穴
「生きることは穴を掘って、埋め直すことに似ていると思わないか?」
Tは唐突にそう言った。驚くことでもない。学生時代からこんなやつだったし、似通った発言を唐突に繰り出して相手を困惑させるのが好きなのだ。きっと、小説家という職業がなければ今ごろは死んでるだろうな。
「お前、作家になれて良かったね」
「なんだよいきなり。失礼な奴だな」
「お前だけには言われたくないんだよ。で、なんでそう思うの?」
「人生を畑に見立てて、何かを実らせることが意義であり責務だとする」
「ふむふむ」
「そうなったら、まず種を植えなければならない。この種というのが……まぁ、夢であったり、目標であったり。そういった"成りたい自分"だ」
「んで、生活が種を植える、もしくは植えた種を育む行為だというわけね」
「お、さすが我が親友。察しが早くて助かるよ。そういうことだね。つまりだ、人生は種を植えて育み、結実させるものである。そのためには、まずは穴を掘って種を植えなくてはならない」
「埋め直すってのは?」
「それはちょっと考えてみたまえよ。後日、答え合わせをしようじゃないか」
「なんだそりゃ?お前、思いつきで言ったろ」
不満を漏らす俺に、Tは不敵な笑いをしていた。その数時間後にTは命を絶ってしまった。10階建ての中層ビルの屋上から飛び降りて、地面に咲く赤い花と化したのだ。
彼が種を植えていたのか分からない。だが、少なくとも耕すことを放棄し、実だけを求めてしまったのだろう。いや、これが埋め直すということなのだろうか。結果的に、私が考えた「埋め直すことは後悔を隠すことである」という答えが、正解かどうかは永遠に分からなくなった。
数日後、私は葬儀に参列していた。久しぶりに旧友との再会もしたが、場所と出来事のせいで話が盛り上がることはない。後日再会の約束をして数人と連絡先の交換を終えて帰ろうとしていた時だ。支度をする私を、Tの母親が呼び止めてきた。
「お母さん、今回は……なんて言ったらいいか」
「ありがとうね。来てくれてありがとうね」
「愁傷様ですと言うべきなんでしょうが……なんか、言いたくないんです。言ったら認めているようで嫌なんです。すみません。こんなことを言うのも酷かと思いますが……僕で良ければいつでも頼ってください」
「本当にありがとうね。ずっと息子と仲良くしてくれて……実はね、Tから卓ちゃんへの手紙が見つかったの。これ、読んであげて」
「我が友 井上卓へ」と記された手紙を受け取る。最後まで大仰なやつだという呆れと、親友が亡くなったという喪失感が入り混じったような言い表せない感情が沸き起こる。
私は気持ちを押し殺しながら開封する。そこには"PASS"と注役された規則性がないアルファベットの羅列が描かれていた。TのパソコンのPASSだろうか。
「お母さん、これ」
「これ、何かしら?」
「多分、TのパソコンのPASSだと思うんです。Tの部屋、入っていいですか?」
「もちろんいいわよ。見てみてちょうだい。でも、電源は切らないでね。後で、私も見たいから」
「分かりました。では、上がらせていただきますね」
上階にあるTの自室へと向かう。自分の家以外で一番使った階段だが、今日が過ぎたら使うことがないのか。ふと浮かんできた思いは、Tが死んだことを切実に突きつけているようだった。私は寂寥に耐えきれず、Tの部屋の前で嗚咽した。
数分後、いや数10分後だったろうか。Tのデスクのパソコンを起動していた。手紙にあったアルファベットは、やはりパソコンのロックを解除するものであった。
デスクトップは「カリカリカリカリ」と、どこか懐かしさを感じる起動音を上げる。OSのバージョンを報せる黒い画面が切り替わり、砂漠の壁紙が映し出された。
次々とポップアップしてくるアイコンの中に、「遺書」と名付けられたフォルダが視界に映った。
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