自省録のようなもの。1月が背負投げ

 冬の陽射しが柔らかいから、僕は世界を憎んだ。


 都会の雑踏の中に混ざって、毎日決められた道をなぞる。


 こんなはずじゃなかったはずだ。 もっと活き活きと生きていたはずだ。


 いつ間違ったんだろう? なんで社会から嫌われたんだろう? それでも社会は何も語らないで微笑んでいる気がする。 生きて肥えさせろと思いながら。



 駅の改札前にあるコンビニは赤と白のモールを飾ってクリスマスを盛り上げようとしている。 誰しもが見向きもせずに足早に通り過ぎていくが、どれだけ満ち足りた人生を送りたいというのか。 

 その赤と白が皮を剥がれた動物に見える。 キレイなんて言えないグロテスクなもの。 食べやすく加工している精肉だとしても気持ち悪い。



 金は信用が形どったものだと教えられた。 

 誰かから期待と信用を寄せられた者が多く持つのであると。 

 人におもねることができない人間は、金を得ることは出来ない。


 この社会に生きることは、本来ならバナナの叩き売りみたいなもんなのかもしれない。 

 自分は信用に足る人間だと高らかに訴えなければならないのかもしれない。 

 ただ、それを直接口にするのは品がないから、行動や資格で示して相手に幻想を抱かせなければならないのかもしれない。 



 そんなことできるかよ。



 この時期はそんなことを考えている、ずっと。

 どうせ背負投みたいに12月が1月を叩きつけ、焦った1月が逃げ出して新しい1年が始まる。 なにかから逃げるように1月は12月まで走り、12月の背中が見えたら振り返らして胸ぐらを掴んで大晦日になったらぶん投げるのだ。 


 1月は12月になり、年の瀬に「お前のせいだ」と1月を叩きつける。 皮肉なもんだ。 こんなことを考えられるくらいに現実逃避をしているけれど。



 隣のホームは務め人や子供連れの家族で賑わっている。 

 誰もが疲れた表情を浮かべているが、喜びや幸せの影も含んでいる。 

 僕が乗り込んだ電車は人もまばらで、スマホや本に没頭していて、独りを貫いているような佇まいだ。 そんな中で、酔っ払った壮年の男性が大声で歌を歌っていた。 



 演歌なのだろうか、グループ・サウンズなのか分からないが、禿げ上がった頭と着古した青いジャージに身をまとって、ワンカップ片手に歌っている。何かをごまかすように、何の情感も込められていない声で。

 それが快く感じた。 感動とは違う共感に近い気持ちが湧き上がった。 別に少しも悲しくなんてないけど、なんか泣きそうになった。



 目的の駅に着いて電車を降りる。 

 どこにいたのだろうか、僕と同じような顔をした人間が続々と現れ、同じ方向に歩いていく。  

 僕は知っている。 老若男女変わらずに彼らも社会のロボットだと。 だからといって何が変わるわけでもないが、そう思って自我を消して生きるしかない人間もいるのだ。 



 歩き続けていると広大な建物が見えた。 

 荷物を抱えた人たちが、入り口に付帯されている詰め所の警備員に荷物の中身を見せた後に門の中へと吸い込まれていく。

 僕も背負っていたリュックサックを降ろし、警備員に見せなければならない。 僕の前に並んでいたいた女性が切羽詰まった顔をしながら来た道を駆けていく。 何か問題があったんだろう。 

 彼女には悪いが、僕だけは何もなく終わってほしい。 次は僕だ。



「お疲れ様です。 ハーフキャストから来た派遣のサトシです。 チェックお願いします」

「……チノパン、スニーカーよし。 持ち物見せて……飲み物、弁当、印鑑、確認。 このカッターは?」

「不要でしたら処理をお願いします」

「預かっておくから帰りに取りに来て下さい。 これ、預かり証ね。 それじゃ頑張って」


 警備人から渡されたラミネート加工をされた番号証をリュックサックにしまい、敷地の奥へと進んでいく。 


 さあ仕事だ。 今日も一日が始まる。

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