第30話こころとこころ ⑥
「何を急いでるんだ?」
「一刻を争う事態かもしれないんです!」
「う〜ん?」
「犯人は仁藤 孝です」
「そうなのか?」
「はい。そして、彼は今、証拠隠滅のために友人宅に行っています」
「名探偵、一体どういう事なんだ? 説明してくれないか?」
「それは、車の中でお話しするので、取りあえず急いで河合さんの家に向かいましょう!」
「お、おう。わかった」
稲垣刑事は立ち上がり、少し重そうな身体を揺らしながら、車の停めてある駐車場へと向かう。
俺は屋敷の正面の門の前で車を待った。隣に不安げな顔をした西田 良子が立っている。
「あのー、孝さんが犯人なんでしょうか?」
「間違いないと思います」
「そうですか…………。孝さんもいい人なんですけどね」
いい人。
いい人って言葉はかなり抽象的だ。自分にとっていい人であっても、他の人にとっていい人とは限らない。そして、犯罪を犯す人は悪い人とは限らない、いい人だって条件が揃えば犯罪者になり得る。
たとえば、悪い人が法の範囲内でいい人に害を成したとする。いい人がその仕返しを法から逸脱して行ったとしたら、そのいい人は犯罪者となり悪い人となり。悪い人は法で保護される人となる。
ある意味、悪い人がいい人になって、いい人が悪い人に変わる。
あー、でも、ある事象というフィルターを通すことによって、その瞬間から人の見る目が変わるという意味では、逆に単純で具体的なのかもしれない。
なんて、取りとめのない事を考えていると、正門に横付けした車の窓が開き、稲垣刑事に声をかけられた。
「おう! 待たせたな」
「はい。急ぎましょう!」
俺が車に乗り込むやいなや、稲垣刑事はすぐにアクセルを踏んだ。
道路は昼の時間帯からか、それ程混んで無くてこれなら最短時間で河合さんの家に着けそうだ。
「おい。名探偵」
え~と、俺は名探偵って名前じゃないんだけどな〜。まあ、今はそれを訂正している場合でもないのでスルーした。
「はい」
「さっき、犯人は仁藤 孝だって言ってたな。あれはどういう事だ?」
「稲垣さんもおしゃってましたが、あの現場の状況から外部の犯行では無い。となると、犯人は事件当時、仁藤家に居た仁藤 孝と西田 良子のどちらかが犯人という事になる」
「ああ、その通りだが、二人とも事件当時のアリバイがあるし、雪の上の足跡だって一つしかなかったんだぞ」
「そうですね。でも、犯人が現場に行くこと無く、殺害を実行する事が出来たとしたら?」
「そんな事ができるのか!」
稲垣刑事は運転中だというのに、食いつく様に俺の方に身体をを向けた。
「ちょ、ちょっと、危ないですから」
「あ、おお、すまん。すまん」
慌てて身体をもとの位置に戻した。
「ドローンを使うんですよ」
「ドローン? ドローンって、あのプロペラが四角に付いていて、コントローラーで飛ばすやつか?」
「そうです」
「しかしな、仁藤家には散々調べたのだが、そんな物は無かったぞ」
「それはそうですよ。ドローンは今から向かう場所にあるんですから」
「どういう事だ?」
「仁藤 孝は仁藤 仁左衛門の殺害を計画していた。しかし、ただ殺害したのでは家の中にいる自分も疑われてしまう。そこで、雪の降り積もる日を選んだんです」
「雪上の密室を作るためか」
「はい。そして、彼は友人である河合さんにドローンのキットを持ってこさせた」
信号が赤に変わり、車を停止させた稲垣刑事は煙草を取り出し火をつける。
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