#58 ゴシップガールと流れ星にお願い

『演劇部通信 番外編 : 女神昇天』


 全世界におかれます太平洋校演劇部を愛する乙女の皆さま、お元気でしょうか。 

 思えば当学園を震源とした大騒動が巻き起こったあの七月ぶりのお便りとなります。ずいぶん御無沙汰してしまいました。


 さて、私たちの平和安寧を希う心が試されるかのような九月三十日の嵐も過ぎ去りし今日この頃。勝手な振舞にでた私たちへのお叱りを国連のお姉さまから頂戴し、各種後片付け作業に追われながらも日々かつての日常を取り戻しつつあります。以前のようにペンを執る余裕もようやく生れ、私は今、皆さまにある物語を一つお伝えしようとしております。


 それは、とある別れに関する物語です。


 別れ――と言えど、それは少しも悲しいものではありません。

 寂しさを感じぬわけには参りませんが、それは、学び舎から旅立つ麗しき上級生を学窓から見送るような胸を締めつけるものでも、朝な夕なともに暮らした朋輩が物言わぬ身となって帰還したことを知る時の地上が崩れ落ちるような切なさや悲しみとは無縁の、どこか胸にほんのりと温かいものを灯す別れでございます。


 ――失礼いたしました。私がどなたのことについて語ろうとしているのかは、皆さまとうにご存知の筈。


 ええ、私は今、あの騒々しい番組をご覧になったちゅんちゅん囀る雀のような方々により『お茶会事件』と称されだしたあの嵐の夜のことを語るところです。。

 悪戯好きで茶目な我々の守護天使・泰山木マグノリアの女神が外世界から迎えに見えた魂の半身の手をとりこの世界を後にしたあの、歓喜の調べが聴こえるかのようなあの奇跡のような光景を、皆様方もご覧になったことでしょう。


 今年の九月晦日みそかのあの夕べより、この島に女神はございません。

 居るのは私たち戦乙女と先生方に工廠の技師の方、そして私たちの面倒を見てくださる様々な大人の方々の他よりいなくなってしまいました。


(いけない。ここまで書くと私の部屋の外から見える棕櫚に扶桑花ハイビスカス九重葛ブーゲンビリアたちがざわざわと梢を振りたて抗議しました。これは失態。ええ、ええ、この島には思いのほか傷つきやすい彼女たちがいるのです)


 当代部長・甚兵衛マーハ様が、お相手の黄金月様ほか演劇部内外からお友達を招き、午後のお茶とお菓子をお楽しみあそばされた泰山木マグノリアハイツの中庭でのひと時におきたあの出来事によりこの世界に現れた、あの、観測者と称される侵略者と共に手に手をとって、女神は外世界深奥へと旅立ったのです。


 嗚呼、あの神々しい御姿――!

 今まで数多の神秘的な光景を、演劇部の皆様方の舞台を通じて天上の伽藍を地上において表しむような奇跡的な瞬間を、私はワルキューレとして何度も目にしてまいりました。

 しかしあの日天上にて演じられた二柱の女神の邂逅の場面に比べるべきではありません。宵の空の上に投影された神々の演じる神話の一場面を再現するがごとき一幕は――もちろん、マー様が出演なさった舞台を除いて――未だかつてないものでございました。目が眩みそうなほど。


 

 新聞部さんたちのお話によると、あの日の配信は相当数の方が御覧になっていたとのこと。

 しかし乙女の皆さま方におかれました、それを見るのをかなわなかった方もいらっしゃることでしょう。そのような方のために、不肖、私があの日の出来事をここに再現してみることに致します。何を隠そう、私はあの日のお茶会に参加できる身でありましたから。


  

 ただし、残念ながら演劇部に属さぬ方のお名前を出さないわけには参りません。マー様たってのお願いで、泰山木マグノリアの女神を呼び出すために可憐な歌声を世界の隅々に届、番組の配信を見ていた乙女の皆様方の心を一つにまとめ上げた功労者、その方の名は目白リリイさんと仰る初等部の二年生でした。


 (中略)



 ◇◆◇


 

 シモクツチカはワルキューレ(正確には養成校初等部放校の予備役)である。

 しかし実態は、母親に最古のワンドを持つという、純粋には人間と言い難い存在だ。


 ワルキューレの基本的な定義は「ワルキューレ因子を持つ人間の少女」である。人間の少女、だ。

 ワンドとは外世界から来た物質を素材に錬成・製造された道具だ。近年では第一世代・第二世代のワルキューレたちが使った純外世界産のワンドの原理を解明して生産されるようになった準地球産の廉価版ワンド(サランたちが使うもののほとんどがそれだ)が主流になりつつあるが、本来ワンドは外世界に属するものである。まして最古のワンドともなれば。


 地球人類と最古のワンドのダブル、なんについても高い能力を有するシモクツチカは現行の地上のきまりに即するならば侵略者だ。地上に居場所があってはならない存在の筈だった。


 正しく化外のものだ。キタノカタマコが罵倒する通りの存在だ。


 ワルキューレの能力は、旧来の言葉でいう魔法、超能力、霊力といったものとまるで区別のつかないものだ。養成校に入学下手の候補生たちに、優秀なくせに本気を出さない不良令嬢の持つ超常の能力や高い素質が地球人類のイレギュラー的能力なのか、それとも外世界由来要素がもたらす能力なのか、そんな区別がつくわけがない。身分を偽る侵略者を隠すならワルキューレの中、というわけだ。

 そもそも在校生時代のツチカは、ワンドを支給される前に太平洋校を去り、高い身体能力と頭脳で朋輩を圧倒していたので超常の能力をみせることはサランの知る限り一度もなかった。


 思えばツチカ本人が意図的に本気を出すのを控えていたのかもしれない。


「――、何?」


 サランの視線に気づいてツチカは不愉快そうに眉間に皺を寄せた。その眼差しで、人を哀れなマイノリティ扱いするなと警告してくる。お前ごときに同情されるくらいなら死んだ方がマシだと、神経質そうな眼差しがサランを圧する。


 それでいい。そうでなくてはシモクツチカではない。

 不覚にも浮かべてしまっていたらしい憐れみをふりはらい、サランは空気を換える目的で一つたずねてみた。


「別に、ちょっと訊きたかったかったことがあるんだよう」

「それ、今じゃないとダメな類の質問なわけ?」


 案の定ツチカの返答は不機嫌丸出しだったが、サランは流した。


「仕方ないだろ。お前の能力がどういう仕組みと条件で発動するのか把握しないと、キタノカタさんにほえ面かかせられないよう」

「――……」


 キタノカタマコは表面的には静かに、しかしその黒い眸にめらめらと燃え立つような怒りといら立ちを燃え上がらせて、羽衣をまとって宙に浮いている。その姿をちらりと見やってしぶしぶとツチカは吐き捨てる。


「さっさと質問して」

「じゃあ遠慮なく。――お前、パートナーがいないとワンドとしての能力をフルで出せないっぽいことを匂わせてたけど、じゃあなんであの時回復術やうちのワンドを起動できることはできたの?」


 この状況になってから気になったことを第一に尋ねたサランへの返答は、ツチカによる、世の中でもっとも価値のない生物を見下げるかのようなあきれ果てた眼差しだった。そしていつものように、ミノ子呼びによるマシンガン罵倒は開始される。


「……あのさー、ちょっと考えたらわかんじゃない? あの程度のことならパートナーにお伺い立てるまでもなく使用可能なのー。どこかの低レアワルキューレならわかんないけど、あたしからすれば息するくらい簡単にできることなのー。髪がこうなるのだけはどうしても避けられないから学校ではやって見せなかっただけー。 それくらいのこと、ちょっと考えればわかんじゃないかなぁ~? ねー、ミノムシミノ子さん~?」

「……っ、そうかようっ。ご回答ありがとうなっ」


 むかっ腹の立った顔を賢明にこらえ、投げやりとはいえ礼を口にしたサランを前に、ツチカの表情が変化した。世にも価値のないものから、この世の中でもっともおぞましい生物を見る目になって眉を顰める。


「何それ……っ、ミノ子がぎゃあぎゃあ喚く前にお礼言うとか超キモイんですけどっ⁉ 勘弁してマジで、気持ち悪すぎて鳥肌たつじゃん」

「──っ」

「あ、そうそう。そういう顔しな? そういう『ぐうの音が出ない』のモデルみたいな顔をするのがあんただから。……はぁー、これで落ち着いた……」

「――――ッ」

「うんうん、いい顔になってきた。……あのさ、念のために聞いておくけどひょっとしてあたしの所有権があんたに移ったとか気持ち悪い勘違いしてたりしてないよね? 言っておくけど、あんたの立場はパートナーだから! ノコちゃんはマスターって深川クンのことを呼んでたけど、主従関係はないの。あんたがあたしのご主人様とか、そんなことになるなら。守ってなんてやんないし」

「――――――ッ…………、え?」


 ようやく肩までの髪をいつものごとく膨らませて怒りを表すサランだが、聞き捨てならないセリフに耳を疑った。何を誰に、くれてやるだと?


 サランはとっさに宙に浮かんでいるキタノカタマコを見上げた。

 物語や絵画などで思い浮かべる程度の長さに縮めた羽衣をふわりと縁の形を象ったキタノカタマコは、制服姿でその一旦に腰を下ろしこちらを睥睨している。口元を隠すのは白檀の扇子だ。

 先ほど、己のちからでタワーに貼り付けられたのがよほど不快だったのか、二人を見下ろす視線からにじみ出る嫌悪感がいつも以上に容赦がない。 


 仮にもワルキューレであるにもかかわらず、この世界も一般人類も気ほども愛してないといわんばかりの眼差しだ。

 そして、ツチカの台詞が不本意だとばかりに口元を隠し、そして呟く。


「――またそのようなことを」


 隠された扇の陰から、一瞬、ギリィっと歯ぎしりが漏れた。その後一拍の間を置いて、涼しい声でマコは答えた。


「埒もあかぬこことを吹き零したのはお前の舌ですか、撞木槌華?」

「――」


 ツチカは答えない。きれいにターンをして宙に浮かぶキタノカタマコに背を向ける。会話をするつもりは一切ない、という意思表示だ。嫌いな相手に背中を向けても舐められまいとするように、片手を腰に手をあて尊大なポーズを取っている。

 空いた手でサイドの髪を一束くるくると指に巻き付ける。


「答えなさい、撞木槌華」

「――うっわー、枝毛発見。マジ最悪」


 そして、わかりやすくマコを無視、挑発した。もちろんキタノカタマコの見下す眼は汚物以下のものを見る眼差しに変わった。

 

 ぴりぴりとした緊張が、鏡面世界に満ちる。

 お互いがお互いの事情を熟知している者同士、今更会話することはない。お互いが態度でそのように主張している。どちらも相応に気位が高いもの同士で、先に口火を切ったら負けだとでも思っていそうだ。


 ――こうなれば仕方がない。

 高まる緊張の中、一人だけ部外者のサランは腹をくくる。

 頭の中に出来上がった図はほぼ完成しているが、最後のピースだけがまだ手に入らない。キタノカタマコの目的というピースが。どうみても人類もこの世界も愛していないワルキューレが、人類と長の共犯関係にあった天女の魂を宿した子の少女が、茶番を演じてまで最古のワンドを七つ集めて何をもくろんでいるのか。


 深呼吸を一回、そうしてサランは気合をためた。そもそもこうして切り込み係を買って出るのが文芸部内でのサランの仕事でもあった。だからいつものようにおどけた調子で挙手をした。


「あの、質問よろしいですかー⁉」

「場を弁えなさい、元文芸部副部長」


 ウッ、と流石にサランは言葉に詰まった。ついに「元文芸部副部長」である。名前、あるいは肩書きに「さん」をつけて呼ぶに値しない存在とみなされたのである。これは流石に堪える。しかし、同時に腹も立つ。


「ば、場って! どういう意味ですかっ! 大体太平洋校ウチの制服着ている以上、弁えるべきはそっちでしょう! うちと北ノ方さんは今、太平洋校初等部三年の同期ですっ、朋輩ですっ、互いに対等に口を利く権利は――……っ」


 ちっ、と目の前の空間に青白いラインが走ったと思った瞬間、何かがはじけるような轟音がして火花が散った。全身がびりびりと震える。目の前であの人為的な雷をおとされたのだと自分の状態を把握したサランは気づく。

 うんざりしきった顔で開いた扇子をそよがせてみせる、キタノカタマコは目の前の落雷のショックに金縛りにあうサランを見下し命じる。


「弁えよと私は申した筈ですが? 時間がかかるのは頭の血のめぐりだけで結構。ワルキューレたるもの立ち居振る舞いくらいは機敏になさい」


 舐められるのが嫌いなサランの気質を弄ぶような言葉を選びながら、そして、「ああ」と何かを思い出すように付け足した。


「下がる前に、撞木槌華を置いてゆきなさい。もともとそれは私の所有物ものです」

「っ」


 その台詞を耳にして腹を立てるより先に、ピンと響くものがサランの頭の中にあった。

 シモクツチカはキタノカタマコの所有物もの。ようやくキタノカタマコの口から決定的な一言を言わしめた。ジュリやツチカの発言の裏が取れた──!


 モノ扱いされたツチカは振り向かない。髪をいじり続ける。

 グルーミングでもあるまいし、と突っ込みたくなる意思をこらえてサランは笑った。ヒヒヒと卑屈に。いかにもキタノカタマコの剣幕に怯えているように。こういう道化のフリはサランの武器だ。


「い、いくらなんでもお友達相手に所有物ものとはおだやかじゃないですねぇ……。ここに来るまでのご学友だった以外にあんた方の仲ってなんだったんですか?」

「立ち居振る舞いぐらい機敏になさいと申し上げたばかりですよ。いつまでそこで愚図愚図なさるつもりですか?」


 早う去れと言いたげに、マコは居丈高に命じるばかりだ。

 言質を取られたことには気づいたようだが、サランの問いに答えることは愚かうろたえることもしない。そう簡単にこちらの期待にこたえてくれるわけなど当然ありはしないのだ。

 だからサランもそうやすやすと言いなりにはならない。ヒヒヒ笑いから卑屈さを抜いて、切り札はこちらにあることをちらつかせる。


「そう仰いましても、こちらにも立ち去るわけにもいかない事情ができましたので」

「……」

「タワーの上にいたあのタイミングから察するに、北ノ方さんは御覧になったのではありませんか? ――その、なんですね。私どもの逢瀬の場を」


 あからさまな言葉に気分を害したツチカがこちらを無言で睨みつけるが、サランは無視する。やはりあのタイミングから類推するに、ツチカもこちらに到着したばかりにキタノカタマコを挑発する目的でサランの口を吸いまわしていたことに疑いはない。お互い様である。なにせ、サランの挑発を耳にするや、扇子で口元を隠したマコはピクリと整えられた眉を神経質そうにひそませたからだ。

 キタノカタマコがこちらの喧嘩を買った、土俵に降りた。サランにとってはそれが優先事項である。

 ここですかさず、表情を交渉用の名子役スマイルに切り替える。このタイミングでこの表情の方が相手の神経を逆なでするはずだ。それを計算のうちに、ぺらぺらと言葉を繰る。


「お見苦しいものをお見せしてしまった件に関しては誠心誠意謝意をお見せする所存でございますが、あいにく撞木のヤツが言うことにはうちとコイツの間には北ノ方さんの仰る〝縁″が生じてしまいました。――いや、できるものならお返ししたいんですがね、こんな恋愛脳の色ボケ女」


 ツチカがだんまりを押し通す気でいることをいいことに、前から言ってやりたかった悪口を一言ひそませてやる。そのような形でひそやかに留飲を下げるいじましいサランを見下ろすキタノカタマコの目が、すうっと忌々しそうに細められた。


 ――お、来るか? 歯ぎしりか、もしくは雷が……!


 とっさにサランは身構えたが、マコは予想外の反応をみせた。扇子を舞わせるようにすうっと下ろし、その陰から比喩でもなんでもなく天女のごとき艶やかな笑みをうかべてみせた。

 それがあまりに優美かつあでやかで、警戒していたさらんも不意打ちを食らう格好になった。気を呑まれ、呼吸を乱す。どことなく、博物館ミュージアムに現れたツチカの母を象ったという飛天像とよく似た印象の微笑みだと、そんな感想まで得てしまう。


 人の心をとろかすような微笑みをうかべたマコは、さっきまでの怒気がうそのようなたおやかな声でサランに語り掛けた。


「案ずることはありません。そのような付け焼刃の縁、私が切って進ぜましょう」


 ぱちん、と音をたててキタノカタマコは扇子を閉じた。そして小刀に見立てるように持ち方を変えて見せる。そうした上で甘い声で条件を積み重ねた。

 

「加えて、ここで素直に去るのなら、貴方の、無論、鰐淵珠里の出撃命令も取り消しましょう。――悪い話ではない筈ですが?」


 優しい印象を添えるのに一役買っていた目が、油断なくつうっと細くなった。

 嘘くさい微笑みの陰から油断ない本音を覗かせ、威嚇でもしているのかと気分を害しかけたサランだが、よくみて唖然とした。

 たしかにキタノカタマコは偽りの微笑みを拭いはした。しかし、隙を突こうと眼をきらめかせているわけではない。優越感に浸っているように心から笑っているのだ、キタノカタマコが。まことに楽し気に――。

 

 サランが散々馬鹿で道化た振る舞いをする羽目になったあの疎開任務のことを今更持ち出して、野良犬の前にひとひらの肉片を振ってみせるようにからかってみせる。

 その笑みは、踏みつけられるものの立場や心理に疎い驕慢な心の持ち主に相応しい表情のようにサランには思えた。


 それがサランの舐められるのを嫌う気質に火をつけないわけがなかった。


 ゴシップガールによる情報漏洩の日から行ってきた振舞は、全てなにもかも理不尽な疎開任務を取り下げる為に行ってきたことだ。まともな任務ならまだしも、無駄な任務で親友をみすみすヴァルハラの一柱にしないために進んでやってきたことだ。恥はかきにかいたが悔いはない。進んで道化役を買えるのが、この二月ふたつきほどでサメジマサランの矜持となった。


 しかしそれは、お嬢様の退屈しのぎのためにお道化てやったわけではないのだ。ベラスケスの絵画の登場人物になったつもりはサランにはない。

 

 それでも表面上は道化たまま、胸の裡を怒りでもえたたせながらもサランはいきり立ちそうな自分の短気さをなだめる。まだだ、まだ全てぶちまける時ではない。


「で、ですからどうして北ノ方さんは撞木さんのことをそんなに……っ」

「貴方が知ったところで──」


 どうにもならぬ、といった内容の言葉をマコは口にするつもりだったのだろう。

 しかしそれはあっさり封ぜられた。

 

「決まってんじゃん!」


 噛みつくような勢いで、それを口にしたシモクツチカはさっと髪をゆすってとなりにいるサランを見下ろした。あいかわらず他人をコバカにしてはいるその顔つき。表情がそれに変化する前に、ツチカの表情は憤怒に満ちたものだった。

 サランの道化じみた振舞に合わせて紡がれたキタノカタマコの言葉に、我慢がならなくなったのだろう。大人ぶってるが煽り耐性のない不良お嬢様は、ついに黙っていられなくなったのだ。サランの思惑通りに。


「あたしがいなければこの世界を自分たちのしたいように作り替えられないから! それだけのこと! ――だからさぁ~この程度のことちょっと考えればわかるじゃん、ミノ子ってば。なんのためにS.A.W.シリーズの本体は重機や工具ばっかりなんだって、どう考えたって不自然なとこからまず考えよう、ねえ?」


 いらだちを振り払って勝気さをよびこむように、ツチカは髪をさっとはらってサランをコバカにしてみせた。

 ツチカのだんまりを強制的に終了させるのはサランの計算のうちではあったけれども、やはり何もかもがムッとはする物言いではあった。しかし、サランは言い返すことを忘れてて呟く。


「そりゃあS.A.W.シリーズの形は確かに気にならないわけないけど」


 神代、古代、新しくても全て紀元前、そんな遺構から発見されたにも関わらずどれもこれもどうみても重機や工具の形で発見されるのを待っていた最古のワンドシリーズ。計都星がもたらした混乱と、おそらく並行世界圏内にある外世界からの干渉というブラックボックスを利用しないと説明できない、純粋に奇妙な現象だ。

 ツチカはまた鼻でフンとわらい、サランを見下す。


「電ノコにショベルカーに、ドリルだのローラーだのの形をしたワンド達だよ? 人工物でも自然物でもこの世界にある構造物を一切合切全て壊して真っ平にならせってこと! ――この程度のことが分かんなくて、あんたそれでもワルキューレ?」

 サランをなじる時特有のイキイキとした口ぶりで、ツチカはあっさりと最古のワンドたちとその所有者の目的を明かした。

 

 すなわち地球を真っ平に均すのだ、と。


「――、はい?」


 とっさに理解ができなくて、サランは口元を引きつらせながら腕組みをするツチカの実に得意げで憎たらしい顔を見つめた。このどや顔をひっぱたいてやりたい、などと頭によぎらせている隙などはあるわけがなかった。とっさに、ツチカの言った意味が理解できなかったのである。


「今、なんて? 地球を真っ平とか言わなかったか? それって比喩でも何でもなく本当の本当にまっ平か?」

「――、あんたこの期に及んで何寝ぼけてんの?」


 理解の遅いサランに業を煮やしたとばかりにツチカは顔をしかめた。そしてくるりと回れ右をする。いつまでも後ろを向いているのに不便を感じたらしい。

 再び開いた扇子で口元を隠し、涼し気な表情のキタノカタマコと向き合うと、ツチカは、足を肩幅に開き同年代女子の平均より高い位置にある腰に両拳をあてた。そして尊大に、シモクツチカらしく尊大な笑顔を浮かべてサランへ語り掛ける。

 視線はキタノカタマコへ向けたまま。


「ミノ子、この前あんた自身この人のことが怖かったって言ってたクセにもう忘れたの? 人類の生命財産を護ることに生きがいを感じるような、わざとらしくてしゃらくさい女の子に見えるかって訊いたら、即効でううんって言ったじゃん。わすれてんじゃないっつの、自分の直観をさぁっ」

「そ、そりゃあ怖いっつったのも、お前の言葉に同意したのも覚えてるけどだなぁッ」


 ツチカの言いたい放題にムカついたり、あの時は「嘘くさくてしゃらくさい女の子」とまでぶっちゃけたことまでは言ってなかったぞとツッコみたくなるのをこらえて、サランはツチカとキタノカタマコを見比べる。ツチカは好戦的に微笑んでいるし、キタノカタマコはくだらない話を聞かされた直後のような無表情で浮いている。

 悪戯に空気をピリピリさせるだけで下手な動きを見せずに気配を伺いにらみ合う、二人を前をしてサランはツチカが口にした「真相」のインパクトをそれこそ心の中で均した。


「ち、地球を文字通りまっ平って、なんだよう、それ? いくらキタノカタさんが本当はワルキューレじゃないって言ったって、魂だけは外世界の天女だからって――」 

「世迷言を」

 

 扇子の陰にかくれた唇から、キタノカタマコはつるりと言葉を吐く。

 若干の怯えが浮かんだサランの視線を受けても、キタノカタマコは眉を一筋動かすことも、まつ毛を一厘持ち上げることもしなかった。表情をぴくとも変化させず、退屈で仕方なさそうに扇子をゆったりと動かす。

 シモクツチカの関心が自分へ移った以上、サランのような下っ端低レアワルキューレのことなどもう関心の埒外にいるとばかりに。


「元文芸部副部長、貴方は少なからずそこの者の人柄を把握しているはずです。お訊きしましょう。それは嘘たばかることを全くしないと言い切れる輩ですか?」


 扇子の上からのぞく眼がサランを見つめ、つうっと細くなる。笑ってはいない。明確に脅しをかけている。シモクツチカの言葉に耳は貸すなとサランに命じている。


「そこな者はゴシップガール等と称し、あることないこと学園の外へもらしたものですよ?」

「よっく言うよ。自分のことに棚にあげてさぁー。あることないことぶち上げて、全世界の皆さんに現在進行形でご迷惑かけてるのはどこの誰でしたっけー?」


 ツチカがようやく直接キタノカタマコへ噛みつく。


「ミノ子ー、耳貸しちゃダメだよ。

「うるせえなぁ、わかってるようっ」


 憎たらしいツチカに相応しいとサランが信じる口調で言い返し、サランは軽く目をとじる。そして頭の中に浮かんだ図に目を凝らす。


 既に答えは持っている、確かにそうだ。まったくツチカの言うとおりだ。


 散々暴れまわって恥をさらしたこの晩夏と初秋の経験が、どちらの言い分を信じるべきか既に決定を下している。無論、キタノカタマコを信じるなとサランに備わった六感が警報を鳴らしている。


 キタノカタマコは大昔に飛来した天女の魂を有する女だ。

 天女と言えど寿命は人並みだったのか、時代時代の協力者を富み栄えさせるのと引き換えに、魂の器たる人間の体を得ながら記憶や人格を維持してきた存在だ。

 天から飛来したというもともとの出自、そして魂をこの世界に縛り付けるという術が使えるあたり、本来は侵略者と呼ばれる筈の存在なのだ。しかし、その肉体は人間、しかもたった十四、五年しか生きていない少女なのである。

 人類と交配可能なワンドを肉体的な母親に持つツチカとは違って肉体的には純粋な人類であるが故に、現在の規定ではワルキューレに区分される。キタノカタマコはそんな少女だ。


 ――ツチカの言い分では、質の悪い侵略者であるにも関わらず――。


 キタノカタマコは配信を通じて一般人類の皆さんの前で、楚々と可憐に涙を流し世界と人類の生命財産をまもるために殉じる覚悟がある、そのために力を貸して欲しいとぬけぬけとスピーチした過去がある。嘘たばかることばかりしているとツチカを責めるなら、キタノカタマコのしていることはツチカといい勝負だ。

 ――いや、ツチカより悪質だ。レディハンマーヘッドを名乗るツチカは伏せるべき出来事と語るべき真実を恣意的に選択をして文脈を読み替えあることないことを騙りはしたが、まったくの嘘はついていない。たばかりはしたが、嘘だけはついていない。


 本当に人類の生命や財産を護る気なんてないのに、ワルキューレに対する尊敬の念も欠片だって持ち合わせていないのに、幼いころに憧れた第一世代のワルキューレのように地上に永久の平和をもたらすような夢を掲げるべきだと麗々しく語ってみせたキタノカタマコの方が、二枚舌ぶりでは上だ。

 そう結論付けてから、サランはいよいよ本格的に腹をくくった。

 目の前にいるのは、ワルキューレの皮をかぶった侵略者以外の何者でもないのだから。


「北ノ方さん、再度お尋ねしてもいいですか?」

「必要性を感じませんので。あなたはいつになったら撞木槌華それを返してくださるのです?」


 けんもほろろな反応を、キタノカタマコは寄こした。なにがなんでもサランと対等に会話をしたくはない、ということらしい。

 ともあれ、マコは執拗にツチカの返却に拘る。ツチカがなかなか手に入らないとなれば、(どういう縁でつながっている仲なのかはまだ判明していないが)ツチカのスペアであるフカガワミコトを手元におくことに躍起になっていた。

 つまり、おそらくこの世界をまっ平に均す作業にはツチカが不可欠である、なぜならば最古のワンドが七体すべてそろわなければ必要だから――。と、サランは目論む。今までの経緯からしてこれが正解の筈だ。

 よし、と腹の中で拳を握りしめてからサランはマコへ食い気味になりつつ質問を繰り返した。


「撞木がさっき言った、地球を均すってどういうことですかっ? 天と地を一つにするっていうのと同じ意味なんですか? つまり――」

「だったらどうだというのです、元文芸部副部長?」


 一貫してサランには汚物を見るような視線しかよこそなかったマコの表情がようやく変わった。勿論プラス方向には変わらない。うんざりであるといわんばかりに、はっと息を吐き、氷じみた冷たい視線でサランを刺した。

 

 それでサランも覚悟を決めた。一拍、気合をためてキタノカタマコを正面から見つめる。


「なら仕方ないです。――撞木ゥ」


 サランの呼びかけに沿うように、シモクツチカは茶髪に戻っていた髪の色を白銀へ変化させる。戦闘準備は整ったという合図なのだろう。

 それをみたマコの表情は、忌々しそうなものへと変化を遂げる。この期に及んで……! という言葉が聴こえる思いがした。

 その顔つきが、元来短気なサランの気性に火をつけた。


「初等部生徒会長様は侵略者に憑かれてらっしゃる! 精神汚染の疑いアリ、勿論当方に浄化能力はないようっ」

「あっそ。残念ね、あたしにもないんだけどー?」


 空気を含ませるように髪を膨らませたツチカはそのまま、ふわりと浮き上がる。サランの意図を汲んだのか、その顔に持ち前の、生意気で腹立たしくて傲岸不遜で自信満々な表情が浮かんだ。重い枷が外せてしていると言わんばかりの洋々としたその顔に、サランは悔しさと力づよさも感じないではいられない。

  

 ああやはり、こういう腹が立つ顔と態度がにあってこそのシモクツチカ。

 同期で一番力があったくせに本気になった姿を見せたことがない規格外のワルキューレ。

 今日こそ本気を引っ張り出してやる、それができるのはバスケットボールを顔面にぶつけられた自分だけだ――という妙な確信にかられたままサランは号令を発した。


「それじゃあ仕方ない。浄化は専門家に任せるとして、とりあえず戦闘不能になるくらいまであの人をぶったたけ!」


 サランの指示にツチカは瞬時の移動で応じる。状況を呼んだキタノカタマコが羽衣の裾を閃かせて防御壁をはるより直前に、取り澄ましたマコの正面に現れたツチカは思い切り拳を振りかざす。


「だからアンタねぇ……ッ!」


 振りかざした拳が一瞬大きく膨らんだように見えたのはサランの錯覚なのか、それとも最古のワンドを母に持つ女の特殊な能力かは、その瞬間のサランには判別がつかない。わかった事実は思い切り捻りの効いたパンチを、ツチカはマコが展開した防御壁ごと叩きつけたということである。


「指示が雑ゥっ‼」

 

 虹色に輝く羽衣で展開された防御壁は、バリィン! と幾枚ものガラスを一斉に壊したような派手な音を立てて粉々に砕け、一枚のひらひらと頼りない布に戻る。

 それでもパンチの威力は減じることには貢献したらしく、キタノカタマコの体は後方へあおられこそすれ、倒れはしない。宙で体を固定して、白檀の扇子をさっと仰いだ。そこからキラキラと輝く粉が、ツチカを襲う。その粉は毒粉か鉄粉か。危険なものに違いないそれを、一気に伸ばした髪を先の戦闘で見せたように連獅子の要領で振り回して仰ぎ、散らした。

 剣呑な粉の雲が散らされ、マコの表情も変わる。その正面にツチカは飛び込む。


「!?」

「あーもうまた小細工っ!」


 宙に浮いたまま、やはり華麗なピルエットの要領でツチカはマコに食らわしたのは回し蹴りだ。顔のあたりで構えた扇子ごと防御を蹴って弾き飛ばす。細工の施された扇子は宙を舞った。

 防御をはじかれてがら空きになった側頭へ、もう一度くるりとピルエットを舞ったツチカは今度こそクリティカルな蹴りを放つ。


「うざいんだってばあんたのそういう、のッ!」


 最後の「のッ!」の声に合わせて放たれた蹴りにより、キタノカタマコの体は弾かれ後方へ飛ぶ。行く先は九十九タワー正面にあるガラス壁のあのビルだ。マコの体がそこへ激突したとたん、壁面全体に蜘蛛の巣状の亀裂が走り、直後ビルが轟音を立てて崩壊した。


 土煙、砂埃、もうもうと巻き上げ、サランがあの夜見た電子時計も鏡文字の看板もガラガラと地上へ落下する。

 押し寄せる粉塵から逃れながら、サランは絶句していた。鏡面世界なので一般人の巻き添えが無いことだけは幸い、そしていくら魂を侵略者に汚染されたワルキューレとはいえ肉体的には人間である少女へ食らわせる攻撃にしてはムチャクチャすぎる――、二千年紀のバトル系少年漫画じゃあるまいし。


 言葉を失くすサランとは違い、ツチカは元の長さに戻した髪をさっと手で払い、実に実に気持ちよさそうににんまりわらって、宙でポージングをしてみせた。


「あ~……っ、もうっ、快っ感!」


 それ時代設定が十年ほどずれてるぞ、等と、サランもさすがにつっこめない。

 

「昔っから一度、あの済ました顔に一発ケリかパンチをかましたかったんだよねー、あー、スッとしたぁ~」


 両足を肩幅にひらき、腰に手をあて、そのように言い切ったシモクツチカの有様は、本人が言う通り実に実に気持ちよさそうだった。

 確かに以前から確執のある相手を蹴り飛ばしてビルに叩き込んだのちに倒壊までおこせば気分は爽快に違いない。だが、


「……撞木……」


 おまえなぁ……と、もうもうと土煙をあげるビルの残骸を前に、呆れた口調でサランは呟いた。いくら相手が天女の魂を宿しているとはいえ、キタノカタマコは肉体的には少女である。ビルが崩れ落ちる程のエネルギーで蹴られて無事とは思えない。

 それを考えるとサランはぞっとするが、反面マコがクリティカルなケリを食らうという場面にサランも留飲を下げなかったといえばうそになる。やや複雑な心境でいるサランを、いきいきと調子に乗っているツチカは呼びかけた。


「ミノ子、ボーっとするなってば! あの人はあれしきで死んだりしない。心配するだけ感情の無駄。多分今度は――」


 強引にツチカはサランの腕をとり、ぴょいっと地面を蹴った。さっき空を舞った時と同様、ワイヤーをつけて舞うパフォーマーを思わせる動作で身軽にくるりと弧を描いて宙を移動する。サランは腕一本でそこからぶら下がる格好になるわけだが、かまわずツチカは大きく螺旋を描きつつ上昇する。


「下からくるよッ!」


 その読み通り足元の、芝生がところどころめくれ上がった地面が一気にひび割れるとそこから七色に反射する太い縄上のものが幾本も立ち上がった。その先が皆、ドリルのようにとがり音を立てて回転していた。

 そのドリルで地面を掘り進んできたということなのだろう、立ち上がるドリルを足場に猛スピードで駆け上がってくるキタノカタマコの顔や衣服のあちこちに泥汚れが付着していた。しかし本人は目をつりあげて、シモクツチカの後を追う。


「撞木槌華ぁぁぁぁああああっ!」

 

 堪忍袋が切れたと言わんばかりのマコは目を鬼女のように燃え上がらせながら、うねるドリルの頂点へ来るやいなやさっと身を宙へ躍らせた。今まで足場だったドリルが再び羽衣に戻ると流れるようにそれを纏わせてマコは天女のスタイルを維持する。――その手の表面にブンブンうなりながら浮いている円盤状のものは、どうみてもノコの回転鋸だったが。 

 そういえばあの羽衣にノコは取り込まれていたんだったけ――? と、重要な情報を思い出したころにはマコはうごいており、回転する鋸でできた円盤をぶんと振る。


「お前も落ちろォ!」


 お嬢様とは思えぬ怒声をだして、ツチカはそれを放り投げた。高速回転する鋸は、ギュンッ! と風を切り裂き二人を追撃する。しかもあろうことか、途中でいくつもに分裂した。


「何だ、魔球かようっ⁉︎」

「あんた余裕じゃんっ!」


 なっまいき〜、と憎たらしく付け足すツチカの口調は楽しくて仕方なさそうな不敵さが滲んでいる。どうやらキタノカタマコを蹴り飛ばした高揚感と、激怒する仇敵を快感にゾクゾクと酔いしれているようだ。つくづくろくでもない女だ、とサランには呆れる時間もない。なにしろ腕を掴まれているだけの宙ぶらりん状態だ。

 フリスビーのような読みづらい起動を描く鋸の襲撃を、空中をでたらめに滑空しながらツチカはすれすれでかわす。明らかに遊んでいる。それどころか、


「食らえってのっ!」


 と叫んで、ちょうどいいポジションに飛び込んできた鋸を蹴り返すというふざけた真似までし見せている。漫画の殺人シュートのように真っ直ぐマコのもとに返される鋸は羽衣の一部に吸収されてダメージを負わせることは敵わなかったものの、舐めた真似をされてマコの憤激は強くなる。


「お前はいつもいつもいつもいつも……、なぜ立場を弁えぬっ!」

 

 叫びながら、マコは羽衣の一端を握りしめる。そしてその端の方を、ぶん、と振り回した。ひらひらと質量などないも同然の羽衣なのに、先端が球形に丸まった途端、鉄球のように重たいものをふりまわすような空気のそよぎと不穏な音を辺りに響かせるのだ。鎖分銅をあつかうように羽衣を振り回している間も、鋸の円盤は二人を四方八方からおそう。


「うざったいなー、もうっ」

 

 前後左右、縦横無尽に二人の周りを飛来してその体を斬りつけようとやってくる回転鋸に征く手を阻まれて、さしものツチカも顔をしかめたが。が、何を思いついたのか、にやっと笑うなり、サランの腕をつかんでいるのとは反対の腕で無造作に自分の髪を掴んでまとめて持ち上げた。その直後、ツチカの背中の辺りを鋸の一枚がかすめ飛ぶ。


 ぱらり、と白銀色に変化した髪が切断され舞った。脱色されて穿いても手入れは施されていたさらさらつやつやのシャギーを雑なセミロングにされてもツチカはどこまでも不敵に微笑み、手の中に残った髪をさっと振ってみせた。

 切られた髪の束は、ツチカの中で虹色の塊になり、金属めいた輝きを浮かべたのちに、飴細工のようにぐにゃりと自動的に球体から薄い長方形に変化した。そしてそれは一瞬で、サランがよく見慣れた形になる。

 

 サランのワンド、栞を収めた鞘でもある本だ。それを無造作に、ツチカは目を丸くするサランへ押し付ける。


「ん。あんたのことだし、どうせワンド携帯してなかったでしょー? 特別レンタル」

「あ、ありがと……」


 ツチカの体は半分がワンドだ。こういう芸当も可能なのだろうと理解はできたが。しかし目の前で髪を切らせてしまった。これはサランにとっては相当な負い目である。おそらくシモクツチカには一度も言うことはあるまいと持っていたひとことが、このタイミングでポロリとでてしまった。

 そのあと、悪いな、とか、うちのために、とかしおらしい一言がこぼれでそうになった勢いで、ツチカはいつものごとく顔をしかめて気持ち悪そうに罵倒を連射したのだが。


「っはぁ~? レンタルつったじゃん! お礼とかキモイし。つか、そうやってぶら下がってても邪魔だから防護壁でも張れって意味で渡したんだし! 出来るでしょ、あんたでもそれくらいっ」


 早口で罵倒しながらツチカはさっと頭を軽くゆすった。それだけで白銀の髪が生え、完全に元通りになる。つまり、髪を切らせたのはツチカにとってはなんら心の痛む行為などではなかったということだ。

 しおらしくなった気持ちを返せ畜生! と心の中でむかっ腹を立てながら、サランはひったくるように左腕で本を受け取る。右腕はツチカの腕が掴んでいるので仕方なく、本の天井からはみ出た出た栞のリボンを唇で挟み、自由に動く左腕で本を動かす。そして唇に挟んだまま栞に念を込めた。

 

 ツチカの周囲には動きを封じる回転鋸の結界、地面から生えでたような巨大触手を思わせるドリルをうねらせながら、その上でブンブンと鎖からぶら下がった鉄球状に変化させた羽衣を振り回すキタノカタマコ。お嬢様の細腕で振り回せるものとは思えないボーリングの球くらいありそうなものをマコは、二人に向かって、ぶん、と投げた。

 具体的にはわからないが、つるされている状態のサランの目には結構なスピードで鉄球(の状態に変化させたワンド)が二人めがけて襲いかかる。

 ひいっ! と、恐怖に駆られて目をとじながらもサランは口から念を込めた栞を思い切りプッと噴き出した。防御壁のイメージを思い浮かべる。


 サランの唇から数十センチと言うところで、栞は大きな板状に膨らみ襲いかかる鉄球の飛来をギリギリで食い止める。どうやらオリジナルのワンドよりも硬く丈夫だったのか、そのまま鉄球は跳ね返り、投げ打ったマコの元へ帰ってゆく。

 よっしゃあ、と喜んだのも束の間。眦を吊り上げているマコはドリルの上でジャンプすると、飛来する鉄球の上に片足をのせて踏み切る。そのまま羽衣の一端を掴んだままうんと高くさらに舞い上がった。

 それはちょうどサランと、サランの右腕を掴んでぶら下げているツチカの真上だ。重力・質量ものともせず、球の状態に丸めたそれを掴んで二人の頭上から迷わず叩きつけようとする。一瞬、目が殺意めいた感情で揺らめいたのが見えた。


 ひい、とサランは小さい悲鳴をあげそうになりながら、数枚の栞を一気に引き抜いて再び念を込めてから吹きだす。なんでもいいから自分たちをまもれという念を込めて。

 

 がっつん、と鉄と鉄がぶつかるような強い音がしたのはその瞬間だ。サランが数枚の栞で張った、球形の防護壁とマコの鉄球がぶつかったのだ。鎖の鉄球のつなぎ目部分を握りしめたマコは、それでツチカの頭をつぶしたそうに怒りをこめて、ガツン、ガツン、と再度ぶつける。その都度、防御壁は風に弄ばれるシャボン玉のように不安定に揺らいだ。

 そのような真似をされていつ防護壁が砕け散るか、と気が気じゃないサランに比べて、ツチカは非常にイキイキとしていた。自分相手にキタノカタマコが憎悪と嫌悪とくやしさをむきだしにガツンガツンと質量だよりの物理攻撃に出ているという状態が嬉しくてならないらしい。

 フフン、といつもの人を小バカにする微笑みをうかべては、目を怒りで燃え立たせるマコの姿をゆっくりと見下す。


「ああら、北ノ方の真子様とあろう御方が歯をむき出したりしてはしたないこと。それじゃあまるで動物園のおサルさんだわ。キーキー喚いてみっともなーい」

「――ッ」

 

 お嬢様語をまねたツチカの罵倒に、サランも思わず引いてしまった。しかし、おサルさんは明らかに言い過ぎだとしても、我を忘れたような力づくの暴力はキタノカタマコらしくないことは確かだ。キタノカタマコもそれでクールダウンしたのか、鉄球の形を一旦羽衣に戻す。

 しかし、相変わらず目はつり上がったままだ。ツチカに対する強い嫌悪と怒りを燃え上がらせている。


「――どうして、どうしてお前はっ、いつまでも反抗的なのです――ッ!?」


 地上から生えた触手状ドリルも羽衣の一部に戻して、マコは大きな一枚の布上に広げる。背後にそびえる九十九タワーを丸ごと包めそうなほどの虹色の大きな布に。


使! だのに何故、何故……ッ」


 ――ちょっと待て。


 唇に新たな栞のリボンを咥え、次なる攻撃に備えていたサランは思わず耳を疑った。誰が何を守るって? サランが知る限り、この世界をまっ平に均すのが真の目的であり、人類の平和と安全など建前でしかないと言わんばかりだったこの天女の魂を宿すワルキューレのお嬢様は?


 そんなサランの疑問に書かずりあうことなく、ツチカは顎を軽く上向けた最高に腹立たしい顔で、頭に血が上っているマコをあおりに煽るのだ。


「だぁかぁらぁ、今こうやって守ってるじゃない! 人類の生活拠点を奪おうとしている悪い悪い天女の女の子侵略者から、この世界に住まう皆さまの生命財産を!」

「屁理屈は結構!」


 一枚の布になった羽衣は、折り紙のよに形を変えある構造物の姿になる。サランとツチカ、二人をまたぐ格好で建ちあがるそれは、隣の九十九タワーにもよく似ている柱状のものでくみ上げた四角錐の構造をしていた。が、頂点から底面にかけて一本の細長い筒がある。筒の真下に二人はいる格好だ。

 その構造物が何かを悟ったのかツチカが息を飲む音が聞こえた。口に栞を咥えたままサランがその顔を見上げようとした途端、


「っ、――!?」


 掴まれた右腕をぶんと振り回され、サランはそのまま九十九タワーとは反対方面へ投げ捨てられる。

 何をする、と抗議しようにも口は栞を咥えたままだ。兵装姿でなければ大惨事は免れなかった筈の高さから、キタノカタマコにまだ掘り返されていなかった芝生の上に受け身を取りながらどうにか落下すると同時に、体全体に突きあげるような振動が響いた。せっかく大したけがもなく落下したのに再び体が跳ね上がるような衝撃が地面に響いたのだ。

 加えていた栞を痺れる右手でむしり取りながら、サランはマコがくみ上げてた構造物の全体を把握し、愕然とする。


 九十九タワーとほぼ同程度の高さがあるそれは、重機や工業機械類に疎いサランでは「地質調査などで使われるもの」という以上の説明ができない機械、ボーリングマシンだ。

 地質調査だけでなく、温泉や石油の掘削にも使われるはずだ。確か、鉄柱を打ち込んだりして――、と混乱した頭で考えたサランはあることに気が付いてそこから駆け出す。


「し、撞木……ッ!」


 投げ捨てられるまえ、二人の頭上には円柱があったのだ。マコが羽衣から生じせしめた構造物の働きからして、あの円柱からはかなりの鉄柱の類が真下に向けて打ち込まれた筈だ。さっきのあの衝撃が、それが撃ち込まれた音と反動だとしたら、その真下にいたはずのシモクツチカはぺっちゃんこではすまされない。

 ぞっと全身から冷たい汗をにじませながら、サランは駆ける。見た所二人がいた地点には極太の鉄柱が撃ち込まれたように見える。


 ――嘘だろ、おい。地球がまっ平になる前に自分がそうなってどうする?


 サランは口を動かすが、それは声にならない。それを直接目で確かめられず、地面を駆ける足がゆっくりになる。近づけば近づくほど、鉄柱は地面に深くに埋まっていた。


「撞木、撞木っ、撞木ーッ!」


 サランは叫ぶ。恥も外聞もなく叫ぶ。さっき博物館で襲われた恐怖が全身に蘇る。あの時斬られたジュリは演劇部二人の乱入で一命をとりとめたが、そんな奇跡が二度も起こるなんてサランには思えない。というか二度もあったら身が持たない。

 大体あの女が素直につぶされるわけがない、と、サランは必死の思いで周囲を見渡す。ワンドの能力を解放している状態のツチカは空を飛べる。絶対どこかにいるはずだ。

 しかし、すっかり落ちた日のせいであたりは暗く、そのくせネオンやライトなどの街の日は眩しく、ツチカの白銀の髪がなかなか見つからない。絶対そこいらにいるはずなのに、ともどかしく思うサランの目は自然に九十九タワーに移動する。

 探す場所は電波の入りがいいとされたあの場所だ。

 

 しかし、銀髪の姿を物憂くなびかせる、腹の立つ女の影はそこにはない。


「……どこに隠れたんだようっ、こんな時にふざけてんじゃねえようっ!」


 手にした栞を握りしめて、サランは叫んだ。シモクツチカはこういう所で平気でふざけるような女だと理性は告げているが、感情は追いつかない。ボーリングマシンが稼働する直前で投げ落とされたサランとしてはどうしたって負い目が生じる。こんなときに悪質な悪ふざけをしやがって、と、精いっぱいの強がりを吐きたくなる。


 そんなサランの耳に聞こえてきたのは、冷たく涼しい、令嬢の声。


「情けない声をお出しにならなくとも結構。あれがそう簡単に死ぬものですか」

  

 心配を打ち消したいサランの内心とほぼ同じ言葉を口にしているにもかかわらず、ひとかけらの思いやりも感じさせない冷め切った声。お陰で慰められずに済みはした。


 サランは振り向く。さきほど倒壊したビルの跡地を背に、地に降り立ったキタノカタマコがいる。バスターミナル前に並ぶ様々なオフィスビル、鏡文字になった看板やビルの窓からもれる蛍光灯の煌々とした輝きを背にしているキタノカタマコの表情は逆光で見えづらい。

 ツチカ相手にはあれほど激高していたマコだが、サランを前にすると極めて静かな普段通りの涼しい声で接する。感情のひとかけらすら見せるのはサランごときには勿体ないとばかりに、落ち着き払った初等部生徒会長の態度で接する。


「それに、あれが貴方ごときの命を助けるために、自らの体を危険にさらすような真似をするとお思いですか? 滑稽な」

「――ッ!」


 それはサランにも真理のように思えた。真理であってほしいと思った。


 しかし口ではなんであれ、シモクツチカはサランに代用のワンドを提供するために髪を切らせるようなところもあり、仲の良いジャクリーンの代わりにスキャンダルを買って出ることもあれば、特殊な任務のせいで恋人と過ごす時間を作れないコサメに休暇を与えるために誰とのワンドも使えるという体質を活かして任務を交代するような、妙な義侠心と気風の良さも併せ持つ面もある女なのだった。侍女として付き合いが長いジュリが言う所の、気前のいい一面もあるのだ。

 そんな女のすることだ。ほんの気まぐれに気風のよさを発揮したとも考えられるのだ。


 サランは大股でつかつかとマコの下に歩み寄る。マコが抵抗しないのもいいことに、襟首をつかんで頭を大きく振りかぶる。

 マコが器の大きいところを見せたのはそこまでだった。

 サランが頭突きをくらわそうとしたその動きを利用して、労せず器用に投げ飛ばしたのだ。容赦なく叩き落されたようだが、兵装のお陰で助かった。それでも息は一瞬詰まる。


「あれはどうせ、その辺に隠れていますよ。そして今の貴方を見て性根をむき出して笑っています。撞木槌華はそういう輩です。――あれの母に似て、己の立場を弁えず、人間などを愛し、どこまでも手も焼かせる、跳ね返りのじゃじゃ馬です」


 サランは立ち上がり、涼し気に言い放つキタノカタマコへもう一度掴みかかる。そして投げられる。掴みかかる。投げられる。やけになりわあわあと喚きながらつかみかかると、今度は平手打ちを食らわされたのちに投げられる。

 

 投げられて傷む背中より、痴れ者を打ち慣れたお嬢様の平手で張られた頬の方が、心なしかじんじんと痛い。荒らされた芝生の上にひっくり返らされたサランは、息を整えながら夜空を見上げた。


「――」


 サランとは違い、呼吸一つ乱していないキタノカタマコの気配はそこにある。立ち去る様子も見えない。マコからは相変わらず、虫けらか汚物でもみるかのような容赦のない視線が放たれる気配が感じられた。涼やかなあの視線には質量でもあるのか、と、悔し紛れにサランは思う。

 不意に、マコの靴音がしてサランはそちらをようよう見やった。マコはサランごときに未練一つ残さず、回れ右をして立ち去る所だった。


 その背中にサランは問いかける。質問ばかりだ、と自嘲しつつ。


「北ノ方さん……、お願いです。結局北ノ方さんの目的って何なんですか? 地球をまっ平に均すって本気なんですか? だとしたら何の目的でそういうことをなさるんですか? 大体の仮にもワルキューレやっていて、あんな大層なスピーチもかましておいて、本当に世界も人類も愛してないんですか?」


 矢継ぎ早に質問をたたみかけておきながら、サランは期待はしていなかった。

 てっきりこの人のことだから、こちらには一瞥もせずすたすたと歩き去るのだろう。サランはそのように身構えていた。キタノカタマコにとっての自分という存在を過大評価していないサランは、ダメで元々で尋ねた。ここまで馬鹿をさらしたし、ほえ面だってかかせたのだからそれぐらいはせめて知っておきたかった。


「貴方が知る必要はありません」


 案の定、返答はこれだ。キタノカタマコの中にはサランに対する憐れみも敬意もないかのようであった。まあ予想していた通りではあるのでダメージは少ない。だからサランは言葉を継ぐ。


「さっき、撞木のヤツに、お前の使命は自分の命令に従ってこの世界を守ることだって仰ったじゃないですか? てことはつまり、北ノ方さんにはこの世界を守るって意志はあるんでしょう? 世界や人類は愛していなくても」

「――」


 キタノカタマコの返答は無言だ。さっきまで見せていた全くの無関心というわけではなさそうな、無言という形での返答だ。その雰囲気をサランは察する。


「うちだって、人類や世界なんて自分の生まれ育った所と家族や友人や朋輩たちしか愛せてませんよう。でもこんなんですがそれなりにワルキューレやってます。――やっぱり、世界中にはうちの身内や知り合いみたいな人たちがいるんだろうなって思うからですが――」

「要点を仰いなさい」


 冷ややかなマコの指示に従い、単刀直入にサランは問うた。そして、言った。


「北ノ方さんはなんで天女って形の侵略者なのに、のうのうとワルキューレやってたんですか? なんでワルキューレのままでいられなかったんですか? ずるいですよう、そんな。世界の人を騙して、ワニブチを危険な任務に就かせようとして、卑怯です。――最低最悪の侵略者ですよう、あんた」


 所詮、負け犬の遠吠えだ。

 二人掛でほえ面かかそうとして反対にかかされた、みじめな犬っころだ。

 そう居直ってサランは口にした。


 キタノカタマコにとってサランは路傍の石以下の存在である。

 直截な侮蔑ごとき、まともに反応する感情すら勿体ないと判断されたのだろう。キタノカタマコは怒りもしなければ呆れもしなかった。それでも少しは不愉快だったのだったのか、むっつりとした無言でいる。その後に小さく息を吐いた。そして答えた。


「一言断っておきましょう。仰る通り私はこの世の人類は嫌いです。しかし世界のことは愛しております。人類の皆様方より真摯に誠の想いを捧げております」


 でなければこのような茶番、演じるものですか。と、苦虫を噛むような調子でキタノカタマコは予想外の言葉を口にした。

 

 ――この人が世界を愛してるんだって、ふん。


 とっさにシモクツチカの哄笑をサランが思い浮かべたその時、正面の空につうっと星が流れたのだ。

 流れ星だ。

 街の灯でそれなりにまばゆい九十九市の夜空でもその流星はそれなりにはっきりと見えた。

 それも一つだけではない、二つ、三つ……と、雨のように流星が夜空を駆けてゆく。

 

 力なく、かすれてはいたが、わあ、と場違いな歓声をサランは上げてしまった。それくらい壮麗な見ものであった。こんな状態でなければ(ついでに拡張現実の圏内であれば)おもいっきりはしゃいで動画の一つも撮影していただろう。

 なにもこんなみじめに転がっている時に、星菫派じみたロマンティックな光景みせつけてくれなくても……、と、天に対して少々恨めしいものを感じてしまう。


 それでも流星雨の見事さから目が放せず、その場に転がったままサランは天を仰いでいた。このことを戻ったらジュリに聞かせてやろう、そうだ、ジュリのもとに帰れますように。なんだかんだで疎開任務をナシにして、二人でそろって大人になれますように――と、サランは流星雨に願う。


 それから、そろそろシモクツチカがでてきますように、とも。

 

 それだけ祈っても流星雨は降りやまない。数十秒もの時間、天球の表面を星が滑り落ちてゆく。珍しい事態が思いのほか続いてしまうと、たとえそれがどんなに美しい現象であったとしても人間は怖れをいだいてしまうものだ。いつまでたっても止まない流星雨にサランが恐怖を覚えだしてしまったせいで、サランはキタノカタマコの無言の質が変わっていることを察するのに、しばらく気づかない。



 愕然。

 サランと同じように夜空を見上げたキタノカタマコの表情を表す言葉は、それしかなかった。



 ◇ゴシップガール復活SP 01:21:07◇



 メジロリリイの歌声は、環太平洋圏を中心に全世界へと広がる。


 その頃には大西洋圏でもユーラシア圏でもどこへでも、太平洋圏なにが起きているのかは拡張現実を介して隅々迄波及済みであり、太平洋高の新人ワルキューレが歌でちょっと特殊な甲種侵略者を退治する様を参加型ショーとして公開中である、という情報がバズりバズって喧しいほどだった。

 すでに会員上限を切ってるチャンネルに殺到するアクセス、各地から押し寄せる問い合わせのメールにマイクやカメラを手に押し寄せるゴシップサイト主催者のアバターの群れが、太平洋校のサイトの前に群れを成す。

 しかし工廠の爆発事故対応に追われる教職員たちは生徒たちの悪ふざけにかかずりあってはいられない。門戸をかたくとざして外部からの受付を遮断する。


 祭りに乗り遅れた地球の裏側からのお客様は、学校に門前払いを食らわせられた程度のことで取材を諦めない。策を講じているところへやってくるのは、ウサギやネコにイヌ、クマなど動物たちをケモノな少女キャラクターに描きかえたアバターたちだ。愛らしい擬人化の動物少女たちの腕にはそれぞれバスケットが下がっている。


「あなたたちリリイちゃんのことが知りたいの?」

「今ならリリイちゃんの歌が聴ける一番いい席に案内してあげる。内緒だよ?」


 擬人化少女たちは一様に愛らしいが、その分非常に胡散臭い(中には地下ギャンブルサイトで似たようなキャラクターを見かけた気がすると、記憶を刺激されたものもいたくらいだ)彼女らは、立ち往生しているアバターたちにバスケットの中身を見せる。

 先端にハートがついた、玩具めいたデザインのペンライトだ。定番のピンクの他に水色やレモン色、菫色など色とりどりのペンライトをが入っている。絵本に出てきそうな少女たちは、甲高い口調で説明する。


「これは魔法の杖だよ? リリイちゃんの歌に合わせて一振りすれば特別室に入れるんだ」


 それはどうも……とゴシップ亡者たちがそのバスケットに手を伸ばそうとすると、動物少女たちは「おっと」などと言いながらひょいとバスケットを持ち上げる。そしてすかさず、募金箱によくにた木製の箱をさし出すのだ。


「いやだなぁ。タダってわけにはいかないよぉ。お代はこの中にいれてね」


 値段は一般的なサイリウムやペンライトの価格よりゼロが一つ多い。明らかなぼったくりである、抗議しようにも動物少女たちは早口でせっつく。


「ほらほら、もう終わっちゃうよ? リリイちゃんの歌が、お兄さんもお姉さんもみんなここまできてせっかくの世紀のショーを見逃しちゃうんだ。残念だなぁ」

「そーだそーだ。ここまで来たのに無駄足だよ?」


 ぬかりなくせかす少女たちの声に刺激されて聴くと、たしかに歌は二番の終わりに差し掛かっている。こうはしていられないと焦りにせっつかれた客人たちは、言い値でペンライトを買っては一振りし、映画館を思わせる広い一室に招かれては壁を覆う広いスクリーンを見つめた。


 瞳をきらめっかせながら歌うリリイの愛らしさはまさに天使だ。カメラが的確に、リリイが美しく見える角度を追いかけると、微笑みも切なげな表情も全て拾い上げ、スクリーン型のモニターに中継される。


 それを見たアバターたちの多くは、いつのまにかつられてペンライトを降っている。おぼえていますか、と懐かしい歌詞を各国言語で口ずさむ。


 彼らがペンを振るたびに、配信の会員がおすボタンが連動してゲージが見る間にたまってゆくのだ。


 ゲージがいっぱいになればなるほど、泰山木の樹には何かが重なって見える。半透明のそれは大きな人型をしているように見えた。少なくとも泰山木の一番高い枝先から根元までが重なって見えるくらいは。

 

 その人影はまるで、艶やかな白銀の髪の上に金色のティアラを頂き、白いドレスを纏った女王のようだった――と、少なくない数の目撃者によって語られることになる。


 リリイの歌声がCメロ部分に差し掛かったその瞬間、泰山木の樹に重なる形で現れた大きな女の姿をカメラが映しだしたその瞬間、映像がモザイク状に乱れる。


 通信障害はほどなく治ったが、その時にはもうそこには女王のようなその影はない。そのかわりに、カメラはさっと天を仰ぐ。

 

 あの巨大な顔が、浮かぶ夜空を。


 そしてその顔にむけ、両腕をのばす白銀の髪に黄金の王冠、白いドレスを纏った女性の姿を――。


 泰山木の化身を思わせるその存在は、つぼみから花開かせるがごとくその細い体を夜空一杯に拡大する。白い爪先が沖の水面につき手を伸ばせば月に手が届きそうなほど。

 

 天球につかえそうなほどその身を伸ばした女王のようなその影は、空に浮かぶ顔にそっとおのが両手を添えたのだ。


 リリイの歌声が響く中、泰山木の樹から生じた女王を思わせるその影はその空に浮かぶ顔の唇に口づける。


 天に成る果実に唇をそえるように。

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