると、嫌なことを思い出すのだ。


シェリルの首から、鎖骨に掛けて古傷の様なものがある。


その傷を付けたのは、他の誰でもないチェイスだった。


この世界では、キメラはもっとも嫌がられる存在だ。何故なら、彼らは獣と人間のハーフ。下手をしたら、動物的本能で人間を襲い兼ねない。シェリルも、その危害を加えられた一人であった。


きっかけは、些細な事だった。幼い頃、良く魔の国でオリビアと三人でかくれんぼをしたものだ。チェイスは、いつもこの場所に隠れていた。


シェリルが、チェイスを探しに教会にやって来た。すると、それと同時に魔の国の所謂、不良たちがやって来て神の国の次期女王の彼女に復讐をしようとしていた。息を潜めて、彼女の背後に襲い掛かろうと鉄パイプを振りかざした。次の瞬間、チェイスはシェリルを庇って、代わりに後頭部を強打された。


そのあとの彼の記憶は曖昧で、気が付いた時には不良たちはチェイスに恐れてその場を立ち去り、シェリルが血だらけで倒れていた。そのあと、すぐにオリビアがやって来てエリアの場所まで連れて行った。


シェリルは、なんとか一命を取り戻した。チェイスは、自分が傷つけてしまったという事に気が付いてしまった。美しい程に真っ赤な血液が、彼の手を染めていたからだ。


過呼吸になりそうな荒い息をしながら、涙を流していたチェイスにエリアは、こう呟く。


「いい?チェイスくん・・・アナタの歳で、動物的本能が目覚める子は、少なくないの・・・でも、ほとんどの子は自我に戻れずにそのまま殺されてしまうわ・・・。リルちゃんの為にも、アナタの為にも記憶を消しいた方がいい」


エリアは、人の記憶を消したり操ることが出来る異能を持っていた。ルイもその中の一人だ。


「苦しくない様に・・・アナタの中にいるリルちゃんの記憶も消した方がいいと思うわ」


「そ、そんな!!エリア、それはやめて!!それだけはっ!!!!!」


チェイスの頭に手を置くエリアを泣いて止めるオリビア。


「待って、エリアさん・・・オレの記憶は消さないで・・・お願い」


「でも、このままだと一番辛いのはチェイスくん・・・アナタよ」


「オレなら、大丈夫。でも、その代わりシェリルからオレの記憶を消してください」


「・・・分かったわ」


「ちょっと待って!!そんなサクサクと話しを進めないで!!いいの!?!チェイス!!このままじゃ、本当にシェリルあんたのこと忘れちゃうんだよ!?!」


チェイスの肩に手を置き大粒の涙を流しているオリビア。


「そ、そんなの嫌だよ!!!もう、三人で会えなくなるのわ・・・嫌だよ!!!」


「姫さま・・・今、一番辛いのはチェイスくんです。それを分かってあげてください」


「そ、そんな・・・エリアっ!!お願い今回の記憶だけ・・・今日の記憶を消すことは出来ないの!??!」


「それは、可能ですが・・・それでも、辛いのは彼なのですよ」


「辛くてもいい!!!!」


チェイスは、大きな声でそう呟いた。


「お願いします・・・オリビアの願いを叶えてください」


「チェイス・・・」


「でも、この先にアナタは本物の獣になってしまう可能性もあるのよ?その時になんて彼女に言うつもりなの」


「ならない・・・。オレは、獣になんかならない!!!!だから、お願いします。今日の記憶だけ消してください」


深くため息を吐くエリア。


「分かったわ。でも、何かの反応でリルちゃんの記憶があ目覚めてしまったり、アナタが獣になってしまった場合・・・私は、容赦なくアナタの記憶を消すわ、それでも良いわね」


「はい。構いません」


その時の彼は、迷いの無い瞳をしていた。


それから、何年か時は流れシェリルの記憶が戻ることはなかったが、ただ一つ変わった事は、彼女猫が嫌いになった事だ。チェイスは、その日から彼女を怯えさせない様にフードを深く被っていた。


そんな思い出に浸っていると。


「うわぁー!!懐かしい!!良くここで、かくれんぼしたよねー!!!」


背後から、今一番聞きたかった声が降って来た。


振り返るとそこには、シェリルはこう呟く。


「みーつけた」


「なんで?」


「ふふ、言ったでしょ。過去のチェイスくんが居てくれるから今の私がいるの。守ってくれてありがとう・・・苦しい想いさせて今までごめんなさい」


「え?」


「何度記憶を消されようが関係ない。何度でもアナタを思い出す!!その自信はあるよ!!!」


「リル・・・」


「あはっ!やっとそう呼んでくれたね!!大好きなチェイスくんのことなら、何にも辛くない・・・」


「リルっ!!!!」


チェイスは、立ち上がり彼女の小さな体を抱き寄せた。力一杯。


「私は、チェイスくんのこと忘れないよ」


その日から、チェイスはフードを被る事を辞めた。

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