僕の村上春樹が中村文則に

 マミと俺は喫茶店の出会いを皮切りに、顔を合わす回数が増えていった。同じ地区にある大学で映像を学んでいる彼女は、学年で言えば2つの差があった。


 映像を撮ることと絵を描くという違いはあるも、表現したい空間を切り取って、芸術として昇華させるという芸術観を互いに持ち合わせていたことが関係が深まる一因だったのだろう。



 しかし、それが何だというのだ。



 同じ感覚を持っている人は多くはないがゼロではない。そんな人たち全員と関係が深まるかと言えば答えはNOだ。



 マミと関係が深まったのは運命的な必然だったんだ。恋人になってくれと告白したことは俺もマミもない。



 紫陽花に寄り添う霧雨が降る6月に友情が芽生え、ひまわりが力いっぱいに太陽を掴もうとする7月の終わりには、俺たちは恋人同士になっていた。



 俺たちは芸術論を戦わせ、体を求め合い、手を取り合って新たな美を生み出そうとしていた。



 スタジオで画板に色を塗る俺の背中に寄りかかりながら、俺をモデルにした映画の脚本を練る彼女。



 指示通りに演技をするも、あまりの下手さに吹き出していたマミ。



 全てを晒け出そうとする夏の日差しは、カーテンを締め切っても窓枠から漏れ込んで絡み合う俺たちを照らして。



 その光に照らされて、コンストラクトが濃くなったコケティッシュな彼女のフォルム。細い肩を抱くと温かさが伝わり、頬を撫でると吸い付くような肌を持っていた。



 今となれば、気恥ずかしさを覚えるシーンだが、青臭いと断じたくはない。



 そんな断続的なシーンを、いつも誰かの目線で思い出す。当事者だったのに何故だろう。


 いや、他人事にしたいのかもしれない。自分のことではないと信じこみたいから、脳がそうすり替えているのだろう。それを拒むのは心なのだろうか、脳なのだろうか。



 俺の隣に彼女はいたのだ。



 彼女は俺のそばに確かにいたんだ。



 明日も、その先も一緒に続いていくものだと信じていた。



 今はもういない。

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