第33話こころとこころ ⑨

「いつでもいいぜ」


 俺は目を瞑って大きく手を広げた。

 公園に吹いていた風がピタリと止んで、静寂の時が流れた。


 一秒…………二秒…………三秒…………。


 なんの音もしない。全ての時間が止まったかのような暗闇の中、俺は最後の審判を受けるべく立ちつくしている。

 そんな空間を聞き覚えのある声が切り裂いた。


「何やってんのよ! バッカじゃないのあんたたち!」


 俺が目を開けると、目の前の美咲ちゃんはナイフを自分の首もとに当て、今にも突き立てんとしていた。

 俺は慌てて、ナイフを美咲ちゃんから奪い取り、自分の後ろに放おり投げた。


「な、なんでこんな事…………」

「だって…………」

「あーあっ、まったく。見てられないわね」


 さっき、俺と美咲ちゃんの緊迫した空間をぶち破ってくれた声の主である葵が、やれやれっていった表情でこちらに歩いてくる。


「葵…………」

「なんて顔してんのよ! あんたはそんな推理力があるのに、どうして人の気持ちが分かんないかな!」


 人の気持ち? 美咲ちゃんの気持ちのことか?

 葵の言っていることを理解できない俺にもどかしそうな雰囲気で続ける。


「美咲ちゃんはあんたに三年前の事件の復讐をしようとしていた。でも、あんたと関わっていくうちに、悪い人では無いんじゃないかと思い始めたの。そんな自分の思いを断ち切る為に、あんたを殺害する犯行に及んだけど、気持ちに迷いがあって上手くいかなかった」


 美咲ちゃんは葵の話を俯いたまま、一言も発すること無く聞いている。


「そうして、ここであんたに自分が犯人だと言われてしまった。その後の美咲ちゃんの気持ちと行動ぐらい、あんたは想像出来なかったの? このへっぽこ探偵!」


 そうか…………美咲ちゃんは行き場の無くなった思いを自分に向けてしまったのか…………。

 相変わらず自分の馬鹿さ加減にうんざりする。

 葵の怒りは俺だけには留まらない。


「美咲ちゃん! あなたもよ! このバカが物事の後先を考えずに推理なんて引き受けたせいで、直接的では無いにしろあなたのお兄さんが亡くなってしまうことになったのは本当に申し訳ないと思う」

「でも、でもよ、美咲ちゃん! あなたの今の本心はどうなの? お兄さんの仇としてこいつに死んで欲しいの? こいつ馬鹿だからあなたが死んでって言ったらマジで死ねわよ」


 ったく。葵のやつ、言いたい放題だな。まあ、葵の言ってることはほぼ正解だけどな。

 そんな葵の言葉を俯いて聞いていた美咲ちゃんが、ゆっくりと口を開いた。


「わ、わたしは…………お兄さんと一緒に過ごさせて貰いました。お兄さんは少しおっちょこちょいで、少し馬鹿で、少しお調子者で…………」


 うわ〜っ、こっちからも言われ放題だな。俺。


「だけど…………だけど、すごく優しくて、いつもわたしのことを気にかけてくれて、わたしを真剣に守ってくれました」


 美咲ちゃんの目から止めどなく涙が溢れ、足元の地面を濡らしていく。


「…………でも、わたしは兄の仇を取らないといけなくて…………、もう、どうすればいいのか分からなくなってしまって…………」

「もう、いっその事、わたしがいなくなってしまえばいいんだって…………」

「だから! どうしてそうなるのよ!」


 葵は美咲ちゃんの両肩をガッシリと掴み言い聞かせるように話す。


「美咲ちゃん。あなたの思っている兄の仇を取りたいって気持ちは分かる。私にもこの馬鹿がいるから」


 う〜っ、また馬鹿呼ばわりされてしまった。

「この馬鹿に何かあったら私もそう思うかもしれない」


 思うじゃなくて、思うかもしれないなんだ。俺と妹の絆はかもしれない程度なんだ。改めて妹の俺の評価がわかった気がする。


「でも、もし美咲ちゃんがこいつの本当の心に触れて、こいつが本当に…………本当にいい奴だと思うなら…………」

「グーパンチで思いっきり殴って、終わりにするってことは出来ないかな?」


 葵は不安げな表情で、美咲ちゃんの言葉を待つ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る