オフィスラブがしたい
「オフィスラブがしたい」
俺はそう切り出した。同僚の真也は、あきれたように「ゴメン、もうちょい説明して」と返す。
「オフィスラブがしたい。これ以上なにを説明すんだよ?」
「いや、だからさ。水曜日の昼食後に、いきなり同僚にそんなこと言われてみろ。 俺の立場になってみろ。 マジでわけわかんねぇぞ?」
「同期の悩みを聞く気はねぇのかよ」
「ないよ。でも、聞くんだろうな。俺は優しいやつだからね」
真也と出会って10年以上。新卒で共に営業に配属され、ずっと苦楽をともにしてきた。俺が心から気を許せる戦友だ。
「んで、どのタイミングでそうなったの?」
「蕎麦をすすっているときにさ、後ろにいた美人OLの話聞いた?」
「お前のすする音しか覚えてないね。なんであんなに個性的な音出せんの?」
「お前も人生損してる。いいか?あのOLは言ったんだ。『出会いがない』って。あんな美人がだぞ!? 男がいねぇんだぞ!」
「そりゃわかんねーぞ。友達に恋人いなかったら、あいつら普通に『出会いない』とか合わせるからね。んで、彼氏いるのに『人数いないらしくて~』とか言って合コン行くからね」
「お前に女の何が分かんだよ!」
「俺、ねぇちゃんも嫁もいるし。お前36だろ?いつまで童貞こじらせたようなこと言ってんだ」
「この歳まで彼女いなかったら、一周回ってピュアになるんだよ!」
この野郎は分かってない。彼女いない歴5年の独身中年男性の心を。酸いも甘いも噛みしめてきたからこそ、純粋で純白なものに憧れるのだ。
「この年だ。欲しいものはたいてい手に入るさ。しかしだ、純愛だけは金じゃ買えない。そうだろ?」
「キモイ……お前キモイ。真っ直ぐに一直線にキモイ」
「俺は愛が欲しいの!」
前言撤回。こんな妻帯者に、俺の気持ちなんて分かるわけない。しかしだ、俺はこいつに説明せねばなるまい。オフィスラブへの憧れを懇切丁寧に、誠心誠意、語らねばなるまい。
「とりあえずだ。蕎麦屋で後ろに居合わせた美人OLさんの話を聞いて、女は案外出会いがないって思ったお前は勝手な親近感を得た。んで、同僚の女の子も同じだと思って『オフィスラブがしたい』とか言い出したってこと?」
「それ以外にもある」
「何だね?」
「ひとつ。昨日俺はDMNでオフィスラブものを買った。オフィスという生活の大半を占める場所で、年下の同僚の女の子といたしてしまうというものだ。許される行為じゃないだろ?神聖なオフィスでふたりきりで、警備員の目を盗んで愛を交わしあうなんて。しかし、しかしだね。 その背徳感にひどく……興奮してしまいましてね。3ヶ月ぶりかな? ふふっ……恥ずかしながら、愚息が90度になりましてね。 思わず思い描いてしまいましたよ。 自分がもしこのシチュエーションに陥ったらいかがでしょう?ってね。するとなんということでしょう! 猛々しくいきり立った愚息が、思わぬ広がりと光沢を湛えだして、私に語りかけるのです……」
「はい、7つ星商事です。あぁ、岩本様!お世話になってますー。はいはい!大丈夫ですよ!」
このやろう。俺が昨日購入した「狙われたサイバーガール! オフィス最上階でグルッポ!グルッポ!」の感動を分けてやろうと語っているのに、得意先の電話なんて出やがって!
「かしこまいりました! 明日の15時にお伺いさせていただきます~。はい、はい!失礼します―」
「てめぇ!早く切れよ!語ってんだろうが!」
「あぁ終わった? DMNの話」
「馬鹿野郎! 『狙われたサイバーガール! オフィス最上階でグルッポ!グルッポ!』だ!」
「あぁ、はいはい。 オフィスもののAV見たらスゲー勃起したのね」
「ダイレクトに言うんじゃねぇよ!恥ずかしいだろうが!」
「知ってる?お前の方が恥ずかしいこと言ってんだよ? んで、他には?」
「ほか?」
「ひとつは』って言ってたじゃん」
「あぁ、もう一個はここで完結できたら合理的じゃん」
「『俺は愛が欲しいの!』とか言ってたのに、そこは現実的なんだね」
バカにすんじゃない。俺は惚れたらずっと一緒にいたいタイプだ。
「とにかくだ! そういった理由で俺は恋をしたいの!ここで!オフィスで!『係長ダメです!こんなところで!?」とか言われたいの!」
「まぁ自由なんだけどさ。 お前、大事なこと忘れてるよ」
「なに?」
「ちょい周り見渡してごらん」
真也に促されて周りを見渡す。俺と真也の机と、所長の机と、新人の机と…
「バカな……男しかいないだと!!」
「お前に『係長止めてください!』っていうのは、アメフト部の主将でデカイ声出せば面白いと思っている新卒しかいないってわけ」
「なんで!?」
「そりゃあ……俺らみたいな左遷された社員に、事務員なんていらねぇって判断だろ。 辛いから言わせんなよ。 さぁ、お仕事お仕事」
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