第32話こころとこころ ⑧

「分かってなかったんだ! だから、君のお兄さんを助けることが、出来なかったんだ!」


 そう。美咲ちゃんは河合さんの妹だった。

 美咲ちゃんが犯人の可能性があるのではないかと思ったのは、信号待ちをしている時に誰かに身体を押されたときだ。

 確かにバランスを崩し、車道の方に倒れたのだが、俺を押した力は女性の力ともとれるものだった。

 それに瞬時に逃げたにしても、犯人の姿すら見ることが出来ないっていうのは、明らかにおかしかったから、ひとつの可能性として、頭の中には存在していた。

 でも、もし、美咲ちゃんが犯人だったとして、俺を殺害しようという動機がまったく分からなかった…………。


「どうして、私が妹だと思ったんですか」

「それは美咲ちゃんが俺になんで殺人事件は推理しないんですか? って聞いた時に思い出したんだ。後々になって聞いた話なんだけど、河合さんには年の離れた妹がいるって事を」


 そう。俺はあの後、妹である美咲ちゃんに会って、事情を説明して、しっかりと謝るべきだった。しかし、俺にはその時、勇気が無かった。しばらくして、気持ちの整理もつき美咲ちゃんに会うとした時には、もう彼女の消息は不明になっていた。


「ごめん。本当に俺は浅はかだった。自分自身の推理する能力に過信していたんだ」

「謝らないで! お兄さんの推理は完璧だったわ。でも…………、でも、もう少しだけでよかったの、もう少しだけ人に対して与える影響を考えてくれてたら…………」


 結局、犯人である仁藤 孝は俺が訪ねて来ることを知って、証拠隠滅の為に河合さんの家に行った。河合さんは自分のドローンが犯行に使われた事に怒って仁藤 孝を責めた。

 二人は言い合いになった末に、仁藤 孝は近くにあったクリスタルで出来たラジコンヘリの大会優勝のトロフィーで、河合さんの頭部を数回殴りつけて殺害した。

 つまりは、俺がこの事件に関わらなければ、美咲ちゃんのお兄さんは死なないで済んだのかもしれないって事だ。


「すまない…………」

「だから、謝らないで…………私の決心が鈍ってしまうから…………」

「わかった。今日は全てを受け入れて、終わりにするつもりで来たから」


 俺はブランコから立ち上がり美咲ちゃんの前に立った。

 正直なところ、俺は美咲ちゃんが犯人だと分かったときから、この結末を望んでいたのかもしれない。これで、俺の過去の過ちを清算出来るなら、それはそれでスッキリと終えられる。


「お兄さん…………まったく…………かっこつけすぎです」


 美咲ちゃんはそう言うと、バッグからナイフを取り出した。


「私はお兄さんの思っている通り、兄の復讐の為にお兄さんに近づきました。だから、机の中に入っていた封筒も自分で入れたものです」


 暗くなって、出てきた風が美咲ちゃんの長い黒髪を揺らす。


「でも、親身になって私のことを心配してくれて、私のわがままに嫌な顔一つせずに付き合ってくれて…………この人は本当に優しいいい人なんだと分かってきた」


 手にしたナイフをそっと膝の上に置く。


「ううん。お兄さんの家で、初めてお兄さんを見て話した時から分かっていたのかもしれない」

「だから…………、だからこそ、兄の復讐する気持ちが薄れて無くなってしまう前に、行動に移したんだけど…………」


 そういうことか。交差点で押された事といい、科学生物部室の事といい、何かちぐはぐで、俺を狙っているにしてはあまりに犯行がずさんに感じたのは、美咲ちゃんの中での葛藤があったからなのか。


「俺は美咲ちゃんがどういう答えを出すにしても、それを受け入れるつもりでいる」

「そうですか…………。お兄さんにそう言って貰えると助かります。ありがとうございます」


 美咲ちゃんはそう言ってナイフを持ってブランコから立ち上がって、俺の目の前に立った。

 さてと、三年前の決着をつける時がきたな。

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