RIDE ON THE LIFE

 今度会社を辞めたら、バイク買って日本一周しよう。3月~5月は北海道ですごすんだ。花粉症から逃げるために。



 梅雨になったら旅立ちの合図だ。



 温かい雨の中を北陸に。そっから西に行って、冬場は沖縄だ。観光地は人気がない時期が一番いい。関東は最後でいいや。離れたほうが郷愁感が産まれて、美しく見えるかもしれない。



 バイクは機能性や走破性なんか全部無視して、とにかく流線型が美しい奴がいい。



 風に溶けこんでしまうくらいの奴が理想なんだ。トライアンフのボンネビルをカフェレーサーにしたり、KAWASAKIのZ900RS CAFEでもいいな。自由のスタンダードっぽいから。




 持ち物はどうしようか。



 バイクに乗せられるのは限りがある。後部座席は狭いから、ネットで包めるもんだけだろう。

 じゃあ、テントと寝袋だな。飯盒とランプはいらねぇや。旅に利便性や日常を持ち込むこと自体がダセェことだろう。現地でなんとかすりゃいいや。



 旅は新しい自分に出会うことって誰かが言った。


 なら俺は、今までの自分を捨てに行くことが旅だと言いたい。服も、脂肪も、ストレスも今まで溜め込んだものすべてを捨てに行くんだ。


 まぁ、新しい自分に出会うって言葉の逆を言っただけなんだけど。


 バイクについて書くと何故かカッコつけたくなるのは自然なことだろ? そんなこんなで、先月会社を辞めてバイクを買った。


 この強風が止んだらゴーグルをつけてここからおさらばだ。いや、始まりか。


 キックペダルを踏み降ろす。一度では付かない。プラグが焦げるからやりたくないけど、キックに合わせてアクセルをミーティングする。


 毎日繰り返していると、いつごろコイツの機嫌が良くなってうなりをあげるか知っている。次だ。


 機嫌よくエンジンが掛かったからって、すぐに出発するやつは粋じゃない。缶コーヒーとタバコで一服するくらいの余裕は持っていたい。


 そうすれば、走りたがっているエンジンが焦らされ、いい具合にバイク全体が温まる。一番いい時を、タバコとコーヒーで迎え入れてやればいいのだ。この辺が女に例えられる所以なのかもな。



 お気に入りはダイドーのブレンドとラッキーストライクのソフトパッケージ。


 ハードじゃダメだ。ソフトパッケージがしわくちゃになるのがいいんだ。人生を一緒にモッシュしているようなそんな感覚になる。



 そろそろ時間だ。


 流木を再利用した一品物の壁掛けから、ジャケットを手に取る。かかっていたのはイエローコーンのハイウェイコート、KUSHITANIのセットアップ。


 だけど、俺が手にとったのはペアスロープのライダース。


 この「夫婦坂」って名前の鹿革のジャケットは10年来の女房だ。旅に出るにはいい相棒になるだろう。



 流れていたロカビリーのバラードを止めて、ガレージのシャッターを上げる。天気は限りなく雨に近い曇り。


 強い風は小雨を呼び込んでいたようだ。小さくて細やかな雨粒は、エンジンに触れた瞬間に霧になる。まるで何もなかったかのように、熱に包まれて風に晒され消えていく。



 自分を捨てる旅立ちにはいい日だ。

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