カニバリズムは変わらない
「一生懸命頑張ったら神様にお願いしなさい。ウソはついちゃダメよ。ちゃんと神様は見てくれている」
「分かったよママ」
―――そんな夢を見た。変わらない日常がやってきたと目覚まし時計が告げる。窓の外から下校中のガキどもがじゃれあう声が聞こえる。もう夕方か。
「ねぇママ。神様は見てくれてるんだよね……」
折りたたんだシーツの合わせ目が気に入らない。何度も畳み直したが満足がいかない。舌打ちをしながら、インスタントコーヒーに湯を注ぎ、ミルクを足したものを飲む。クソまずい。
身支度を整えて部屋を出る。今日はもう終わりなのか、これからが始まりなのか。どうでもいいか。
夕暮れのストリートを南へ。タウンへと向かう道は大渋滞。俺は逆の方向へと歩いていく。こいつらは今から休むのに、今日を終えるのに。俺は今から始めなければならない。
夢の中でママは言った。「一生懸命頑張れば、神様は見てくれている」って。
でも、見てくれたからなんだって言うのだろうか。生きるために一生懸命やっているとは思うけどな。今の俺を見たらママは多分泣くだろう。それを見たら、なんて言えば良いんだ?
どっかのロックスターが「人生はそれぞれに役目があって、誰かのモデルにならなきゃならない。それは皆そう。家族だったり後輩だったりね。俺は俺のロールに励んでいるだけだ」って言ってた。
じゃあ、俺はどんな役割で、誰のモデルになっているんだって話だ。反面教師としては良いと思うが、俺だって仲間を見たら「こうはなるまい」って思う。それならば、クズ野郎のモデルとしても、俺は役不足なんじゃないだろうか?
信号が止まれと命じる。灯る赤は情熱というより危険。思いとどまれと告げているようだ。多分、気づかないだけで、昔から何度も繰り返していたんだろう。今更気づいても遅いけどな。
指先がかじかみ始めたから、トレンチコートのポケットに手をツッコむ。中で硬い物が指先に当たる。すがるように、助けを請うように、そいつを握りしめた。偶像でしかない神様より、無機質で冷たくて何の感情もないナイフが俺の神様だ。
握りしめる。ギュッと。ギュッと。何度も―――
雑居ビルの地下にあるアジトは、3LDKの住居になっている。問題は、ミーティングで使うリビングが薄暗いってことだ。どいつもこいつも切れた電球を交換するって頭がないせいか片側だけしか灯っていない。
リビングでは、首元に「3」と「12」の数字が入った2人の男が、テーブルを挟んでポーカーに興じていた。床下には数10本のウィスキーやワインの空き瓶が転がっている。
「3」が入ったサムは、自信有り気な表情で相手を見下している。「12の」レージーはワイルドターキーを片手に真剣な目で手札を見ている。
「お前らいつからやってんだよ? もしかして、俺が帰った後からか?」
冷蔵庫からハイネケンを取り出し、2人に尋ねながらプルを引き下げる。気の抜けたような音がした。手が冷えてたから分からなかったが、冷えていないようだ。
「おい、レージー。てめぇ俺のハイネケン飲んだろ?」
「俺じゃねぇよ」
「いいや、お前だよ」
「ちげぇって言ってんだよ!」
「お前なんだよ。冷蔵庫の一番上に酒入れるやつは。知ってるか?一番上はぶっ壊れてるから冷えねぇんだよ」
レージーは舌打ちで返した。その態度が癪に障り、レージーの頭にワイルドターキーの空き瓶を振り下ろす。頭から時計じかけの噴水のような勢いで血を吹き出したレージーは、くぐもった声をあげてテーブルに突伏した。
「おい、ジュニア。仕事前だぞ?仲間減らしてどうすんだよ」
「分かってんだろサム? 酒のせいで派手に見えるだけだ。実際は大したことねぇよ。そうだろレージー」
レージーは苦悶の声を上げるのみだ。
「おいチンピラ。ボスが聞いてんだぞ!答えろ!」
レージーが掛けている椅子の足を蹴り飛り折る。それに伴って床に転がったレージーを何度も蹴り飛ばし、踏みつける。幾度となく繰り返すうちに、固かった肉が柔らかくなっていくのが分かった。
「ボスが聞いてんだよ! 答えろやレージー!」
「すみませんボス! ハイネケン飲んだの俺です! 叩き割られた頭も大したことありません! すぐにでも仕事に行きます!」
「そうだろ?なんで、すぐに言わねぇんだよ」
「ポーカーで負けこんでまして……。イライラしちゃってたみたいです」
「ふーん。じゃあ、サムがわりぃのか。お前がボスに歯向かうように仕向けたのはサムだってわけか。 じゃあ、お前らは俺の敵ってことだなぁ? そうだろうが!」
「おい!レージー!てめぇ俺を巻き込むんじゃんぇよ!」
「なぁ、サムお前もそうなのか?」
「いや、違いますよ。俺はあんたについていきます」
「お前にとって俺はなんだ?」
ポケットの中のナイフを、サムの顔前に突き出す。
「神様です。神様ですよ!」とサムはびびりながら言った。
「そんな役立たずと一緒にすんじゃねぇよ」
くだらねぇやつらだ。ビビらせとかねぇとすぐに調子にのりやがる。
しかし、大男のレージーが必死に命乞いをするのと、いつも余裕満々なサムの焦り顔は可笑しいもんだ。
「―――まぁいいや。今日の仕事を説明するからよ」
ナイフを収める前にレージーの顔を斬りつける。これで数ヶ月は言うこと聞くだろう。
顔面に個性的なラインが入ったレージーは、恐怖が極まって錯乱する。耳障りだったから、思いっきりキンタマを蹴り飛ばしてやった。レージーは股間を抑えてうずくまる。顔を切られたショックから立ち直れてよかったな。
「あぁ、神様……。助けてくれ」
「おい、サム。知ってるか?だいぶ前から神様はバカンス中だ」
「いや、そんなことはないですよ!神様は見てくれているんです!」
「お前、こんな稼業やってても、まだ神様なんて信じてんのかよ?」
「こんな稼業だからですよ……。死んだら天国に行きたいんです」
サムのセンチメンタルな告白に思わず笑いがこぼれる。人を裏切って、陥れて、奪って、殺す稼業の犯罪者集団の幹部が、死んだら天国に行きたい?こいつバカじゃねぇのか?
「サム。俺のママの言葉だけどな。『一所懸命やっていれば神様は見てくれる』って教わったんだよ」
「いい言葉じゃないですか。その通りだと思いますよ」
「お前、この稼業から足洗ったらどうだ?そんな腑抜けたこと言ってると死ぬぞ?」
サムが黙る。真剣なトーンで言ったら、コイツも何も言えなくなるんだな。
「考えてみろよ。お前みたいなやつが天国に行ってみろ。お前に殺されたやつは間違いなく復讐するぜ。天国ですら、お前には地獄だろうよ」
サムは何かを言いたそうだったが、ぐっと飲み込んだ。なんか言ったら、更にバカにされるのを分かったみたいだ。
「俺たちと違って、一所懸命に真面目にやってるやつも"神様は見てるだけ"だ。助けても教えてもくれねぇ。そんな奴が、死んだ俺たちになんかするわけねぇだろ? いねぇとは言わねぇ。 でも神様は、俺たちに好きも嫌いもねぇんだよ……俺たちに興味ねぇんだよ。アンダースタンド、サム?」
「ボスあんた……」
「いつだって良いも悪いも人間が決めるんだよ。そいつを神様に丸投げすんのは無責任だと思わねぇか? 罪を犯すのは生きるためで、自分のエゴだって受け止めろ」
「もううんざりだ!この話は止めてくれボス!」
「罪悪感を感じてんのか?感じる必要はねぇよ。方法と上っ面が違うだけで根っこは一緒だ。どいつもこいつも、生きるために食い合いだ。利益のねぇシェアなんてあるわけねぇし、金持ち共がやる施しなんて、承認欲求とナルシズムを満たしているだけだ。さらにだ、お前が頼りにしている神父さんだってな、神様の名前を語って飯食ってんだよ。本当にいるのかどうかも分かんねえやつの言葉を語ってな。リィズがやっている投資詐欺みてぇなもんだな」
サムは俺の話が聞こえないように耳を塞いだ。レージーが気の抜けたような顔をして俺を見ている。今度からコイツのニックネームは"ぬるいハイネケン"だな。
「さぁ、ヴァカンスに行ったまま帰ってこねぇ神様はほっておいて、ビジネスの話だ。俺たちだって、生きなきゃいけねぇからな。その前に、まず掃除しろや」
そう言って、2人に片付けをさせる。その間に、さっきの夢が頭に浮かんでくる。もう会えなくなってしまったママが俺に「神様は見ている」と語りかけるんだ。
―――ねぇママ。神様は見ていてくれてるんだよね? ウソやごまかし、奪い合いしか能がない連中をまとめて生きる俺は、いまだに裁かれてないよ。それとも、俺の生き方が正しい人間なの?自分に正直に人に被害を撒き散らす生き方が。
ねぇママ。神様が俺を許すなら、一所懸命真面目に人の言うことを聞いて自分を殺し続けている人が裁かれることになるけど……それで良いのかな?
ねぇ、ママ―――
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