桃さん

「桃太郎や。朝ですよ。さぁ、鬼退治に行ってきておくれ」

「うるせぇババア! 話しかけんなって言ってんだろ!」


 桃を拾った3年前。中から出てきた赤子が数ヶ月で立ち上がって言葉を話したときは、そりゃ驚きました。そんな子供はいるはずないと思っていましたとも。


でもすぐに気づきました。この子は天才だと。それ以降は、世にはびこる鬼を退治してくれる勇者として大事に育てました。


 しかし、この有様です。内弁慶もここに極まり。部屋から出なくなってしまったのです。


「大事に育てすぎたのがいけなかったのかのぉ……」

「おじいさん。あの子の分のご飯、食べてくれませんか?」

「わしゃあ、腹一杯じゃて……」


 あの子は優秀です。私どもじゃ、手に負えないほど優秀なのです。あの子は独学で勉強を始め、大検まで所得しました。わずか3才児がですよ?あのこの 「いっぱいべんきょうしておにをたいじするんだ!」という意気込みを愛しく思い、パソコンを買い与えたのが全ての始まりでした。



「そんなこと言っておじいさん……。この味噌汁、あわびとか伊勢海老が入っているんですよ?あの子がビットコインの売却益?とかで買ってくれたものですから。食べてあげないと悪いでしょうよ」

「婆さんが食べたらええ」

「私、こんなもの食べたことないから、さっきから口周りとお腹が痛いんです……」


 異常なまでの集中力と記憶力を有し、単身で鬼を退治できる身体能力を有する超人が、コンピューターに触れたらどうなるのか? 答えは"自室内で生活が完結出来る"でした。


「すいませーん!密林です!じいさんとばあさんの家はこちらですか?」

「あぁ、はい。そうですけど」

「えーっと、桃太郎さん?にお届けものです。こちらに印鑑かサインください」


 爺さんが受け取り伝票に「爺」とサインして、荷物を受け取ろうとする。しかし、配達員は「重いですから」と気遣い、桃太郎の部屋の前まで運んでくれました。食卓の味噌汁を見てびっくりした顔をしていましたが、配達員さんは何も言わずに帰っていきました。


「これ、桃太郎や。密林さんが荷物を持ってきてくれたぞ。出てきなさい」

「サンキュージジイ!そこ置いとけ!」

「これ、桃太郎。ジジイとは何事じゃ。話があるから出ておいで」

「そろそろレアボスがポップしそうだからムリ!」

「れあぼすがぽっぷ?何を言ってるんだい?」

「うっせぇなぁ。荷物なに?」

「等身大乙姫+ぺぺって書いてあるぞ」


 すると、部屋の中から重いものが落ちたような音がしました。その音は連打となり、どんどんと近づいてきます。どんどん。どんどん。どんどん。


 そして、ふすまが空いたとき鬼が現れたのです。肉で首が埋もれ、ヘラでえぐったような小さな目を尖らせた、巨躯の鬼がいたのです。


「乙姫ちゃんキターーーーーーーー!!!!」


 万夫不当、秀外恵中と謳われた英雄・桃太郎。


 第一次鬼ヶ島制圧作戦で敗北しても、犬を喰らい、きじを喰らい、猿を回し、命からがらながらに生還してくれました。


 そのときに桃太郎は「やり方を変えなくちゃ……犬ときじに申し訳ない」と涙しました。それからです。あの子が変わってしまったのは。


「半年ぶりに姿を見せたと思ったら……なんじゃその有様は!桃太郎!お前、何を考えてるんじゃ!」

「乙姫ちゃんと楽しむんだよ!」


 ―――乙姫ちゃんと楽しむ。これが3才児の言うことでしょうか。言いたいことはたくさんありますが、全ては言い訳になるでしょう。偉人を導ききれなかったという結果の前には。私達の教育が及ばなかったという結論に尽きてしまうのです。


「おい、ジジイ。ババア。金やるから1時間くらいどっか行っとけ!いいな!5分以内に出てけよ!」


 桃太郎は、札束を放り投げ、乙姫ちゃんとぺぺが入っている箱を片手に、部屋へと戻っていきました。室内からは「鬼ヶ島の炎上案件キタ!!全部売っぱらって、金の方から壊滅させてやんよ!」という叫び声がします。あの子は何と戦っているんでしょうか。


 まともに育てられなかった子供に、物質的にも経済的にも支えられているという現実。人が生きるまともな道に戻しきれない無力感。おじいさんと、情けないやら悔しいやらで涙を流すのみです。


 だってそうでしょう? 私どもは自分たちより優秀なのが明白な子に対し、正道を説けるほどの人格も共用も備わっていないのですから。しかし、このままではあの子の将来にも、世界の未来にもよろしくありません。かと言って、その方法は思いつきませんが


「おじいさん……どうすればいいんでしょう」

「分からんよ婆さん。 でも、あの人なら知っているかもしれない。電話して聞いてみるよ」


 おじいさんは懐からスマホを取り出し、ディスプレイをスワイプさせます。ディスプレイや側面が点滅を繰り返し、やがておじいさんが私に目配せをしました。どうやらつながったのでしょう。


「婆さんや、何を聞こうかの?」

「おじいさん、決まっているじゃありませんか。桃太郎の教育方法ですよ」


 私の言葉に、おじいさんは深くうなずきました。

 我が家の恥を他所様に打ち明ける。これほど恥ずかしいことはありません。

 でも、分かってください。この切実さを。


 

勇者を育てなければならない責任を負わされた我が家の苦しみを。

 どうか、どうか、どうか分かってください。


 


そして、おじいさんが覚悟を固めた表情を浮かべ、口を開きました。





















「OK。SIRI。桃太郎の育て方を教えて」

「その質問にはお答えできないことになっています」

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