第25話こころとこころ ①
俺は珍しく真剣な表情の小早川部長と、その表情に戸惑いをみせる知夏ちゃんを残して、美咲ちゃんの教室へと向かった。
教室にはすでに他の生徒の姿は無く、葵と美咲ちゃんだけが席に座り談笑していた。
「遅かったじゃない!」
教室の入り口で俺を見つけて葵が話しかけてきた。
「ああ、ごめん、ごめん。ちょっと話が長引いちゃて」
「ふぅ〜ん」
葵は意味ありげな視線をこちらに投げかけてきたが、それ以上は詮索してこなかった。
俺と葵は、いつもの様に美咲ちゃんを自宅まで送り帰宅した。
帰ってすぐに俺は自分の部屋に入り、着替えてベッドに転がった。別に眠かったわけでも、疲れていたわけでも無い。
小早川部長が調べている結果が出るまで、自分の中で整理して置かなければならないことがあったからだ。
冴えない頭をフル稼働しようとした時にノックの音がした。
「入っていい?」
葵の声だ。
「ああ」
俺はベッドから上半身を起こし、ベッドに腰掛けた。
葵は神妙な面持ちで部屋に入ってきて、お茶のペットボトルを渡してきた。
「ん、サンキュー」
「ねえ、私たちが先に教室に戻ったとき、何があったの?」
「ん? ああ、小早川部長に呼ばれたから行っただけだよ。特別に何もなかった…………」
葵はジリジリと、俺の目を見てにじり寄ってくる。
「で、本当は?」
「…………」
こいつはこういう所は鋭いから困るんだよな。
「わかった。話すよ」
「素直でよろしい」
葵は笑顔で頷いている。
なんでいつもそう上から目線なんだよ! ったく!
「香月先輩がいたんだよ!」
「えっ! 何処に?」
「三年生の教室に」
葵は大きなまん丸の目を、より大きく見開く。
「どういう事? 香月先輩が犯人なんだよね」
「そうじゃないと思う」
「えーっ! どうして! 美咲ちゃん、科学生物部室に囚われていたじゃない! それに、あんな仕掛けもしてあったし!」
「でも、香月先輩は美咲ちゃんの存在を知らなかったし、部室の仕掛けの事も知らなかった」
「そんなの、嘘をついているだけかもしれないでしょ」
「いや、俺には嘘をついているようには見えなかった」
「香月先輩が犯人じゃないんだったら、誰が犯人なの?」
「犯人か…………もしかしたら犯人ってもの自体が存在しないのかもしれない」
「はぁ? あんたどこかで頭を打ったの? 言ってる意味がわけ分かんないですけど」
「本質が違うんだ」
「本質?」
「そう。通常、人が何か行動を起こすのは、何かしらの理由、結果を求めるからだ。何の考えもなしに行動を起こすっていうのは、本能的にはあり得るのだが、今回の美咲ちゃんの机に封筒を入れるという事には当てはまらない。」
「当たり前じゃない。本能的に人の机に切り貼りされた文面入りの封筒なんて入れるわけ無いじゃん」
「それじゃあ、あの三人に美咲ちゃんの机に封筒を入れる理由、求める結果があるのか?」
俺は葵の前に右手の人差し指、中指、薬指の三本の指を立てた。そして左手の人差し指を右手の人差し指の上に乗せる。
「先ずは、上野先生。あの便箋に書かれていた文面が『わたしはおまえをミている』だから、テニス部の顧問として、美咲ちゃんに期待をかけているという風にとれるけど、わざわざ、雑誌の切れ端で文章を作って机の中にこっそりと入れておく必要はない」
「んー、確かにそんな気味悪い事しなくても、部活の時に期待してるぞと言えばすむ話だもんね」
「それに、仮に上野先生がそういう事をするサイコパスな人物だったとしても、6時間目に授業をしていたので、美咲ちゃんを生物化学部室に監禁する事は不可能なんだ。だから、上野先生は犯人ではない」
右手の人差し指を折り曲げる。
そして、今度は中指の上に左手の人差し指を乗せる。
「次に柳田先輩。廊下の防犯カメラといい、話しを聞きに行った時の態度といい、いちばん怪しかったんだけど、あれは単純に美咲ちゃんのことが好きなだけだ思う」
「美咲ちゃんのことが好き?」
「そう。あの日廊下でうろうろしていたのはラブレターか何かを、机に入れようとしていて、その決心がつかなくて一度はその場を離れたけど、再び決意を決めて戻ってみたら香月先輩がいたって感じじゃないかな」
「ああ、それでグランドで話を聞いた時もあんな反応だったんだ!」
「だから、葵が柳田先輩を脅したのって、本当の意味で美咲ちゃんのことが好きなのをばらしますよっていう脅しになってたんだよ」
「うぅ〜っ、悪いことしちゃったな…………」
葵はシュンとした顔で俯いた。それはそうだよな、誰だって自分の好きな娘をバラされるは恥ずかしいもんな。
「という事で、柳田先輩も美咲ちゃんの机にあんな封筒を入れても、何の結果も生まれない事から犯人ではない」
俺は中指を折り曲げた。
そして、最後に残っている薬指に左手の人差し指を乗せた。
「残ったのは香月先輩だけど、美咲ちゃんとの接点が全く無い。仮に、柳田先輩のように美咲ちゃんのことが好きだったとする。美咲ちゃんを誘拐するまでは有り得る事だけど、その後の美咲ちゃんの携帯電話を使って俺に電話をして、美咲ちゃんが科学生物部室にいることを知らせる必要は無いんだよ」
「あっ、そっか、誘拐した犯人がわざわざ電話してきて、誘拐した人物はここに居ますよって言わないよね」
「だろ。と言うことで」
俺は薬指を折り曲げた。
「えーっ! 犯人が居なくなったじゃない!」
「だから言っただろう。犯人自体が存在しないのかもしれないって」
「それってどういう事なの?」
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