パレット~短編集~
波図さとし
ストーリがあるやつ
少年とパンクス
「ねえ、なんか話して」
久しぶりに会ったおじさん。窓枠にもたれかかって、気だるそうにタバコを吸っている。7年ぶりにあっても、二段ベルトがピカピカだ。
「おう。コーギー。7年ぶりか。抱き上げたら死んじまいそうだったガキがデカくなったもんだ」
僕、今10歳だよ。大きくなるよ。
「ねぇ、おじさん。今までどこで、何してたの?」
「ベスパのシートをヒョウ柄に変えたら、みんなに見せびらかしたくなってな。そのままふらついていた」
「うそつかないでよ」
「嘘じゃねぇよ。お気に入りがさらにお気に入りになったんだ。みんなに見てもらいたいじゃねぇか」
大人がバイクのシートを変えて、7年もブラブラしないよ。おじさん、子どもだと思ってからかってるんだ。
「ねぇちゃんはちゃんと母親やってんだな。そりゃいい。自分みたいになってほしくないから、ガキの理想をロールするくらいの優しさあるみてーだな」
「どういうこと?」
「お前のママはな。10年前は、マイルズストリートのヘインズの店で踊り狂って、ドラッグをラムで流し込みながら後輩とのファックを楽しんでたクレイジーな女だったんだよ……ま、今は自分ができねぇことを子どもに求める普通の親みたいだ。さすが女だ。なかったことにするのが上手い」
おじさんは、良くわからないことをうなずきながら話した。ヘインズの店でドラッグをラムで流し込んでファック?わからないけど、おじさんはママをほめているんだね。
「それよりコーギー。俺と話してたら、ママが怒るんじゃねぇか?」
「大丈夫。今日はパパの店を手伝う日だから。遅くなるから勝手にやっててって」
「だからグランマのとこにいるってわけか。んで、グランマがつまんねぇから俺のとこに来たと」
確かにグランマの話は同じことばっかだったけど…そういうわけじゃないよ。
「久しぶりに会ったし、おじさんの話を聞きたいんだ……なんていうか、スリリングだから」
「コーギー。俺にとっては普通の話だ。それに知ってるか?ファミリーは、俺をきらいなんだぜ。」
「知ってる。だから聞きたいんだ。理由も知らないで人を嫌っちゃダメだって。ヘレン先生がそう教えてくれたよ」
「へぇ。ヘレンってやつは根っからの善人かバカか、どっちなんだろうな。いいかコーギー。人生と男の先輩として教えてやる。ヤベェやつと病気の女には近づくな」
ヘレン先生はやばくないし元気だよ。
「そのうち、気持ち良くなったら病気になって苦しむこともあるって知るだろうよ。なぁに気にすんな。男だったら一回は通る。だからだ。かわいい甥っ子にアドバイスしてやるよ」
「えっ!?なになに?」
「ゴムはつけろ。そうすりゃたいてい大丈夫だからよ」
「よく分からないや。それより、7年間何してたの?旅行してたんでしょ?教えて!」
「しつけぇガキだな。俺の旅なんて言えるわけねぇだろ。教えたってバレたら、ママとねぇちゃんにどんだけ怒られるかわかってんのか?」
「内緒にしてあげるから」
「なぁ、コーギー。なんで旅行の話なんて聞きたいんだよ?」
「決まってるよ。大人になったらここを出て、いろいろと見てみたいんだ。だから、今の内にいろいろと教えてもらって、どこに行くかのプランを作るのさ」
「なんだ、お前。つまんねぇこと考えてんだな」
「つまんないってなんだよ!」
頭にカチンときた。殴ってやろうと思ってげんこつを振り上げたら、おじさんは「俺の血も入ってるんだな」って笑って逃げ出した。にがさないぞ。この部屋は僕の方が詳しいんだ。
「悪かった。悪かった。でもなコーギー。旅ってのは教わるもんじゃねぇんだよ」
「どういうこと?」
「お前、今どこに行きたい?」
「アメリカの自由の女神も見たいし、アフリカでライオンにタンデムしたい。それにアイスランドのポピーやルピナスも見たい。すごいキレイなんだ」
「へぇ。それどこで知ったの?」
「テレビとネットだよ」
「よくねぇなぁ……よくねぇ」
「何がだよ?」
「おい、口わりいぞ……知っちまったら、夢見れなくなるだろ」
夢見れなくなる?寝てないよ。おじさんは何言ってんだろう。
「しらないことはダメだよ。ヘレン先生もママも勉強しなさいっていつも言ってるんだ」
「コーギー。旅ってのはな、夢見ることなんだ。しらねぇことにワクワクするんだよ。お前だって、スクールでピクニックに行くときはワクワクするだろ?」
「うん」
「そいつがだ、たとえばテレビとかネットで切り取られたもん見るとさ。どうしても、頭に残っちまう。そいつを確認して終わっちまう。旅ってのは確認しに行くわけじゃねぇんだよ」
「じゃあどうやって調べるの!」
「本を読め。そうだな。外国の小説とかがいいんじゃないか?そうすりゃ頭の中でシーンを描くだろ?」
絵を見ちゃいけないってこと?ますますわけがわからないや。絵があった方がわかるじゃないか。
「なぁコーギー。俺はいくらでも教えられるぜ。吐く息が白くなるほど冷たいコーラを売っている店も、砂嵐をこえるとき、どんだけ顔が痛くなるかもな。でも教えない」
「なんで!?」
「答えを知っていることくらい……くだらねぇことはない。それを知ってるから教えないんだよ」
「知らないことが楽しいってこと?」
「まぁ、そうだ。うん。人からもらうリアルなんてくだらねぇからな。リアルってのは手に入れた方が嬉しい。そいつは、オリジナルになるからよ」
「そうなんだ」
「お前は本とかさ、いろんなことからさ、なんつーか……想像力のカプセルをもらえば良いんだよ。そいつを飲み込んで、自分の中に種を植えるんだ。そいつを育ててやりゃ、いつかお前の夢は花開くだろうぜ」
「おじさんの話はわからないや。とにかく、旅の話は教えてくれないんだね」
「わりぃな。教えられるような旅じゃねぇんだよ。でもさコーギー。女の口説き方は教えてやれるぜ。知りたいか?」
「うん!」
「いいか、まずは何としてでも二人っきりでデートしろ。そしてな……」
誰かが部屋に入ってきた。グランマがティーセットとケーキを持ってきてくれたんだ。
「ちょっと馬鹿息子!いつ帰ったんだい!10年以上も顔すら見せないで!」
「おぉママ久しぶり!元気そうで何よりだ!じゃあ、バイバイ。コーギー!またな!」
おじさんが窓から飛び降りた。ここ2階なのに大丈夫なのかな? 外を覗いてみると、1台のヒョウ柄のベスパが車の間を抜けて走っていた。楽しそうに声を上げながら、パークの道を曲がって見えなくなった。おじさん、今度いつ会えるのかな。
「まったくあの子は働きもせずに……あぁ!せがれめ!またパン代をくすねていきやがった!本当にどうしようもない子だ!」
グランマは引き出しからバンクの名前が書かれた封筒を取り出し、勢いよく丸めてゴミ箱に放り投げた。おじさん、お金盗んじゃだめだよ……。
「コーギー。あのバカと何話してたんだい?」
「旅の話だよ。知らないほうがいいって」
「どうせ人さまに迷惑を掛け歩いたろくでもない旅さ。他には?」
「病気になりたくなければゴムつけろとか……ママはドラッグをラムで流し込みながら、後輩とのファックを楽しんでたクレイジーな女とか……」
「あんのクソ息子!! コーギーに何言ってんだ!もう許さない!コーギー!ちょっと悪いけど、そこのマーケットでオレンジを買ってきておくれ!」
僕に強引にお金を握らせ、部屋の外へと押し出した。階段を降り始めると、部屋の中からグランマの声が聞こえた。電話をしているみたい。
「……あぁもしもし?巡査さん?マダム・ヴェルソワですけど。えぇ。お願いがあって。うちのクソ息子を逮捕してくれないかしら?なんの罪かって?そんなのは後からあなたが考えればいいじゃない。得意でしょ?……え?それじゃ逮捕できない?あんた、街中に犯罪者を野放しにする気かい!……いや、うちのせがれは絶対になんかやってるから!いいかい!ヒョウ柄のベスパだよ!ヒョウ柄のベスパに乗った男を捕まえるんだ。洗えばいくらでも罪は出てくる。そうすりゃ、あんたも晴れてシティに栄転だよ……。あんたキンタマついてんのかい!こんな片田舎で一生終わりたいなんて!男なら夢を見ろ!金稼いで、いい女何人も侍らせて、高い車乗り回してさ、いい生活したいだろ!そのためにあたしは息子を捕まえろって言ってんだ!いいかい!これはあんたの出世に協力してやるって言ってんだ。頭悪い男だね。息子だったら、フライパンで頭叩いてどやしつけていたよ……巡査さん、そもそもなんて話を聞くんじゃないよ。とっ捕まえてバカ息子をどやしつけてやりたいんだ。甥っ子にバカ正直にあけすけと話すんじゃないって。ただそれだけの話さ……とにかく!ヒョウ柄のベスパに乗ったパンクスだ!せがれの名前はね……」
そうだオレンジを買いに行くところだった。サムソンさんがいたら、キャンディも買うんだ。サムソンさんは、いつもおまけしてくれるから。今日はいるかな。
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