第26話こころとこころ ②

「だから、今、小早川部長に調べてもらっているんだ」

「そうなの」


 釈然としない様子の葵を見つつ、喉を潤すためにお茶のペットボトルを開いた。口をつけて飲もうとした時に携帯電話が鳴った。

 着信画面を見ると小早川部長からだ。


「はい、和紗です」

『…………』

「はい」

『…………』

「そうですか。分かりました」


 小早川部長の話を聞いていくうちに、どんどん気持ちが落ちていくのが自覚できる。


「はい。ありがとうございます」


 小早川部長の電話は切れた。と同時に、俺は天井を見て大きく息を吐いた。


「何の話だったの?」


 俺の姿を見て不安げな表情で聞いてくる。


「今はまだ…………ちょっと出かけてくる。帰ったら全部話すから」

「えっ! 出かけるって、今から?」

「そう」


 窓の外はすっかり日は暮れて、街灯の光がぽつりぽつりと点灯し始めている。俺の心に、今見えている小さな街灯の光の一つでも灯ることがあるのだろうか?


 でも、俺は逃げることは出来ない。しっかりと犯人と対峙して決着をつけなければならない。

 俺は家を出て、スマートフォンの発信ボタンを押す。


「今から会えるかな?」

『…………』

「うん。じゃあ、公園で」

『…………』

「先に行って待ってる」


 通信が切れる。

 俺は公園に向かって一歩、また一歩と歩みを進める。真っ暗になった辺りの風景は、いつも学校に出かける時の表情と違い、俺に暖かさや優しさの欠片も見せてはくれない。街灯の光で伸びる俺の影は、まるで俺の心の中を見透かして馬鹿にしたように身体を揺らして笑っているかのようだ。


 十五分くらい歩いただろうか、公園の入り口に俺は立っていた。

 公園の中は昼間の喧騒が嘘のように静まり返り、俺を中へと誘う。

 すべり台、砂場、ジャングルジム、シーソー、ブランコ、全てが暗闇の中、ひっそりとその姿を隠し物音ひとつも立てずに眠りについているようだ。

 俺はそっとブランコの方に歩み寄り腰掛けてみた。


「いつ以来だろう…………」


 そんな言葉が口をついた。

 小さい頃、俺はブランコに乗るのが好きだった。思いっきり漕いだときの空に飛び出せそうな感覚、振り幅の頂点に達してからの戻って行くときの浮遊感、どちらも大好きだった。

 でも、大きくなるにつれてブランコに乗ることが、なんか恥ずかしくなって乗らなくなだたんだよな。

 こうやってブランコに腰掛けていると、昔のことが次々と思い出される。


 そして、今、俺が対峙しなければならないのは、犯人でも誰でも無く、昔の俺なのかも知れない。


 ジャリッ、ジャリッ。


 まったくの静寂の中、公園の砂の上を歩いて足音が響いた。

 その足音は俺の前まで来て止まる。


「お待たせしました…………」


 黒い長髪に色白の整った顔、見た人がみんな美少女と納得させられる容姿。


「…………お兄さん」

「君だったんだね。美咲ちゃん」

「はい…………」


 美咲ちゃんは今にも泣き出しそうな笑顔見せている。


「いつから分かってたんですか…………私が犯人だってこと」

「初めて事件の依頼をミス研にした時に、美咲ちゃんと話をした時から気にはなっていた」

「どうしてですか?」

「自分の知らないうちに、机に薄気味悪い内容の封筒が入れられていたにもかかわらず、美咲ちゃんはそこまで恐れているような雰囲気が見えなかったから」

「私の演技が下手だったんですね…………」


 美咲ちゃんは目にいっぱいの涙をためながら、ペロッと舌を出している。


「でも、その時はまだ、何か変だなってことしか思っていなかったんだ」

「それじゃあ、私が犯人だと確信したのは?」

「今日の美咲ちゃんが居なくなって、科学生物部室で見つけた時に確信に変わった」


 美咲ちゃんはゆっくりと隣のブランコに座ってじっと俺の顔を見ている。


「あまりに不自然なことが多すぎた。スマホに電話したよね」

「はい」

「あれは俺を科学生物部室に呼び寄せて、部室の扉を開けさせたかった」

「はい」

「美咲ちゃんは五時間目の音楽室の授業のあと、自分の教室には帰らずに科学生物部室に向かった。そして、初めから用意してあった弓道部の弓と矢を仕掛けて、まるで誘拐されたかのように足をガムテープでぐるぐる巻きにし、次に両首をぐるぐる巻きに、最後にあらかじめカットされていたガムテープで口を塞いだんだよね」

「…………やっぱり、全部分かっちゃうんですね」

「分かってなんかない。分かっているくらいなら…………あんな事にはならなかった」


 そう。何も分かって無かった。

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