第17話動き出した犯人 ②

 家に帰って自分の部屋に直行しようとしていたら、先にリビングにいた葵から声をかけられた。


「ちょっと! こっち!」

「ん?」

「いいから、こっちに来て座って」


 また、小言でも言われるのかな、と思いつつ、葵の座っている隣のソファに腰掛ける。


「左腕を出して!」


 葵は薬箱をテーブルの上に取り出した。


「ちょっ、俺、怪我なんてしてないよ」


 俺の言葉に構わず、左腕のカッターシャツを捲り上げた。


「うわっ! 結構やっちゃてるわね」


 左腕の肘辺りの皮膚が、擦り切れて血まみれになっている。

 葵は薬箱から消毒液を取り出し、俺の腕に塗り始めた。


「いっ、いったぁ〜! い、い、い、痛いって!」


 いつの間にこんな怪我をしていたのだろう? 全然気づかなかった。


「大人しくしなさい!」

「だって、痛いものは痛いんだって」

「へーっ、さっきまでは平気な顔をしてたくせに」

「…………」


 こいつ、何で俺が怪我をしていることが分かったんだ?


「よし、これで大丈夫」


 左腕を見てみると、怪我をした部分に大きな絆創膏が貼ってある。普段は兄を兄とも思わない言動を見せるのに、たま〜に、こういう妹らしい姿を見せるのはなんか卑怯だなあって、薬箱を片付けている葵を見ながら微笑んでしまう。


「ん? 何笑ってんのよ!」


 ほら、褒めた先からこれだよ。でも、今回は本当に助かった。あのまま路上に倒れていたらこんな怪我ではすまなかったからな。


「ありがとうな」

「な、な、な、何言ってのよ。突然いきなり


 葵は真っ赤な顔をして慌てている。そして、横を向きながら一つ咳払いした。


「あのさ、あんた、どうして路上に倒れていったの?」

「えっ?」


 あれ、こいつ聞いてなかったのか? 確かトラックの運転手に聞かれた時に、理由を言ったと思うけど。


「いやぁ〜。ちょっと足を滑らせてしまって……」

「そんなのを聞いてるんじゃないの! 本当は?」

「本当はって……」

「だって、あんたがあんな何もない所で足を滑らせるわけないでしょ。っていうことは何か理由があるはずよね」


 葵は両腕を前で組んで、真剣な表情で俺に問いただしてくる。

 ったく、こいつはどこまで鋭いんだよ。


「しょうがないな。分かった。言うよ。本当は誰かに後ろから押されたんだよ」

「っ…………」


 葵は声にならない音を口から発して目を見開いた。


「そ、それって、あ、あ、あんたを、殺そうとした、の?」


 あまりの驚きのためか言葉が途切れ途切れになっている。


「殺そうとしたかどうかはわからないけど、危害を加えようとしたことは確かだと思う」

「それって誰なの? 美咲ちゃんの事件と何か関係があるの?」


 矢継ぎ早に質問をぶつけて来る。


「葵、そんなに慌てなくっていいって」

「だって! あんたが…………」


 目に少し涙を溜めている葵の頭をぽんぽんと触れて。


「大丈夫。今度はこんなヘマはしない。それにこれで一つはっきりとしたことが分かった」

「本当に大丈夫なの?」


 上目遣いに俺を見る。


「ああ。だから、美咲ちゃんには本当のことは内緒にしておいてくれ。依頼を取り下げてもらっても困るから」

「わかった」


 まだ、何か言いたそうにしている葵だが、俺の言葉でぐっと我慢してくれているようだ。


 葵が自分の部屋に戻っていったのを見届けて、俺は二人がけのソファに寝転がった。

 腕はまだ痛いのだが、頭を働かすのに支障はない。

 さてと、とりあえず犯人は動き出した。

 俺はもう一度初めから考えてみる。


 美咲ちゃんの机に入っていた便箋の内容。

 (わたしはおまえをミている)

 何を見ているのか?


 容疑者と思われる三人の存在と、話を聞きに行った時の言動。

 美咲ちゃんの教室に入った理由が明確にできた二人と、全く的を得ない答えだった一人。


 そして、今回の俺を狙ってきたってこと。

 俺の存在がもっとも邪魔だと思っている人物。


 う〜ん。

 犯人に辿り着くには、今ひとつ決め手に欠けるな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る