#51 ゴシップガール、大団円にはまだ早い!

 ◇ゴシップガール復活SP 00:44:02◇


『っ。はいはーい。メジロリリイちゃんで『マーメイド・メモリー』でしたぁ。やー、いい曲でしたねー。気になる方はぜひ各ストアでダウンロードしてあげてくてちょうだいませ』


 海辺を歩く白いワンピースの少女によるMVが終わり、画面は再びCGで作った海底の様子を模したセットに戻る。イソギンチャクのソファセットに座るシュモクザメを擬人化した拡張現実上にのみ存在する少女は、わざとらしい笑顔をつくる。


『ってわけでここからはぁ、視聴者の疑問にお答えするコーナーを始めちゃいます。題して〝緊急特別課企画、余は如何にして当番組を企画し全世界公開を決意するに至ったか″! つーわけでですねぇ~、ごくごくごーくわずかな方は既にごらんになってたんですけどもぉ、実はこの生配信が始まる数分前から当太平洋校で蠢く陰謀の一部始終を既に』


 ――既に。


 と、CGの少女が口にした途端画面が固まる。サメの目玉を模した大きなお団子髪を結った少女のいたずらっ子のような笑みが画面に大写しになったまま、無音で固まった。

 各家庭のリビング、私室、移動中の携帯端末上、一時休戦中の戦場の医療施設の中、ある大都市ジャックされたビルボードのモニターを見上げる人々、それぞれがつい画面に見入ったまま目をしばたたかせる。


 ――既に?


 そしてその言葉を耳内に響かせたまま首を傾げた時、ぱっと画面は暗転した。

 黒一色になった画面には、白い文字でメッセージが浮かび上がる。


『当番組には現在肖像権所有者により配信の中止要請が出ています』

『番組の中止・続行を現在協議中です』

『しばらくおまちください』


 各国言語により浮かび上がったメッセージを合成音声が淡々と読み上げる。それを三度ほど繰り返した後に現れたのは、子猫たちがたたわむれる様子にピアノので奏でた無個性な音楽を被せた環境映像だ。

 不都合により番組の放送・配信が不可能になった時に流される、おなじみの映像だ。それをみた視聴者の大半はため息をつき、チャンネルを変更した。


 ――なんだかよくわからなかったが、妙な番組に出会えたことは幸運だったといえるのかもしれない。


 けたたましいワルキューレたち、侵略者の大群、美しく愛らしいアイドルといった脈絡も無さそうな三体が一堂に介した衝撃は、なかなか一般視聴者には受け入れにくい事態であった。このまま速やかに忘れてやろうこ決意したとたん、野原のような場所で野の花と戯れる子猫の映像は、『ちぇいっ!』の気合で蹴り飛ばされた。


 自分たちのモニターを塞いでいた子猫の映像を蹴り飛ばしたのは、むろんレディハンマーヘッドを名乗るCGの少女だ。画面は再び海底を模したセットの様子に戻る。


『はーい残念でしたぁ。番組はもうちょい続くよ~。だってまだまだやりたいことの半分もやってないし~。っていうかさっきから実はメッセージバンバン来てるしぃ~! さっきちらっと映ったのヤマブキさんじゃねって、もっとがっつり映して映してって演劇部ファンからのメッセージ来てるしー、ほらほらぁ~!』


 シュモクザメを擬人化した少女は、エンゼルフィッシュに似たキャラクターが運んできたバインダーを受け取り、そこに書かれた文字をシャコガイ型モニターに映す。すると、翼竜型侵略者の攻撃からマーハを庇ったアオザイ型兵装のワルキューレの映像が映しだされた。そこに添付された各国語の単語も。そのどれもが、演劇部トップスターの貴重な兵装姿をもっと見せろというものだ。賞味数秒のわずかない映像に、怒涛のようなメッセージが押し寄せる。


『――うっわー、すっごーい。やっぱ演劇部さんてってばやっばいねー。皆さん熱心だねー。つうわけでやっぱここで配信打ち切るって選択肢はないと思うんだけど――⁉』


 アニメーションのキャラクターらしく、レディハンマーヘッドの表情がコミカルに驚愕を表現してぴょんと脇に飛びのいた。なぜなら真上から再び、画面に蓋をするように黒バックに白い文字でメッセージを浮かび上がらせたボードが降ってきたからだ。

 強制的に配信を終わらせようとする黒バックが画面全体を覆いつくすのを、レディハンマーヘッドは下から支えて押し上げようとすることで抵抗する。


『ちょっと、やだっ! まだ番組終わってないんですけどぉ~! 言論弾圧反対~!』

『何が言論弾圧ですか、人聞きの悪いっ! 緊急事態故にある程度の狼藉には目をつぶりましたけどももう黙って見ていられません! 当学園所属のワルキューレの肖像権の侵害、放送使用量未払い、そもそも学園外サーバを介するゲリラ生配信をこれ以上許可するなんてできるわけないでしょう! ていうかただでさえ問題山積みなのにこれ以上問題ごとを増やさないで頂戴おねがいだからぁぁぁぁっ!』


 ぐぐぐぐぐっ、とCGの少女を押しつぶさんとするように黒バックがぎゅうぎゅうと上から押し付けられる。まるで上から渾身の力で圧しているように、二つの力に挟まった文字を表示した黒い画面は撓んでひしゃげている。

 

『いいですかっ、今この番組を配信している者に高等部生徒会として警告します。即刻この放送、配信を中止しすること! あなた達のしているわが校の校則、ワルキューレ憲章、各種国際法よび各地の法令条例、全てに抵触してるんです! ワルキューレが率先して法令違反だなんて笑えないんですぅぅぅぅっ!』

『えー、なにその理屈、勝手すぎ~。放送前はこっちのこと散々利用し――』

『わーっわーっわーっわーっ……ゴホン。とにかく! 私は太平洋校高等部生徒会長ととしてこのような悪ふざけを容認するわけには――……え、ちょっと待って? なんでなんでなんでっ、なんで私の声がモニターから聞こえてるの?』

『何いってんの? だってそりゃあカメラとマイクの圏内にいらっしゃればそりゃあ音声拾っちゃうじゃん。当たり前じゃん。――はいつうわけでー』


 重量挙げでもするように、自分を押しつぶそうとしていた黒バックの画面をぎりぎりのちからで持ち上げていたCGの少女は画面を黒一色に塗りつぶそうとしてたその板からひょいと手を放した。とたんに画面は切り替わる。

 簡易の管制室宜しく、自分の周囲に表示した無数のコントロールパネルの照り返しにを受けた、赤みの勝った金髪と水色の瞳にそばかすを散らせたワルキューレの顔がアップになった。

 カメラにぬかれていると気づいた少女が狼狽え、カメラから逃れようとフレームの外へ移動しようとするが、拡張現実上を泳いで移動し少女のとなりにぷかぷかと浮かぶレディハンマーヘッドが許さなかった。


『緊急ゲスト~、現太平洋高等部生徒会長、あの、えーと、ん~……――すみません、お名前何でしたっけ?』

『いやぁ~、映さないで。いやぁ~っ‼ また眼鏡がっ! 大量の眼鏡が部屋に部屋にぃぃ~!』


 名前を名乗らず、アメリアは顔を抑えてその場にしゃがみ込んだ。その背後から、会長しっかり! 今これ億単位の視聴者がいるんですよ! という激励と叱咤の言葉がとんでくのだが、彼女らはちゃっかりカメラの外へ逃げおおせいるため姿は見えない。

 その中でCGでできたエンジェルフィッシュがスケッチブックをめくってみせる。それを読んだレディハンマーヘッドは無情に宣言するのだった。


『はいっ、はいはいはいはーいおっけぇおっけぇ。――つーわけで改めまして本日のスペシャルゲスト三人目、高等部三年にして生徒会長、奇跡のメガネ相でいぶし銀的人気で上級者人気ナンバーワンのアメリア・フォックス先輩です。はい拍手~』

『やーめーてー! 止めてって言ってるでしょう、だいたい私は知ってるんですからねこの悪ふざけをしているのがどこの誰だかッ! ただちに配信を中心しないとあなた達のしでかした悪事は全て』

『あ、ちょっとまって会長、お空の上がすごいんですけどホラホラ、見ないと損ですよっ、損っ!』


 この番組を手掛けているものの正体をばらそうとするとすかさず、レディハンマーヘッドはやカメラを真上へ誘導する。 


 翼竜型侵略者が群れなして舞う夜空を縦横無尽に飛び回る、太平洋校が誇る特級ワルキューレが活躍するその空を。

 その背後で、話をそらさない~! とアメリアが叫んでいたのが虚しく流れた。



 ◇◆◇



「……、あ~ああ」 


 満点の星空ははげしく揺らめくオーロラの彼方。

 上空から隙をみればこちらにめがけて熱線を放つは、地上へと降下しようとする翼竜型侵略者の大群。

 そしてそれを海上に叩きつけ、地上で焼きつくし、締め落とし、切断するワルキューレたちの戦闘音(時々まじる遊園地ではしゃぐがとごとき歓声はレネー・マーセルのものらしい)。侵略者の断末魔。

 さすがにこの異常事態では黙っていられない、後者からのサイレンやアナウンス。

 校内の対応、そして今現在世界全体に配信されているゲリラ番組に関する教職員サイドからの確認要請に各種作業を行うのと同時進行で謝罪の声も金切り声になっている高等部生徒会メンバーの声。

 なぜか今、仮想空間のセット内でCGのレディハンマーヘッドにぎゃんぎゃんわめきたててているアメリア・フォックスの早口。


 その他各雑音と、はるか上空で非常にイキイキと翼竜型侵略者をラグーン内に叩き落すたびに生じる衝撃波が転じた風が、防風林の役割も兼ねていた棕櫚の木立のほとんどが失われた泰山木マグノリアハイツの庭を吹き荒らす。

 突風は、テラスの中を入りぬけサロンも荒らしているようで、お茶会の片付け作業に徹している演劇部の訓練生や大道具など裏方担当部員たちの悲鳴や指示の声が乱れ飛ぶ。


 混乱する事態の中、ノコの小さな体に宿った存在はふわりと宙に浮かび一帯をみまわしてから頭をふり、方向の一定しない風に髪をなびかせた。憎たらしい表情をうかべた端正な面立ちが、熱線の照り返しにさっと浮かび上がる。銀色の髪をふきあれる風になびかせた。

 

泰山木マグノリアハイツ、あたし憧れたんだよね。せっかくだから中を見学させてもらおっかな~って実は結構楽しみにしてたのにな~、なのになにこれ、このぐっちゃぐちゃっぷり!」


 派手に荒らされたお茶会会場の惨状を前にむしゃくしゃしてたまらない様子で、ノコに宿ったそれはノコの甲高い声を使い、サランにとっては忌々しい口調でうんざりしたように吐き捨てる。

 そしてなんとか激痛から解放されて体をよろよろと起こそうとするサランに容赦なく、軽蔑しきった声を浴びせるのだ。


「ひっど、最悪じゃん! ――っとさー、なんであんたってばそんなバカなの、愚図なの? 軽率な馬鹿の癖に肝心な所でやること遅いとか救いようがないんだけど、ねーミノ子ぉ?」

「……っ!」

「あたしが外からこうやってヒント出しまくってたのに、トロットロトロットロしてるせいでジュリはあの人とついてっちゃうしー、でもって泰山木マグノリアハイツって前々世紀末から受け継がれた重要文化財の一部がこんっな有様になっちゃったのって誰のせい~? ねー、誰のせいかなぁ~?」

「…………っ!」

「黙ってノソノソ地べた這いつくばってる場合じゃないって言ってんの聴こえないー? ねーってば、ミノムシミノ子。――いつまでも寝っ転がらないでくれる~? ったく生まれたての小鹿でもあるまいし可愛くないんだよ、フラフラよろよろされてもさぁっ!」

「ああああ糞っ、どっちが愚図だよ遅刻しまくりやがった癖にぃいいいっ!」


 我慢の限界がついにきて、サランはがばっと跳ね起きる。そして宙に浮かぶノコの足首を無造作につかんで引っ張りおろすと、すべすべのほっぺたをつまんでギュムーッと左右へ引っ張った。

 ノコの体を乗っ取った「ねーさん」なる存在の煽りによる怒りでワンドを破壊されたことによる激痛は吹っ飛んでしまったのはいいが、それと一緒に、自分の推論が間違っていなかったことによる安堵と、ようやく切り札が手に入った安心と歓喜も吹っ飛ばされてしまった。しかしそれはそれでサランの望むところである。

 シモクツチカがやってきたことに喜ぶ自分だなんて認めたくない。断じて認めるわけにはいかない。だから、ノコへの折檻もついキツくなってしまうのだった。

 

「何が〝ヒント出しまくってたくってたのぃ~″だっ! 妙な形でほのめかしてばっかりだったクセしやがってぇぇぇっ! そのせいでこっちはとんだ遠回りばっかりしてたんだぞ! こっちに呼んで欲しかったんなら素直にそう言えってんだこのこの謎めきたがりの思わせぶりっ子っ! 手のかかる察してちゃんのくせに勝ち誇るんじゃねえよう」

「ひょっ、はなひぇっへばっ! いはいひゃないっ!」


 ノコの体を奪ったツチカはサランへ真っ向睨み返してくるが、外見はすっかり見慣れたわんぱくでおしゃまであまり賢くないノコなので怖くない。おまけにほっぺたを引っ張ってる状態、言葉は不明瞭になる分迫力も減じる。

 通常のツチカにはこういった屈辱をあじあわせるのが難しい分、今までの怒りと憤りも込めてサランはノコの冷たい和菓子を思わせる感触の頬をつまんで左右に引っ張った。


「大体、お前は今までんだろぉッ⁉ んじゃあいいじゃんっ、泰山木マグノリアハイツにいりびたりだっただろうがここ数日っ⁉ 中なんて見なくたっていいだろ今更っ!」

「――! ひゃんひょわひゃっひゃへひゃんひゃらひゃやくよへっへひゃっひいっひゃひゃ――っ」

「はぁぁ~? 分かんないですけどぉ~? 何言ってんのかぜーんぜんわかんないんですけどぉ~?」

「いひゃっ、いっひゃいっへ、ひょーしのっへんひゃへえっへ――」

「だーかーらー、何言ってるのかわかりませーん。ぜーんぜーんわかりませーん」


 ぎゅむーっとノコの柔らかい頬っぺたをつまんで左右に引っ張るサランの子供っぽい勝ち誇り用に、シャー・ユイとカグラが呆れた視線を向けていたが構っていられない。サランは思う存分今までの留飲を下げていた。

 だが、小さな女児の肉体に宿っているのは、能力に比例した尊大さを持つ少女だ。きっと眦を吊り上げ、銀色の髪をふわりと孔雀の尾羽のように膨らませた。


「ひゃめひょっへいっへるのが――わからない?」


 ノコのものだった髪が幾束かに分かれ、その一つ一つの毛先が回転しき鋸に変化した。

 ぶおんぶおんと、小さな音を立ててながらそれは、サランへ突きつけられた。サランごときに愚弄されたという怒りで瞳をきらめかせながら、鋸に変化させた髪をサランの顔面そばまで近づける。ノコの体を操る何者かは自分へ暴力を振るうことを一切ためらわない女であることをよく知っているサランはすかさずパッと頬から手を放した。いくらなんでも、今、鋸でミンチ肉にされたくはない――まだやらなければいけないことはあるのだから。


 ったくもぉ――と、サランに引っ張られた頬をもみほぐしながら鋸に変化させた髪を元の状態に戻すノコの「ねーさん」は、サランを軽く睨みつけたあとに視線を外した。その先にはこの一部始終を見ていたシャー・ユイとミカワカグラの信じられないようなものを目の当たりにした表情がある。

 特にノコとは顔見知りだったカグラは、目を丸くしてこちらを見る。キタノカタマコの侍女と切り結んでいた状態だったのに、こちらに気を取られてしまう。


「え、えと、ノコちゃ――……⁉」

「はいお久しぶり、ミカワさん!」


 ノコの体を乗っ取った「ねーさん」は、本来のノコなら浮かべない人を小バカにした笑みを浮かべ、気を逸らしたカグラへ振り下ろされようとするした薙刀へ向けて円盤状のなにかを放った。

 ぶおん! と空をつんざく音を立てながら飛来するそれを避けようとカグラと対峙していた侍女は下がるが間に合わず、円盤は薙刀を両断する。

 やすやすとワンドを破壊した円盤は、ふわふわと宙に浮かぶ「ねーさん」の左手がひょいとつまむ。それで侍女の薙刀を破壊した円盤状の回転刃はノコの右手だったと知れた。


 ワンドを破壊されたとあってはは引き下がらずを得ず、困惑したように後退する侍女をあざけるように見下ろしながら、「ねーさん」は口だけはカグラへ向けて一見親し気にに語りかけるのだ。


「先月はどーもありがとねー。お陰で助かったし。あと、ほんとに白ワンピ着てくれたんだ。さんきゅー。やっぱ似合うじゃん。――あ、沙唯さんも超久しぶり~。ホントごめんねー、ずいぶん迷惑かけちゃってー」


 ワンピース姿を褒められたカグラが戸惑いながら「ありがとう」を口にしたときすでに、「ねーさん」の関心はすでに移っていた。怪訝な表情を浮かべているシャー・ユイを見下ろして一切悪びれない態度でぬけぬけと謝罪を口にした。

 謝られたシャー・ユイは無言だ。その代わり、眉間に皺を寄せて無言でサランを見つめ、どういうこと? と圧を放つ。ミカワカグラも同様で、自分の能力を活用してサランに問い詰める。


『サメジマさん、ちょっとなんでノコちゃんがシモクさんっぽくなっちゃうんですかぁっ⁉』

『ごめん、話すと長く――』

『じゃあこっちで勝手にこちらで読ませていただきますっ』

『それじゃあシャー・ユイにも転送してあげて』


 了解です、とカグラからの念が届いたのとほぼ同時に、ヤダちょっと何っ⁉ というシャー・ユイの悲鳴が上がった。おそらくカグラがサランの頭の中にあるビジョンを首尾よく送り届けてくれているが故の反応だ。本当にミカワさんは便利な能力を持っている――と、思わずサランはしみじみと感心しかけたのだが事態はそれどこではないのだ。


 ソウ・ツー・或いはノコだった存在は、義理のような挨拶をすませるともう自分の同級生だった二人にはすっかり関心を失ったらしい。伝説の不良ワルキューレらしい尊大な態度で、宙に浮かび腰に手をあて一帯を見回すのだった。

 

「……、それにしても、まあ」


 荒れ果てた泰山木マグノリアハイツ周辺の様子を見て感情を昂らせたのか、憎々し気に吐き捨てる。


「やっぱじっくり見るととヤバさが違うね。――貴重な文化遺産を前にしても一切の手加減ナシとか、ほんっとあの人らしいわ」


 声音こそ甲高いノコのものだが、どこか人を小バカにしつつも対象を見下げた口調はやはり忌々しい元同級生そのものだ。ノコの体に顕現した「ねーさん」の人格が「あの人」と指すのは誰なのか。間違いもなくキタノカタマコのことだろう。嫌悪と蔑みを混ぜ合わせた口調で嘲笑う。


「ワルキューレは全人類の生命・財産を愛することぉ~……とか率先して言ってるヤツが、人類の宝を前にしてこーいうことしでかすとか、マジウケる。あーウケる。超おもしろいんですけど~」


 あはははっ、とノコの体に宿ったシモクツチカでしかない存在は宙にフワフワと浮かびながら腹を抱えてわらってみせた。明らかに挑発だ。

 菫色の瞳にノコなら絶対浮かべない、他人を馬鹿にし踏みにじる傲慢さをにじませて陣形を立て直している警備員とかれらへ待つように指示をだす侍女の一人を見下ろした。

 

 同時に、場を荒らす風の一つが止む。


 リリイの日傘を奪って念力を怒涛のように放出していたタイガの力がつきたのか、その場で小柄な体がふらついた。血相変えたリリイが、相棒が倒れないよう支えに立ち上がって抱き留めていた。


「タイガっ、タイガタイガっ、もういいっ。もう大丈夫だっ」


 タイガはさっきまで、リリイから奪った日傘から膨大な念力を放射し続けていたのだ。その力でもって黒づくめの警備員たちが持つ武器を丸め、盾をひしゃげ、ヘルメットを砕く。土中に埋まっていた岩を浮き上がらせ砲弾のように吹き飛ばすことさえしていたのだ。

 いつもな愛嬌のある猫目が爛々と輝かせ、犬歯をむき出し髪を針のように逆立て、殺意と敵意一色に染めながら。

 持てる生命力全てを警備員たちの無害化にとりくむその状態は、同時にあふれる力を制御できない暴走状態に陥っていることもワルキューレとしてのランクは高くない者がみても明白だった。食いしばった歯をむきだしにした口には、いつもの見慣れたキャンディの棒が無い。吐き捨てたのか、食いちぎられたのか。すこしでもキャンディが口からなくなると不安になるくせに。

 だから、さっきまでツチカとにらみ合ってたサランの胸には恐怖がやどる。タイガは都市伝説上にしかいないと思われていた人造のワルキューレだ。怪しげなクスリに頼らなければならない身になっているため三年しか活動できない不完全なワルキューレだ。それが、あのように力を放出させるがままになっていたら――。

 

 リリイ自身が舐っていたキャンディを口から取り出すと、腕の中で酸素をむさぼるタイガの口に強引にねじ込んだ。その無造作な手つきと調和したリリイの自然な声音の口調を、翻訳機は屈託のない少年を思わせるものに変換し続ける。


「いいか。これが最後の一本だぞ。言ってる意味分かるなっ? もう絶対無理するなっ!」

「……、う……」


 返事もままならない状態のタイガは、リリイからねじこまれたキャンディをガリっと音を立ててかみ砕くと白い棒をその場に吐き捨てる。仕掛けのある日傘の柄を強く握りしめたままでパートナーに返そうとはしない。まだそれを盾のように構えようとする。

 ひどく消耗しているくせに戦闘の意志を失わないタイガをリングが頑なに音声へ変換しない故郷のスラングでリリイは詰る。――そんな二人にコンテナの陰に隠れて念力の放出をやり過ごしていた、警備員たちはゴム弾連射式の銃を向けた。日傘の奪りあいをしているメジロ姓二人の反応は数瞬遅れる――。

 が、


「あ、いっけなーい」


 揶揄うような女児の声がそう宣言したとその瞬間、まさにトリガーを引こうとしていた警備員たちの手から銃が投げ落とされた。頭上から不自然な角度で照射された熱線が、横一列にならんだ機銃の一瞬で舐めていったのだ。

 赤くどろりとした樹脂と鉄のかたまりに変化したそれは芝生の上に投げ出され、地面い焦げ目を作る。

 ヘルメットで表情の見えない警備員たちだが、おそらくその下で恐怖と驚愕の眼で宙にぷかぷか浮かぶ、女児にしか見えないモノに見入っていた。見入らざるを得なかった。


「ごっめんなさーい、手が滑っちゃったー」


 見えない椅子にすわるように膝を軽く曲げて浮かんでいる、ノコの体にやどったツチカは肱より先の消えた右腕をひらひらとふってみせた。ほどなくしてそこへくるりと弧を描いて戻ってきた回転する刃が接続し、少女の華奢な右手にもどる。


「すみませーん、わざとじゃないんですー。ホラ、真上の侵略者の熱線がこっちに直撃しそうだから跳ね返すつもりだったんだけど失敗しちゃってー」


 誰がどう聞いても嘘だとわかる台詞をぬけぬけと吐きながら、ノコの体に宿ったツチカはそう言ってニヤニヤと笑った。――それを向けられた者は必ず、確実にカチンとくる、そんな忌々しい笑いである。

 それを浮かべたまま、足元の下でかみ砕いたキャンディを嚥下するのもやっとな様子のタイガとそれを抱きとめるリリイを見下ろした。

 二人を見やったのは一瞬だ。その隙にツチカは早口で躊躇わず指示をする。


「三十秒だけ作ってあげる。あんたたちのうちどっちでもいいから、その間に力貯めといて」

「あん?」


 とっさに暴力のプロの顔つきと口調になるリリイだが、声を低めたツチカのこのセリフを聞いて立ちどころに表情と声を改めた。


「何? 先輩兼命令なんだけど文句ある?」

「――っ、かしこまりましたっ」


 たちどころにアイドルの表情と脳天から出す甘ったるい声に切り替えて、リリイは横倒しにしたVサインを目のあたりにかざした。諸々の疑問を無理くりなアイドルポーズで飲み込んだようだが、反対にタイガはかすれた声で「すぽんさぁ……?」と呟いた。

 しかしそのころにはもう、ツチカの関心はメジロ姓の二人から去っていた。

 女児型人工生命体の中に宿ったツチカの、不遜で傲慢で他者に対する配慮を欠いた態度にカチンときたのだろう。武装を強制的に奪われた警備員たちの前に薙刀を持つ侍女がすっくと立っている。


「いけません、S. A.W. - Ⅱ Electra。ワンドであるあなたが一般の方へ暴力を振るうなど――」

「ワルキューレ憲章に違反するって? お気遣いありがとね、ヨシキリ……えーと、フヅキさん?」


 それを聞くなり、めったに変化しない侍女の雰囲気が一変する。見せかけだけの柔和な雰囲気をすぐさまかき消し薙刀を構える。

 それを見てもノコの姿をしたツチカは、余裕綽々な態度を維持し続けるのだ。 


「フヅキさんじゃなかった? あ、じゃあミナヅキさん? 間違っててもごめんねー。ところでさ、あたしのこと覚えてる? ――覚えてるよねー? 忘れてるわけがないよねー? あたしのことを忘れちゃうようなじゃああの人のサイドキックは務まらないないものねー?」


 ノコの顔をしたシモクツチカがグイっと顔を近づけるまでキタノカタマコの侍女であるヨシキリ某は静観の構えを取っていたが、この不躾な言葉と態度にそれは難しくなったらしい。

 ひらひらとエプロンドレスのすそをなびかせ戯れる、女児のような存在へ向け白刃を閃かせた。


「お久しゅうございますシモク様。早速のお戯れ――!」 

「〝お懐かしゅうございます″って? 言ってる場合かっつの!」


 突き上げ、柄を回し、宙に浮く女児型生命体を叩き伏せようとする侍女の薙刀裁きを、小さな体に宿ったツチカはすべて交わし。そして、遠心力が十分に乗った柄のうちこみを不敵な笑みとともに小さな手のひらで受け止めた。

 バシン! という、耳を塞ぎたくなるような人体に鉄の棒を容赦なく叩きつけた時そっくりの音が周囲にいた者の鼓膜を撃つ。

 それほほどの打撃を小さな手のひらで受けても、ノコの体に宿ったツチカは威嚇するように笑みを浮かべたままだ。侍女の薙刀の柄をぐっと掴み、そのままその手を素早く開き、指全体を小型の回転鋸に変える。

 ぎゅいん、と耳の中をかき回すような騒音を立てて、薙刀の柄はたちどころにバラバラに切断された。驚愕に目を見張る侍女へ追撃とばかり、ツチカはノコのものだった右脚を軸に左足を振り上げる。瞬時につま先から足の付け根までを回転鋸に変えた左足を、ワンドを失くした侍女の真上から振り下ろした。ぶぉん、と数本の前髪が宙を舞う。

 幾筋の前髪を乱された侍女は焦りと屈辱をにじませたまま、そのまま飛び退る。そんな彼女をケラケラと笑いながら、宙で高速のピルエットを舞いながらノコの体でツチカは嘲り笑うのだ。


「――ほ~らほらほら、嫌味吐くのすらお上品にやってるから大事な御髪おぐしが乱れる羽目になる!」


 そうやって、煽る銀髪の女児の憎たらしさはこの場にいる何人かのワルキューレたちに二年前の記憶を呼び覚まさせた。


「――シモクさんだわ……」

「――シモクさんだね……」


 地面に倒された状態から起き上がったシャー・ユイと別の侍女の攻撃の最中から気をそらしたミカワカグラの声が重なった。

 申し合わしたようにそろった二人のの「……」という間合いに、たった一年未満でもあの伝説の不良ワルキューレと同窓だった者にしかわからない思いのありったけ込められていた。


 百聞は一見にしかず、現在ノコの体に宿っているのはかつての同級生で、スキャンダルを起こしたがために太平洋校で唯一退学処分をくらったワルキューレだとシャー・ユイもカグラもすんなり納得してくれた。そのことにサランは安堵した。

 それでもまだ、シャー・ユイあたりは、カグラによって共有されたサランの頭の中にある推論が受け入れられないのか、非常に疑わし気な視線をまだこちらへ向けている。


 ――確かに、シャー・ユイがそうなるのも無理もない話である。が、


「だってそう考えるのが一番自然なんだようっ!」

「まだなにも言ってないでしょう! 焦りすぎよ」


 サランの取り繕った笑みを、冷静なシャー・ユイは一喝した。そしてそのあと呆れた口ぶりで呟いたのち、目線でカグラが伝えた推論をサラン自身が本当に信じているのかどうかの確認を求めた。サランとしてはそれをみて頷くしか術がない。




 シモクツチカは自分専用のワンドが支給される前に退学処分を食らった。

 シモクツチカはしかし、誰のワンドであっても自在に扱える。

 シモクツチカの髪は普段は脱色した茶色だが、ワンド及びワルキューレ因子に由来する能力――一昔前なら魔法や超能力と呼ばれたもの――を使う際に髪が白銀に変化する。


 この時点でシモクツチカが、ワルキューレの中でもかなりの変わり種であることがみてとれる。――ただでさえ、ワルキューレ産業大手でもある財閥の血を引く上に(経歴から抹消されているとはいえ)天才少女として作家デビューまでしている設定の盛りっぷりだというのにだ。


 挙句の果てに、規格すら人間の少女離れしたSSRどころではない非常にレアなワルキューレ――そもそも本当にワルキューレなのか――であるとそのことにサランが気づいたのは、その髪の色がきっかけだった。

 日の光を浴びてそよぐ麦の穂のように明るい茶髪にブリーチしてい両サイドの髪をシャギーにしているのがシモクツチカの最近のヘアスタイルだが、ワルキューレとしての不可思議な力を使うと「力を使うと髪の色が白銀に変化する」。


 その有様は、サランにある種の閃きを与えたのだ。

 サランは白銀の髪の持ち主をもう一人知っている。

 それが能力に比して人格に問題を抱えまくった少女とある人物――人物と呼んで正しいのかは微妙だが――がサランの頭の中で結びつくのは、ある意味当然の成り行きだった。


 現在のワルキューレたちが使うワンドの雛形、侵略者がこの世界に飛来するよりずっと昔、第一世代のワルキューレたちが遺跡や各地の神殿から発見し、はるか昔に外世界から持ち込まれたという最古のワンドのうち一体。

 工廠内に付属するミュージアムに保管・展示されていた状態だったところをたまたま迷い込んだフカガワミコトによって覚醒、起動したという由来を持つS. A.W. - Ⅱ Electra 通称ソウ・ツーことノコ。

 わんぱくでやんちゃでおしゃまで食い意地が張っていてあまり賢くないという中身を持つこの女児型の人工生命体は、造物主なる存在によって制作された人工生命体であることを示すように、現行人類の美的基準からすれば整いすぎて不自然な容貌を与えられている。

 人形のように整った顔かたちをかざるのは、ガラスで作った繊維めいた美しい白銀の髪だ。力を行使する寸前のツチカの髪とよく似た色だ。


 ツチカとノコ、この二人を結びつけるのが髪の質だけであるならば、サランも少し気になっただけで終わった。たまたまで片付けていたことだろう。

 しかし、二人には他にもなにかしら関連する要素があるのだと一度に気付いてしまうと、無視するのは俄然難しくなる。主な友達は物語のほんだったという幼少期をすごしたサランは、どんなにバカバカしいと批判されても物語を無視するのは難しかったのだ。


 ノコは自分と同型であるワンドを「ねーさん」と呼ぶ。

 ノコはしかし、九十九市でたまたま出会った行きずりの少女でしかないシモクツチカのことも「ねーさん」と呼んでいた。

 ノコがジンノヒョウエマーハからもらったアンティークの携帯電話ごしに会話するイマジナリーフレンドの呼び名も「ねーさん」である。

 ノコ曰く、電話越しにノコが喋るイマジナリーフレンドの「ねーさん」の設定は以下のようのものになる。


 一つ、ノコの属する型のワンドでは最強だったという姉の血を引いている。姉にあたるワンドは、ノコが覚醒するはるか以前にある人間の男と出会ってと目覚め、主と定めたその人間の間に一人娘を設けた。それが「ねーさん」だ。

 一つ、「ねーさん」は主となる存在と契約しなくても最初から自立している。そして自由自在に活動が可能。それは人間の性質を引き継いでいるから。

 一つ、人としての性質が混ざっているから耐久力はおちるが、その分、主となる契約者の存在がいなくてもワンドとしての能力をも自在に使いこなすことができる。人間では倒せない、外世界からやってきた侵略者を打ち砕く力が。


 さて、シモクツチカは公式で発表されている戸籍上の母親とは別の女性との間に生まれた娘である。そのため、シモクの後継者候補からはあらかじめ外されている。

 プライバシー保護のため、母なる人はいかなる存在の個人情報は一切秘されている。が、しかし、シモクインダストリアルといえばワンド製作の最大手だ。

 撞木一族の青年と、最古のワンドと呼ばれた存在、ノコにとっての「ねーさん」との間に接点が何もなかったとは言い切れない。


 そこから導きだされる仮定はこのようにならざるを得ない。

 ――ノコがアンティークの形態電話ごしに会話するイマジナリーフレンド〝ねーさん″の正体はシモクツチカだ。

 最強だったとされるノコの姉の娘で、人間の血を引くが故に耐久力は落ちるが、主が居なくても自立稼働することができる非常にレアなワンド。もしくは非常にレアな人間の少女。


 ――それがシモクツチカ、そういうことになる。



「だからってどうして、シモクさんの人格がソウ・ツーの体に顕現するわけ? 憑依なの?」

「さっき言ったうちの考えが正しいなら、シモクはノコと同型機みたいなもんだ。同じ型の者同士で使えるネットワークがあるんじゃないかって考えた。たとえば見たものきいたものを共有しあうだとか」

「――私が言うのもなんだけれど、よくもまあ妙な仮説をこじつけたものね」

「まあこれでも文芸部員だから」


 シャー・ユイの険しい視線から追及を繰り出すのを回避するために、サランはヒヒヒ~と笑った。


 ツチカとノコの間には最古のワンド同士特殊なネットワークでつながりあっているのではないかと考えた根拠、それは一応サランの中にあった。

 名をあげたがる売像未曾有のワルキューレに纏いつかれたフカガワミコトを保護するという名目で生徒会執務室に軟禁した時、キタノカタマコが少年にふるまった食事だったという星ヶ峯茶寮の松花堂弁当。当事者のフカガワミコト曰く、ごく少数の人間しかしらないその情報はきっちりレディハンマーヘッド=シモクツチカの手によって『ハーレムリポート』に記されていた。

 ツチカがなぜにその情報を知りえていたのか――? それはつまり、ツチカがノコの五感を通して星ヶ峯茶寮の松花堂弁当の見た目を、味を、匂いを、舌触りを、把握していたからではないのか?

 それが概ね正しいと判断するに至ったのは、サランがノコの頬を左右に引っ張りながった言い放った憎まれ口への反論である。


 ―― 大体、お前は今までんだろぉッ⁉ んじゃあいいじゃんっ、泰山木マグノリアハイツにいりびたりだっただろうがここ数日っ⁉ あえて中なんて見なくたっていいだろ今更っ!

 ――! ひゃんひょわひゃっひゃへひゃんひゃらひゃやくよへっへひゃっひいっひゃひゃ――っ


 ちゃんと分かってるなら早く呼べってさっき言ったでしょ、と、このときのツチカはいうようなことを言った筈なのである。ノコの体に宿ったシモクツチカは。それが証拠にサランを見上げる瞳に敵意と腹立ち以外の感情をわずかに滲ませたのだから。


 そういった事情を知らされていいないシャー・ユイは、当然信じるべきか信じざるべきかで迷っている。自作の物語をプロパガンダに利用されかけたばかりの身なので、シャー・ユイは「否定したくても一応筋は通っている」物語には慎重になっているような顔つきではある。

 しかし自分自身には否定できる材料がない。その懊悩が、表情と口調とサランへの抗議に表す。


「――なんにしても、それだけの根拠しかないものをよく切り札にしようと考えたものね。本当に危なっかしいったら――」

「死ぬほどムカつくけどシモクのヤツがワルキューレとして馬鹿強いのは確かなんだから、背に腹変えられねえよう」

「――あの人のことをあんなに嫌ってたのに、よく信じられたものね」

「信じてなんかねえしっ」


 同性同士の関係性についてやたら過敏なシャー・ユイが何を言いたかったのかその目から先回りして、サランは口をムッととがらせた。

 自分たちの周辺だけでなく世間や世界すら散々に引っ掻き回しジュリを危険にさらした上に、さも当然とふんぞりかえっているかのようなあの態度は許せなかった。だから責任をとらせたかっただけだ……と、ツチカとノコが最古のワンドというつながりによるなにかしらのネットワークで結ばれた仲であるという説明もこみでシャー・ユイに伝えたいのはやまやまだったが、残念なことにそんな時間があるわけがない。

 便利な能力を有するカグラが仲介してくれれば可能になったはずだが、その頃、優秀なワルキューレであるにもかかわらず気が弱い性格の同輩は、タイガからリリイの身柄を預けられていたのだ。

  

「パイセン、リリイ……たのんます」


 どん、と突き飛ばすような態度でふらつくタイガは、カグラへ向けてリリイをつきとばす。念力の放出による力不足に加えて、パートナーの手から日傘をむしり取る必要もあったため、態度が粗雑にならざるを得なかったようだ。

 閉じた日傘を肩に乗せ、タイガはリングによってかき消されてしまう母語のスラングで罵るリリイへ背を向ける。


「これもう一回だけ借りるぞ。――大丈夫、修理代なら後で出す」

「そんなことどうでもいいんだよこの    っ! 今こんなことでそんなバカ力振るうなって言ってんだぞ、おれはっ! もっと自分の体を」

「バーカ!」


 あぶなっかしい足取りで自分へ背を向けるパートナーにむけて怒鳴るリリイは、アイドルぶることも暴力のプロぶることもできないようで、ただひたすら必死にパートナーへせつせつと粗雑な口調で訴えた。カグラの羽交い絞めをあっさりふりほどいて、華奢なサンダルで駆け出そうとする。

 それを遮るような明るい声を出して、タイガは振り向いた。

 猫目を細めてニイっと笑ってみせたのはいつもの憎めない顔だったが、違和感があるのは口からのぞく白い棒がないせいであった。


「今がオレの本気の出しどころなんだよ! お前のプロデューサーなんだからなっ」

「――っ!」

「いいかっ、ここで、この配信みてる全世界のやつらにお前の名前と顔と歌を売り込めるこのチャンスで、勝負しねえでどうすんだよっ!」

「……っ、    っ!   っ!」

「あーもう心配すんなって。 大丈夫だよ、今日と明日と明後日くらいはさすがに死にゃしねえからさ!」


 侵略者も警備員も、何もかも視界に入っていないようにメジロ姓の二人は二人だけで無音の言葉を交えながら意志の疎通をすませてしまう。

 たぁすけてぇ~……っ! とリリイを抑えるのに一苦労しているカグラのSOSに応じて駆け寄ったサランとシャー・ユイだが、その頃にはタイガを止める為に派手に暴れてもがいたリリイの抵抗も力なく収まっている。

 何かを一つ手放したように、体からがっくりと力を抜いたリリイの表情はサランたちからは見えない。ただ、振り向いたタイガは八重歯を覗かせて明るく笑った。


 その間、ノコの体に宿ったシモクツチカは、宙を舞いながら身体の一部を回転刃に変えた自分へ向けて侍女たちと戦う。

 薙刀ワンドを振るう侍女たちの攻撃を一重で交わしながら、手、腕、足、髪、体の一部を回転する刃に変えてやすやすと破壊してゆく。未知なる好物の破片へ変えたそれはバラバラと地面へ落下した。

 

 ノコのものである白銀の髪をなびかせて、ツチカは振り向いた。菫色の瞳から放たれる視線で合図を送る。

 

 それを見越したのか、再び前を向いたタイガの髪がふわりと天を向いて立ち上がった。体の内側からあふれる念力を受けて制服がはためく。

 再びあたり一帯につむじ風を巻き起こし、タイガはリリイから奪った日傘の石突を垂直に地面へ突き立てた。


 ずん、という振動が地面を揺らす。その振動がうきあがらせたものがある。バラバラに切断された侍女たちの薙刀ワンドの破片だ。地上から一メートルほど浮かび上がらせると、全身が発光するほどに念力を放出させたタイガは日傘を振りあげ、ボールを打つように大きくスイングさせた。

 ぶわり、と念力の大波を浴びたワンドのかけらはそのまま盾を構えた警備員たちに襲いかかる。刃もまじった重量のまじった物体が加速をつけて飛来する。それに銃を構えた警備員たちも対処せざるを得なくなる。

 防弾用の盾で身を護るのが遅れた者の体を打ち砕き、盾そのものを破壊する。バララララ! と耳に耐えがたい雑音をたてて、キタノカタマコが設置したワルキューレ専用の人間の盾をタイガは打ち砕いた。――自身のワンドもバール相当の鈍器も使わずに。


「――ッ …………っ!」


 満塁ホームランを打ったバッターのような体勢の、タイガの体から放たれる圧が消えた。つむじ風の一つが宙にほどける。

 その間、ノコの体にやどっているツチカは警備員たちが待機していたコンテナの上に立って満足げに周りを見下ろしていた。


「ふーん、やるじゃん。メジロさん家の子」


 そう言いながら、足蹴にしていた鉄製コンテナを空き缶かなにかのように蹴とばした。

 見た目は幼い少女の一蹴りで、ぎいっと音をたてながら大きく開いたままの扉が地面へ向けて大きくかたむき、負傷した警備員たちを飲み込み、収める形でのみこんだ。

 ――こうして、ワルキューレの天敵である戦闘スキルがある上に軍に属していない一般人の制圧と無害化に成功したわけだ、それをゆっくり喜べような間はない。


 リリイから強引にねじ込まれ、かみ砕いて摂取した最後のキャンディの効果も使い果たしたのか、タイガの体がくらりと前方へむけて傾く。


 トラ子……! と、とっさに叫びかけたサランの目の前で無数の火花が飛び散った。なにものかによって顔面にダメージを食らわされたのだ。


ねやァ!」


 ――なまったその一言で、自分に狼藉を働いた犯人が判明する。リリイがカグラに変わって羽交い絞めしていたサランに自身の後頭部をおもいきりぶつけたのだ。

 いつも頭突きで何人もの人間を地面や床に沈ませていたサランが、今度は乱れた芝生の上にしゃがみ込むことになる。口腔に鉄くさいぬるぬるしたもので溢れていることから察して、どうやら鼻血まででたらしい。

 

 うううう……と、顔面を抑えてうずくまるサランを心配してくれるのはシャー・ユイとカグラだけだ。リリイはオープントゥの華奢なサンダルで荒れた地面を駆けとび、自分の日傘を持つタイガに駆け寄り、地面にばったり倒れこむ寸前の小さな体をぶつかるように抱きしめる。

 意識すら念に交換し終えたようなタイガの体を、リリイの後ろ姿が愛おし気に抱きしめた。パートナーからの抱擁に安堵したのか、鼓膜を圧迫するような念力の圧も消え、サランが見ている前でタイガの腕が力なくだらんと垂れ下がる。念力を放射する媒介に使っていたリリイの日傘がその指さきから落ちた。

 力を受け止め続けていた瀟洒な日傘はすっかり逆さまになり、防弾繊維でできた皮膜がくしゃくしゃにまくれ上っている。骨組みを露わになった日傘はばたんと地面にぶつかる。

 自分の大事な武器が手放されても、リリイは気にも留めていない。ただ、糸の切れた繰り人形のようにくったりと自分の腕の中に体を預けるパートナーの体を必死に掻き抱いた。


「……   っ」

「? りりい?」


 リングによって消されているのに、リリイの故郷の言葉によるスラングをタイガは聞きとめたらしい。かすれた声でパートナーの名を呼ぶ。その唇をリリイは悪態をついたばかりの自身の口でかぶりついていた。 

 体に力がこもらないのか、リリイの腕のなかでなすがままになっているタイガの体は自然に上を向く。人形のようなタイガの後頭部を支え、リリイはパートナーの唇を食みつづける。その接合部から、つうっと一筋唾液が垂れた。それはタイガの顎を濡らす。


 ――ああ。


 鼻血を止める為に鼻をつまんでいたサランの記憶に蘇ったのは、夏休みの終わりごろにリリイによって唾液を飲まされかけた日の記憶だ。

 この学校ではメジロ姓の二人以外に服用していないクスリを常用しすぎて、メジロ姓二人の唾液もずいぶんその薬効が濃いものになっている。ましてリリイも、礫に威力を与える為にほんのしばらく前まであの剣呑なキャンディを何本も連続で咥えてかみ砕き、消費していたばかりだ。


 つまりこれは、補給の光景だ。


「……ふーん」

 

 忌々しい声が頭上から降ってくる。見上げると、エプロンドレス姿の女児がふうわりと浮かんでいた。コンテナの上から舞い戻ってきたツチカが、忌々しいニヤニヤ笑いで、鼻血をとめているサランのことを見下ろしているのだ。


「――何が言いたいんだよう?」

「別にー。いっつも人に頭突き食らわせてるミノ子が頭突きくらって鼻血ふいてるの、ウケるーって見てるだけだし」


 そう言ってツチカははぐらかすが、絶対そうじゃないことはサランにはよくわかっていた。菫色のノコの瞳で、救いがたい恋愛脳のシモクツチカは愉快そうにこんな風に語りかけているのだから。


 ――ほらほら、あんたがそうやって鼻血ふいて地面に伸びてる間に、みんなこうやって大人になっていくんだから。ミノムシミノ子。


『――あの、お節介でごめんなさい。それってサメジマさんが勝手にそんなふうに思い込んでるだけだと……――なんでもないですっ、ごめんなさいっ』


 便利な能力をもってるカグラがサランの心を読んで語りかけてきたが、サランの虫の居所を察した途端に巣穴へ飛び込む小動物のようにカグラの意識はサランの胸から消えた。


 ともあれ、リリイによる口移しの補給が効いたのか力が抜けきったタイガの指先が反応する。微かなうめき声もそこから漏れた。自分が抱きしめる小柄な体の身じろぎを素早く感じ取ったのか口を離して泣きそうな顔でタイガに呼び掛ける。


「タイガっ⁉ 気が付いたかっ?」

「……りりい……?」

「もういいんだ、もうそんな無茶しなくていいんだ……。ここからはおれの番だから、ありがとうタイガ……ッ。だから、もう……っ」


 いつものキャラクターをかなぐり捨てたリリイは声をかすれさせ、切なそうに抱きしめる。細い指先が、脱色した髪を何度も梳く。

 その手つきに安らぎでもしたのか、タイガは小さく頷いて唇を閉じ、じゅるっと音を立てて唾液をすすった。

 その音をきいて、リリイも安心したのか、笑顔になる。心から安堵したようなリリイの笑顔の全容はサランの位置からは見えない。ただ、普段から陰険で凶暴な下級生とは別人のような柔らかな気配を感じただけた。


 下級生がいっちょ前に愛にあふれた優しい空気を湛えているのを前に、サランの胸が不意にぬくもった。この二人のゴタゴタにうっかり巻き込まれて割ならぬ仲となってしまった自分にとっては、顔の造作にあった成長をみせたリリイの様子に不覚にも胸がいっぱいになってしまったのだ。

 良かった――と、思わず喜びと安堵に浸るサランの背中へ、突然ずしっと重みが加わる。アンティークドレスから漂う古びた布地の香や、肩に食い込む指の気配、そしていやに真剣な気配から自分の体を衝立にしているものの正体が容易に知れた。サランは鼻に手をあてたまま、自分の背中にのしかかる同輩へ向け抗議する。


「シャー・ユイ、重いっ……!」

「ちょっと我慢して頂戴!」


 ただならぬ気迫と意気込みを込めたその声で、シャー・ユイはサランの訴えを突っぱねながらメジロ姓二人の様子を子細漏らさずという勢いで観察している。

 作家の衝動がそうさせるのかもしれないが、しかし、これまで派手に迷惑をかけまくってきたはた迷惑な人造ワルキューレ姉妹が紆余曲折を経てやっと本当の気持ちを確かめた場面を堂々と観察するのは先輩としてちょっと情けなくないか――、とサランは訴えたかったが多勢に無勢だった。周りを見れば、ミカワカグラまで顔を赤くしながら小さく拍手をしている。夏から親しくなったこのワルキューレは、紆余曲折の末結ばれた二人の想いが通じあって「めでたしめでたし」で終わるタイプの少女漫画の好きな少女だったのだった。


 しかも、そもそも今こんな場合じゃないのでは――、とようやく事態を思い出すサランの耳へ不意に、ずびっと鼻をすすり上げるような無粋な音が至近距離で勢いよく響いた。

 思わず振り返ると、なぜかビビアナがそこにいて手のひらの親指の付け根あたりで鼻をこすりあげた後、だらだらと両目から涙を垂れ流しながら頷いている。


「それでいいんでさぁ姉さん方、それで……っ! きっとマリア様もパライソでお二人を祝福してまさぁ……っ」

「――、ちょっと待てっ!」


 当たり前のようにそこにいるビビアナの首根っこをつかんだサランと、涙で濡れたビビアナの視線がぶつかる。

 取り出したハンカチでビーっと鼻をかんだのち、ビビアナはサランに向かってニッと笑い、早口でまくし立てる。


「ちはっす、サメジマの姐さん。話聞きやしたぜ? この一件にゃ姐さんも二枚も三枚も噛んでらっしゃるそうじゃねえですかい? けどあっしにみてえな未経験者トーシロに大事なカメラをまかせるってぇのはいただけねぇ。お陰でさっきから地べた転げまわって大変な目に――」

「その辺はお前んとこの部活とその黒幕が主導になってやったことでうちだって把握してないようっ」

「ところでさっきからお困りのようじゃねえですかい? ハンケチおかししやすぜ」

「や、もう鼻血は止まった。――そんなことより――っ」


 さっそく悪童のようにヒヒっと笑うビビアナの様子に、サランは焦っていたのだ。

 (中米出身の筈のビビアナがどこでそんな仕草を身に着けたのかは謎だが)いなせに鼻をすすったり、鼻を噛んだり、さっきから両手を自由に使っている。つまりその中はカラッポなのだ。


「つかお前カメラ係だろっ⁉ ――まさか……っ」

「そいつなら安心してくだせえ、餅は餅屋ってことで専門家に交代していただきやしたんで。ホラ」


 ビビアナは右手を振り、小さなワイプを素早く開いた。するとすかさず、人類の敵である侵略者を駆逐する使命を帯びた孤高の戦士めいた表情を決めたナタリアの、対女児向けアピール用クールな横顔がアップになっていた。

 カメラは即座に後方へ移動し、翼竜型侵略者の背を踏みつけるゴスパンク風兵装を纏った少女の立ち姿の全身を映す。ただでさえ上空、そして宙を滑空する翼竜の背の上でも臆することもなく、自分を食らおうと旋回してきた別の侵略者の進路を読み取りながら自身のワンドである鞭を振るう。しなる鞭を自分めがけて口を開いた侵略者の首に巻き付けてから飛び降りる。人間を捕食しようとした翼竜は首をしめあげられて狼狽え、方向転換もままならない。慣性のはたらくまま先ほどまでナタリアの踏み台にされていた侵略者に追突してはるか海上へ叩き落した。その頃にはナタリアは振り子の要領で体を大きく上へ跳ね上げさせ、一気に降下。さきほどビリヤードのキューのように利用した侵略者の首を捩じ切り、これもまた海へ叩き落す。一分にも満たない流星のような攻防を、カメラは的確に捉えていた。浴びた返り血に頓着せず、次の敵へ向かうゴスパンクコスチュームの少女のクールさを新たなカメラ担当者は見事に切り取っている。


 ――いやはや実に見事なカメラワークだ。


 侵略者の首を捩じ切って血を浴びるなどR-12指定に引っかかりそうな場所では、ゴスな衣装をまとった褐色の肌をもつ少女の戦巫女じみた凛々しい表情をアップに抜く。その映像は配信先のモニターの向こうに入る筈のナタリア派女児を盛大にエンパワメントしているはずである。なおかつビビアナがカメラを担当していときに顕著だった眩暈や酔いを誘発手ブレの類が一切ない。正しくプロの仕事である。


 こんなふうにカメラを巧みに扱えるような逸材が太平洋校にいただろうか、等と思いを巡らせている場合ではないのである、残念ながら。


「いるんか、ビビ!」

「姉さんお呼びで!」


 訛ったドラ声に招かれたビビアナは、しゅたっと持ち前の俊足を発揮してリリイの前に立つ。不慣れなカメラ係より、尊敬するメジロ姉妹の妹分をやる方が性に合っているのだろう、さっきまで感激の涙を浮かべていたこともあって目をキラキラ輝かせながら期待に満ちた笑みを浮かべて命令を待つ。

 

 そんなビビアナにリリイは、抱きしめていたタイガをそっと託す。

 サランとそう変わらない程度に小柄なタイガよりビビアナはさらに小さいので、ぐったりと力ないタイガを背負う際にビビアナはよろめくが、それでも健脚の持ち主らしくすぐに体勢を立て直す。

 妹分の背中にぐったりと体を預けるしかないタイガの髪を梳きながら、相変わらずリングに強制的に訛らされる口調で、それでもサランには俄かに信じられないほどやさしい声で、はしっこい妹分に指示するのだ。


「慣れんこと任せてしもうてご苦労さんじゃったの。あんたの仕事は今日はもう仕舞じゃ。たーちゃんと一緒にパールちゃんとこまで早ぉ戻れ。――わしはもうちょい仕事があるけえの」

「合点でさ!」

 

 ひひっ、と笑いながらビビアナは背負ったタイガを落とさないように右手を振った。

 ビビアナのワンド格納庫は足元に開き、それぞれ右、左と素早く順番に足を突っ込む。現れたのはどうみてもスニーカーだった。それがこの下級生のワンドらしい。その履き心地を確かめるように、ぴょんぴょんとジャンプするビビアナを見て、リリイが珍しく上級生らしく微笑んで見せた、瞬間。


 どわっ! と、ビビが妙な声をあげてバランスを崩したのと、金属に何かがぶつかったような耳障りな音が一帯に響いた。

 

「――ッ!」


 力を失ったようにしか見えなかったタイガが、俄かに起き上がりビビアナの背中の上から体を起こして前のめりになったのだ。そのせいでビビアナは前方へたたらを踏む結果となったわけだが、タイガは俊敏さを取り戻したように左手でリリイの左手を掴み引き寄せ、そして、手甲ワンドを嵌めた右腕を寸前までリリイの頭があったあたりで盾のようにかざして、素早く振り払ったのだ。

 タイガがいち早く気づいた射出物は、ガン! と金属に高速で何かがぶつけられる音を立てながらそのまま元の場所へと打ち返された。そこにいたのは一人の警備員だ。コンテナの中に格納しきれなかった一人の警備員がその陰に潜んでいたのだ。

 しかし、リリイをしとめるために撃たれた拘束専用弾は打ち返され、射出元である狙撃銃を破壊する。

 

 ゥゥ……、と呻きながらタイガは自分が引き寄せたリリイの肩に額をくっつけて顔を伏せる。

 タイガが自分のために弾を跳ね返してくれたのだという事実をようやく把握したのか、リリイが見開いた目を何度も瞬きを繰り返す間、へへへ……と、タイガは笑う。

 力のこもらない笑いだった、それでも照れ隠しであるというニュアンスは十全に伝わるものだった。


「――ミスった……、頭狙ったのにな……手ェ滑っちまいやがんの……」


 だっせぇな――、と自嘲するタイガはワンドを装着した右腕をだらりと力なく下げた。なけなしの力をさっき使い果たしたのか、引き寄せたリリイの肩の上から右腕をだらりとぶら下げている。

 振り絞った力を使い果たした上に小さな後輩に負ぶわれ、その上相手を仕留めそこなったという状況がおかしいのか、それともただひたすら目をしばたたかせるしかないリリイの顔に笑いをさそわれたのか、タイガはパートナーの目の前で力なく笑う。

 タイガの力のこもらない右腕はリリイの左肩の上、二人の間の距離は無いに等しい。だからだったのか、自分一人ぎゅっと目を閉じるなり、まだ何も準備していないリリイの唇に不器用にすぼめた唇を押し付けた。

 

 嘴を触れ合わせる小鳥の動作よりも簡素で不器用なそれが、現状のタイガにとっては最大限できることだったらしい。


「……リリイ、お前な……やっぱ昔っからずっと……」 


 自分の身に何が起きたのか把握できていないのか、棒立ちになっているリリイのことが恥ずかしくて見ていられないのか、それとも今度こそついに力尽きたのかは外野には不明であるものの、ビビアナの背中にくたっと伸びた。そこでなにかを告げた様子である。


「――……」


 そこでついに、限界がきたらしい。

 タイガはついに、ビビアナの背の上でぐたっと伸びた。その際、最後になにかをこそっと囁いたらしいがサランの耳には聞こえない。スニーカー型ワンドを装着したビビアナが、じゃああっしはここいらで! と威勢よく挨拶してタイガを背負ったままこの場から砂埃と残像を残してかけ去っていくのをただ見送る。

 一人残され、しばらくたち尽くすリリイの肌が徐々に徐々に赤らんでゆく様子で、その内容がなんだったのかに関してアタリをつけるしか、外野には術はない。

  

「!」


 ――とっさにサランはツチカの位置を探した。タイガを抱きしめるリリイを見て胸を温めている自分に気が付いたら、あの忌々しい規格外の不良お嬢様は自分を死ぬほどイジってくるという確信があったためだ。


 ちがうぞ、これはやっとこさ収まるべきところに収まったメジロ姓の二人を見て、二人に散々振り回された先輩ごころこからついほっこりしてるだけだぞ! ――と、無暗に気を張ったサランを嘲るかのようにツチカはそこにいなかった。


 一体どこで手に入れたのか、六人の侍女をロープで拘束したのち、ノコの体に付随する浮遊能力を活かしてその場に浮かび上がる。高等部の上級生があらかた片付けてくれたのか、さっきまで群れなして飛んでいた翼竜型ワルキューレもほとんどいなくなった、それでも不穏なオーロラが揺らめく空の影響で風が舞う宙でノコはどこか遠くを眺め、何かを探っている。


 その先にもう、サランはいない。

 ツチカが探しているのは、キタノカタマコ――そして、ジュリだ。その筈だ。


 棕櫚の樹よりも高い位置で何かを見つけたのかツチカは、自分がいた地上をみることなくひらりと空を飛んで未練なく立ち去る。こっちまで呼び寄せたサランへは一言の挨拶もないいつもの傍若無人さを見せつけて、流星のように空を飛ぶ。

 待て、という時間すら与えずいつものようにわがまま勝手に。


「――っ、ミカワさん!」


 はっと我に帰ったサランは、まだほんわかした表情を維持していたカグラの方を掴んで揺さぶった。この場で飛行能力を有するのはワンドを持っているのはミカワカグラ一人だ。


「ぼーっとしてる場合じゃないようっ! 早く、シモクのヤツを追っかけなきゃ――っ!」

「っ! あ、はい、えーとそうそう、そうですねっ!」


 我にかえるやいなや、持ち前の便利な能力を活かしてサランの意志を読み取ってくれたのか、カグラは自分の鍵型ワンドを大きく伸ばした。150㎝ほどの長さに伸ばすと、ほうきにのって空を飛ぶ魔女のように腰を下ろす。言わずもがな、サランはその後ろに乗る。それを確認したカグラは地を蹴った。二人の体はふわりと浮き上がる。 


「シャー・ユイは後始末お願いっ!」


 立ち去る際にサランが上からそういい残すと、シャー・ユイはいつもの頼りになるしっかりものの部員らしく、さっさと行けと目で合図する。リリイにも何か一言声を駆けたかったが、その頃にはもうカグラがツチカを追って加速をかけていた。

 

 ノコの体を駆ったツチカは空気を切る様にある一点を目指して飛行している。カグラはそれに追いつかんと、かなりのスピードを出していた。――シモクツチカの行き先にはキタノカタマコがいる。キタノカタマコのいる所、羽衣に変えられたフカガワミコトとトヨタマタツミがいる。そのことが猛スピードの原因だろう。


 急いでくれるのはありがたいが、カグラのキャラクターに合わないような荒々しい運転にサランは肝をつぶす。カグラの体に抱き着きながら、なんとか目を凝らしてツチカの行く先を見定める。


 ツチカは黒々とした絨毯を敷き詰めた密林の彼方、ライトアップされた箱の用にみえるそれは工廠だった。放課後の爆発事故のせいで、くずれて落ちた天井からはか細い煙が立ち上る。むきだしになった鉄骨や、くろぐろと焦げた内部、消火剤の臭気が漂う工廠の真上をツチカは飛行、行き過ぎる――。


「シモクさんたら、どこへむかって――」


 呟くカグラにしがみつき、サランは言葉で答える代わりに指をのばした。何棟か続く工廠の向こう。そこには高名な建築家によって建てられたという四角い箱のようなモダンな建築物があった。

 旧日本規格の戸建て住宅なら数十世帯が生活できるだろう面積を有する工廠の規模からするとその建物は小さいが、御影石のような建材でつくられているために、まるで墓標がそこにあるような厳かさを感じさせるものがある。


 その建物は博物館ミュージアム、と、呼ばれている。


 正しくは外世界遺跡資料展示保存館太平洋校分室という味もそっけもない名称を有するためか、現代アートでも収められる外観に則ってそう呼ばれるようになったという歴史を有するという。覚醒するまえのノコが収蔵されていて、たまたま迷い込んだフカガワミコトが出会った場所だ。そして今まだ、ノコの姉妹たちが眠っているはずの場所。


 ――シモクツチカにとっては伯母にあたる存在が眠る場所だ。


 ツチカの目的地がここで正解だろうか、ツチカがめざす場所にはキタノカタマコとジュリがいるという読みは間違っていないだろうか。一瞬不安が蘇るほど、博物館ミュージアムは静けさに包まれている。黒々とした佇まいが、爆発事故や侵略者の襲来といった異常事態による騒々しさを吸いむように、ただどっしりとそこに在る。


 まるで墓標のようなその様子にサランは目をこらし、ワンドのスピードを落とすカグラも注意深くその周囲を旋回する。


 思わず息をこらす二人が安堵したのは、博物館ミュージアムの天井部分、高名な建築家が陽の光を差し込むようにと美意識と計算により設けたガラス張りの天窓の内側が一瞬青白い閃光を放った後に、雷鳴のような音を立てながら内側からはじけてくだけ散ったのだ。

 それどころか、堅牢そうな黒い建材の一部も轟音をたてて吹き飛び崩れる。


 砕けた天窓の下から、様々な閃光やオーロラめいた七色の輝きが放たれるたびに、博物館ミュージアムの一部が崩れ、内側からすぱっと切断されてゆくのだ。


 その様子をみて、サランとカグラの不安は転じて確信へ変わった。


 重厚そうな建物も遠慮なく吹き飛ばし、切り裂くことができるほど爆発的な力を有するはた迷惑な少女がこの学校にいることをサランはよく知っている。カグラもっとよおおおく知っている。


 ――侵略者もいない場所で後先というモノを一切考えないそんな芸当ができるのは、学年首席のあのひとしかいない――。


 正解だといわんばかりに、内側からナイフを入れらったチョコレートケーキのように、博物館ミュージアムの外壁が崩れて倒れた。ずうううん………と、地響きたてて倒れるその隙間へ、ノコの体を駆るツチカも飛び込んでゆく。



 勿論、二人もその跡を追った。ツチカの向かう先、キタノカタマコとフカガワミコト、トヨタマタツミ、そしてワニブチジュリがいるのは確実なのだから。


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