分類できないヤツ

徒然進日

 人生で何を一番してきたか?と尋ねられたら、間違いなく「歩いてきました」と答える。



 多寡を問わずに、毎日欠かさずにやっていることで、歩かない日はない。トイレに行くとか、風呂に入るとかしているしね。裏を返せば、それ以外に注力してやっているものがないってことだけど。



 歩くのはいいことだよ。自分のペースで移動できるってことは、ゆとりがあることだ。



 電車や車に乗ってしまうと、目的地まで大人しくしていろ、車を楽しめという強制力を感じる。俺だけかな?



 最近さ、変なパラドックが主流になっていると思うんだよ。おっさんの昔話で恐縮だけど、少し語りたい。



 俺が子供の頃は、まだバブルの名残があってさ、稼いでいい格好して、高級車の助手席に抜群の女を乗せることがステータスって時代にだった。



 ネットが普及してさ、YOUTUBEを見るんだよね。地上波がつまんなくなったから。



 SNSって残酷だよね。投稿者が面白いって上げたのが、数値で可視化されちゃうんだから。一生懸命考えた面白いを投稿してても、PVが100ないとか、いっぱいあるんだよね。そういうのを見ると切なくなるから、グッドを押すようにしてるんだけど。



 話が逸れた。そんな感じで、何が受けてるんだろうって見て見ると、キャンプとか、釣りとか……自給自足的なものが受けてるんだわ。これに違和感を覚えるんだ。



 さっきも言った通り、稼ぐことがステータスで、金持ちが憧れだった世代の俺。でも、現在人気だと可視化されたのはアウトドア。不便の象徴みたいなもんだ。



 わざわざ高い金払って道具揃えて、高い金払って現地まで行って、火を起こして、塩コショウだけの簡素な料理や、レトルトを温めて食う。これだけのことなんだけど、コメント欄には「いいなあ」って乱立してる。



 これを見て「稼ぐのが当たり前で、不便を買うのがステータスになったんだな」って思った。



 世の中は便利がありふれているんだもん。いつもの生活を維持して不便になるのって、そりゃ金も時間もかかるわな。



 牛丼一杯で1日を乗り切って、奨学金の返済でヒーヒー言ってる若者にとっては羨ましく感じるんだろな。ほぼ変わらない給料で青色吐息を吐いている中年にとってもだ。




 だから俺も、時間に余裕があるときは歩くことにしている。それが今の世の中で、東京に住んでいて、最大限の贅沢だろう。街の顔の移り変わりをゆっくりと眺めながら。いろいろと考えながら。トコトコと自分のペースで。



 昨日の仕事帰りも歩きだ。新宿から中野までおよそ3キロ。時間にして90分。JR新宿駅を抜けて、カレイドというパチンコ屋を曲がり、人の流れに逆らうように小瀧橋通りに出る。



 大久保通りに着くまでは、人混みをかき分けて歩かないといけないが、バスの車庫がある早稲田通りに入る頃には人通りもまばらになり、薄暗く物悲しさを感じる町並みになる。



 そこを西に向かうのだ。道に沿って、ただただ西へ。缶コーヒーを片手に。温かいものがうまく感じる時期になったんだなと感傷に浸っていると、ちらほらと見かける「おでん」の提灯が「そうだぞ」と肯定してくれているようだった。



 この季節になると、少し考えが深くなる。10月26日。今年も残り65日を切ったのか。2018年は何を残せたのだろうか。少しでも明るい人生になれたのだろうか。何かは分からないが、何かやり残している気がする。そんな反省を去年もしている。



「どうせ来年も同じなんだろうな」と自嘲するも、諦めたくないという自尊心もあり、そんな葛藤をしながら2019年を迎えるんだろうな。



 今年は、きちんとやり残している気がするものを明確化してみようと思う。残された時間を1日1日刻みながら、2019年に一歩一歩と進んでいこう。

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