乙女の身の上
ジゼルが、外見ではクラウスとそう変わらない年頃なのに彼を子供のように扱うのには理由がある。
すごく年上だから、だ。ごくごく単純で、事実であること。
ジゼルは通算119年の時を過ごしている身であった。
事の発端は約120年前。神々の祝福によって成り立っている世界に起こった悲劇による。
天上におわす神々の内、一柱の神が厄災の神と成り果ててあろうことか神が直接降りられぬはずの地上に降りてきたのだ。
この神を、本来祝福を授ける神とも言えぬ「堕ちた神」と言う。
堕ちた神は天上の神々が直接の関与を出来ぬことを良いことに地上を一方的に荒らし破壊し、人間の血と火により真っ赤に染め上げた。
人が死に、死に、人々は絶望に浸った。
このまま地上は滅びてしまうのだと身を寄せ合った人々は感じていた。
そのとき一人の救いの乙女が現れた。神をその身に宿した乙女であった。
直接の関与は出来ないが人間を哀れに思った天上の神々が一人の乙女に特別な祝福を与え、力を貸してくださったのだ。
祝福されし乙女は一人、災厄をばらまく神に立ち向かい聖なる力をもって神を封じることに成功した。
だが、堕ちた神はされど神であった。
封じられたはずの天より堕ちし神はなおもその力を振り絞り、自らを封じる人間の乙女を呪ってしまった。
呪われた乙女は若き命を散らす運命にあり、その身のみならずその子孫に至るまで代々呪いは受け継がれることとなった。
……と、世間的には神話につけ加えられた伝説で上記のように思われているが、実はいくつか異なる点がある。
その中でもここで述べておくべき重要な点は一つ。
呪いが代々続いているというより、外見も中身も同じで呪われた本人が生まれ変わって――生まれ直しているのだということ。
さて、次の死と生まであといかほどか。
「神々に祝福された乙女」として厄災の神を封じ、今度は「呪われた乙女」となったジゼルは目覚め、六度目の生をはじめ……数え間違えていなければもう十八年目を迎えていた。
ということで、約200年と神話のついでの伝説では言われているが、正確には119年目の今世は十八のうら若き乙女である。
失礼なものだ。人がしたことを『約』だと大まかにしてしまうなど言語道断、未だに訂正の機会は得られていない。
かといってする気もないのだけれど。
仕方ない。
世の大勢の人々にジゼルのことが知られるとしても「堕ちた神の呪いで代々短命の運命にある少女」なのだから。
──外見だけでなく中身も同じなんて知らずに。
こういった身がゆえに、国軍の軍人でもないのに、魔物討伐の地に姿を現したクラウスとの出会いは彼が生まれたときにまで遡る。
ジゼルが前の生のときから彼の父親と、さらに遡ればそれまた父親とも少し友人と呼べる関係を築いていたためだ。
友人の息子は幼い頃は元気いっぱいでそれは微笑ましく可愛い盛りだった。ジゼルはそう記憶している。
昨日のことにというのは、さすがに転生して身体が新しくなりつつ合計生きること119年目のジゼルをもってしても嘘になるけれど、大きな波のない日々を送るジゼルにはまるで数年前のことのように思える。
黒みを帯びた青い髪と蒼色の目は紛れもなくその子どもの父親で、ジゼルにしてみると友人の色彩をそっくり受け継いで見えた。
顔立ちも父親寄り。
生後わずか二日目のとき、はじめて顔を合わせることになったのだ。ジゼルが五度目――つまり前の生のときのことだった。
夫婦揃ってにこにこと、母親に抱かれる第一子をそれはいとおしげに見つめていた。
ほう、婚約をしたときの変化にも驚いたものであるが子が生まれるとまた変化が起きるらしい。と、ジゼルは子どもではなく友人夫婦を見ていた。
特に、遊び回っていたということではないが貴族の子息だとは思えない豪快な行いをしていた男の方を。
彼の父親とも友人関係を築いていたジゼルは、彼自身が若き頃から自然に面会する流れになったためにやがて彼の父親と同じく友人関係になっていた。だからそれなりによく知っている。
でも夫婦揃っているところを見ているとき、彼が記憶にあるよりもずっと大人になっていることに気がついた。体つきから、顔つきから、眼差し、全てが。
何も十数年振りに会ったというのではなく三ヶ月ほど前に、それより以前も何度か会って見ていたというのに。
そのときになって、はじめて気がついたようになった。
その間に第一子がよりどちらに似ているのか議論する流れになっており、今まで続けていたような夫婦が今度も揃って今度はジゼルの方を向いた。
――「ジゼルはどちらに似ていると思う!」
鬼気迫る顔で父親側に問われた。
ぼんやりと夫婦を見ていたジゼルは目をゆっくり小さな小さな赤ん坊に移す。
ふむ。色彩は言うまでもなく総合的に見て断然父親の方だ。しかし――
――「母親に、似ていってほしいわね」
真面目に本心でそう言った。
――「ほらジゼルも言っています」
――「『似ていってほしい』ということは今似ていないということだろう。……待てなぜ似ていってほしいなんだ。俺に似てもいいだろう」
それはともかく抱いてやってくれと言われたものの抱くのは遠慮しておいて、ジゼルが赤ん坊のふにふにした柔らかな頬に少しだけ触れ覗き込んだ。
すると、瞳の蒼の輝きが爽快な夏の海のようだった。子ども特有の、何の含みわざとらしさがないのは無論のこと無垢な笑顔は可愛いらしかった。
――そうだというのに、本当に時というものは厄介なことがある。ジゼルにしてみるとなおさらに
子どもが産まれたと呼ばれるほどには仲があるということで、ジゼルはその友人の家にはたまに訪ねて行っていた。そうすると、誕生した子どもは行くたびに何かしらの変化をしていた。
よたよたと自らの力で歩いて寄ってきてくれる様、小さな柔らかな手。
無邪気な笑顔。
走ってたかと思うと、直前で床に顔から転んで行く様。
泣きっ面。
使用人に追いかけられているやんちゃ盛りの様。
いたずらっ子の顔。
中々に筋よく剣を振っている様。
いつだろう。
いつの間にか一人で歩けるようになっていたときか。
二人目が生まれて招かれたときか。
剣を手に取り始めていたときか。
ジゼルの五度目が終わり、六度目にはじめて会ったときか。
気軽に頭を撫でられる高さを越えていたときか。
……等々と改めてジゼルが記憶を掘り出してきてみて、どれだけ考えても曖昧で不確か極まりない。
いつの間にか時は過ぎていっていたのだから。
そしてふと気がついたときに、見ていたはずなのにその変化をはじめて目にはしたように気がつかされることになる。かつてその子どもの父親にもそうであったように。
――「俺の嫁になってくれ」
しかし本当にいつだろうか。あの幼い子どもが友人以上に奔放になっていっていたのは。
ジゼルは『最近』急に起こりだしたことについて首を傾げ、まぁいいかと何度辿ったか細かく覚えていない思考に走った。
考えても仕方ないことだってある。そしていつの間にかそれらは過ぎていくのだ。
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