【DOORを読んだら面白いかも】悪カナト。
死にたくて走っているのか。
死ねなくて走っているのか。
死ぬために人生はあるのか。
そんなことを考えていた。ずっと、ずっと。
そんなことを何故か思い出す。つきひかりが射し込む部屋で。
あれから幾星霜。今日で人を捨てる。
そう言えば語弊があるかもしれない。しかし、間違ってはいないだろう。
感情や思考があるから人だというなら、そういったものを捨てるために生きてきた。
全ては家族を救うために。
「準備はいいか?」
「はい」
ロングバレルに付けたスコープを覗き込むと、揺り椅子で眠る老人が映し出された。わずか5cmのレンズ内に彼の生命を封じる。
「今ならまだ尻尾巻いて逃げられるぜ?」
「逃げません」
「なぁガキ。お前、なんの勝手があって、見ず知らずのジイさんを殺すんだ?」
「自分の幸せのためです」
「へえ」
次の瞬間、鼻っ柱に強い衝撃と熱を覚えた。ボスが右拳を叩きつけたのだ。この15歳の体では成人男性の力に耐えきれるわけもなく、犯罪者集団のボスの暴力に耐えきれるわけもなく、1mくらいふっとばされた。
「正しい。全くもって正しいよガキ。さぁ起きろ」
ボスは上機嫌で手を叩いて言った。組織内じゃ日常茶飯事だ。理由がない暴力は挨拶代わりで、気にしていたら心が持たない。弱さを見せたら、また殴りつけられる。嬉々としてだ。
「ところで、俺はなんだ?」
「国や組織に雇われる何でも屋のトップです」
「そうだな。人さまの持ってるものや成果物を台無しにして、残された家族の苦しみや悲しみも顧みず……有り体に言えば、人さまを不幸にして飯を食うろくでもない連中の頭だ」
「はい」
「だからこそだ。聞かせろ」
「はい」
「自分がやられたっていうことを、そのまんまジジイにやるんだぞ? 何の罪もないジイさんを練習代わりに殺す。 あのジジイにも家族はいる……お前がいう真帆だっけか?妻も子どももいるんだぜ」
質問に正解なんてない。どう言っても正解で間違いだ。それにボスはどっちでもいいんだろう。ニヤついてるのが証拠だ。誰かに依頼されたわけでもないから、ジイさんの生殺はどうでもいい。しかしだ。
「大丈夫です」
「その理由は?」
「……幸せは積み重ねるものじゃない。幸せだと思えるように、奪って組み合わせるものだ」
「奪われないで幸せなヤツもいるだろ」
「運がいいだけだ。幸せになっていい奴は、奪うことも奪われることも知ってるヤツだけだ」
「……お前。いつ童貞を捨てたんだ? まぁいい。構えろ」
床に転がったライフルを広い、窓枠を使って銃身を安定させる。そして、再びスコープ内に老人の生命を捉える。
老人は目覚めたようで、少し揺れながら写真を見ていた。ピントを合わせると、色あせた写真が写った。顔まではわからないが、男女が写っているようだ。おそらく若い頃の老人と恋人だろう。
「……あのジイさんはな。近くの商店街で、50年以上もパン屋を営んでた。一代で築き上げた10坪くらいのパン屋で、創業当時から変わらず3色パンが人気だ。今は息子が跡を継いで、嫁とふたりで切り盛りしている。業者向けの卸業と、学校帰りの学生相手の商売でなんとか食えている程度で、ひとりでも子どもが増えたら食っていけなくなるけどな。朝早くから夜遅くまで働く息子夫婦のために家と店を譲って、ジイさんはボロマンションを借りて移り住んでる」
「よく調べてますね」
そこまで言って、ボスはタバコをくゆらせ始めた。銘柄はラッキーストライク。ガンマンにはふさわしくない名前だ。そんなことを考えながら、照準を合わせて引き金に指を添える。
ボスは煙を長く吐き出して続ける。
「去年、支えてくれていた妻ががんで亡くなって以来、すっかり老け込んで部屋から出なくなったそうだ。あんなんでも、現役時代は優しくて元気なジイさんって評判だったらしいぜ。息子夫婦は、そんな父親を心配して毎晩一緒に食事をしているらしい」
「ボス、そんな話をなんでするんですか?」
「殺す相手のことはきちんと覚えてやれ。家族のひとりだと思えるくらい愛してやれ。それが殺す側のエチケットだ」
「ムリです」
吹っ飛びそうになるくらいの衝撃が銃身から音もなく伝わる。スコープに写った老人は、ハゲあがった頭にハイビスカスを一瞬だけ咲かせて崩れ落ちた。
ボスは口笛を鳴らして「早ぇな」と笑った。
「もう貴様は人間じゃない。毒を孕み、忌み嫌われ、捕食されても相手を刺し違える。そんなムカデだ。カナト。ムカデへようこそ。ボスであるアームストロング・ジン・JRが歓迎しよう」
もう戻れない。
黒井、必ず殺すからな。
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