第34話こころとこころ ⑩

 美咲ちゃんは視線を下げたまま口を開かない。


 そうだよな。そんな都合よく気持ちの整理なんて出来ないよな。そのことは俺自身が一番よく分かっている。美咲ちゃんのお兄さんが亡くなったのは、俺の責任でずっと背負っていかなければならない罪だ。


 完全に夜の闇に支配された公園に、ぼんやりとした街灯に照らされている俺たち三人の間を、一迅の冷たい夜風が吹き抜ける。

 夜風は美咲ちゃんの美しい黒髪を背後から揺らす。

 その風に後押しされるように口を開く。


「わ、わたしは…………初めから、こうなることを望んでいたのかもしれない…………。兄が亡くなったのはお兄さんの責任では無いのは理解していたし、仇の相手では無いことも分かっていた。ただ…………ただ、わたしは持って行きようのない感情を、誰かにぶつけずにはいられなかっただけだったんだと思う」


 そう言うと、美咲ちゃんは俺に向かって深々と頭を下げた。


「本当にごめんなさい。わたしのわがままのせいで、お兄さんに迷惑をかけてしまいました。わたしはこのまま警察に行き、自分の罪を償おうと思います」

「ちょ、ちょっと待ってくれないか」


 今にも警察に向かって、歩き出さんとしている美咲ちゃんを呼び止めた。


「それだったら、こういう風なのはどうだろう? 美咲ちゃんのお兄さんを死に追いやった過去の俺を、美咲ちゃんは殺害してお兄さんの仇をとった」

「そして、今いる俺は、過去の俺が完全に消え去った、美咲ちゃんとの新たな関係性だけしか残っていない俺だってことで」

「…………ちょっと、都合が良すぎる話だったかな?」


 我ながら恥ずかしい話になるが、こんな感じでしか解決方法が見つからなかった。

 美咲ちゃんは俺の話を聞きゆっくりと首を横に振る。


「いいえ。ありがとうございます。そう言って頂けただけで、心の中でずっと引っかっていたものが、すっと消えて無くなっていく感じがします」


「ほらぁ、だから言ったでしょう。自分の今思っていることに素直になれば、自ずと答えが出てくるんだって!」


 葵は安堵した表情で、笑顔を見せながら会話を挟んでくる。


「へいへい。葵の言うとおりですよ」

「でしょう」


 葵は俺に相変わらずの上から目線で、にこやかに言ってのけた。

 そんな俺と葵の姿を見て美咲ちゃんはくすくす笑っている。


 まったく、うちの妹は何でこうクソ生意気なんだろう…………。でも、まあ、今回はこいつのおかげで正直、助かった。


「じゃあ夜も更けてきたから、そろそろ帰るとしますか?」

「うわっ! 更けてきたって、おっさん臭さっ!」

「おっさん臭さっって! じゃあ、どう言えばいいんだよ」

「そんなの、遅くなったからとか、時間になったからでいいじゃん」

「そうかよ。おっさんで悪かったな」


 高一女子に高二男子がおっさんと呼ばれるのは如何なものだろうか。

 っていうか、そもそも、更けてきたって言葉のどこにおっさん臭さがあるっていうんだよ!

 くそっ、最近の女子高生は理解できない!

 ん? あれ? もしかして、この言葉がおっさん臭い証明になるのか?

 そんな面白くも無いおっさん論争を、頭の中で繰り広げていた俺に美咲ちゃんが声をかけた。


「あ、あのぉ、少しお願いがあるんですけどいいですか?」

「ん?」

「お兄さんは殺人事件はもう手掛けないですよね」

「うん。もう、怖くて推理どころじゃないんだ」

「でも、それは過去のお兄さんで、過去のお兄さんは私が殺害したので、過去のお兄さん、殺人事件が怖いお兄さんはもういないんですよね?」


 あ、ああ、そうか。殺人事件と聞いただけで恐怖に震える俺はもう居ないってことになるのか。そう、思いつつも、今でも少し心臓の鼓動が早まっている。


「う、うん。そうだけど…………」

「じゃあ、事件全部を引き受けて下さい!」

「えっ…………」

「世の中には、解決困難な事件に巻き込まれて、困っている人がたくさんいると思うんです。そんな人たちを助ける為に、お兄さんの推理を使ってあげて欲しいんです」

「…………」

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